第三十五話 アイリーンの訓練所生活
トレジャーハンターコースの訓練生は一クラス三十人前後で男女比は半分程……と言いたいが、男が七割、女が三割である。それが四クラスだ。
その面子が半年間、一緒に訓練する仲間である。
「アイリーン、よく平気な顔してるわね?」
「え、そう?結構きついけど」
訓練初日、太陽が出ているとは言え寒空の下、訓練施設の一つ、野外運動場で走り込みを一時間もしていた。遅いペースで走っているとは言え、遅れている訓練生が大半で、青息吐息で今にも倒れてしまいそうな顔色をしている。
アイリーンはベッドに寝ていた時があったとは言え、狩りをするために山野を駆け回っていた経験があり、体を動かすのは得意で目標を見つけてからは一日に一時間くらい近所を駆け回っていた程だ。
特に壁を上って屋根に上るなどを得意としていたほどだ。
それから比べれば、景色の変化がない整地された運動場をだらだらと走るのは精神的につらいと思うのであった。
「その澄まし顔できついって言われても
きつそうな顔をしているが、一時間走っていて先頭集団に付いてきているジュリアも十分凄いと思うとアイリーンは思ったが、口に出すのを躊躇った。ここで言い返せば、十倍くらいにして言い返されるだろうと予想していた。
何と言い返そうかと、思案をしていると何処からともなく笛が鳴り、走り込みは終わりを告げた。
「よぉ~し、少し休憩したら次のカリキュラムに進むぞ!」
「「「うへぇ~~」」」
ここで初めて教官が登場し、訓練生の皆に声を掛けた。
走り込みは教官が出していた紙の指示だけだったので、教官の顔を見るのも初めてだった。
この教官、筋肉が付いているが、ムキムキっとしている訳でなく、バランスよくついている様で、短距離、長距離、それに様々な訓練を行っているからその様な筋肉の付き方をしているのだ。
その教官であるが、訓練生の嘆きを聞いたのか、澄ました顔をしているのが指で数える程と見て、休憩時間の延長を決めた。十五分程、伸びただけであったが。
それから三十分して、運動場の一角に整列する三十人余の姿があった。その集団に向かうのは一人の教官である。
「自分はお前達を担当する【ジェフ】だ。これから半年間、キッチリとしごいて行くからそのつもりで!」
喝を入れようと声を上げて叫ぶ。
これからが本当の訓練の始まりなのだとアイリーンはドキドキと胸を鳴らして、熱い眼差しを教官に向ける。
アイリーンと同じような眼差しを向けているのは三十人余の中で半数ほど。それ以外は死んだ目をして、訓練場から逃げ出したい、もしくは後悔したと思っている者達である。
実際、訓練期間中には数人が初日で辞め、十人程が一か月の間に辞めて行く。一か月を過ぎてしまえば訓練も身に付いてきて、楽しみながら訓練を終え、卒業して行く。
つまり、一か月持ち堪えれば、ほとんどが卒業して行くのである。
「よお~し、これからお昼まではロープの使い方の訓練だ。今日は結び方を学んでいくぞ」
教官は台車の上に乗せていた箱を地面に置くと、二本ずつ持って行くようにと指示を出した。その箱には、二メートル程のロープがクルクルと巻かれ、山の様に詰め込まれていた。訓練生はそれを二本ずつ手に取ると、自らの場所へと戻って行く。
それから、ロープの使い方の講習になるのだが、結び方に何十種類もあると皆は驚いていた。一本だけを使い伸縮自在な輪っかを作ったり、二本を結んで一本の様に伸ばしたりと、知らない事を次から次へと言われ、皆は頭に入りきらず付いて行く事すらできないでいる。
教官としてもそれは当然と考えているので、今日出来ないからと言って、落ちこぼれだという事は無かった。
そして、お昼前の最後にある事を告げるのであった。
「このロープの結び方はテキストの最後の方に図入りで書いてあるから、卒業までにマスターしておくように」
頭が回らない皆は、それを聞いて歓喜と絶望の声を上げるのであった。
実際、トレジャーハンターコースとは何をしているのかを説明しておこう。
まずは体力作り。体力が無ければ始まらないのである。
基本的に移動は徒歩であり、目的地は山の中腹にあるかもしれない。そんなときに頼りになるのは自らの体力だけ。半年間、みっちりと体力作りに訓練生は励む事になる。
次に、初日の午前中に行ったロープの使い方である。
ロープを結んで上り下りをするだけでなく、崖を渡るにも使う事もあるし、物資の運搬もある。
