第二十五話 襲撃の下準備をしよう

    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「やっぱり無理なのよ~」

「駄目だって!まだ諦めちゃ駄目よ」


 王都アールストの南のワークギルドで女性が二人、ジョッキを片手に大声を上げてくだを巻いていた。ほとんどが”見つからない”とか、”諦めよう”とか、半分以上が自棄やけになりそうな弱気な言葉を飛び交わせていた。


「アマベルは良いわよ、そんな体でゆっくりしか動けないでいるから探す範囲も少ないし!」

「何言ってるのよ!カーラの事が心配で探しているんじゃない。本当だったらまだベッドで寝てろって言われるんだから!」


 喧々囂々けんけんごうごう、今まで仲の良かった二人がここまで言い争いをするのは初めてではないかと周りの者達は見ていた。


 この二人、切羽詰まっていた。

 カーラが下宿を借りている叔母が石化症を患い、末期症状になる寸前だった。


 良く知れくれる叔母を治そうと、折角手に入れた薬も何者かに盗まれてしまい、その行方もわからず、ただ一つの手がかりも今だ追えていない。

 そんな状態であれば、二人の気持ちに焦りが生じ喧嘩をしてしまうのも頷けるだろう。


 内心では、相手を罵っても始まらないとわかっているのだが、どうしても口喧嘩になってしまう。


「もういいわよ!明日は一人で探すから」

「ちょっと待ちなさい、カーラ!一人で探したって見つからないわよ。それに相手は手練れよ、魔術師だけで勝てないわ」

「それを言ったら、怪我した体で剣を振れないアマベルこそ足手まといだわ」


 カーラは”バンッ!”とジョッキを叩きつけて、フードを被ると”つかつか”と出口へと向かって歩いて行く。


「待ちなさい!!」


 アマベルは何時までも鈍痛を生み続ける脇腹を押さえつつ外套を掴み、顔を歪ませながらカーラを追い掛けて出口を潜る。

 そして、昼頃から降り出した雨の中へ躍り出てカーラの腕を握って制止させる。


「足手まといでも、一緒に行くんだから!待ちなさいよ」


 カーラが振り向き、アマベルを”キリッ!”と睨む。喧嘩別れしてでも、一人で行動してやろうと思っていた。

 だが、そんな二人をあざ笑う様に、事態は思いもよらぬ方向へと進んで行く。




 ”パカリッ!パカリッ!パカリッ!”


 カーラとアマベルがワークギルドの前で言い争っている横へ数台の馬車が止まった。

 二人が”えっ?なに”と怯んだ一瞬の隙に、屈強な男達がそれぞれに向かい、猿轡と布の袋を頭に被せると強引に馬車へと押し込んだ。

 突然の出来事に二人は抵抗したが、アマベルは怪我の痛みで、カーラは乏しい腕力で、屈強な男達の前に成す術もなく連れ去られてしまった。


 そして、馬車の列はすぐさま走り出し、何処かへ向かって行った。


「ウーウー!」

「ウーウー!ウーウー!」

「お二人さん、静かにしてもらえるからしら」

「!!」

「ウーウーウー!」


 馬車が走り出してすぐ、”ウーウー!”とうめき声を上げて抵抗する二人に、声を掛けらた。アマベルはその声を聞き抵抗をすぐに止めたが、カーラは足をバタバタさせて抵抗を続けている。

 一緒に連れ込まれたアマベルが抵抗を止めたとわかったのか、しばらくするとカーラも抵抗を止めて大人しくなった。


「手荒な真似してごめんなさい。ちょっと時間が無かったのでね」


 二人が静かになり、やっと会話が出来ると女の声で話し掛けられた。

 そして、その女が手を一度振ると、アマベルとカーラに被せられた布袋と猿轡が解かれたが、二人を暴れさせまいと片腕を後ろに回され、抵抗は出来ないでいる。


「パティ!!それに取り巻きの男達!」

「えっ、彼女が?」


 僅かばかりのランタンが灯す馬車の中で、アマベルが目の前の女へ視線を向け女の名前を叫んだ。アマベルが庇い、代わりに怪我を負った原因となった女が目の前に座っていたからだ。


