第十九話 アレに見えるは正義の味方か?
※この話は第六章 第一話の近辺になります。
この話は22日に更新予定でしたが、前話(18話)を間違えて時間指定せずに投稿した(小説家になろうにて)ため、三日連続の更新となりました。
話的には前話を読んでなくても、わかるのですが……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
騎士養成学校を回って見たものの、何の成果も無いまま数か月が過ぎ、暖かくなる薄着になり出す四月となってしまった。
その人の移動の始まるこの季節に、パトリシア姫の友達がアールストの港から大陸の東側へと向かうと聞き少し寂しい気持ちになったのが前日の事であった。
それから、大急ぎで仕事を終わらせ、この日の出航に合わせてアールストの港へとアンブローズ等を伴って姿を現していた。
王城で身に纏う様な華美ドレスではなく、一介の旅人を装った地味目の服装である。身分が明らかになってはいけないと、深緑の外套を羽織りフードを深々と被っている。
お供兼護衛のアンブローズ達四人も、同じような格好をしており、警備は万全であった。
「あ~ぁ、これでしばらくは会えないのかぁ」
「彼らには、彼らなりのするべき事がありますからな。留めておく事は難しいでしょう」
「そうね、出来るのはここから無事を祈るだけですわね」
「全くです」
離岸する船を悲しそうな目で見つめ、別れを惜しむパトリシア姫。無事を祈るとだけ呟くと、王城へ戻るべく踵を返すのであった。
居城を抜け出してのお忍びの為、
自らの部屋から騎士の訓練場に移動するには階段を幾つも経て五分以上の時間がかかるのだ。
それを行っていれば、足腰も鍛えられるというものだろう。
それに、騎士との訓練もほぼ毎日行っており、一年前に比べて体は丈夫になってきた。お腹周りは筋肉が付き始めてうっすらと割れ始め、それが恥ずかしいとパトリシア姫は口に出すが、訓練を続ければそれが普通になるので今更だ、と騎士団長からも言葉を掛けられて落ち込んだこともあった。
それもあり、一日中歩く事があっても苦にならぬのである。
『待ちやがれ!返しやがれ!!』
そのお忍びで出かけたパトリシア姫達が王城への帰還途中の事である。
アールストの港のある南から、第二の城壁を間もなく潜ろうとした時に、パトリシア姫達の耳に叫び声が届いてきたのである。何かを追い駆けていると思われるその声は、余裕が無いようにも感じた。
「何処から聞こえる?」
「声が響いて、見当が付きませんな」
アンブローズの一言で、パトリシア姫を中心に東西南北を向くように四人が位置取りをして索敵形態に移る。
それは何処から敵が来ても対処できるようにとの護衛の一形態だった。
そして、アンブローズ達の目で、耳で、そして肌で声の持ち主を探そうとした時である。
「西です」
西を向いている一人が口を開いた。
一斉に彼の刺し示す方向を見やれば、人ごみに消えてゆく誰かを追い、裏路地から一人の女性が駆け出してきた。
汚れた鼠色の髪をなびかせて、人と思えぬ形相で追い掛けている様だった。
「あれ、どう思う」
「何かを追っているようですが……」
今の情報だけで何の答えも出せぬが、誰かが逃げ、それを追う姿を確認できるだけだった。どちらに正義があるのかも全く分からないのだ。
「助けるかどうかは別にして、追えるかしら?」
「何とも言えませんが、やってみましょう。二人、行け!」
「「了解」」
アンブローズが指示すると、護衛の二人が駆け出し人ごみに混ざって持てる速度一杯で駆け出した。
「では、我々も追い駆けましょう」
「よろしく頼むわ」
先行した二人を追い駆ける様に、アンブローズを先頭にした三人は人ごみを避けて道端に沿って追い掛け始めた。
追う三人はパトリシア姫がいる事もあり、先行する二人ほどの速度を出してはいないが、さすがに訓練を続けているだけあり、かなりの速度で追い掛けていた。
アンブローズは、もう少し訓練すればかなりの体裁きを身に着けられるだろうと嬉しがり、パトリシア姫は何故自ら指揮できる部下がこの場にいないのかと嘆いた。
それから、どれだけ駆けたであろうか。人ごみから抜け出て別の裏路地へとたどり着くと、すでに先行する二人が物陰に隠れ、細い通路をこっそりと見張っていた。
「姫様、ここで待機します。万が一もありますからいつでも抜ける準備をして下さい」
「わかったわ」
左手を腰にまわして鞘を握り武器を確認する。右手は自由にしておくが掛け声があればいつでも剣を抜き放てるだろう。
剣は国王より賜った魔法剣ではなく、以前より愛用していたミドルソードを帯びている。いつも腰に差しているので、しっくりとする。
護衛のアンブローズ達を見れば、事に当たっている最中で皆が緊張の面持ちをしているが、体は逆に力を抜いてリラックスしている様だ。
それこそ、訓練の賜物とと見るべきであり、お手本にすべき者達であろう。
「どうだ?」
「女が誰かを探しているようですが、見つからずに地団太を踏んでいるようです。ですが、剣を抜いている所を見れば、相手はすぐ近くにいるようですね」
パトリシア姫の護衛達の視線の先にいる女性は、キョロキョロと周りを見回し敵を見失ったと認めたくないらしい。
偶然を装い事情を聴くにしても怪しまれるだろうし、街の守備隊を呼びに行くにも時間がかかる。さて、どうしたものかとパトリシア姫は頭を悩ませていた。
『おい、そこの隠れている奴ら、おれに何の用だ』
パトリシア姫達は彼女の声を聴き”ドキッ”としたが、物陰から覗いている一人が手でサインを見せる。騎士団の中で、無言で意思疎通をする必要性がある事からハンドサインの暗記と練習を常にしている。
アンブローズからは、こちらに意識が向けられておらず、ずっと先へと体を向けているとの事であった。
「と、すれば……追っている相手がいるのか?」
状況もわからずに動く事など出来ぬとあらば、今は我慢の時だとアンブローズが告げる。尤もだとパトリシア姫もわかっていたが、状況を把握したいと、見張りの兵士の後ろからそっと、通りを覗いてみる。
パトリシア姫の目には、荒々しく叫んだ彼女が、剣を別の通りに向けている姿が捉えられた。はやり、あの口調では怒りを内包しているとみられる。
それであれば、正常な判断力を失っている可能性があり、トルニア王国の国民を守ろうと、パトリシア姫は動き出す。
「彼女の相手が何なのかわからないけど、王都での殺し合いは推奨しかねるわね。アンブローズ、あっちの路地に回れる?」
首を引っ込めたパトリシア姫がアンブローズにこの場面を制圧出来るかと問い掛けた。
「そうですね、向こうに回るのを三人にすれば出来るかと思いますが、そうなると、姫様を守り切れるかどうか……」
「そんな事か。妾の事は気にしなくてもいいわ、自分の身は自分で守るわ。あなた達は好きに動いてちょうだい。それから姫様と呼ばない事」
言うが早いか、アンプローズは護衛三人に、向こうの路地へ回り込むように指示を出すと、件の女性を見ようと壁からそっと顔を出す。彼の視線の先では、女性が剣を向け何者かが出てくるのを待っている様であった。
(まだ。もう少し待ってくれ……)
パトリシア姫の護衛を一時的に解かれた三人が先の路地に到着する前に事が始まるな、とアンブローズは祈るばかりだ。だが、その祈りも神には通じず、状況は流れ始めたのである。
『ちっ!!』
彼女が咄嗟に身をよじり、何かから逃れると、その何かが石塀に当たり、”カキン!”と硬質なの音がアンブローズ達の耳に届いた。
それと同時に三人の男が手に武器を握り路地から飛び出し、その女性を
「姫様!!」
「え、もうなの?」
「三つ数えて飛び出しますよ」
「はぁ、仕方ないわね、いいわよ」
アンブローズとの話の最中にも状況は刻、一刻と悪くなりつつある。金属と金属がぶつかり合う剣戟の激しい音に、男共の怒声、そして、殴られるような音も聞こえて来る。
「いち、に、さん、今です!!」
アンブローズが三つ数えるうちに、剣を抜いて飛び出す準備を整える。そして、彼の掛け声と同時にアンブローズとパトリシア姫の二人が壁際から飛び出し、一方的に攻撃している男達へ攻撃を仕掛ける。
女性との距離は五十メートル程、パトリシア姫の足でも八秒あれば剣戟を浴びせられる。それがアンブローズの足であればさらに一秒ほど速い。
女性に気を取られていた男達には奇襲攻撃を受けたと同じ状況に陥る。
「助けに来たぞ!」
『え、ええっ?』
アンブローズは男達の死角から手を伸ばし、男を一人引きはがす。そして、一瞬で足を引っかけ仰向けに転ばせ、鳩尾に一撃を食らわせると簡単に意識を奪った。
アンブローズに続けとパトリシア姫が剣を横に構え男達に迫る。
だが、一瞬で一人が無効化された事に男達が気づき、女性への攻撃を諦め瞬時に攻守を切り替え工房へ飛び退き、後退を始めようとする。
それに追撃を掛けようとアンブローズの影から出て男達にパトリシア姫が迫るのだが、彼女の実力では、まだその場での戦闘には実力が劣っていた。
『危ない!!』
男達に追撃を掛けようと剣を振り始めたところで、パトリシア姫は側面から突然、強い衝撃を受けて吹っ飛んだ。そして、地面へパトリシア姫が倒れ込むと同時に、重い物が圧し掛かってきた。
『ぐ、ぐぐ』
「え、なに?」
「姫様!」
パトリシア姫が追撃を掛けようとしたところを女性が邪魔をした恰好となったのだ。
その隙を見て男共はこれ幸いと、気絶した男を残し、暗く狭い路地へと姿を消していった。
「ちょっと、何するのよ」
パトリシア姫が頭を動かすと、苦痛に悶える女性の顔が視界に入って来た。男達がまだそこにいるのにと、圧し掛かる女性を体の上から退けようと押し上げようとしたところ、彼女の手に”ぬるっ”と生暖かい感触が伝わってきた。
「失礼」
『グゥッ!』
周囲に気を配りながら、パトリシア姫に圧し掛かっている女性をアンブローズが抱き起こされると、重いものが退けられたパトリシア姫が自由になった。
立ち上がったパトリシア姫はまず自らの体に怪我をしていないかと、体を捻って見て回り、”うん、怪我してない”と無事だと呟いた。
だが、先程の生暖かい感触を感じた左手に視線を送れば、鮮血で真っ赤に染まった手の平が入ってきた。
そういえば、圧し掛かて来た女性を退けようとしたその時に、生暖かい感触を感じたのだと思い、その女性を見れば、脇腹を抑え込みうずくまっていた。
「
パトリシア姫の耳元で囁くアンブローズから、赤い血が付着した短い矢を見せられた。
パトリシア姫が逃げて行く二人の男を追いかけようとしたときに、物陰からこの矢が飛び出し、パトリシア姫の脇腹を抉る所だったと言う。その場をこの女性が身を挺してパトリシア姫に飛び掛かり、女性の脇腹を掠めただけで済んだのだ。
「迂闊でしたな、お嬢様」
「はぁ、全くね。助けに来て助けられたんじゃ、こちらがお礼をしなくてはいけないわね」
”はぁっ”と、大きく溜息を吐くパトリシア姫。周りを見て危険は去ったと感じたパトリシア姫は剣を収める。
それと同時に回り込んでいた護衛の騎士達がやっとの事で姿を現し、皆が一様に”お怪我はありませんか?”と聞いて来たが、にこやかに笑顔を向けて”ありがとう”と答えていた。
自らの事よりも、
「二人は周りを見張れ、一人は私と女性の治療だ」
パトリシア姫の護衛二人は剣を抜いたまま周囲に気を配り始め、アンブローズと護衛の一人は女性の治療のために応急キットを鞄から取り出し、治療を始めようと声を掛ける。
「申し訳ないが脇腹のシャツを切らせてもらうぞ」
応急キットの包帯や止血用のガーゼを見た女性は”コクン”と頷くと傷口から手を離す。彼女の右手は自らの鮮血でべっとりと汚れ、傷口を見れば血液が吹き出している。傷口の周辺のシャツをナイフで切り取ると抉れた傷口と透き通るような肌が彼等の目に飛び込んでした。
「えっと、私はパティって言うの。庇ってくれてありがとう。お礼を言うわ」
パトリシア姫は女性にまずはお礼を口にしてちょこんと頭を下げた。
苦痛に歪む表情を見せ痛みを我慢している様で、彼女は瞼を閉じ返事に代えた。
アンブローズ達の治療が進むにつれ、さらに顔を歪め、歯を食いしばるようであったが、十分もすれば治療が終わった。
大きめのガーゼで傷口を塞ぎ、腰を包帯でぐるぐるに巻かれる姿は、それだけで痛々しく見える。
そこでようやく落ち着いたのか、曇らせた表情のまま口を開いた。
「あんたが無事で良かったよ」
「良かった、やっと話せるわね」
なかなか口を開こうとしない女性にやきもきしていたが、話せるとわかると飛び上がって喜びたい気持ちを抑えながら質問を開始する。
「早速だけど、お名前を教えて貰えるかしら?」
「それと、この場にいた理由をお伺いしたい」
パトリシア姫の後にアンブローズも続いて質問をするが、”質問しているんだから待ってなさい”、とパトリシア姫に小言を言われる。
そのやり取りが面白かったのか、女性が、クククと小さく笑って答えを返してきた。
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