第四十三話 魔術師、手掛かりを見つける

 酒場を後にした魔術師は、雨の中を歩み再び西の倉庫群を目指す。

 時間を潰したのもあり、状況が変わっているかも知れないと淡い期待を胸に抱いていた。特に指輪の落ちていた門から探れば、何か手掛かりがあるかもしれない、と予想を持っていた。


 それに、酒場のマスターがうっかりと漏らした情報を確認しなくてはならないが、これは明日に持ち越す案件であり、今は追う必要は無いだろう。


 魔術師が西の倉庫群に到着した時には既に日付を跨いでいた。町は完全に眠りについていたようで到着するまでに誰にも会うことはなかった。尤も、人のいなさそうな道を選び冷たい雨が降りしきる中であれば、当然と言えば当然なのであるが。


 人々が眠っている時間ではあるが、門を守る兵士が必ず立っていると予想していた。だが、それは良い意味で裏切られる結果となった。

 正面の門もそうだが、裏や脇の門にも兵士の姿が見られなかったのだ。


 大事な物が保管されているのならば、夜間も立ち代わり兵士を立てていると見ていた。だが、その姿が見えないとなれば、あの兵士達は保管されている物を守っていたのではなく、その場にいた人達を護衛していたと考えても良いのではと思った。

 指輪が見つかった門の隙間から見えた、あの軍服を着た者を筆頭に数人の地位ある者を……だ。


 とすれば、この中にも何もないのではと普通は思うだろうが、何かが残されているかもしれない中を調べて見ないと気が済まず、ただ行動に移すのみだった。


 指輪の見つかった門へとゆっくりと近づく。”きょろきょろ”と辺りを見渡すが魔術師の視線に人影は捉えられない。

 そこまで視力が良い訳では無いが、それなりに見通せる視力を持ち合わせていると自負している。


 そして、閂に手を当ててゆっくりと外し、門を開いて敷地内へと侵入を果たす。あっけないまでの侵入に唖然とするのだが、こんな所で立ち止まって兵士に見つかっても拙いとすぐに動き始める。


 狙うはあの軍服を着た男達が出て来たドアだ。その先に何かがあると魔術師のカンが告げていた。


 水溜まりが点在する地面を無造作に踏みつけドアまで急ぐ。

 周囲に気を使いながらドアを少しだけ開け、中の様子を窺う。


「気配は無い様ですが……」


 片目で中を覗いてからゆっくりとドアを開けて暗闇の中へと身を委ねて行く。


「進入したは良いですが、何かあるのでしょうかね?いえ、きっと何かあります!」


 流石の魔術師も真っ暗な部屋の中では見通す事も出ず、仕方ないと外套の中で出番を待っている細身剣レイピアの鞘の先端に、光量を極力絞った灯火ライトを灯す。

 これならば誰かが来てもすぐに外套に隠せるとご満悦の様子だ。


 灯りが付いてすぐにわかったのだが、そこは廊下であり真っ直ぐに……とは言っても僅か二メートルで次のドアが見えていた。

 足音を立てずにゆっくりとドアに近付き、耳を立てる。誰かがいればすぐにわかるが、倉庫の天井を叩き付ける雨音以外は聞こえない。


 ゆっくりとドアを押し開けて中へと身を滑らせると、三メートル四方の小さな部屋になっていた。その中央に一・五メートル四方のテーブルが”でんっ!”と陣取っている。それぞれに小さな丸椅子が三個ずつ置かれ、合計十二個の丸椅子がテーブルを囲っている。


「最大、十二人の円卓ならぬ、角卓会議と言ったところでしょうか」


 床に紙切れでも落ちていないかと、テーブルの下を覗き込んでみたが、灯りに反応する物体は見えなかった。


「無駄足だったという訳ですか……。あれ?出口はどちらでしたっけ?」


 部屋の中を気にしていたあまり、壁を確認し忘れてしまった。集中力が切れているのかと自らの行動を反省しようとするも、まだ敵地の中だと思い直し脱出口を探そうとする。


「正方形のテーブルってのも悪いんですよ、全く!」


 ドアを確認しなかった自分が悪いのであるが、あまりにも間抜けだったためにテーブルに責任を転嫁しようと毒を吐く。それが何の解決にもなっていないとわかっているのだが……。

