第二十九話 夜襲と対策

 アルビヌムの街から聖都アルマダからの援軍一万五千とアルビヌムの常駐軍五千が号令一下、足並みをそろえて出発した。十月も終わりを告げようとする、二十七日の朝早くの出来事であった。


 先頭を行くのはアルビヌムの将軍、【ディミトス】率いる五千のアルビヌム軍である。彼の年齢は五十代半ばで、間もなく引退と噂されているが、この大事な時に大将を拝命している。肉体的にはそろそろ引退時であるが、頭脳は衰えることなく図上演習では負けなしだったりする。


 次に連なる中軍は、聖都アルマダからの援軍である五千の部隊。この部隊は【ヘストン】将軍が務める。彼はクライヴ将軍から見て第三位の階級を持ち、アルビヌムを出発する部隊の中では副将を務める。

 そして、最後の後詰めには一万の大部隊を率いるのはクライヴ将軍であり、指揮を執る大将でもあった。


 アルビヌムを出発した部隊がカタナの街へ到着するには九日程かかる。距離にして百七十キロ程だ。一日の行軍速度は二十キロ程に抑えられ、兵士達の消耗を押さえる為でもある。騎馬兵だけであれば、二日と少しで踏破できる距離でも、食糧や軍需物資、それに攻城兵器を運ぶのである、この速度でも十分早い。




 この出陣はアルビヌムを見張っていたアドネの諜報員により即座にアドネ領主、アンテロ=フオールマン侯爵の下へ届けられる。それには、カタナの街への二万にも及ぶ大軍の進撃が始まったと記されており、出発した翌日にはアドネ領主に知らされる事になった。


 その報告とは別に、エトルリア廃砦に入った国軍五千は動く気配なしとの報告も入っており、カタナを取り戻した後にアドネへと進攻するだろうと予測を立てた。

 二つの拠点からの報告を下に、カタナこそが敵の狙いであると予測を立て、アドネの街に配置されている四千の兵士のうち二千、をカタナへと向かわせたのである。


 実はアドネ領主が取った行動こそが、聖都アルマダからの援軍のクライヴ将軍の仕掛けた罠であったのだ。大軍をもってカタナを包囲し、そこへ敵の兵力を集中させる。

 カタナの攻撃は本気で行わずそこに敵兵士を釘付けにして、少なくなったアドネの街を優先的に落としてしまおうとの作戦なのだ。

 それに加え、アドネ領もカタナ領もアーラス神聖教国の庇護する地域であるために、兵士はおろか、住民にもそして、城壁にもなるべく被害だ出ないようにと作戦が練られていた。




 その堂々と行軍する二万の国軍、アルビヌム軍に騒動が起こったのは行軍を開始して二日目の深夜の事であった。


 あと数日で十一月となるこの季節、気温も下がり風も吹けば肌に冷たく突き刺さる。北西から吹く風は多少の水分を含んでいるが、海から五百キロも離れていればほとんど乾燥していると同義であろう。

 夜間は見張りが外に立ち、辺りを警戒しているが寒さで外套や毛布を羽織っている者達がほとんどである。それ以外は簡易のテントで鎧を着たまま横になり、夜襲に備えてはいるのだが寒さを防ぐために毛布を頭まで被り震える者もいる。


「ん、何事か?」


 寒い中での野営は寒さを凌ぐ事が全てで、全ての兵士がテントで丸まっているはずである。そんな中でクライヴ将軍は、首筋に纏わりつく寒さからではなく、耳に届く騒がしさで目を覚ました。誰かが喧嘩している、そんな気もするが命令を徹底させている兵士がそんな事をするはずもないと首を捻るのであった。


「ハァハァ……。お休みのところ、申し訳ございません」


 天幕の入り口で伝令の兵士が、息を切らせながら言葉を発した。さて何事かと思案をしているとクライヴ将軍が口を開く前に再度、兵士が言葉を口にした。


「将軍はお休みでしょうか」

「おお、すまぬ。少し考え事をしていた。そこは寒いだろう、入って報告を許す」


 寝床から起き上がり、寒さ除けの外套を羽織り終えたところで、伝令の兵士が天幕へ体を震わせながら入って来た。鎧には少し水滴が付着しており、乾燥していてもこの寒さの中では空気に混ざり切らずに夜露になって兵士を痛めつけていたようだ。

 かつての自分もそうだったと昔の記憶を脳裏に思い出し感傷に浸ろうとするが、目の前の兵士に意識を移せば、今の仕事を全うしなければと意識を引き戻すのである。


「お休みのところ、申し訳ございません。敵は少数でありますが、この陣が夜襲を受けてございます」

「夜襲……だと?」


 アドネ領の兵士はこちらの半分以下と聞いていた為に閉じ籠って守りを固めているばかりと思っていた。それがアルビヌムを出発して二日しか経っていないにもかかわらず攻撃を受けている事に考えを改め、敵の危険性を認識したのだ。

 守っている領地から遠くに進出し、策を弄するのは少し焦っているのではと思わざるを得なかった。

 実際に、アドネ領主アンテロ=フオールマン侯爵は大軍が攻めてくる事に焦りを感じていた事は確かであった。


「遠くから弓を撃ち直ぐに退却に移ったようですが、撃ち込まれた矢の本数から見ますれば、百騎前後の騎馬兵と予想される、との事でした……」


 焦っているからと言って、百騎ほどの兵力でどうなる事でもあるまいと、報告を受けている最中にもかかわらず考えを纏めていると、天幕に良く知る人物が断りもなしに入って来た。


「将軍、失礼します」


 ヘストン将軍である。先ほど、少し遠くに馬の駆ける音が聞こえてきたので誰かが伝令にでも走ったかと予想したのだが、まさか、中軍から馬を走らせてヘストン将軍が来るとは思わなかった。

 しかも、この短時間にもかかわらず、しっかりと鎧を身に付けていたのである。それを見れば、いまだに寝間着姿に外套のみの姿のクライヴ将軍は肩身が狭い思いをしたのである。


「こら、入る時くらいは断りをいれんか、馬鹿者が。軍規違反で罰せられたいか?」


 そろそろ齢五十となるクライヴ将軍にとって一回り近く年齢の違うヘストン将軍に子供を諭すように言葉を掛ける姿は、一種の光景となっている。


「失礼しました。この本陣が夜襲を受けたと聞き、急いで参ったのですが……。心配は無用のようでしたか?」


 心配してくれるのも良いが、中軍を預かる身で単身駆けつけるとは何事かと怒りたくもなる。だが、側近達が出払っている今は逆にありがたいと思った。


「任されたお前の軍は指揮官不在で大丈夫なのか?まぁ、ここに来た時点で任せてきたのだろうが。それで今、報告を受けていた所だ。敵の兵数が百騎前後と余りにも少ない。どんな意図があるのかと相談したかったのだが、誰もおらんでの」


 この天幕にいるのは、この後詰めの部隊の主のクライヴ将軍、伝令で報告に来た兵士、そして、中軍から駆け付けたヘストン将軍の三人である。伝令に来た兵士と話をしても良いが、おそらく階級の違いから込み入った話は出来ないと思える。で、あるなら似た様な階級を持つ側近等が好ましいが、襲撃の後処理をしているのであるはずで側近達が戻って来るには時間が必要であろう。


「私で良ければ相談に乗りますよ、いつでも。それにしても奇襲に使われる敵の数が少ないとは、よくわかりませんな。我が軍に打撃を与えるには兵力が足りませんな。三千くらいで完全な夜襲であればここ寝所まで攻め込まれることも考えられましょうが……」


 う~ん、と腕を組んでうなるヘストン将軍は腑に落ちない様子である。何かの意図があるにしても、たった一回の夜襲で何かがわかる訳もなく何も考えが浮かばないのである。守備の状況を見たのか、士気の高さを確認したのか、何もわからないと答えるしかない。


「結局、何もわからんか。まぁ、いいだろう。今日は自陣へ帰ってさっさと寝るがよい。我が陣は我が陣で守りを固めておくからな。伝令の者もご苦労であった」

「それでは私は自陣へ戻ります」

「失礼いたします」


 起きて、ただ寒さに凍えるだけとなったこの夜襲を恨みつつ、ヘストン将軍と伝令の兵士を見送ると、先程まで温々ぬくぬくと温まっていた毛布へと入り、直ぐに意識を手放すのであった。




 それからクライヴ将軍の陣は同じような夜襲を二時頃と五時頃に受け、朝を迎えたのだが、皆が寝不足を訴えるのでった。夜襲を行う敵兵の数から換算して、最下層の兵士の大多数は起こされる事は無かったが、クライヴ将軍を始めとする首脳部はそのたびに報告のために起こされ、たまったもんではないと怒りに拳を振り上げる。だが、振り上げた拳を味方に落とす訳にも行かず悶々とするのである。


「ああぁ、畜生!眠れんではないか!」


 クライヴ将軍を囲い朝食を取る側近たちの中で、多少短気な者が毒を吐きだしテーブル囲う皆がどんよりと暗い雰囲気に包まれる。戦争をするために軍を動かしていれば夜襲をされる事を考えておくべきで、眠れんと怒る事が上に立つ者の資質を問われるだろう。


 だが、一晩で三回も夜襲を受ければ気分が沈み、怒りたくなるのもわかるのだ。

 何とかしなければと思うが、敵が寡兵をもって大軍の妙を突くのであればそれ相応の仕返しをしなければと考えるだろう。


「今夜も同じ様に夜襲を仕掛けて来るとは限らん。敵兵が増える可能性もあるから、敵襲には十分注意せよ」


 とりあえずだが、今出来る指示はこれくらいだろうと、今日の平穏を祈りつつ朝食を終えるのである。




 三日目の行軍も無事に終え、早い時間に休息を取らせるべく兵士達に陣を作らせる。二日目よりも一時間早い休息時間の開始である。行軍速度は二日目と同じであるが、一時間早く行軍を終わらせているために、二・五キロ程進んでいない計算となる。

 その程度の遅れであれば、雪山を行軍中に吹雪いて遭難する事や、河岸を行軍中に突然の大雨で流される事を考えれば、この平坦な場所では致命的な遅れでも無く、逆に睡眠を取らせるための処置としては適切であると言えよう。


 事実、行軍中に寝不足に陥った兵士が多数現れて、病人などを乗せる馬車が一時、満員になる程であった。その中を覗いた者達が、まるで疲れ切った小鬼ゴブリンの群れだと比喩した位であった。


 その様な配慮があったにもかかわらず、その日の深夜にまたしてもアドネ軍から夜襲されるのである。同じような時間帯、同じような規模、同じような攻撃方法、そして同じ標的と、何の工夫も無く敵の攻撃は終わり、被害も無かったのである、寝不足以外は。




 行軍四日目に入ろうかと朝食時である。前日と同じようにクライヴ将軍を囲いながら皆の顔に寝不足気味の疲れ見え始めていたその時にある作戦を皆の前で言い渡す。

 すると疲れを見せていた顔が笑顔になり、


「その作戦で敵を蹴散らしてごらんに入れます」

「散々馬鹿にしたツケを払わせるわ」

「その出陣、私にお申し付けください」


 など、苦汁を舐めていた指揮官たちはやる気に満ち溢れる程の元気さを取り戻したのであった。二日も相手の好きなようにされて、鬱憤も溜まっていた事もあるが一気に士気が高まった事は予想外であった。


(さて、明日からはゆっくりと眠れる環境を整えなければな)


 クライヴ将軍は、これで賽は投げられた、後は上手く行く事を祈るばかりだとグラスの飲み物をグイッと煽るのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「隊長、今日もやるんですか?」

「お前、命令書に書かれているんだからやるに決まってるだろう。サッサと支度しろ。お前の隊が一番手なんだからな」

「へいへい」


 夜も更けあと一時間もすれば日付が変わる頃であろうかとの時間帯。馬を連れた三百と少しの兵士達はだらだらとしながらも、これから跨る愛馬にブラシを掛けたり、水を与えたりと準備に余念がない。馬の準備は整いつつあるが、兵士達の心の準備はまだだらけたままで、このまま作戦を実施できるか怪しいと思う程である。


 作戦が開始されればあの者達もしっかりと任務を果たすだろうと、慢心はしていないが作戦の失敗は無いだろうと思っている。なんにしても作戦をしっかりと行って給料をはずんでもらうかと皮算用をしているのであった。


「それじゃ、行って来るぜ」

「気を付けてな」


 挨拶もそこそこに、ぶっきら棒に言葉を掛けるその男に率いられた百騎の騎馬兵は僅かな松明の灯りを頼りに、漆黒の闇へと駆け出して行くのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「今日は来るでしょうか?」

「分らんな。だが、来てくれれば明日からの寝不足は解消されるはずだ」


 深夜、日付が変わる時間帯、クライヴ将軍の率いる陣地では、いつもの様に陣を張り必要のない兵士が寝床に入っていた。その中で、夕方から先程まで眠っていたクライヴ将軍を始めとした数人の指揮官達は明かりも付けずに指揮所の天幕へ集まっていた。


「あと一時間程で来なければ、敵さんは休みって事ですかね?」


 天幕にいる誰かが口に出したその時である。


「失礼します。敵が夜襲に現れました」


 伝令の兵士が開いている天幕の入り口から大きくない声で報告を行った。その報告にこの天幕にいる誰もが、敵は罠に引っかかった、事は成功せりと口角を上げてほくそ笑んだという。


「我が事は成った。持ち場に着け、失敗は許されんぞ!」


 大声を出せず小声であったが、皆は一様に頷きを返すと、やる気のみなぎる体で腕を回したり、首を回したりと体を動かしながら天幕を出て行くのであった。



テント:小さい個人向けや一般の兵士向け。

天幕:将軍などが会議できるような大型の物

としています。

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