第四十二話 冷たい降雨を味方に付けて

 この街での滞在三日目。

 昨晩の探索ので頑張りすぎた影響か、魔術師が目を覚ましたのは昼食の時間になる手前であった。


「う~ん、寝すぎてしまいましたか……。これではシーツの交換もお願いできないでしょうね」


 ベットで上体を起こし、独り言を呟く。

 窓に視線を向ければ叩き付ける雨と風。

 生憎の空模様で遅く起きたのは丁度良かったと感じる。ただ、この天候で探りを入れに動くとすれば、相当な寒さの中に身を置かねばならぬと”ぶるっ”と身震いする。


「とりあえずは、お腹も減りましたし……。昼食に行きましょうか?」


 寝間着を脱ぎ、普段着へと着替えると、防寒の上着と外套を羽織り部屋を出て行く。宿の廊下に出て各部屋の加護を見れば真新しいシーツが入っていて、先程の独り言が真であった事を物語っていた。


 トントンと階段を降りれば、驚いた顔をする女将が魔術師を言葉を掛けて来た。


「おやおや、部屋で野垂れ死んでるかと思ったよ!」

「一応、私は客ですよ。その言葉はどうかと思いますがねぇ」


 口悪く言葉を吐いた女将に向かって、辛辣な言葉を向ける魔術師。だが、二人の顔は何故か笑顔であり、肩をすくめる女将に別段腹を立てている事も無さそうである。

 腹を立てるよりも、空かした腹に何か入れる方が先だと、それだけ言うと宿を出て食堂へと向かう。


 外套のフードを深く被り、雨の中へと歩き出す。

 風も雨も強く、あいにくの雨、と呼ぶには無理がある天候である。

 さすがの魔術師も眉をひそめていた。

 こんな天候では、ぶつかってくる少年の姿は何処にもなく、今日一日は平穏でありますようにと祈るばかりだった。


 宿から数十メートル離れた食堂に入る。床を濡らさぬ様に外套を脱ぎ、雨水をはたき落とす。


「さて、今日のおススメは、っと」


 にぎやかな店内で空いている席を探しながら、メニューを眺める。何時も様に空いているカウンターへ腰かけておススメメニューを注文し、店内へと視線を向ければ、見た事ある少年達がテーブルを囲み、昼食に手を伸ばしていた。

 昨日情報を貰った少年達であったが、彼らの中で一番小さな少年の姿は見え無かった。


「彼等にも予定がありますからね」


 食事をしている姿を見れればそれで十分と、気に止める事はそれで終わりにして、昼食を楽しむことにした。


「マスター、サンドイッチとか注文すれば作ってくれるのかい?」


 魔術師は今日の行動予定を考えると、悠長に夕食を食べる時間はないと思った。

 それであれば、歩きながら食べられるサンドイッチがあればと考えたのである。


「あん?別に構わんが。だが、昼は止めてくれ、ただでさえ忙しいんだ」

「いや、夕食分だぞ」

「それなら構わん。注文時に料金はいただくがな」


 昼食の会計時に注文すると話すると、マスターは奥の厨房へと引っ込んでいった。

 仕組みは、まず注文して料金を払う。そうすると、割符を配布されるので、サンドイッチの受け取り時に割符を返す。このような手段を経ることにより、誤注文や損失をなくしているのだとか。


 昼食を食べ終えると、昼食と夕食のサンドイッチ分の料金を支払い食堂を後にした。


「すでに彼らはいませんでしたね」


 気にしないと思っていたが一度関わった事もあり、心の奥では気にしていたようだ。

 その後は宿に戻り、カウンターの女将と立ち話をして、部屋で夕方までだらだらと過ごすのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 いまだに降り止まぬ雨の中を魔術師は一人、歩いている。防寒着や厚手の外套を羽織っているが、冬の雨は容赦なく魔術師を痛めつけ、体温を奪って行く。

