第三十話 夜襲の失敗と内包される怒り

※平静が終わり、令和元年となりました。

 これからもよろしくお願いします。



「ふふふ、罠とも知らずに敵は弓を撃っておる」


 夜襲も連続三日目ともなれば、襲撃する側も早々に慣れるが、される側も当然慣れるのである。

 クライヴ将軍が考えた対抗策は先ず、敵が攻めてくることが前提であった。もう三日目である為、拠点を持たず常にこちらの軍と同じように移動していると予想した。どの道を進んでいるかは地元の協力がないと難しいが、後を付けるだけであればそれほど難しくないだろうと第一の作戦とした。

 陣から後を付けるのでは見つかりやすいと考え、二人一組の偵察部隊をある程度、散らして配置してある。




「敵は撤収し始めた、追跡開始だ。陣からの追跡はすぐに撒かれた振りをしろ」


 陣門近くに待機していた偵察部隊を率いる隊長が追跡の号令を掛けると、兵士達は敵にわかるように追う部隊と、暗闇へと紛れて行く部隊とが、一目散に駆けて出して行く。


 特に敵に感づかれながら追う部隊は巧妙である。敵を上回る速度を出さず、付かず離れずの距離をとりつつ、予定の場所付近に到着した途端にわざと敵にわかるように道に迷い追跡を諦めるのである。

 その後をまばらに散っている偵察の者や、暗闇に紛れた者達が後を追いかけ拠点となる場所を突き止めるのだ。


 途中で追いかけた部隊が巻かれて諦めたと知れば、索敵がおろそかになり見つかりにくい、心理戦を仕掛けていたのだ。

 その後、まんまと引っかかった夜襲の敵部隊は、自分達の集合場所へと偵察部隊を案内したのである。人は表に出ている事に目を奪われがちになる心理を突いた、見事な作戦であった。


 夜襲する部隊の場所がわかれば、後は殲滅するだけである。集合場所はすぐにクライヴ将軍の下へ即座に伝わり、千五百の騎馬、歩兵混合の部隊がすぐに出発するのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「やつら、今日も同じように寝不足だ」

「何も考えていないのか、動けないのか?どっちにしろ今日も寝不足にしてやるぜ」

「それで、この作戦が終われば俺達には褒美がたんまりって寸法よ!」


 この日、二回目の夜襲も成功し、気を良くしている夜襲部隊。大軍の扱いを知りえない敵に同情と軽蔑の目を向けながら、戦果を語り合う隊長や兵士達は、今日の仕事を終えた満足感でいっぱいになり、にやけ顔を見せながら気を抜いているのだ。

 それもそのはずで、一日目、二日目と敵の反撃を受けずに生還し、しかも三日目まで同様に生還すれば気も抜けようと言うもの。二度あることは三度あるというが、この夜襲部隊にとっては今がその時であった。だが、三度目の正直との言葉がある事を男達は認識すべきであったのだ。


「三回目の攻撃だ、そろそろ出発か?」


 天を仰ぎ見ていた男が、星の位置を見やって呟く。時を計るには天の星の運行を見るに限るが、それは夜襲の時間を計るだけではない。

 そう、時を計るのは夜襲を行う彼らだけの特権ではないのだ。


「……!!」


 にやけ顔で敵を侮り、気を抜きつつ毎日の楽しみである酒を煽る光景を内心で算段していた彼らは、そこから見える光景に恐怖したのだ。オレンジ色に揺らめく光と真っ白に輝く光が彼らを中心にぐるりと取り囲んでいた。

 そして、運が悪い者達は、その光を見てすぐに真っ赤な鮮血を垂れ流し地を舐めるのであった。


「て、敵襲!!」


 ”バッタバッタ”と倒れる仲間達に、男達は何を思うのかはわからない。だが、今まで敵を翻弄するために攻撃していた者達の脳裏には一つの言葉が浮かんでいただろう。


 俺達がはずなのに……、と。


「クソッ!今日の行動は全て敵の予定動作だったのか!」


 一回目に夜襲に成功し帰還時に敵兵が後を付けて来た。しばらくはしつこい程に食らいついて来たが森を抜けた時にはすでに見えなくなっていた。森に入って撒いたと思っていたが、敵の予定動作であったと今になって気が付いたのだ。

 とは言え、今更ながらに気が付いても後の祭りであると思った。だが、今は降りしきる矢や石礫から如何に逃げ出すかを考えねばならなかった。


 この男の傍らには幸いなことに自分の愛馬が放置されていたのだ。そのまま木々に繋ぐことが定石であるのだが、繋ぐのが面倒だったのか、仕事の後の褒美として草を食べさせたかは思い出せなかった。もしかしたら味方の兵士と話をするにかまけて忘れていただけなのかもしれない。


