第三十四話 アイリーン、好敵手との出会い

 アイリーンが十五歳になった年の最後の日、アイリーンは孤児院の先生に別れを告げると国の訓練所へと旅立って行った。

 この時の彼女はふさぎ込んでいた数年前が嘘のように自発的な性格になっており、徐々に明るい性格への変革期となっていた。


 街々では新年を迎える目出度めでたい宴がそこかしこで催されているが、アイリーンは全く関係無いと横目で見ながら、必要な道具や食料の入った重いバックパックを背負って通り抜けて行く。


 目的の街までは歩けば六日の距離にあるが、始めて旅立つのだと餞別にいくらかのお金を貰っていたので、乗合馬車に乗る事にした。

 貰った大半のお金でチケットを購入すると、大切な荷物を抱えて馬車に乗り込む。

 それからすぐに馬車はアイリーンを含む六人乗客を乗せて出発した。


 乗合馬車での三日の旅は楽に終わるかと思っていた。新年を迎えるこの寒い時期に好き好んで盗賊が襲って来るとは思わなかったのだ。

 それは御者をしている男も、乗合馬車に同乗する六人の乗客も同じだった。

 まさか、この新年を迎える目出度い日に襲われるとは誰も思わなかった。


 新年を迎えるのはどの国でも目出度い行事が目白押しとなる。

 例えばトルニア王国やスフミ王国では王城のテラスから国王の有り難い談話が聞かれたり、ディスポラ帝国でさえも同じような行事を抱えている。

 それであれば盗賊達もそれに漏れず、新年を迎えるその日は酒を飲み、宴会にうつつを抜かしても不思議ではなかった。


 それがどうだ、街道の真っただ中で裕福でない者達が乗り合う馬車が盗賊に襲われたのだ。


 初めに発見したのは御者の男だ。

 馬車馬を操作するのが仕事であるが、街道を行く馬車を無事に目的地に届ける義務がある。その為に、きょろきょろと周辺に気を配るのは当たり前の仕事となっている。


 御者の発見が早かったために、乗客の六人がそれを知らされたのは、盗賊がまだ五百メートルも離れて迫り来る光景を冷静に見て取れる距離だった。

 当然ながら、御者は馬に鞭をくれ、速度を上げて逃げ出すのである。


 対する盗賊は八人。それぞれが馬に乗り、剣を高く掲げて迫って来る。

 盗賊に騎射出来る者がいたら、近寄らずにあっという間に馬車は蜂の巣になってしまっていただろうが、弓を持つ盗賊がいなかったのは幸運であった。


「急いで逃げますんで、何かに捕まってて下さい」


 御者の男が馬車の乗客に声を掛ける。

 箱馬車の速度と何も引かぬ騎馬の速度を比べれば余りにも劣勢すぎる。

 もし、盗賊につかまってしまえば、男は殺され、女は慰み者として連れて行かれてしまうだろう。馬車の中では悲壮感が漂い始めるが、アイリーンだけは違っていた。

 数年放っておいた弓とは言え、旅に出る前に一度整備し、弦を張り直していた。何度か試射をしていたので感覚が完全に戻ったとは言えないが、百メートル程であれば命中させることが出来ると信じていた。


 ちなみにその弓は、アイリーンが孤児院に預けられた時に親が置いて行った物である。


 バックパックに括り付けてあった矢筒を荷室から強引に取り出し腰に括り付けると、御者の制止も聞かずに馬車の天井にひょいと飛び乗った。

 二度ほど弓を空打ちしてから、二本の矢を掴み取り、一本を弓に番える。


 この時点で盗賊との距離は二百メートル、アイリーンの腕ではまだ盗賊に当てるのは難しい距離だ。

 だが、彼女は自らの腕を信じ、ぶるぶると震える手を強引に押さえつけながら矢を射った。


 矢は”ビュン”と空気を切り裂き山なりに飛ぶと盗賊達から逸れて地面へと突き刺さった。馬車の中から覗いていた乗客はそれに落胆の声を漏らし、もう駄目だと頭を抱える。

 誰かがアイリーンの顔を見ていたら、外れるのが当然と澄ました顔をしていたとわかっただろう。先程の矢は風の流れを見る為に射たのであり、彼女としては当然の帰結であった。それに、久しぶりの実践に体を慣らすためでもある。


