第三十四話 苦戦するグローリアとヴルフ

 左翼に展開したヴルフの部隊も苦戦を強いられていた。


 アドネ領軍の化け物の隊が、楔形の陣形で突撃してくるのを受け流す様に中央から左右に別れ、二つの部隊に編成し直す。最後尾に付けていた弓兵も当然ながら移動させそれぞれの後方へと下げさせる。


 五人一組で敵一体を攻撃させるのだが、連携が上手く行かずに敵に打ち取られる兵士が多数出始める。とは言え、すべてが劣勢かと言えばそうではなく、前面に配置していた兵士達は腕利きを揃えており、五人一組での連携をこなしつつあった。


 馬上での指示を出しているヴルフが戦いに参加したいと駆けて行こうとしているが、”指揮官がいなくなってどうする”とスイールに制止されている。だが、今のままであれば、個々の能力が優秀なアドネ領軍の化け物に軍配が上がってしまうと考えれば、ヴルフの参戦やむなしとも思える。


「敵の指揮官を先に片付けるか?」


 指揮官らしき兵士を探すが、皆が同じ色、形の鎧を身に着けているため見つけ難かったが、馬上で槍を掲げて叫ぶ兵士を見つければ、それが指揮官だとすぐに分かったが、敵の真ん真ん中に陣取っていれば手出しできないのが実情であった。


「あの指揮官を倒せれば、流れは変わるのだがな~」


 ヴルフでも敵の真っただ中を突っ切って攻撃を仕掛けるのは難しいと匙を投げる。突入した段階で数体の敵に囲まれ成す術もなく倒される未来しか見えなかった。


「魔法で攻撃しましょうか?」


 スイールが魔法での攻撃を提案する。この場所より距離があるが魔力を十分に込めれば届く範囲であった。しかし、魔法で攻撃をすれば味方にも被害が出る可能性もあるし、また、別のタイミングでの攻撃を考えていたのでここは魔法の温存をお願いした。


「弓兵に攻撃させる?それかウチが狙撃してみようか」


 貫通力の高い鉄の矢を取り出してアイリーンが弓での狙撃を提案するが、それもヴルフは首を横に振りそれを断った。


「今から奥の手を見せてしまっては後の戦術にかかわる。悪いが今は両方ともが温存しかない。だが、普通の矢を使うのは構わんぞ」


 ヴルフはアイリーンに答えるが、弓兵による攻撃をして雨の様に矢を降らせているがアドネ領軍は何もないかのように矢を避けるそぶりすらしない。身に着けている全身鎧の性能が高い証拠でもある。だが、完全に防げているのかと見ていれば、降り注ぐ無数の矢の数本は刺さっていて、一応は牽制になっている様であった。


「仕方ない、陣形を少し変えるか」


 陣形は優勢だったが個々の能力が違い過ぎ、効果的な攻撃を加えることが出来ずにヴルフは溜息を吐いていた。

 攻撃を開始して二十分ほど経ち、ヴルフは陣形を左右からの挟撃から変更する事にした。挟撃であれば二方向からの攻撃で有利に立てる陣形であるが、個々の能力の高い敵を相手にした場合はあまり意味がないと考えたのである。


 まず、ヴルフとスイール、そしてアイリーンの三人がアドネ領軍の楔形の陣の先端方向に位置を変え、ヴルフが叫び声を上げる。


「陣変えだ、急いで移動しろ」


 まず弓兵がヴルフの後方に向け駆け隊列を組み直す。その後、長槍ロングスピアで対峙している歩兵達がヴルフの後方へと進み隊列を組み上げる。

 アドネ領軍が戦いに有利な追撃をしてくるかと身構えていたヴルフだったが、すんなりと兵士を引く事が出来た事に驚くのであった。セオリー通りなら追撃戦をして乱戦で敵を撃つのだが、それをしない敵の指揮官に何か策があるのではないかと勘繰るのである。

 ヴルフの陣替えに伴い、アドネ領軍も同じように正方形の陣に組み換えると、領軍の間に何もない空間が生まれるのであった。


 先程まで両軍が入り乱れていた場所には多数の領軍兵士が転がっているが、数的に見れば解放軍の兵士が多かった。それでもアドネ領軍の化け物を十体には届かないが数体を仕留めていた事は嬉しい誤算であった。良くて一、二体だと考えていたヴルフはもう一戦で数体は仕留められると考えたのである。

 だが、解放軍の死傷者数も馬鹿にならない数であり、死者は二桁に届き、負傷者もその四倍は出ているのだ。


 兵士達の息も整え終わり、隊列も十分に組みあがって、攻撃再開だと号令を下そうとしたその時である。アドネ領軍がゆっくりと後退して行くのである。


 何か罠の可能性がある、ここは一旦退いて様子を見るべきでかと迷うのだが、後ろにいるの兵士達から攻撃を望む声が聞こえて来る。


「追撃の命令を!」

「打ち倒すのは今です!」


 敵わぬと思っていた敵を打ち倒し、自信を付けた兵士達から攻撃続行を望む声が出るのは当然であった。だが、あのまま戦っていれば損耗率から解放軍が不利になると思えば喜んで攻撃再開の指示を出す事は出来なかった。