それと共に大事なのは人を縛る事。トレジャーハンターと言う職業を目指しているには、遺跡や迷宮を盗賊達が占拠している場面に遭遇する可能性がある。そこで、眠っていたり無力化した盗賊を縛るのはトレジャーハンターの役割の一つとなるだろう。
さらに、忘れてはいけないのは罠の設置と解除だ。
罠の設置はそれほど多くないだろうが、解除は常に忘れてはいけない能力となるだろう。古代の罠もそうだが、盗賊達がわざと宝箱を設置して罠を仕掛けたり、盗ってきたお宝を隠すために罠を仕掛ける事もあるのだ。それを解除せねば、にっちもさっちもいかない場面が出て来るはずだ。
そして、罠の解除と同様に大切なのは鍵開けである。
実はこの鍵開けは案内の容姿にもテキストにも記載がない。だが、訓練場では大切な項目として時間を取って教えている。何故、公にしていないかと言えば、他人の家に忍び込むためにこの訓練を利用されては困るからだ。
だが、非公式に鍵開けがカリキュラムに含まれていると噂されているので、訓練を受けに来る者達も少数だが存在する。訓練場もその対策に頭を悩ませていたが、たった一つの事である程度解決を見ている。
それは、鍵開けを最後の二か月に集中させたことだ。始まった当初は半年間均等に教えていた。終わりに集中した事で、鍵開けだけに注目していたそれらは、初めの体力作りで挫折してゆき、鍵開けの訓練まで在籍していない事が多かった。
最後は気配察知の訓練である。
盗賊達に遭遇する確率が多いトレジャーハンターの生存率を高めようとして最近、と言っても二十年程前からカリキュラムに追加されている。
これは盗賊対策で始まったのだが、ひたひたと忍び寄る野生の動物にも効果があったようで、探索中だけでなく普段の移動中にも役に立っていると卒業生からとても評判が良かった。
この様に、体力作り、ロープワーク、罠の設置解除、そして、気配察知が大きな項目としてカリキュラムを形成している。
気配察知が追加された事でカリキュラムに組み込まれなくなった内容が出て来た。それは武器の扱い方である。
気配察知を組み込んだ事で、トレジャーハンターは戦うよりも逃げる事を優先させて生存率を上げようとの方針に変わった事もあり、それが無くなった。
だが、武器の扱いを教えていない事で、逆に生存率を下げる場面も出てきてしまい、訓練場としては頭を抱えていた。
そこで考え出されたのは訓練が終わった後で、訓練生による自主的な訓練に期待したのだ。一日の終わり、要するに夕食後の自由時間であるが、そこで何をするのも自由なのだが、そこで武器の扱いを教えようと組み込んだのだ。
これにより、武器の扱いを覚える訓練生も増え、生存率がさらに高まったのは言うまでも無いだろう。
そして、アイリーンはと言えば、弓の腕前が達人級であるとわかり、教わる側から教える側へとなってしまった。その為に、剣術を教えて欲しかったが、それほど教わらず中途半端に終わる事になってしまった。一応、基本は出来たが、それ以上は教わる事は無く、そこから十年程、教わる機会が無かったのは、今のアイリーンからすれば幸運だったのかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
訓練所に入ってから半年、六月の下旬を迎える。
トレジャーハンターコースのカリキュラムがほぼ終了し、後は卒業試験を控えるだけとなった。当初の予想通りに十人程が訓練場を途中で後にし、ちょうど二十人が残った。
この頃になると、アイリーンの性格は同室のジュリアに引っ張られて明るく”はきはき”と自分から言葉を発する様になり、入寮した頃のアイリーンと同一人物なのかと疑う人も出そうなくらいに変わったのである。
地下迷宮で
「よし、みんな集まれ。これから、卒業試験の説明を行うぞ」
教官が卒業試験の概要を書き記した紙をそれぞれに配って説明を始めた。
卒業試験は四人一組になり別々の遺跡に進入し、奥の宝箱に収められているお宝を持ち帰る事だった。別段、難しい試験ではなく、今まで教わった事が出来れば一日で戻って来れそうなほどである。
持ち込める道具も規制がある訳でもなく、かなり緩いと思われる。
一つだけ注意しなければならないのは、同行者が付く事であろう。一組は教官が付く事になるが、他の四組には訓練場の卒業生が同行者となるのであった。
アイリーン達のクラスの出発は明後日と決まった。そして、向かう先の決定と同行者は明日決める事になった。
「ねぇアイリーン、どんな人が同行者になると思う?