 そして、本命の二本目を弓に番えて弦を”キリキリ”と引き絞る。

 アイリーンの背中の筋肉が音を立ててきしんでゆく。

 そして、いっぱいまで弦を引くと彼女は番えた弦をパッと解き放った。

 わずかに右に逸れた矢だったが、風の影響を受けて弧を描くように左に曲がって飛んでゆく。そして、盗賊の先頭が百メートルまで近づいた時、その盗賊の頭部を狙い澄ましたかの様にこめかみに突き刺さり、脳と頭蓋骨を貫通して脳漿を垂れ流した。その一射を受けた盗賊はそのまま命を刈り取られ、馬上からゆっくりと滑るようにして枯れた草の上に”どさっ”と落ち行く。


 足元から”おおぉーー!”と歓声が上がるが、そんなのは構う暇もないとアイリーンはさらに三本の矢を掴み取ると一本ずつ丁寧で素早く斉射して行く。

 風の向きがわかり、百メートル射程であれば、彼女には難しい事ではなくなった。

 続けざまに射た三本の矢はすべてが盗賊を射抜き、三人の命がそこで失われた。


 盗賊達に誤算があったとすれば、昼間のアイリーンが起きている時間に遠目から馬車を襲い始めた事だろう。

 この頃の彼女は、まだトレジャーハンターとして名を馳せる前のただ弓の上手い少女であったのだ。気配の察知の方法も、夜間の見張りの訓練もしておらず、旅にも慣れていなかったのだ。


 そして、半数の四人を失った盗賊達は残り五十メートルまで迫った馬車の襲撃を諦め、進路を反転させて逃げるのであった。


 盗賊を撃退したアイリーンは馬車の中へ戻ると、歓喜の声に迎えられた。盗賊に捕まれば何をされるかわからない状態を脱し、無事に馬車旅が続けられると知れば、それは当然と言えば当然であろう。


「なんだ、お嬢ちゃん。弓を習いに行くんじゃなくて、凄腕の弓士だったんだな!」

「私達は運が良かったんですよ。お礼を言いますよ」


 御者も乗客もアイリーンに感謝の気持ちを述べ、口々に喜び合った。アイリーンは自分の身を守っただけと考えていただけに、何故こんなに感謝されるのか不思議でならなかった。

 小さい頃に親と共に山野を駆け回り、獲物を仕留めたとしても親からは褒められも感謝の言葉も受けたことが無かった彼女の目には新鮮に写ったのだ。自分の事だったのが、他人から感謝され、こんなに気持ちがいいのかと思ったのはこの時が初めてだったのだ。


 それから、目的地に到着するまでの馬車の中では、彼女はずっと英雄ヒーローであり、話題の中心だった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「お嬢ちゃん、ちょっと良いかな?」


 乗合馬車を下りて、如何しようかと首を傾げていた所を後ろから声を掛けられた。くるりと振り返ると同じ馬車に同乗していた恰幅の良い中年の男が防寒帽を被ってアイリーンを見ていた。


「えっと、ウチになんか用?」

「立ち話もなんだから、そこら辺でお茶でもどうだ」


 中年の男は何気なく誘ったつもりであったが、他人に心の中をあまり見せないアイリーンはその申し出を断わった。馬車の中で盗賊を撃退したお礼を言われたくらいで、それ以上の関係は持たなかったはずだった。


「ほっほっほ、そう言うと思ってました。私は【マクマード=フォレスター】と言うちっぽけな商売人です」

「は、はぁ……」


 帽子をひょいと上げながら名乗って名刺を渡してくるが、胡散臭いと思いつつ気の無い返事を口にして名刺を貰う。マナーなど習った事も無いアイリーンのその姿に少しムッとしながらも、まだ子供だと我慢をしてさらに続ける。


「私はお嬢ちゃんの弓の腕前を見て、投資をしたくなったんだよ」

「そんな事言って、ウチの気を引こうとしても駄目よ」


 マクマードは”参ったなぁ”と手で目を覆って呟くが、口元が笑っているのはまだ諦めていない証拠だ。


そこ名刺の裏に私の店に場所が書いてあるから、気が向いたら訪ねて来てくれればいいさ」


 そう言うとマクマードは笑顔で手を振り、雑踏の中へいそいそと消えて行った。中年の男を見送ったアイリーンは狐につままれたような顔をして、不思議な出会いに首を傾げるのだった。


「……おっと。ボーっとしてたら行けない。急がなくっちゃ」


 太陽はまだ高い位置にあるとは言え、目的の場所に行って申し込みを今日中に出さなければ入るのに半年も期間が開いてしまうと焦る。

 広場にある地図と訓練場の案内を見比べて行き場所を確かめると、アイリーンはそこへ向かって行く。


 訓練場自体は街の南側の防壁近くにあるのだが、申し込み自体は駅馬車の乗り場近くにある。昔は訓練場で受け付けていたのだが、申込生から何かある毎に”行くのが面倒だ”と訴えられ続けた結果、駅馬車の乗り場近くに移設された。