 かすかな幸運を自らの手で手繰り寄せるために、怯える愛馬にひらりと跨ると高くなった視点から周囲を見渡す。今は逃げるに限ると、敵の少ない場所を探すのである。


 窮鼠猫を噛むというが、逃げ場を失った者達は何をするかわからない。窮鼠とはすなわり馬に跨って逃げ道を探している彼であり、逃げ道を開けておけば逃げるに力を割き噛む事は無いだろう。

 そして、西に光源の少ない包囲の穴を見つけると馬首を向けるのであった。


 彼は幸運であった。降りしきる矢を受けた仲間は誰それかまわず地にを舐めていた。戦争であるが故に、殺し殺されは承知しているはずであった。だが、先程まで談笑していた仲間が地を舐める光景が脳裏から離れないでいる。目の前のいた仲間は命を失ったが、彼はまだ生きている。これぞ幸運で無くば、何を言えばいいのだろうかと。


 彼は散々に矢を射かけられ、石礫を投げつけられながらも包囲の穴を抜け出し、西の真っ暗な闇へ馬の蹄の音と共に溶けて行くのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「被害はどうか?」


 東の空がうっすらと白み行く中で、夜露に濡れた外套を”ばさり”と弾きながら声が掛けられる。眼前には、つい数時間前まで命を宿していたが、今は肉塊と化した矢を受け絶命した敵兵や石礫に頭骨を砕かれた軍馬の姿が辺り一面に無造作に転がっていた。

 それでも当たり所が良かった敵兵の一部はまだ息をしており、天に迎えられずにいた。とは言え、数本の矢を受けた体は、もう間もなく命の終焉を迎えるだろうことはすぐにわかり、助くる者はその場には見えない。


「敵が逃げ出すところにちょっかいを出した者が数名、傷を負った程度です」


 大方、必死で逃げ出そうとした所に剣で切りつけて返り討ちにあったのだろうと予想はつくが、直接攻撃を厳禁とした命令を破った罰は受けて貰う必要があると顔を歪ませるのだ。


「討ち取った敵は二百八十を数えます。これで夜襲の心配は無くなったと言えましょう」


 男の前で跪き、笑顔で報告する者には悪気はないのであろう。敵兵と言えども、元々は神聖皇帝が治める国民に違いない。その者達の余計な血が流れたと思えば、複雑な気持ちになろう。


 だが、一つ間違えば目の前で報告を行っているこの者も同じ結末を迎えるかと考えれば、それは喜ばしい事であると気持ちを切り替える事にした。


「この地に死した者を埋葬する。もうひと踏ん張り頼むぞ」


 二百八十を数える骸が無事に天に迎えられるように祈りをささげると、人が入る大きさの穴をその骸の数だけ、そして倒れた愛馬も同様にその数だけ穴を掘り、埋葬していく。

 元をたどれば国民であると思えばこその処置であった。




 そしてこの後、クライヴ将軍率いる軍は夜襲を受けることなくカタナの街へと迫る事が出来るのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その日の夕方、体に矢羽が刺さった騎馬兵が這う這うの体でカタナへ姿を現したのは日も沈み、真っ暗な暗闇が辺りを支配した後であった。すでに城門も閉じられており、後は見張りを残して自らの寝所へと足を向けるだけをなるはずであった城門の兵士達は、突然の事に驚き、そして寝所へと帰れなくなった事に憤りを覚えるのであった。

 だが、数日後に眼前に現れる怒涛の如くに広がる海の様な国軍が現れればそんな悠長な事を言う暇はないのだが、城門を守る兵士達にはまだわからない未知の世界なのだ。




「敵に悟られ、逆襲を受けたと!!」


 その日の業務も終わり食事も済んで、後は湯に入り寝所へと向かうだけとなっていたジェラルド=ナイト侯爵は怒りを露にし、近くの椅子に八つ当たりをするのである。その怒りは当然であろうと止める者はこの場には誰もおらず、皆が同様に怒りを面に出していた。


「とりあえずは領主へ連絡を出せ。今から出しても始まらん、明朝に高速連絡鳥を出して指示を仰ぐぞ」


 如何したものかと頭をひねるジェラルド侯爵の姿は軍を率いる将とは思えぬほどに小さく感じたのだ。同様に副将を任されてその場にいる二人、イズラエル=パーシヴァル伯爵とネイサン=ミッチェル男爵も同じように身を小さくしていた。