 そう、この馬車はパトリシア姫とアンブローズ達が乗っている馬車であったのだ。

 王族の紋章も描かれぬ質素な外装の馬車は、何処の所属か不明な状態だ。


「お久しぶりね。そちらはカーラさん……でよろしいのかな?」

「これはいったい、何の真似よ!」

「アンタがいなければ、アマベルは怪我を負わなかったのよ!」

「静かにしろ。話が出来ないではないか」


 二人がパティパトリシア姫に食って掛かろうとしたところを、武器の柄を”ゴンッ”と床に打ち付けて二人の行動を制止させる。馬車ないが静寂に包まれるが、その間も馬車は王都の石畳を軽快に走り、何処かへ向かっていた。


「改めて謝るわ、ごめんなさいね。二人に手を貸して欲しいのよ。ちゃんと報酬も支払うわ」

「だ、誰が誘拐犯の手伝いなどするか!」

「そ、そうよ。何処かで置いてかれても、地の果てまで追いかけるんだから!」


 二人の言い分も当然だなとパティパトリシア姫は思い笑みをこぼした。いきなり屈強な男に押さえられ、口と目を覆われ誘拐される。その後に協力しろなど、パティパトリシア姫であっても御免こうむりたい場面であろう。

 特に王族のパティパトリシア姫だったら、どの様に命を絶つかを模索するかもしれない場面である。


 だが、話だけは続けようと諦めずにパティパトリシア姫は二人に問い掛ける。


「えっと、二人の事はある程度、調べさせてもらったわ。出身が近いとか幼馴染であるとかね」

「ちっ!何処まで知っていやがるんだ」

「まぁまぁ、少し調べればわかる事よ。それで、これからの話なんだけど、石化症の薬……と言ってわかるかしら?」


 ”石化症の薬”とパティパトリシア姫の口から漏れた所で、二人の眉が”ピクリッ”と動き、視線をパトリシアに向ける。


「アンタ達があの薬を持っていると言うの!信じられない、それを持って脅すなんて……」


 アマベルはパティパトリシア姫達がその盗んだ者達の一味だと考え、蔑みの視線を向ける。カーラはと言えば、脅されたと感じ、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「ちょっと、いや、結構違うわね。私達はその薬を持っていないし、あなた達を脅す事もしないわ。人攫ひとさらいの真似事をしてしまったのは悪かったけど。でも、初めに言ったわよね、手を貸して欲しい、と」

「お嬢様の話を最後まで聞いてもらえるだろうか、お二人さん?」


 生殺与奪の権利を相手に握られ、抵抗も出来ないでいる現状を打破するには今は従うしかないと二人は感じたのか、急に大人しくなり、パティパトリシア姫の話を聞く事にした。

 話の中に脱出するチャンスが生まれるかもしれないと考えた事も一つの要因でもあるが。


「わかったわ、話だけは聞くわ」

「ありがとう」


 パティパトリシア姫は二人に礼を言うと、”早速”と話を始めた。


「これから、とある場所を襲撃に向かいます」

「ちょ、ちょっと待って。何そんな重要な事をさらっと言ってるのよ」

「今は時間無いのよ。それに、回りくどい言い方、嫌いなのよね」

「まぁ、いいけど……」


 いきなり襲撃と言われれば誰だって慌てるのだが、悠長な事を言ってられないとパティパトリシア姫が告げた事で、アマベルは諦めて大人しく聞く事にした。


「そこには、貴女達から奪った石化症の薬がまだ保管されているのよ」

「何でそんな事、知ってるんだ?私達だって、まだ知らないのに」


 カーラは何故、この短期間で調べ上げる事が出来たのかと不思議に感じた。そして、その情報収集能力を持っている、この女に敵対すべきでは無いと危険信号も感じ取っていた。


「それは秘密よ、結構お金を使ったけどね。それで一緒に襲撃に参加して貰いたいんだけど、どうかな?」

「”どうかな?”って言われても、おれ達に拒否権は無いんだろう」

「まぁ、あると言えばあるし、無いと言えば無いかな。参加して取り返せれば、そっくり石化症の薬を渡すし、報酬も支払うわ。でも、拒否するのなら、取り返してもタダで渡す訳にはいかないわね。私としてはどちらでも良いけど……。ふふふ」


 隣で聞いていたアンプローズが、”姫様は良い趣味をしていらっしゃる”と思った様だが、対面に座っている二人はどちらにしろ拒否権は無い、と半分諦め気味であった。


 そして、二人は今後の事も考え、ひそひそと相談を始めた。


 二人の考えとしては、安心させておいて命を奪うのではないか、隙を見て逃げ出せるか、その薬のありかは本当なのか等々を話し合った。

 その懸念は当然であった。だが、命を奪うのであれば目隠しや猿轡を取らずに首を”サクッ”と刎ねればそれで終わるのに、それすらされていないとわかれば命の心配はないと思える。