 これが、動きのない路上での張り込みであれば、直ぐにでも雨に屈する自信はあるのだが、今は目的の場所へ向かう途中である、屈するには早すぎるだろう。


 生憎の雨と表現するが、隠れて調査をするには絶好の雨と言えよう、少々寒いのが体に堪えるのだが。

 それに、黒っぽい外套を羽織っていれば、遠目にも見つけ難い筈だ。


 格好の条件の下、魔術師は調査対象の西の倉庫群の表門へと近づいていく。


「やはり、こちらは兵士が多いですね」


 東、南と倉庫群を見てきたが、ここはあからさまに兵士を配置しているなど何かを隠していると誰でもわかりそうなものだ。

 それに加えて、少年たちの数が異様に多い。まだ、寝るには早い時間であり、夕食時を少し過ぎただけである。たむろしている少年達には今が一番の活動時間だと思うが。

 ただ、少年達は倉庫に入らず、周りで屯するだけだった。

 その、不思議過ぎる行動に魔術師は、嫌な光景が脳裏を過るのであった。


「さて、どうしましょうか。倉庫群を見るにはまだ時間が早いのでしょうか……ん?」


 物陰でこれからの行動を思案していると、視線の先に食堂で見た少年達の姿を発見する。昼間見た通り、一人少ない人数であった。

 そして、他の少年達と何かを話した後、何処かへ消えていくのである。

 おおよそ五分間の出来事であった。


「やはり、あの一人は少年達とは違うのでしょうね、ここで見えないと考えると……」


 魔術師は少年達の事を考えても埒が明かないと、いったん倉庫群から距離を取り、ぐるっと裏手へ回る事にした。

 雨に打たれるのは慣れているとは言え、冬の寒い夜だ。さすがの魔術師も毒を吐きたくなる。

 簡単に終わる依頼のはずが、これほど苦労をするとわかっていれば、受ける事は無かっただろう。


 一旦受けてしまった依頼で、足で回れるほどの範囲の出来事を投げ出す選択は持ち合わせていない。

 もう一人、便利な同行者宝物探究者がいてくれたら楽だったのにとは思うが、今は贅沢も言ってられないと先を急ぐのであった。




 だいぶ遠回りをしたが、倉庫群の裏手へと回ってきた魔術師。

 そこを守る兵士もちらほらと見えるが、表門の様に大勢が押し掛ける門など無く、人の数はまばらだった。

 兵士が守るという事は、この倉庫群が大切な場所であり、さらに言えば、町に、いや、町の官吏が関係する場所と見て取れる。

 囮とも見られるが、小さな町で他に選択肢が無ければ本命と見て間違いない。


「さて、どうするか……」


 人気のない路地に身を隠し、独り言を吐いては思考を巡らす。良い考えが浮かばないか、と思いながら。


 それから一時間は経っただろうか。守っていた兵士達が一斉に動き出し、倉庫の裏門から倉庫の敷地へと入り、誰の姿も見えなくなった。

 雨が勢い良く降っている事を理由に、見張りも要らないと引っ込めたとも考えられるが、何か意図があって兵士を集めなければならなくなった、とも思える。


 だが、逆を考えれば、今が絶好の機会であろう。

 倉庫の敷地内に入れなくても、兵士が守っていた塀のすぐ側まで行く事が出来る。兵士とばったりと遭遇したとしても、後から兵士が出て来たと良い訳が立つだろう。

 そうと考えれば魔術師は、早速とばかりに路地からゆっくりと身を出し、兵士達が守っていた裏門へと近付いて行く。


「はたして、この中では何を行っているのだろう?」


 西の倉庫群も東の倉庫群と同じような大きさ、敷地であり、入庫量にはさして変わりがないように見て取れる。厳重に兵士に守られた倉庫の中に何があるのか、魔術師は興味津々で隙間から覗こうとするが、二重になっている門に阻まれ、中を窺う事は出来ぬのであった。


 がっくりと肩を落とすが、それは予想の範囲内と気持ちを切り替え、倉庫群を囲む塀沿いを歩いてみる事にした。

 塀の高さは二・五メートル程だろうが、飛び上がって、”ひょい”と顔を出すには少し難しい。同行者宝物探究者がいたらと再び思うが、やはり贅沢だと頭を振るのである。


 元々、一人で活動していただけに、この手の事は慣れているはずであったが、自らが出来ぬ事を仲間が補ってくれていたので、その癖がなかなか抜けないでいた。

 いない者は仕方ないと、再び塀に沿って歩き出す。


 固い煉瓦を積んでその周りを固めてある塀はちょっとやそっとでは壊れる事は無いだろう。数人がかりで攻城兵器を運んで来れば別であるが、街中で兵器を振り回すなどあり得ない。


 そんな事を思いながら歩き回っていると、先程とは違う門が見えて来た。

 表と裏の丁度中間にあるそそれは、裏門と同じ大きさ、構造だった。

 隙間から覗いても中は見えないと思うが、念のために一応、覗いてみる事にした。


「いやはや、諦めずに行動してみると道は開けるのですね」


 覗いても大したものを見られぬと思ったのか、二重にはなっておらず、倉庫が一望出来た。

 これは凄い、と隙間から覗いていれば、倉庫のドアが開いて何者かが出て来た。


 黒っぽい軍服を着ていると見れば、それが何らかの地位に就いていると見て取れる。その他にはスーツを着たりと役職にある様な者達がわらわらと出てきては、雨の降る中を倉庫沿いに裏門方面へと歩いて行った。