「ウチもそう思う。かっこいい人がいいね~」
組み分けも楽しみであったが、どんな素敵な人が来てくれるのだろうかと頭に描きながら、アイリーン達はベッドに潜り込んで行くのであった。
そして、夜が明け、さらに昼食が終わった後、アイリーン達のクラスの皆は野外運動場で教官を前に、いつもの様に整列していた。ただ、一つ違うのは注目している視線の先が教官ではなく、その横に並んでいる四人の男女の方を向いていたのだ。
その中でもアイリーンはある一人の顔に釘付けになった。懐かしい顔は忘れもしない、この訓練所に入る切っ掛けを作ってくれたあの人だった。
何という偶然だろうと思うのだが、あの街から出て行って夢を叶えようと思うならこの訓練所に入所するのが一番の近道なのは考えればすぐに気が付いた。そう、アイリーンはその彼の進んだ道をたどっていたのである。
「よーし、明日の卒業試験の同行者を紹介するぞ~」
教官が皆の前で四人の紹介が終わると、四人一組の五班に組み分けされる。アイリーンと同室のジュリアも同じ班にされ、その他に男女の三人が一緒になった。
半年、同じ訓練を行ってきた仲間だ、名前は当然知っている。
ウィニーは寮の隣にいる女の子でアイリーン達と同い年で今年十六歳になる。そして、ティムとジョセフは男子寮の同じ部屋にいるらしい。ジョセフが一つ年上だけれども、いつも二人が一緒にいて、アレなんじゃないかと噂されてる。
そして、アイリーン達五人の前に同行者が現れると、アイリーンは思わず声を上げてしまったのだ。それに気付いた同行者もアイリーンの顔を見る、懐かしい顔を見たと驚きの声を上げた。
「もしかして、アイリーンちゃんか?」
「そう、アイリーンよ。隣のお兄ちゃん、よね?」
「ああ、そうだよ」
二人はお互いの顔を見つめて声を出してしまった。そして、同行者として、自らの名前を【レナード=モラン】と自己紹介をした。そして、この訓練所の二年前の卒業生で、今はとある探検家グループの末席に所属していると語った。
「えっと、アイリーンの知り合い?」
誰もがアイリーンに聞きたかっただろうが、同室のジュリアが真っ先に彼女に質問をしてきた。
「うん、ウチが孤児院にいた時に探検家になるって言ってた、隣に住んでたお兄ちゃん」
「う~ん、そのお兄ちゃんって言われ方は、ちょっと恥ずかしいな。妹にも呼ばれた事ないんだが」
アイリーンの話に耳を傾けていたレナードが口を挟んできた。いい歳してお兄ちゃんと呼ばれるのは恥ずかしいらしく、レナードと呼び捨てでも良いから、そっちで呼んで欲しいと嘆願していた。
「ねぇ、アイリーン。レナードさんって、素敵じゃない?
「え、良いんじゃないの?」
お互いの紹介を済ませた後、さわやかな笑顔が特徴のレナードに一目惚れしたジュリアが、彼氏にする宣言をアイリーンにしてきた。同じような目標を持っただけの、近所のお兄ちゃんとの認識しかしていなかったが、何故か胸がズキンと痛むのであった。
そして、卒業試験で向かう場所の確認と、ミーティングを行ってこの日は早くに皆は休む事になった。
※えっと、恋愛模様(?)
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