 とりあえず一枚のドアをゆっくりと開けて確認してみる。


 がっくりと項垂れて、”外れだな”と呟いてしまった。脱出しようと開けたドアは来た道ではなく、別の部屋へと繋がっていた。

 がらんどうの部屋を見れば、項垂れるのもわかるが。


 魔術師がドアを閉めようとしたのだが、ドアのすぐ下に紙が落ちているのを発見する。遠くばかり見ていた為、足元が留守になっていた様だ。


「灯台下暗しですね。今は回収して脱出が先ですね」


 その紙切れを拾い上げ、無造作に鞄に押し込みドアを閉める。すぐにもう一枚のドアへと向かい、部屋から出て行く。


 その後は、兵士の姿も見えず、悠々と宿へと帰るのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 曇天模様の薄暗い光が窓から入って来て目を覚ました。とは言え、明け方から三時間は経っているであろうか?二日連続の夜間調査で少し参っているかと思えば、寝過ごしていて、体の疲れは特に感じない。


 昨日の調査も続けなければならぬと、身支度を整えて部屋を出て行く。


「あら、おはよう。今朝は早いんだね」

「それは、何か嫌味ですか?」

「ああ、気分悪くしたら謝るわ」


 朝から機嫌がよいのか、宿の女将さんは魔術師を元気づけようと嫌味に似た冗談を口にした。別段、深く考えていなかったので、心のダメージは皆無であるのだが。


「そうですね、例えばですが……」

「例えば?」

「この近辺で生き字引の様な商売人を紹介していただけたら、気分は良くなるかもしれませんね」


 こりゃお手上げだと、手を上げて降参の姿勢を宿の女将さんは取りながら、魔術師へ答えを告げようとする。


「わかったよ。この宿の裏にある雑貨屋に行ってみな。お昼からじゃないと起きてないと思うけどね」

「そうしてみますね」


 重要な情報を手に入れた魔術師はそのまま、宿を出て朝食を食べに曇天模様の町の中へと出かけて行った。




 しばらく町をブラブラして時間を潰し頃合を見計らい泊っている宿の裏手の雑貨屋へと足を向けた。宿の裏手と聞いていたので少年達がたむろするような薄暗い道を思い描いていたが、住民の生活道路として活用されていたので、思ったより明るく、そして、すれ違う人の数が多かった


 そして、とある一軒の雑貨屋の前で足を止めると、躊躇なく店の中へと入って行った。


「こんにちは、どなたかいらっしゃいますか~」


 開いているが誰の姿も見えぬために声を上げて人を呼ぼうとした。だが、何の返事も無く、悪戯に時が流れようとして、一旦出直そうかと体を反転させた時に、出て行くのを呼び止められたのである。


「呼び出しておいて帰ろうとは言い度胸だね、若いの!」


 その声に振り向くと、顔に年輪の様なシワを刻み込んでいた老婆がサンダルを履いて出て来た。

 顔や手のしわを見ると、七十を超えているとみられる。ここで喧嘩をしても仕方がないと、当初の目的を思い出し、老婆に話を伺おうとするのであった。


「言い度胸と言うかですね、誰の声も聞こえなければ帰るのは当たり前だと思いますが?」

「返事したが聞こえんかったか。そりゃすまん事したね、ヒヒヒヒ」


 こんなに怖い笑い方もあるのかと魔術師は背筋が凍る思いをするのである。


「え、こんな老婆に何の用かね?」

「そうですね、これ幾らですか?」

「それは銀貨二枚だよ」


 ちょっとしたおやつを手に取って、金額を聞くも、相場の十倍は取ってきた。普通だと詐欺じゃないかと考えるが、情報料を含むと考えれば格安であろうと、懐から銀貨を取り出し、老婆の目の前に積み上げる。


「わかる範囲で良いのですが、過去の税率や官吏から要求された事柄を教えていただきたい」

「なんだ、どんな無理難題かと思ったらそんな簡単な事か。銀貨二枚も貰う事は無かったかのぉ、ヒヒヒヒ」


 不気味な笑いを魔術師に向けると、すぐに語り始めた。


 老婆が語った事は簡単な事であった。

 まず、税率が不規則になったのは今から二十五年前の事だ。それまでは、農民の税率は変動していたが、商売人の税率は変更が無かった。おおよそ、利益の二十パーセントであった。

 それが二十五年前のとある官吏が派遣されてから変わった。利益の三十パーセントを取るようになり、数年毎に裏街道の店を重点的に取り締まるようになった。つまりは如何わしいと思われる店の摘発だ。

