第二十二話 苦悩するミルカ、敵の計に敗れる

「では、攻撃を開始する。第一隊と第二隊は攻撃を開始せよ。あの二人を抜いてそのまま馬を進ませよ」


 ミルカはこのまま退却をする事を良しとせず、愚策と知りながらも兵を突撃させるために騎馬隊を二つに分けて指示を出す。本来ならヴルフを倒せなかった時点で、伏兵を考慮し撤退させるべきであるのだが、地面に深々と残されている無数の足跡や重量物を運んだ轍がしっかりと残されている事からまだ遠くへ行っていないとの決断であった。


 騎馬の第一隊、二十騎余りが五騎を横に並び整列すると、ミルカの合図で一斉に馬の腹を蹴って勢いよく飛び出す。アドネ領軍のいる場所からヴルフとエゼルバルドの並ぶ場所まではおよそ百メートル。そこを全力で馬が走り抜けるのだ。馬の速度と長槍を携えた軽鎧を身に着けた兵士の重量が加算され、その運動エネルギーは人ひとりを地の底へと招待するに十分であった。


 部下達の”キリッ”とした姿と揃った隊列を見て、ここを突破できると確信したのだが、騎馬の突撃を馬上でただ眺めているだけの敵二人を見て、ミルカは愚策となる突撃を指示した事を、騎馬隊が敵との距離を半ばまで突き進んだ時に後悔をしたのだ。


「クソッ!突撃は中止だ、戻れ、戻るんだ!」


 進んでしまった時は戻る事は出来ず、指示を出した自らを恨む。そして兵士達の成れの果てを見る事になり、さらに後悔の念を抱くのだ。


 ミルカの声が届き、アドネ領軍の騎馬部隊が速度を一瞬緩めると、ヴルフが棒状戦斧ポールアックスを高々と掲げた。

 それを合図にヴルフの右手方向の木々の間から弓を構えた兵士が姿を現し、無数の矢が雨が降る様に、アドネ領軍の騎馬部隊に襲い掛かった。

 解放軍の弓兵五十人から放たれた矢は軽鎧を着た兵士はもちろん、彼らが跨る馬にも容赦なく降り注ぎ、防具を付けていない馬達はその凶弾の餌食になり、兵士達をも巻き添えに地に沈む事になった。


「やはり弓兵か!引くぞ、無事な者を集めよ」


 流石の弓兵もアドネ領軍の集まる場所までは殺傷能力を保ったまま矢を射かける事は出来ずに、木々の間から顔を出したままで、敵後方への攻撃を見合わせていた。だが、半ばまで進んだアドネ領軍の騎馬部隊には容赦なく矢の雨が降り注ぎ続け、すべての兵士や傷を負い、戦闘継続が困難となった。

 そして、解放軍の弓兵の後ろには槍を持った兵士が顔を出し、控えていたのだが、それをミルカは見落としてしまった。


 もう一度、ヴルフが棒状戦斧ポールアックスを大きく振ると弓兵の逆の木々の間から、長槍ロングスピアを手にした歩兵五十人が一斉に飛び出し、アドネ領軍の突出した騎馬に目がけて突撃を敢行する。


 広大な草原であれば騎馬の速度を十分に生かす戦いが出来るが、狭い場所では飛び出してきた歩兵に対し有効な対抗手段を取れず、逃げ惑うか、馬から降りて対処するかを迫られることになった。


「それじゃ、オレも今は歩兵だから行って来るよ」

「気を付けてな」


 解放軍の歩兵が木々の間から飛び出したのを見て、ヴルフの横で見ていたエゼルバルドが一言告げ、ギラリと鈍い光を放つ両手剣を横に構えて、無事でいる敵の騎馬を率いる指揮官、つまりは部隊より突出し一騎打ちをヴルフと演じたミルカと、もう一人に向かい走り出し、その剣を振るいした。


 狭い場所からの攻撃に苦戦するアドネ領軍の騎馬部隊は、引きながらの戦いに、徐々に怪我を負うものが増えて来る。とは言え、後方の控えていた騎馬部隊はサッと後方へと馬を駆り撤退を終え、三百五十の騎馬の内三百はその場より無事に退却を完了した。