 ”カランカラ~ン”


 ドアを開けると木製のドアベルの優しい音色が耳に届く。この日が申し込み最終日なだけあり、かなりの人数が申し込みに来ていた。

 アイリーンもその例に漏れず、申込用紙を握りしめて受付へと急いで、必要事項を書いた申込用紙を提出する。


「……こんにちは」

「こんにちは。申し込みね」

「…は、はい」


 ”はきはき”と話す受付のお姉さんは申込用紙を上から確かめて行き、不備が無いとわかると後ろの机に用意してあったテキストをアイリーンに渡す。


「これでレジャーハンターコースの訓練への申し込みは終わりよ。授業料は国が出すから必要ないわ。六日後に始まるから荷物を纏めて前日、五日後に訓練場に集まってね」


 テキストを受け取ると同時に”コクン”と頷いて返事を返すと、建物から出て街へと消えて行った。




 街の安宿に泊まっていたアイリーンは、五日後にバックパックを担いで弓を左手に握った状態で訓練場の入り口を潜る。これから半年の間、様々な技術を学び取ろうと胸が高鳴った。


 そこから案内されたのは訓練所の一画で、半年の間寝泊りする訓練所の寮である。二階の一室に通されるとすでに先着していた同僚がそこで仁王立ちで待っていた。


「あら、貴女一緒の部屋なのね、よろしくね」

「…はい、よろしく」


 彼女は胸を張りながら右手をさっと出してきて握手を求めてきた。挨拶をしながら出してきた手に、返答をしながらそっと手を握るアイリーン。

 そして、お互いの名前を告げるのである。


わたくしはジュリア=アドラー、十五歳よ」

「…ウチはアイリーン=バーンズ。同じく十五歳」


 仲良くなれそうねと屈託のない笑顔を見せるジュリアに親近感を覚える。


 彼女の特徴はと言えば、アイリーンよりも活発でパーマの掛かった空色の髪を頭の後ろで束ねている。その綺麗な髪よりも目立つのは、アイリーンよりも大きな体の前にある胸であろう。アイリーンも実は大きな方であるのだが、ジュリアの胸はそれよりも主張しているのだ。

 街を歩いていれば、その胸見たさに十人中十人の男が目を輝かせて振り向くこと間違いないだろう。


 二段ベッドの上段に荷物を載せようと、背中からバックパックを下ろすと、壁に立てかけたアイリーンの弓を珍しそうにジュリアが眺めている。


「えっと、弓に何かあるの?」


 まじまじと見ているジュリアに手を止めて話し掛ける。


「別に何がある訳でもないけど。弓を使うのね、貴女」


 ジュリアが自らのベッドからショートソードを取りアイリーンに見せる。


わたくしはこっちの方が性に合ってるのよ。ふふふ」


 ショートソードを舐めるように見つめる瞳が怪しく光を放つ。そして、鞘に入ったままのそれに頬ずりを見せる。アイリーンはぎょっとして後退りし、彼女のショートソードにだけは手を出さないようにと心に固く誓った。


 危ない目を見せているジュリアを横目に見ながら、先程途中だった二段ベッドの上段に荷物を載せる。重いのは訓練場で使うテキストくらいであり後は軽い着替えがほとんどなので、アイリーンでも問題なく乗せられる重さだった。


「じゃあ、ちょっと早いけど同じ部屋になった者同士、親睦を深めましょうか!」

「…えっ?え、ちょっと何処へ行くの?」


 一息吐いた所を腕を掴まれ強引に部屋から連れ出すジュリア。バランスを崩すが彼女にもたれ掛かるような姿勢になり転ぶことは無かったが、強引なジュリアの行動に眉をしかめる。

 だが、彼女のその強引さは少しだけ見習う必要があると、強烈な強引さを楽しみながらジュリアに付いて行く。


 ジュリアに連れられて行ったのは、訓練場の寮にある食堂だった。

 国が運営しているだけあり、訓練生の食事は基本無料である。

 だが、食事以外で利用するときは料金が必要でジュリアは幾らか支払うと、甘いスイーツやジュースなどを貰って来た。


「ほら、グラス持って!」

「う、うん」


 二人がグラスを目の高さに持ち上げる。


「二人の出会いに、乾杯~」

「…ん、乾杯!」


 グラスをお互いに傾け、グイッとジュースを二人は飲み乾す。

 それから、二人は楽しい時間をしばらく共有するのであった。




※アイリーンの仕事を邪魔したジュリア=アドラーとの初めての出会いでした。

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