 とは言え、潰れた店はぼったくり等、詐欺行為をしていた店がほとんどで、優秀な管理と評判を上げていた。


 五年ごとの官吏の交代でも同じように取り締まりは続けられた。それが、二年前を最後に何故か取り締まりは終わりを告げた。

 その代わりに、裏道に少年達がたむろするようになり、治安が悪化し始めた。


 上がった税率が下がらないのかと官吏に交渉しに行った者は、政府からのお達しだと門前払いをされて交渉の余地すら無かった。

 それでは、ノルエガに直接乗り込んでみようかと思って旅立った者がいたが、帰って来ることは無かったという。


「となると、派遣されて来た官吏が怪しい、となる訳ですね」

「そう言うこった。アンタが何を調べているか知らんが気を付ける事だね」


 それは何時もの事ですよと笑って返すが、老婆は恐ろしい顔を向けるだけであった。


「十分注意する事にしますよ」

「ああ、のに気を付けるんだよ」


 老婆からの忠告を胸に刻み、雑貨屋を後にした。




「さて、調べていなかった、を調べましょうかね」


 雑貨屋を出た魔術師は、すぐ側にある宿に戻って部屋に籠った。

 宿の女将と雑談に花を咲かせても良かったが、時間が惜しかったために、挨拶を交わす程度に留めて置いた。


「さて、これですが……」


 昨晩、西の倉庫で拾った紙切れである。無造作に鞄に仕舞ったためにシワが寄っていたが、何とか読めるまでにシワを伸ばしたのだが……。


「さて、これは何でしょうか……」


 その切れ端をじっくりと眺めていると、まず目につくのは頁のナンバリングと思われる数字が掛かれている事だろう。紙切れの下にと記載されていた。その前に四枚のページがあるのだろう。

 それで、この頁には数字の羅列が掛かれている。三か所にそれぞれ振り分けられている所を見れば、東西南にある倉庫群の三か所か、また違う場所の三か所かだろう。


 ただ、数字の羅列であるが、桁が異常に少ない。一桁か多くても二桁、それに二十までの数字しかないのだ。

 隠した金銭を纏めたとすれば、あまりにも小さいのだ。


「であれば、人?人の数か」


 雑貨店の老婆の言葉が頭をよぎる。


 ”数年毎に裏街道の店を重点的に取り締まるようになった”


 人を攫ってきて、その様な店で働かせ、数年毎に店を潰すと同時に商品となる人々を回収するのか?まさか、官吏がその様な事をするのかと疑りたくなるような考えをしてしまった。


 だが、その予兆はこの町で見た中にあったと思いだす。


「そう言えば、少年達はよく見かけたが、少女達を見た記憶がない。それに彼等は何処から来たのか……」


 魔術師は思いだしたのだ。道端で見かけるのは全て年端も行かない少年達ばかり。もしかしたら、小さくて胸の膨らみを見落として少年と見間違えていたかもしれないが、トルニア王国で年中学校に行き始める位の年齢であれば、見間違える事は少ないだろう。


「官吏が交代直前になって必ず死ぬので、原因を知っていると思われる者と会って理由を聞いてくれとの依頼が、こんな事になったとはね。自分の不運を呪いたくなる」


 官吏の事は一先ず棚上げにして、少年達が何処から来たのかを調べる必要があると、一番身近な人に尋ねてみようと、テーブルの紙切れを綺麗に畳み、部屋をでて一階のカウンターへと向かった。


「ああ、丁度良かった。少し質問、いいかな?」

「あらアンタから珍しいね。いいよ、何でも聞いて。ちなみに主人がいるからナンパはお断りよ。いい男だけどね」


 それは全く考えていないと声を大にして言いたかったが、時間が惜しいと早速質問をする事にした。


「この町って、どこに孤児院があるか、知ってたら教えて欲しいんだが」

「え、孤児院?孤児院なんてないよ、町が運営してるのはね」

「はぁ?」


 魔術師は呆ける様な声が漏れてしまった。

 孤児院が無いとは一体どういうことなのだろうか?もしかして、孤児がいなくなった。いや、路上で少年達がたむろする姿を見ていれば、あり得ないと考える。


 孤児院を失くしたから、裏路地に少年達が溢れるようになった。

 その様に考えれば合点が行く。


 だが、それで何の利点があるのか……。


「孤児院の様な施設を運営している人もいないのか?」

「ゴメン、それは言えない事になってる」

「そうか、それ以上は聞かない事にするよ。最後に一つ、孤児院が無くなったのは二年前かい?」

「それなら答えられる。その通り、二年前だね」

「そうか、ありがとう」


 だんだんと、パズルのピースが集まり、組みあがって行く度に、胸に現れるモヤモヤが増えて行く気がするのであった。

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