 裏門の方に何があるのかと気になったが、まだ兵士が来て見つかっては拙いと、一旦離れる事にした。

 時間が経てば多少は変わる事があろう、と。


「っと、何でしょうか、これは?」


 だが、魔術師がその場から立ち去ろうと一歩、踏み出した所で何かを踏んづけた感触が伝わってきた。兵士が守る門であれば、石畳の上に小石が残っているなどあり得ないと思ったのだ。

 それに、小石とは踏んだ感触が異なっていた事も気になる。


 足を退けて、何かと視線を落とせば銀色の指輪を発見する。何故こんな所に、と摘まんでみると、少年達に渡して食べ物の足しにと渡した指輪であった。

 魔術師はますますわからないと頭を抱える。


 とは言え、こんな所を兵士に見つかっては拙いと、指輪を鞄に仕舞って塀に沿って歩き出す。




 しばらくして、魔術師は倉庫群から離れた酒場のカウンターで暖を取っていた。


 暖炉に沢山の薪がくべられ轟々と燃え盛る炎が部屋を暖めている。それでも寒い冬の気温に誰もが凍えており、暖かい食べ物や飲み物を盛んに体内に取り込んでいた。


 かくいう魔術師も雨の滴る外套を暖炉脇に掛けて、お湯で割った蒸留酒を口にしていた。

 彼の視線はと言えば、左手で摘まんでいる指輪に向けられ、重い雰囲気に誰もが近付くのを躊躇っていた。


「さて、この指輪は誰が持っていたのでしょうか?彼らに聞いている価値はありますね」


 指輪を”コロコロ”と手の中で遊ばせながら、お湯で割った蒸留酒をグイッと煽り、喉が焼け付くさまを楽しむ。


「杖を持っているって事は魔術師かい?失礼するよ」


 雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、左隣の席に男が顔を見せに来た。何処にでもいる様な男であり、厚着をしている他は特徴もない。

 暖炉からの熱で暖められた酒場には少し似つかわしくない厚着だった。


「まぁ、そんな所です」


 指輪を鞄に仕舞い込むと、左手はそのまま下ろしたままにして、右手のグラスを置いて頬杖をつきながら男へと顔を向ける。


「こんな寒い中、よくもまぁ旅なんかしてるね」

「色々とあるんですよ。話せない事情もありますから、お話しできることは限られていますよ」

「こんな寒い中で旅をするなんて、理由持ちしかいねぇわな」


 ジョッキを片手に魔術師へ話を振って来る男に、少しばかり嫌悪感を持つ。

 男の雰囲気だけでなく、魔術師へ旅をしていると一言で言い当てた事も気がかりだった。


「今はこんな格好で飲んだくれてるけどよ、昔は魔術師を目指そうって思ったんだよ。だが、才能がないってわかってからは諦めて、今は商売人よ」


 気分が高まってきたのか、自らの出自を語り始める始末である。

 かまってられないと、適当に相槌を撃ちながら、早く終わらないかと祈るばかりであった。


「それでよ、お前さんが持ってた指輪だがよ、この町の自称伯爵様が持ってた気がするぜ、ひひひ」


 ジョッキを傾けてグビグビと喉へと流し込んだ陽気な男は、そう言うと酔いが回ったのかカウンターへ突っ伏し、グーグーといびきを立て始めた。


「あ~ぁ~、また寝ちゃって~~」


 鼾を聞いて駆け付けたマスターが愚痴を漏らしている。その言い方だといつもいつも、寝入ってしまい迷惑を掛けている様だ。


「彼はいつもこうなんですか?」

「ああ、そうさ。酒に弱くてエール一杯でこうだ。彼は飲むより食べる方が専門だけどな」


 数席離れた場所を顎で指すと、そこには空になって汚れた皿が数枚重なっていたのである。あれだけ食べればお腹もいっぱいになるし、酒場としてもほくほくの売上だろう。


「こんなでも、昼間は優秀な商売人だからな。新しく来た官吏にも、きちっと商売しているらしい。まぁ、ウチなんかは新しく来た官吏が言った税金に、一喜一憂してるけどね。今回の官吏は税金だけで済んでホッとしてるのもあるがね」


 重要な情報を逃さず聞いた魔術師は、鼾を立てる男を介抱するマスターに礼を言いつつ支払いを済ませ、暖炉の熱で乾いた外套を羽織り、再び雨の中へと歩き出すのであった。

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