 この日、アドネから二千の援軍が街に配備され、軍の総数は八千の大勢力となっていた。数の上では優勢とは見えないが城壁のあるカタナの街、しかも東から南は平地に面しているため城壁が高く、堀も深く、守りは頑丈であるため早々は落ちないであろうと高をくくっていた。

 ところが、這う這うの体で戻ってきた騎馬兵の話を聞くに、敵の練度は高く夜間の作業であっても声一つ上げずに移動するなど戦慣れをしていると見られる。八千の部隊であれば、守るよりもアドネへ攻め込んで、いっその事、主たるアドネ領主を討ってしまおうかとも考えた。


 討つ事を考えたのだが、アドネ領主の野望に乗ってしまった手前、この場で反旗を翻せば後の世にどの様に無様な書かれ方をするかと考え、それさえも出来ないでいた。後世に残る文献に無様に載るか、それとも国軍に膝を屈するか、当初の目的通り守りに徹するのか、それとも……。


 何れにしろ、今は動くべきではないと思い直し、湯に入る事もせずに悶々としながら床につくのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ”ドガァァァン!!”


 次の日の昼頃である、アドネ領主アンテロ=フオールマン侯爵の執務室から耳をつんざく音が聞こえて来たのは。

 アンテロ侯爵の執務室に入って目に見えた光景は窓際にある壁に、人が簡単に入る程の大きな穴が開けられ、その側には部屋に飾ってあった全身鎧フルプレートの残骸が散らばっていたのである。

 綺麗に装飾が施され錆も無く人の顔が写る位に磨かれていた全身鎧にひびが入る程の衝撃を与えたのはどの様にして、どんな力が加わったのかわからない程であった。


「侯爵、いかがしました?」

「どうもこうもあるか!!何も上手く行かず、どうしろというのか!」


 執務机の傍らに、くしゃくしゃに丸められ叩き付けられたそれが原因だとすぐにわかり手に取ってその紙を開いてみる。

 先程届いたカタナからの連絡であろう、指示された夜襲が失敗し騎馬兵の殆どが帰らなかったと書かれていた。さらにはその後の指示をお願いするとも付け加えられていた。


「どいつもこいつも勝手な事ばかり言いやがって、たまには自らで対処して見ろと言いたいわ」


 この場にミルカがいたら別な結果になっていた、いや、別な発言をしてミルカを頼っていたのだろうが、生憎と兵士達を見回りに行ったばかりで屋敷にいなかったのだ。そのせいもあり、アンテロ侯爵の暴言がその場にいた者達の心を離す作用をしたのである。


 そう、”この男はもう駄目だ”、と。とは言え、今の今で事を起こすにはタイミングが悪すぎるし、思い立ったその場で行動に移すなど、匹夫の勇のする事だと拳をぐっと握り締め時期を窺うと誓うのであった。


 握った拳をどう取られたのか分からないがアンテロ侯爵からは逆に褒められる展開となった。


「そうか、お前も敵に怒りを覚えたか。その拳の振り下ろす先を探しているのだな。我と共に敵を撃ち滅ぼそうぞ」


 好意的に見られるのであれば、利用するしかないと内心でほくそ笑みアンテロ侯爵と話を合わせる事にした。何時、この男を裏切ろうかとタイミングを計ろうとするためにである。


 実際にこの男は日和見で付いて来た訳でなく、アドネの街で仕官していたからこうなっただけで国に反旗を翻すつもりはなかった。とりあえず、進言だけでもしておこうかと口を開き、もっともらしく語るのである。


「侯爵、今は一兵が大事な時でございます。カタナから出撃した夜襲部隊が失敗したのであれば、こちらから出撃した夜襲部隊も失敗する可能性があります。エトルリア廃砦から敵が出陣したとの報告が上がっていないのであれば、すぐにでも呼び戻しアドネの街の守りにつかせるべきではないでしょうか?」


 たった一つの事であるが、保身に走る意見である。攻撃は最大の防御と誰が言ったか定かでは無いが、アドネの街には二千を切る兵士しかいないのだ。そこに五千の敵が襲い掛かればひとたまりもないだろうと。三百であっても対抗できる術はあるはず、と説くのであった。


「そうだな、お前の申す通りだ。夜襲部隊に戻るように伝えるのだ」


 その日のうちに、夜襲部隊へ作戦中止の書状を持った伝令が向かうのであるが、彼等が疲れた表情でアドネの街へ戻って来たのは、それから四日後の事であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます