第四十話 最後の戦いに向けて

 まだ辺りは真っ暗で何も見えぬ時間、日の光を頼る事は出来ず漆黒の闇が全てを包むアドネの街で、巧妙に隠された船付き場から、一艘の小さな船が岸を離れようとしている。


 二つのシルエットが操る小さな船が岸を離れ川下に向かって進み出す。その二つは船上でも邪魔にならぬショートソードを腰にぶら下げ、水に落ちても沈まぬ様にと革の鎧を身に着けている。ただし、荷物はかなりの量で、バックパックは三人分を船に乗せていた。

 しかも、見つからぬ様にと紺色の布で船体を覆うなど、完璧な偽装を施していた。


「本当にこれで上手く行くのですか?」


 たった二人で救出作戦を実行すべく移動を開始したが、作戦に綻びは無いかと心配になり、女が蚊の鳴くような声で後ろの男に声を掛けた。船にはたった二人しか乗らず、後続の船も存在しない。

 二人での行動は願ったり叶ったりであるが、たった二人での作戦は無理があるのではないかとも感じでいたのである。


「大丈夫だ。一応、手は考えてある。とりあえず、敵の陣地の後ろへ回り込む必要があるからそこまでは声を立てずに移動するぞ」


 男の声に暗がりの中で頷くも、伝わっているか不安を抱きながら、女は櫂を動かし船を河の流れに乗せて進めるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 救出作戦を行う二人の行動開始から数時間前、日付もまだ変わらずアドネ領主は湯あみを行う前で楽な格好で二人と謁見をしていたのである。


「虎の子の部隊が全滅したというのか!?」


 大声を上げているのはアドネ領主であるアンテロ=フオールマン侯爵である。川を隔てた南東門からの出撃では巨大投石機カタパルトを数機、破壊する戦果を上げて満足気であったが、南西門から出撃した百体のリザードテスターをすべて失った事で気が動転し、領主にあるまじき大声を上げてしまったのだ。幸いなことにミルカとヴェラしかおらず、部屋から多少の声が漏れただけであった。


「申し訳ございません。敵は炎を用い、我等の部隊を翻弄したのでございます」


 ファニーの言葉にミルカ共々頭を下げ、作戦の失敗を謝罪する。

 リザードテスターには火の類は動作が鈍り、最悪は動かなくなるなどの弱点がある事はフオールマン侯爵は元々知っていた。その対策がいまだに上手く行ってない事も、である。

 その為、それ以上の怒りは運用者でなく、開発者の責任であると、この場での賞罰は控える事にした。


 しかも、ミルカの部下が一人、捕まっていた事も驚きを隠せなかった。いつも金魚の糞の様に謁見時にミルカの後ろについていた女がいないのは少し寂しいと感じた。

 特に、フオールマン侯爵からすれば、この場にいるヴェラよりも、捕まったファニーの顔が好みで、ミルカが謁見した際にファニーを見る事が楽しみの一つであった。


 好みであり、貴族の地位をもって手を出そうと考えたが、ミルカの視線や侯爵よりも腕が立つ事からそれは諦めていたのである。


 そして、ミルカからファニーの救出作戦を実施したいと申し出を受ければ、許可を出すしかなかった。計画はたった二人での救出作戦であり、兵士を消耗しなくて良い事も許可した理由の一つである。


「わかった、救出作戦は任せる」


 ファニーの無事とこの場所へ戻ってくることを祈りつつ、”絶対に成功させるのだぞ”とミルカを送り出すのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ミルカの脳裏で領主とのやり取りが思い出されていた。


 捕えられたファニーを連れ戻す、これは決定事項であり、成功させる絶対の自信を持ち合わせていた。だが、領主が期待していた連れ戻す事、つまりは領主の前へ連れて行く事は予定していないのだ。


 ミルカも感じた事であったが、アドネの街は早々に陥落する。そうなってからでは脱出に失敗する可能性が高い、と。

 それならば、敵が攻撃を始める前に脱出してしまえば良いと考えたのだ。それと同時にファニーの救出作戦を敢行すると。




 ここで疑問が出てくるかと思う、仕える主を簡単に捨てるのはどうかと思われるかもしれない。

 騎士であれば仕える主を守り、最後の一兵までも玉砕する、と忠義を持った部下も現れるかもしれない。だが、ミルカはアドネ領主に対しそのような感情を持ち合わせていない。

 元々彼は傭兵やワークギルドからの依頼で生計を立てていた。そんな中で、ある時にアドネ領主からその実力を認められ雇われたにすぎなかった。


 その為に、負け戦であるアドネ防衛からいち早く、身を守ろうと考えたのだ。数年仕えた場所だけに後ろ髪をひかれる思いもあったが、ここ数日に見られる領主の心変わりを見るからに仕える主を間違えてしまったと感じたのだ。


 また、一騎当千とはいかずともファニー程の腕前は早々に見つかるとは考えられなかった。探すにしても、育てるにしても時間がかかり過ぎては次の仕官や仕事に影響が出るだろう。それならば助け出すに限ると、作戦を進言したのである。




「そろそろだ、岸に船を付けろ」


 川を下る事約二十分。二人を乗せた船は無事に目的地である南西門側を攻撃するアドネ領軍の陣地後方一キロ程に到着し、二人は両の足でしっかりと大地を踏みしめた。この船は脱出で使用するので、見つかってはいけないと紺色の布から鼠色の布地へと交換し、夜間用とは違った偽装を施した。


 蘆の様な背の高い多年草が生い茂る河原は身を隠すには丁度良く、陸に上がった二人は身を屈めながらゆっくりと土手に向かって進んでゆく。

 普段使いの全身鎧フルプレートは動きにより”ガチャガチャ”と硬音を発し隠密行動には向かないので、枯れ草の様な黄土色をした革鎧などの防具一式を身に着け行動している。大地に伏し、草に紛れ、みすぼらしい革鎧の姿を見れば、敵の指揮官だと誰も思わないだろう。


 そして土手に出た二人は、遠目に見える解放軍の陣地を眺めつつ、夜が明けるのを待つのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「気分はどうだ?」

「最悪よ。助かった事は最高だけどね」


 夜が明け、どんよりとした雲が地平線まで覆う曇天模様から一日が始まった。解放軍の陣地では、指揮官が使う天幕で負傷したグローリアが目を開けられず、真っ暗な中で目を覚ました。

 少しでも体を動かすとあちこちから痛みが走る。特に左肩と胸のあたりにまだ痛みを伴っていた。右目を負傷したはずだが、そこからの痛みが走らず、グローリアは不思議だと感じていた。


 そして、グローリアが目を覚ましたと気が付いたヴルフが声を掛けて来たのだ。


「お前のおかげで敵将を捕らえる事が出来た。それは誇っても良いが、独断で駆けだしてあのまま命を落としていたらどうだったか?少しは反省するんだな。この部隊はお前が総大将なのだからな」


 そう言えば、気を失う寸前に振るったナイフが敵に刺さった感触を覚えているとわかると、敵に一矢報いる事が出来たのだと、胸のつかえが取れた気がした。出来れば、フィオレンツの仇を取りたかったが、それも夢のまた夢であったと考えれば百パーセント満足出来ないが及第点を自らに与えたいと思った。


「そうか、あれは捕まえたのか。ところで、顔の痛みが感じられないのだが私はどうなったのか知ってるか?」


 上体を起こした右からヴルフの声が聞こえるが、両目を包帯で覆われており、今が昼なのか夜なのか見当が付かない。多少温かく感じる事が夜が明けたと教えてくれる程度であった。


「ヒルダの見た目だと、左目は大丈夫らしいが、右目はつぶれてしまっているそうだ」

「そうなのか……」


 昨日、グローリアが荷車に乗せられ戻ってきた時に、ヒルダが回復魔法ヒーリングで顔の傷を治していたのだ。パックリと割れた傷は完全な修復が難しく、痕が残ってしまうだろう。それに眼球の重要部位が何を行っても修復が不可能で、右目は完全に機能しないとヴルフは聞いていた。


「ま、左が見えるからいいか」

「切り替え早いな……」


 片目が潰れても完全に視力を失った訳ではないとの気持ちの切り替えの早さにヴルフは驚くしかなかった。


「ところで、今は何時位だ?」

「夜が明けて、そろそろ食事時だ」


 ”今日は攻めるの?”とグローリアが質問をした所で、天幕に朝食が運ばれ、何とも言えない匂いが充満するのであった。

 食事が運ばれてくるのと同時にヒポトリュロスも朝の報告を受け終わり、天幕へと戻ってくると、三人は同時に朝食を取る事になった。目を覆われているグローリアは女性の兵士に食事を手伝って貰って、であるが。


「先程まで相談していたんだが、守備の兵士を残して残りを出そうと考えてたんじゃ」


 ヴルフが説明するには、捕まえた敵将の顔色から、街を守る敵兵士の数の大まかな数が判明した。それは川向こうの国軍、解放軍合同部隊にも伝えており大規模な攻撃が開始される予定になっている。そちらに向かう兵士を一人でも減らすために出陣を行い、援護をする事にしたのだ。

 こちらは陽動部隊としての働きをするだけなのでアドネの街に近づき攻撃するぞと見せかけるだけの予定である。ただ、予想外の出来事が発生する可能性もあるので装備は通常と同様になる。


「そうか。それなら私も出なければ行けないのか?」

「さすがに怪我人に出撃させる程ではないさ。多少歪に編成するが、第一隊をワシが、第二隊をヒポトリュロスで受け持つ。お前にはヒルダとスイールを付けておくからしっかり休んでくれ。一応、スイールに代理隊長を一時頼んでおいた」


 パンの残りを口に放り込み、水で流し込んだヴルフが部隊編成等、必要な事を説明して行く。グローリアは納得しかねる様であったが、自分の痛む体を恨みがましく見やり、しぶしぶ了承した。

 出撃する兵士の数は怪我や死亡した兵士を除き七百程。守備は百五十で陣地全体を守るが、大部分は補給部隊で戦力としては心許ないが、運用で何とかして貰おうと陣地外を見守る索敵が主任務だ。


「出払えばこちらの陣地を襲い来る敵部隊がいる可能性もあるが、そうなったら陥落が早まるだけじゃな。敵部隊が見えたら撤退してくるから狼煙なりを上げる準備をさせておくからの」

「守りの事も任せて大丈夫だから、体を治す事だけど考えておけばいいさ」


 朝食を食べ終わると、グローリアに体を治す事だけを考えておけと言葉を残し、出撃の準備をするために天幕の外へと足早に出て行った。残されたグローリアは再び横になり、今後の事はあの二人に任せ、体を早く治そうと意識を手放していくのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 夜が明けてしばらく経つと、各陣営、そして意図を持った人々が動き出す。


 まず動き出したのは国軍、解放軍の合同部隊である。前日はアドネ領軍の計略にはまり数機の巨大投石器カタパルトを壊されて、攻撃力の低下を招いたが、この日は巨大投石器の攻撃のみではなく人海戦術による防壁の突破を試みようと幾つかの道具を持ち合わせていた。


 その中でも目立つのは長梯子であろうか?アドネの街の防壁の高さに合わせて約六メートルの長さの梯子で防壁に取り付き、六メートルを上ってしまえばアドネの街に続く門を開く事が出来るだろう。


 次に動きを見せたのは解放軍の陽動部隊、ヴルフとヒポトリュロスの率いる七百の部隊である。アドネの街の南西の門に近づき矢の届かぬ近辺で陣形をいろいろと切り替える訓練を行っていた。

 待機するだけでも構わないのだが気持ちがだらけたり、油断する可能性もあるので、あえて陣形を組み替える訓練に当てていた。

 訓練と言っても通常よりもかなり緩く、場所替えや向き替えがほとんどであり、主任務の陽動作戦、もしくは攻城戦に何時でも移行出来るような体勢を整えている。


 三番目に動きを見せたのは、船で川を下りファニーを救出作戦を実施するミルカとヴェラの二人である。ヴルフ達の解放軍が出撃し、大部分が出払ったと見るや土手沿いを身を隠しながら解放軍の陣地へと近づく。

 何処にファニーが捕まっているのか、見張りはどれだけいるのか、これから調べるが時間が無くあと一時間ほどで陣地へ向かう予定であった。


 それから、だいぶ時間が経ってから行動する二つがあるのだが、こちらは正午頃を目安に動く予定であり、まだ他の部隊に隠れている為に動きすら見えずにいる。




 そして、南東門で国軍、解放軍の合同部隊が攻撃を開始し、アドネ領軍が反撃を開始すると、長い長い一日が幕を開ける。そこに集う人々の意思を全て吸い込み、時の流れを構築して行くのであった。





※アーラス神聖教国北部の内乱もそろそろ佳境に入ってまいりました。

 さて、どのようになるのか、もうしばらくお付き合いください。

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