 今はミルカやファニーの隊長と殿を買って出た三十の騎馬が解放軍の歩兵からの攻撃を何とか抑えている状況であった。

 練度に劣る解放軍は三人で騎馬一騎を相手に、長槍の攻撃範囲ギリギリから三人の波状攻撃を仕掛けている。三十騎のうち、五騎の騎馬に跨る兵士が馬上から落とされ、歩兵の持つ長槍の餌食になり串刺しでその命を散らす頃に、その他のアドネ領軍はその場から離れ、撤退をしていった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 解放軍の歩兵が木々の間から出て一斉にアドネ領軍に襲い掛かっていた時、ヴルフの下から駆け出したエゼルバルドは、両手剣を横に構え二人の指揮官へと迫っていた。


「ここは私が止めます、逃げてください」

「ファニー!一人では危険だ、俺も残る!」

「部隊を指揮する人が危険をおかしてどうするんですか。今は逃げる事だけを考えてください」

「すまん、お前も無事でいてくれよ」


 ”ええ、お互いに”とのファニーの言葉を全て聞く事なく、ミルカは愛馬を切り返し、後方へ走らせる。そのすぐ後に、エゼルバルドが二人のいた場所へ追い付き、去り行こうとするミルカへ、剣で切りかかろうとしたのである。だが、そのミルカの前に、馬上から長槍を振りかざし、行く手を阻む者が現れる。


 二人の武器が交差し、”ガキン”と金属同士がぶつかり合う、硬質な音がしたかと思うと、ファニーの鋼鉄で出来た長槍の先を切り落とし、長槍の穂先がクルクルと宙を舞い踊った。


「邪魔をするな!」


 行く手を阻まれ敵の大将のの首を挙げ損なったエゼルバルドが、両手剣を正面に構えて、邪魔をする騎馬兵を睨みつける。

 少し華奢で細身の鎧は身に着けている者が女性とわかるのだが、目の前で行く手を塞ぐそぶりを見せている敵に手加減をするつもりは無い。たとえ目前の女の首を刎ね、鮮血を噴水の様に吹き出しながら馬上より落ちて行く最期を看取ったとしても後悔はしないと心に決めたのだ。


「邪魔と言われてもここを通すわけにはいかないね!」


 穂先の無くなった長槍を投げ捨て、腰の長剣ロングソードを引き抜くとエゼルバルド、--彼女の口からは”血濡れの狼牙”と漏れた相手--、へ鋭く尖った刃を向ける。

 だが、鋼鉄の長槍を切り裂いた敵の実力を見れば、最悪は自分が死ぬ事になると、未来を感じ取っていた。

 地に足を付き、刀身の長さ一・三メートルの両手剣を振るうエゼルバルドに対し、馬上で長剣を片手で振るファニー。馬の機動力を生かせぬ距離にいる二人を比べても、どちらが有利かは一目瞭然であった。


「行くぞっ!!」


 瞬発力は当然ながらエゼルバルドに軍配が上がる。数歩しか離れていない距離を一瞬で詰め、馬を切り裂くように両手剣を上段から振り下ろす。その一撃が決まれば人よりも生命力が優れた軍馬であっても命を散らすには十分であったが、背中に乗せているファニーが咄嗟に長剣をエゼルバルドの両手剣の軌道に入れ、気持ちばかり反らす事に成功した。

 ”気持ちばかり少し”であったが、エゼルバルドの両手剣はファニーの馬には届かず、命を散らせずに済んだのである。

 とはいえ、たった一撃を避けただけで戦いが終わる訳は無く、次なる一撃、いや、二撃、三撃と続けざまに銀色に瞬く剣筋がファニーを襲うのである。


「くっ!!」


 エゼルバルドの長剣が振るう度に、”キンッ”とファニーの持つ長剣を剣筋の間に入れ両手剣の軌道をずらすと共に、長剣が大きく弾かれる。攻撃を仕掛けるエゼルバルドは有利に戦いを進め、受け身になり焦る敵の疲れを誘う様に様々な角度から剣を振るう。


 騎馬に乗るからには、人よりも早く走る事を武器にして戦う事が優先されるのだが、エゼルバルドの眼前で長剣を振って善戦する敵は、そのセオリーを無視して戦い続けざるを得ない。

 そしてその終わりは、誰もの予想を裏切り突然現れる。


 ファニーの馬がほんの少し、本当に少しなのだが何かにつまづいてバランスを崩した。その好機を見逃さず、エゼルバルドが少し無理な体勢になりなつつも、速度を重視して左手のみで下段から振り上げた両手剣が、ファニーの持つ長剣の防御をすり抜けファニー目掛けて牙を剥いた。


 刀身の長さは百・三メートル、そして柄の長さは五十センチもある両手剣の柄頭を握れば、刀身が伸びたように感じるであろう。その錯覚を利用した、ここぞとばかりに使う一撃は、ファニー目測を誤らせ、その身で受ける事になったのである。


 何かに当たった感触をその左手に感じると共に、”ガァン”と空洞を殴ったような音がエゼルバルドの耳に届いた。

 下段から振り抜かれた両手剣の持つ力と振り拭いたスピードにより、ファニーの鉄兜が吹っ飛び宙を舞う光景が見られたのだ。


「ち、ちくしょうめ!!」


 怪我は無く、兜のみを吹き飛ばされ九死に一生を得たファニーは戦いの手を止め、手綱を操作してその場から馬を駆り、アドネ領軍が撤退した方向へと走って行き、逃げてしまった。

 その時に束ねてあった黄色い髪が解け、なびかせる様をエゼルバルドを始めとした解放軍に目撃されていた。




 エゼルバルドと戦っていたアドネ領軍の最後の一騎、つまりはファニーが走り去ると、初めに突撃をした二十騎の兵士と軍馬の骸、そして五人の兵士の骸と五頭の無事な軍馬がそこに残された。

 怪我を負ったものは数人いたが、死んだ者がいない。解放軍の策は成功し、追撃を追い払う事に成功したのだ。しかも、敵の軍馬を五頭も生きたまま手に入れ、戦利品としたのである。


「全員集合だ!隊列を組め」


 木々の間で作戦を遂行していた者や、アドネ領軍へ突撃した者達は”きびきび”と動き、すぐに隊列を整えた。短時間で隊列を組めるまでに訓練された解放軍は、すでに農民ではなく、軍人としての能力を身に着け始めていた。

 命令に従って動く様はまさに軍隊そのものである。だが、個人の能力はまだまだ足りず、総合力では劣る結果と今はなっている。


「エゼルとアイリーンは騎乗して最後尾を守れ。あとの三頭はそれぞれの隊長が騎乗する様に。それでは出発するぞ」


 本来は骸となった敵からも武器や防具をかき集め、軍備や軍資金の足しにしたかったが、本隊へ追い付く事が先決だと敵の持っていた長槍のみを手にして、後は放置する事にした。二本の長槍はエゼルバルドとアイリーンの各々に渡し、他の数本は手持無沙汰な兵士が持つ事になった。

 それから、処理しきれない敵の兵士達は、夜になれば獣達が流れた血を嗅ぎつけ、骸を食べられ直ぐに処理されるはずであると、そのまま放置する事にした。


 隊列の整った隊を率いて、ヴルフは意気揚々と解放軍本隊へ合流するために足を進めるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 アドネ領軍のミルカが騎馬部隊を率いて解放軍を追撃開始した一時間後にまで時間は戻る。


 放置された解放軍の砦を調べるために、二百余人の兵士が、砦の中を所狭しと動き回っている。その中でもミルカが一目見て、怒りを覚えた地図がある部屋は徹底的に調べ上げられたが、それ以外で手掛かりになる様な物は一切、見つからなかった。

 それもそのはずで、ミルカの見立て通り、地図はワザと発見され様に残され、敵の首脳部に早い段階で見られるようにとされていたのだ。


 それもあり、他に残された物が計略の一部である可能性を頭の片隅に残し、兵士達は頑張って探し物をしていた。

 だが、その努力は虚しく解放軍が向かう先の情報が記された書類などは全く見つからなかった。


 それとは別に見つかったものは、うず高く積まれた食料、即ち、穀物類を粉にして袋に入れて積まれ、部屋いっぱいに残されていた物資であった。

 それは少し広めの部屋、十メートル四方の広さの部屋であったが向こうの壁が見えない程の高さで横一杯にそれは積まれていた。一つ、袋の中身を確認すれば上等の穀物であり、それを見つけたアドネ領軍の兵士達は大喜びをしたと言う。


 その他の部屋や建物はどうかと言えば、他には何も無く、補修用の木材や綿の代わりに敷くと思われる乾燥した藁などが残されていただけだった。


 何故、その建物に穀物の袋が積まれたままだったのかと見つけた兵士や報告を受けた指揮官らが予想したのだが、入口が狭く運び出す事が困難であって運び出さなかったのだろうと結論付けた。

 そう、穀物の袋がうず高く積んである部屋の入り口は狭く人一人が袋を抱えてやっと通れるだけの幅しかなかったのだ。

 その穀物の袋以外には、これといった物が見つかる事も無く、その少し後に砦の中は全て調べつくされたのである。




「なるほど、これが食料なのだな」


 報告を聞いてその現場を見て回っていたミルカの代理をしているヴェラは、残された食料の袋を満足げに見上げていた。この部隊を率いる大将のミルカが激怒して解放軍を追いかけて行ったが、帰ってきてこれだけの食料が残されていたと知ればその怒りも解けるだろう、と。


「これを運び出すにはどの位の人数等が必要となるか?」


 食料が積まれた建物からファニーたちが退出しながら、これを発見した指揮官に運び出すため必要な人員と荷駄の量を聞くと、運び出すには二十人程の人員が、荷駄を運ぶには五十人程の人員が欲しいと少し少なめにヴェラに答える。入り口が狭いためにリレー形式で運び出す必要はあるが、外に出てしまえば車の付いた荷駄を押すだけである。その為に少し少なめにしたのだ。


「よし、早速陣に戻って補給部隊から七十名程出す事にしよう。それにしてもだ、この辺りは。解放軍も道に瓦礫が散らばっている場所を食糧倉庫にしなくても他にも場所があるだろうに」

「恐らく、我々に砦を奪われた際に、少しでも持っていかれたくなかったのでしょう」

「そんな物か?」


 瓦礫が無数に散らばる建物と建物の間を通りながら、ヴェラとその場の指揮官がいくつかの話をしながら通り抜けて行く。二人の会話で解放軍が嫌がらせのために瓦礫を残していたと話していたが、その瓦礫もよく見れば解放軍の策の一部であった事は、ヴェラの目では見通す事は出来なかったのだ。

 それから二時間後、食料を運びだすための補給部隊がこの場に集まるのであるが……。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「集まったな、これからここにある食料を運び出すぞ。指示した通りに配置に付いたら合図を送れ」

「「ハイッ」」


 集まった総勢七十名の補給部隊に所属する兵士が、指揮官の掛け声の下、一斉に指示された場所へと散って行く。とは言え、場所はその建物の近辺であり、大多数は荷駄を押し引きする者が大多数であった。


「隊長!食糧庫を見てください。白い煙で部屋がいっぱいになっています」


 食糧庫のドアを開けた兵士からの報告に、急ぎその場へと足を向け、自らの目で異常な状態を確認する。隊長の目にも部屋の中が白い煙で充満しているとわかる。狭い入口からはほんの少しずつ煙が外へと漏れて行くのだが、隊長の鼻にその煙が入ると驚きの声を上げるのである。


「なぜ、食料の穀物の粉が漏れて充満しているのだ?誰か食糧庫に入ったか」


 解放軍のいないこの場所で食料の穀物の粉が部屋に充満するほど漏れる事態は、誰かが遊び半分で散らかしたか、誤って崩したかしか思いつかない。だが、食糧庫に入った兵士は一人もおらず、疑問だけが残るのである。


「一旦中止だ。集合場所まで戻れ!」


 隊長が声を上げ、その場にいた者を下がらせるために指示を出そうとしたその時である。


 ”ドガァァーーーーン!!!”


 隊長の後ろの食糧庫がいきなり大爆発を起こした。


 その後の調べで、爆発の音はその周辺や砦の内部のみならず、遠くアドネ領軍の陣地にまで届き、幕内で転寝うたたねをしていたヴェラが驚いて飛び起きた程であったと言う。

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