第三十三話 アイリーンの不幸な幼少期

「んと~。……寝すぎた、かな?」


 上体を起こしボサボサの赤い髪を目の前からどける様に頭を振り、キョロキョロと部屋を見渡せば、窓からは明るい太陽の光がサンサンと降り注いでいた。さすがのアイリーンも寝すぎてしまったと頭を掻いて自らを胡麻化した。


 大きく伸びをして布団を跳ね飛ばすとベッドから勢いよく飛び起きる。裸足のまま自らの荷物を広げてシャツと靴下を取り出す。寝間着を簡単に脱ぐとグルグルと丸めて、そのままバッグへと投げ込み、先程出したシャツに袖を通す。

 その後で防具用に着込んでいる厚手のシャツとホットパンツを身に着け、ベッドに腰を下ろしてからニーソックスを履くとようやくブーツに脚を入れる。


 さらに防寒の上着と外套を羽織り、赤い髪に櫛を通すと何となく一日が始まった気がした。すでに高くに上った太陽を認めているが、彼女の一日は今、始まったばかりである。




 部屋を出て食堂に向かうといつもの面子が暇そうにグラスを傾けていた。何かカードゲームでもしていれば気を紛らわせるのにと思うのだが……。


「おはよう」

「「おはよう?」」

「もうお昼ですよ。いくら休みでも寝すぎです」


 挨拶をしたは良いが、散々に嫌味を言われれば、眉を寄せて機嫌が悪くなってゆく。だが、ヒルダだけはアイリーンの胸元をじっと見つめて何か言いたそうにしている。


「ん?どうしたの、ヒルダ」


 十個も歳が離れたヒルダは、顔をほんのり赤くして言うべきが言わざるべきかと迷っていた。だが、同じ女性目線から言わなければとの使命を感じ、思い切って口にした。


「んっと……。ボタンが外れてて下着が見えているんだけど……」

「…っな!」


 指摘されて胸元を見ながら手でシャツをまさぐると、自分の見えない場所のボタンが留めておらず、豊満な胸とそれを押さえつける下着の感触が伝わってきたのだ。

 シャツを二枚着込んでいるにも拘らず、つまりはその両方のボタンが留まっていなかった。


 アイリーンは顔を赤らめて、急いでボタンを留めて食堂をキョロキョロと見渡す。時間が時間なだけにアイリーンを見ていたのは仲間の四人だけであり、豊満とも言える彼女の胸を見た者は皆無であった事は救いであった。

 大きく息をいて、自分を落ち着かせてから仲間のいるテーブルへようやく腰を下ろした。


「詳しくは聞いておらんが、昨日の依頼とはなんじゃったのか?」


 ヴルフが右腕で頬杖をつき、説明が足らないとその催促をしてきた。話を通して事前に了解を得ていたヒルダは良いとしても、スイールの指示でエゼルバルドを配置せねばならなかった依頼を知っておきたかった。


「あ~、も~!わかったわよ」


 起きて何も口にしていないと、飲み物と食事を注文するとアイリーンは口を開くのであった。


「依頼人は言えないけどね、宝石のレプリカを壊せって依頼だったのよ」


 どこかの貴族が持つ宝石のレプリカが博物館にしばらくの間、飾られていた。本来なら、貴族が大事に金庫に仕舞ってあり、人の目に付くなどあり得なかった。調べて行くと、いつも足を引っ張る貴族がガラスに色を付けて同じ形に仕上げていた。

 博物館に飾っていたので、その宝石目当てにお金を払ってまで入場した市民が多く、多額の利益を上げていた。


 利益を上げるのは別にかまわないのだが、いつも足を引っ張る貴族に嫌気が差し、忠告の意味として狙撃の腕を買われてこの都市に偶々いたアイリーンに依頼が掛かったのである。