 その結果を踏まえ、一種の賭けだと腹をくくって提案を受ける事にした。


「ここまで来たんだもの、女はよ、受ける事にするわ」

「そう言うと思ったわ。ありがとうね」


 その様に仕向けたのだろう、この詐欺師が、と二人は同時に思ったのだが……。


「そろそろ到着します。下車の準備を」


 御者席から、”到着する”と雨音と共に告げられ、馬車はある貴族の敷地内へと滑り込んで行った。そして、三台の馬車に分乗していた人員が整列をすると、十名強の屈強な男達が彼女達の目に飛び込んできた。


「お嬢様、全員揃いました」

「ギルバルドもありがとうね。でも、あなたが来なくても良かったのに。お目付け役なの?」

「それもありますが、少しでもが駆除できれば住みやすい街が出来るかなと思いましてな」


 パティパトリシア姫に語り掛けたのは、特徴ある赤髪で身長が百九十センチもある巨体を持つ大男であり、実は騎士団の団長を務めていたりするのだ。

 本来なら広幅の両手剣を扱うが、狭い場所での戦闘を意識して、今回はブロードソードを数本用意していた。パトリシアにそれと無く理由を話していたが、簡単に言うと戦闘狂である。


「そうそう、アマベルよ、こちらへ。アンブローズ、彼女を連れてきてくれ」

「ははっ!」


 パティパトリシア姫はアマベルとアンブローズ、そして、フードを被り杖を持った者を連れて馬車の陰へと入って行った。


「アマベル、脇腹を出せるか?」

「脇腹?何のために」

「何のためにって一つしかあるまい。出さなければ強引に服を切ってもいいんだが」


 服を切ると言われて渋々と上着のすそを上げて包帯が巻かれた腹を露わにした。今日一日歩き回っていた為か、包帯が赤く染まって、まだ傷が塞がっていない事を示していた。


「それじゃ、頼んだぞ」

「はい」


 パティパトリシア姫がフードを被っていた者へ指示を出すと、女性特有の高い声で返事をして、アマベルの包帯とガーゼを取り除き、血が滲む傷口へと左手を向ける。

 魔法が発動すると、アマベルは脇腹に暖かさを感じ取り、徐々に痛みが引いて行った。


「え、ええっ?」

「どうだ、痛くは無いか?」

「もしかして、回復魔法ヒーリングを掛けてくれたのですか?」

「もしかしても、しなくても、その通りだ。これから襲撃するのに、その傷では碌に剣を振れまい」


 狐につままれたような感覚に陥りながらも、痛みが引いた脇腹を摩ってそれが夢でないと信じられるまで三十秒ほど必要だった。まさか、傷の手当までされるとは思いもよらなかった。

 抉られて痛々しい傷痕をパティパトリシア姫はその目でしっかりと見ていたので、襲撃に参加させるには治す必要があると感じていた。当然、自らの盾となった者への償いの意味も込めて。


「さて、襲撃の打ち合わせをするから皆の所へ戻るぞ」

「「はい」」

「あ、はい」


 四人は馬車の陰から戻り、屈強な男達が待つ集合場所へと戻った。

 馬車の陰へ連れていかれたアマベルを心配していたカーラは、陰から出来た彼女へ駆け寄り”何かされなかった?”と心配していた。だが、”スタスタ”といつも通りに足を運ぶアマベルを見てびっくりしていた。


「大丈夫よ。信頼はしてなくても、信用はしていいから。後ろから切られる事は無いわ」

「って、何されたのよ?その変わりよう」

「これよ」

「ん?え、これって?」


 アマベルが少し恥ずかしそうにシャツの裾をそっと捲り上げると、鍛えられた腹筋に可愛らしいおへそが顔を出した。

 カーラはそのおへそに視線が向いてしまったが、すぐにその脇にある傷口へと視線を戻した。うっすらと赤い跡と傷を塞いだ糸が見えてるだけで、血の滲みだす傷痕は塞がれていた。


「……これじゃぁ、仕方ないね」


 ここまで処置をして貰ったのならアマベルは断れないだろうと、額に手をやり雨の降りしきる空を見上げる。長い付き合いの彼女がそう言うなら、私も全力で支えようと腹をくくる。


「そこの二人、打ち合わせをするからこっちへ来なさい」

「はいっ!」


 アマベルとカーラの二人は長身の男に呼ばれ、これから行う襲撃の打ち合わせをするべく、男達の下へと向かって行った。

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