 だが、兵士達の士気が高い今を捨て置く事は損失になるとのと、右翼にいるグローリアの部隊が前進しつつある現状も加味し、兵士達からの望み通りに攻撃を再開する意思を固めた。


「何かあったらすぐ退却の指示を出すからな!よし、攻撃再開だ」


 ヴルフが棒状戦斧ポールアックスを掲げて攻撃再開を叫ぶとそれに呼応し、兵士達も武器を掲げて声を上げてアドネ領軍に向かい進撃を開始する。

 ゆっくりと後退するアドネ領軍に追いつくのは実に容易く、敵に追いついた解放軍は攻撃をすぐに開始するのであった。


 ゆっくりとは言え、後退しながらの戦いは基本的に不利であり、どうあっても被害を出しながらになる。だが、先程よりも密集陣形を取るアドネ領軍には、五人一組での攻撃が出来ずに打撃を与える事は出来なくなってきてる。逆も真なりで後退しながらの攻撃は解放軍も被害を受けずに双方が決定打を打てずにいる。


 兵士達の後ろから戦況を見ているヴルフであったが、陣形の先頭のみで撃ち合っているだけで遊兵ゆうへいが増えている事が気になった。弓兵も矢の消費を嫌い鳴りを潜めているために、それも同じように遊兵となっている。




 アドネ領軍の兵士が剣を振り牽制しながらゆっくりと部隊を下げる。その速度は歩く速度の半分以下であろうが、確実に下がり続ける。ヴルフもそうだが剣や槍を振るう兵士達にとって、進む速度は誤差の範囲と思っているのか、歩く速度を加味しない程で、まるで止まって武器を振るっているかの錯覚に陥っていく。しかも、無意識にである。


 疲れた兵士は後方に控えている遊兵の者達と交代し追撃を続けるが、守りを固める紺色の全身鎧フルプレートを身に付けた化け物達から決定的な戦果を上げられずにいる。多少、腕や足の隙間に槍が刺さるくらいだ。しかも痛みを感じないのか、気にせず戦闘を続けている。


 不気味な敵を攻撃し続けてどのくらいになるであろうか?横で同じように敵の部隊を攻撃し続けるグローリアの隊も同じに戦果を上げられていない様にみられる。

 そろそろ、後退を指示して戦局の打開を図ろうかと考えていた時である、アドネ領軍の化け物達に変化が起こった。


 最前列で剣を振るい牽制で解放軍の攻撃をいなし続けている、その後ろの兵士達が一斉に盾を天に掲げて構える。まるで天に向かい守りを固めている、そんな雰囲気が漂う。

 ”ハッ”としてヴルフが目の前の兵士のその後ろを見れば、敵の計略に乗せられていたと気が付く。あんなにも離れてたアドネの街がもう目の前に迫っているではないかと。まだ三百メートル以上はあるかもしれないと思っていたが、敵の射程に入っていたのだ。


 最低でも五メートルはあるアドネの街の防壁の上から直線的に矢を射かけれるのであれば有効射程距離は百メートルから百五十メートルがせいぜいだろう。だが、斜めに打ち上げたらどうであろうか?矢が落下す場所は飛躍的に伸びるはずだ。


「しまった!敵の罠だ、攻撃を中止して後退するんだ」


 ヴルフが叫んだ時にはすでに遅く、解放軍とアドネ領軍が打ち合っている場所に向けて、アドネの街を飛び出した殺意の籠った矢が降り注ぐ。少しは戦えるようになったとは言え元は農民だった解放軍は、矢を叩き落とすことも出来ず犠牲になる者が出始めた。

 射程のギリギリで射かけられた事もあり、部隊の後方は矢は届かず無事に後退できているが、それでも矢は降り続き解放軍を痛めつける。


「|物理防御シールド!!」


 ヴルフが罠にかかったと思った瞬間から矢が降り注ぎ犠牲者が出始める五秒にも満たない時間、それだけの時間だがスイールは自らの判断で矢を防ぐための魔法の目の前で攻撃している兵士の上に展開した。

 それでも全ての兵士を覆うほどの広さは無く、せいぜい十メートルの範囲であろう。だが、今はそれで精いっぱいである。


「急いで後退だ!個々の判断で反撃を許すが自分の命が第一だ!」


 先頭で武器を振るって攻撃していた兵士達は後退の指示と共に殿の役目を負う事になる。さらに、ここぞとばかりに弓兵が矢を番えてアドネ領軍に向かい射かけ、牽制だけでもと全ての矢を撃ち尽くそうと手を動かし続ける。


「スイールは退却の指揮だ、グローリアの隊と同じ様に退却だ。ワシは殿に合流する。アイリーンはワシが突撃した隙を見てアレの使用を許可する」

「承知した」

「わかったわ!」


 スイールを手すきの兵士と共に後方へ退けさせると、ヴルフは後退する味方の兵士の間を縫うように馬を進ませ、殿の部隊の後方へと馬を付ける。ここが正念場と、棒状戦斧ポールアックスを高く掲げ、殿の兵士が下がって来るのを待つ。


「よし、道を開けながら下がれ!」


 数十人の殿を受け持っていた兵士がヴルフの大声に気付き、中央を開ける様に後退を始める。その隙を突き、アドネ領軍の化け物が追撃を仕掛け、解放軍の数人が犠牲となってしまった。申し訳ないとの気持ちを抱きながらも、棒状戦斧を脇に抱えて馬の腹を蹴り付けると、馬を敵に向け走らせる。

 幸運だったのは背を向けて走りながら後退する解放軍の方が、アドネ領軍の全身鎧フルプレートを着た化け物よりも駿足だった事だろう。背を向けた途端に犠牲となった兵士がいた事は残念であるが、全速力で駆けた事により敵との距離が開いた事は確かであった。

 中央からヴルフが突進を仕掛けるが、追撃状態のアドネ領軍は止まる気配をみせず、そのままヴルフを返り討ちにしようと長剣を向ける。そのままではヴルフが串刺しにされてしまうと思われたが、馬を器用に操り左へと避ける様に進路をずらす。


 ヴルフもこんな所で命を落とす程、お人好しではなく、あくまでも作戦の一環であった。先に指示したアイリーンの攻撃を通すための誘導である。


 ”ガキィィィン!!”


 目の前を騎馬が横に逸れれば、それに目が向かう事は本能的な行動であるはずだ。僅かであるが視線を逸らす事によりアイリーンの攻撃が成功する確率を上げたのである。


 ヴルフに注目していたアドネ領軍の化け物の一体の兜が金属の矢で貫かれた。




「まったく……。使うなとか、使えとか、いちいち命令するんだからぁ~」


 金属で出来た矢を再び番えながらアイリーンが毒づく。先ほど飛ばした一射目は全身鎧の中でも最も装甲の薄い兜の面を正確に捉え、頭部を貫通させていた。さすがに”眉間を一撃で!”とは行かなかったが敵を屠るには十分な一撃であった。


「そんなに数は無いんだけどね、よっと」


 再び、アイリーンの弓から空気を引き裂きながら敵に向かって矢を飛翔させる。


 ”ガキィィィン!!”


 二射目も先程と同じように甲高い音を立てて敵の装甲を貫き、さらに一体を屠る。三度、矢を番え射撃体勢を整え、三射目をさらに放つ。


「このくらいで良いかしら?」


 ヴルフが敵の前から横にそれるとアイリーンも馬首を後方へ向け鞭を入れる。三体の敵をアイリーンは屠ったが、まだ四十体近くの敵が動き回っているとわかれば無理は出来ない。まだ戦いは始まったばかりだと悔しそうな顔を見せずに淡々と馬を走らせるのであった。




 アイリーンの三射が敵に与えた衝撃は強かったのか、ヴルフの隊を追撃する事なくアドネ領軍はその場で進撃を止めるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 グローリアの隊もアドネの街から降り注ぐ矢に苦戦を強いられていた。こちらはグローリアが先頭で槍を振るっていた事もあり敵の意図に気付く事が遅れ、ヴルフの隊よりも被害を出して後退しつつあった。


 だが、グローリアが先頭に立っていた事もありアドネ領軍の化け物を地に伏せる数はヴルフの隊のそれを上回り、すでに十五体を戦闘不能としていた。


「引け、引け、矢の届かぬ場所まで早く!」


 長槍を振るいながら兵士達へと後退の指示を何度も出していたが、後退が上手く進まずにいた。後方にいた弓兵と遊兵と化していた歩兵はすでに後方へと退いていたのだが前線で奮戦をしていた兵士達がなかなか後退しなかったのである。

 本来であれば命令に従うのであるが解放軍は農村出の兵士がほとんどである。そして、ここで武器を振るっている兵士達もそれに漏れず元は農民であった。その為に、女性であるグローリアが先頭に立ち槍を振るっているのに”自分達だけ後退できるか!”と意地を見せていたのだ。

 ちなみに、兵士達の気持ちを知ったのはこの戦いが終わり、陣に帰ってからであったと付け加えておこう。


 一向に後退しない兵士達に痺れを切らしたグローリアであったが、いい加減に後退をしなければならぬと考え、残っている兵士にも撤退の指示を出し、敵に牽制の一撃を与えてから馬首を返して戦場から後退するのであった。






※それにしても、戦争を文章で表現するのは難しいですね。

きちんと伝わっているのか、不安であります。

ここまで書いていて(笑)

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