「なるほど、依頼の件はだいたい理解した」


 アイリーンの説明が終わるとヴルフが頷きを返し、同時に注文していた料理が運ばれて来た。そして、それに手を伸ばし始めた所で、ヒルダが口を挟んで来た。


「それでさぁ、あのが大きい女の人は何なの?」


 ヒルダの言葉を聞くと、食事に伸ばしていた手がピタリと止まった。


「えっと、何の事?」

「とぼけないでよ。集合場所へ向かう時に襲われたじゃない、あの女よ!」


 どうやって誤魔化そうかと考えるが、あの場面を見られてしまったからには話さざるを得ないと渋々話し始めた。


「んと、彼女は【ジュリア=アドラー】。十五歳くらいの時に同じ施設で訓練を受けていた同期よ」

「やっぱり、知り合いだったんだ」


 二言三言、二人の会話を耳にし、知り合いだと感じ取ったのは予想通りだった。

 尤も、アイリーンの行動を読んで先回りするなど、彼女を知る人物でなければあり得ないと思ったのだ。


「そして、ウチ等の憧れの先輩を奪った張本人なのよ!!」


 そこで、アイリーンから予期せぬ発言が飛び出し、皆が唖然としたのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 アイリーンは元々、名もなき山村で生まれ、狩りで生計を立てる一家で育った。生まれた時は親に喜ばれたのだが、親とは似ても似つかぬ真っ赤な髪色から、山の中では目立つと疎まれ始めたのである。


 だが、親も生んでしまった手前、アイリーンを無下に扱う等出来る訳も無く、疎まれるなかにも一定の愛情を授けながら育てた。


 その愛情とは彼女に狩りの仕方を教えるというものだった。


 三歳の頃になると、アイリーンは弓を手にする事になる。

 初めは力も無く前に飛ばす事も無理なほどに非力であり、前に飛んだとしてもまとまで届かず随分と手前に矢が落ちていた。

 だが、それだけが親の愛情と知っていたアイリーンは来る日も来る日も弓の練習を続け、五歳を過ぎる頃には五十メートル先の的の中央を正確に射抜く事が出来るようになる。

 そして、十歳になる頃には百メートル先の的を射る事にも成功する。


 山の中に連れられて狩りを始めてしたのは五十メートル先の的を射る事が出来た五歳頃。初めは小動物を狩るために矢を射っていたが、五歳児に山野を駆け回る体力などある訳も無く、親に背負って貰い狩場を往復する日々がしばらく続いた。

 それも直ぐに背負われる事も無くなり、自らの足で狩場まで連れて行かれるようになった。酷い時には帰りに置いて行かれ泣きながら山を下った事もあった。


 狩りの事でしか、親から相手にされないとわかると、親を振り向かせたくて山野を駆けずり回る事も出来るようになるのだが、彼女への愛情が降り注がれる事はそれ以上無かった。


 そして、一年が過ぎ、二年が過ぎ、百メートル先の的を射る事が出来る十歳になる頃には大人顔負けに山野を駆け回る狩人としてはほぼ一人前のアイリーンがいたのである。


 そこまでして努力し、大人顔負けの狩人になったにもかかわらず、親はアイリーンに愛情を向けなおす事をしなかった。それは何故だかわからないとしか言えないが、二人の兄妹がいた事が大きかったのだろう。


 アイリーンがもうすぐ十一歳になろうとしたある日、彼女が目を覚ますと見知らぬ光景が目に飛び込んできたのだ。山村から遠く離れた街の孤児院に預けられてしまったのだ。

 いつかは親が彼女を見直してくれると信じていたが、裏切られた彼女は死んでしまいたいと心に思った。


 後に聞いた話だと、就寝中に魔術師に睡眠誘導スリープを掛けられていたらしい。その為にずっと寝ていて目を覚ます事が無かったのだ。


 それからしばらくは生きる気力を失くしたのか、死んだ目をして何も発せず、過ごす様になり、トイレに行く以外はベッドの上で寝て過ごす日々が続いた。

 本来は学校へ行かなければならないのであるが、動く事を拒否し続けている彼女は孤児院を預かる先生からも見放されて行く。


 アイリーンが生きる気力を取り戻したのは、それから半年たった頃の切っ掛けだった。

 彼女が十二歳の誕生日を迎えた頃、孤児院の近くにある家族が引っ越して来た。


 孤児院の存在する地域は、裕福でない家庭が多い場所に建てられることが多く、アイリーンのいた孤児院もその例に漏れず、下層の人々が集まる地域にあった。そこに越してくるのであるから、その家族もそれほど裕福では無かった。

 その家族には二人の子供がいて、一人は十四歳の少年、もう一人は十歳の少女であった。


 少年達の親は仕事の関係で夜遅くに帰宅する事が多く、夕方に孤児院に来て遊んだり夕食を食べたりしてから帰る事が多い。そうなる事を予想して、少年達の親は孤児院に寄付をしているのであるが。

 その少年が、死んだような目をした少女、アイリーンをふとした瞬間に見つけた。トイレに向かった時に開いていたドアからアイリーンの姿を見てしまったのだ。

 それからと言うもの、時間があればアイリーンに何処から来たとか、家族はどうだとか、外に遊びに行こうとかいろいろと話し掛けるようになった。

 そして、話題がなくなると、今度は自分の夢を語り始めた。十四歳にもなれば一つや二つの夢、つまりは大人になったらしたい事が出てくる、それを語り出した。


 少年の夢は探検家。まだ見ぬ地下迷宮を発見するのが夢だった。


 どこかの書物に不思議な遺跡として紹介されていたのを見た時から少年の頭にはどうやって見つけるか、そして、見つけ出すにはどうやったらいいのか、そればかり考えるようになった。

 地下迷宮にはまだ見つかっていないお宝や武器、防具、そして、見知らぬ技術が隠されているかもしれないと少年は語った。


 少年が地下迷宮の話を語り始めてから、アイリーンの思考に少しずつであるが改善の動きが見られるようになった。預けられてから半年以上、死んだような目をしていたが、少年の地下迷宮を探す夢を語りだすと顔を少年に向けて聞くようになったのだ。


 それが引き金となったのか、孤児院の先生は地下迷宮が紹介されている書物を借りて来てはアイリーンに見せる様になり、さらに三か月もするとベッドから離れて書物を見始めるようになった。


 ここで、アイリーンに一つ問題が起こった。それは、名もなき山村で生まれ育ち、狩りばかりしていた為に文字や数字が読めない事だった。

 初めは孤児院の先生が読み聞かせていたが、他の子供達への世話もありアイリーンばかりに時間を取れなくなる。その後は、文字を覚えさせるために、読み書きの勉強と四則計算の勉強をさせた。


 少しして、少年がそこから旅立って行ったと聞いた時には、アイリーンは何の感情も覚えなかったが、地下迷宮についての話を聞けなくなったと、そこだけは残念がっていた。

 それから、アイリーンが十五歳になるまで読み書きの勉強と四則計算をすべて覚えると同時に、地下迷宮の書物をすべて読破したのである。

 これは、アイリーンの執着心、いや、夢を見つけた事が動機となっていた。


 少年が旅立ってアイリーンが塞ぎこむかと孤児院の先生は思っていたが、夢を持ち始めた事で徐々に性格も明るくなり、外に出て体を動かす事が多くなったのは嬉しい誤算であった。

 半年以上、ベッドに横たわってただけに体力の衰えは激しかったが、そこはまだ十代の子供。一、二か月もすれば外を駆け回るようになり、さらに半年過ぎた頃には屋根に駆け昇るまでに体力が戻ったのである。


 そして、孤児院からの旅立ちが迫る中、孤児院の先生からアイリーンにとある話をされた。


「アイリーン、良く聞いて。貴女は親から離されて不幸になったかもしれない。でも、それは過去の事であって、貴女の将来の事は貴女自身で掴み取らなければならないのよ。親に復讐するのも貴方の人生の一つだし、それを否定する事は私には出来ないわ。そんな事に手を染めて欲しくないのは本心だけどね」


 アイリーンは、こんな所に置き去りにした親を幾度も殺してやりたいとも考えた。それはベッドに無気力に寝そべっていたその時であった。

 だが、そんな事をしても、親が見向いてもくれなかった状況を変えられないのであれば無駄なのだとぐるぐると脳裏に浮かんでいた時もあった。


「でも、それで貴女の将来を摘み取ってしまってはいけないわ。なるべく忘れて、貴女のしたい事をしなさい」


 すでに親の事はアイリーンの心の中ではちっぽけな存在となっており、孤児院の先生の言われた事など今は微塵にも考えていなかった。


「ここは貴女が今、関心がある事柄に向けての訓練を行っている所よ。ここに行って、貴女の夢を叶えなさい。貴方ならきっと、それが出来るわ」


 そして、孤児院の先生が一枚の案内をアイリーンに手渡してきた。

 それは国が主導する訓練場の案内で、自衛目的の訓練の為に武器を扱わせているのが特徴だ。その中でとある訓練内容にアイリーンの目が留まった。


「……トレジャーハンター……コース?」


 宝探しを行うのではなく、様々な場所を走破したり、乗り越える為の技術を教える授業をしていると記載されていた。

 内容を見ればロープワークや罠の設置と解除、鍵開け等と、フィールドワークで生き残るための術を教えていると言っても良かった。


「貴女にはぴったりだと思うのよね」

「……うん、わかった。行ってみる」


 アイリーンはその案内を穴が開く程見つめ続け、何かに取りつかれたようにぶつぶつと呟くのであった。

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