第二十話 空城計

 作戦指揮所、そこは解放軍の作戦を決めるための部屋で、その奥にはドアで仕切られた旗頭たる者が使用する部屋が一応置かれていた。その指揮所には、ヴルフを始め、グローリアやオーラフ等、主だった指揮官と複数の貴族が所狭しと一つのテーブルを囲み一枚の地図を眺めていた。


「今日は戦いもあって、疲れている所を集まってもらって申し訳ない。我はルーファス=マクバーニ伯爵、罷免されたアレクシス=ブールデ伯爵の後を任された者だ」


 ルーファス伯爵は部屋の中央で、集まった者達に向かい旗頭として解放軍を指揮する事になったと宣言をした。解放軍にアレクシス伯爵が罷免された事は、ほぼ全ての者が知っていたためルーファス伯爵がその地位に就く事に誰も異論を挟まなかった。

 解放軍の首脳部だった貴族等が頭を下げて願い出たため、それは当然であった。まあ、兵士たる領民にとっては誰が就こうとも戦う事は変わらないのであるが。


「少しの時間で、今の解放軍の実情を教えてもらい、一つの結論にたどり着いた。それはこの砦が守るにも攻め込むにも、何事にも足りていない事だ」


 守る事に言及するのは、劣勢である解放軍であれば当然であるが、攻め込むとルーファス伯爵の口から出た事は、予想の範囲を超えており、その場にいた、ほとんどの者が驚き、あり得ないと口にした。


 ルーファス伯爵の説明では、北門の扉が壊され堀の無いこの砦だと、もう五百人も敵に援軍が到着すれば落とされてしまうだろうと告げられた。

 それはルーファス伯爵でなくとも、誰が指揮を執ったとしても同様であるのだと。そして、少しでも守りやすい場所に移動するのが良いであろうと語った。


 砦の存在する場所にも言及した。この場所はアーラス神聖教国の中でも西に位置し、五十キロも西に歩けば国境を越え、ルカンヌ共和国へ入ってしまう。その為、聖都からの援軍が来ても戦いにくい場所であると。

 船を使えば援軍も短時間で到着できるが、一歩間違えば、ルカンヌ共和国との武力闘争に発展しかねないと危惧していた。


「あと、兵士の数が足らん。そこで、もう一か所、押さえてある砦があるので拠点を移動する事にした」


 この廃砦よりも規模が大きな廃砦であるが、昔の城跡であり城壁もこの砦の防壁よりも厚く丈夫であった。何より、城壁沿いに深い堀が存在して守りに恩恵をもたらしていた。

 その守備に二千人程の兵士が無傷のまま存在するのである。合流すれば戦力アップを図れるとの恩恵もさらにある。


 そんな砦が、ここから北東に百数十キロの場所にあるのだ。


「ですが伯爵。この砦を出発したのでは、敵に”どうぞ追撃して下さい”と、犬が腹を出しているのと同義だと考えますが」


 少しだけ戦いの何たるかをかじった貴族が、伯爵が話している最中に口を挟むのだが、”それは考えてある”と答えると、何処からか丸い小石をテーブルの上に出し、いくつかを配置し始めた。


「これをアドネ領軍とする、そしてこれが我々解放軍だ。敵を欺くため、解放軍は南の門より出て海の方面へ向かい、ぐるっと迂回して北東の廃砦を目指す」


 赤く塗った小石をアドネ領軍、黄色く塗った小石を解放軍として地図上を動かして道筋を示す。解放軍を海方面へ一時的に進ませ、ルカンヌ共和国か海沿いを南下し聖都アルマダ方面へ向かうかと見せかけようとしているのだ。当然ながらアドネ領軍へ偽の情報を渡すためと、争いを避ける目的がある。


 もし、東門から出て北東へ直接向かうのであれば、南に向かうよりも被害が出る事になり、さらに計画した日数で到着できない可能性がある。また、アドネ領よりの援軍と合流されたら一たまりもない。


「出発は……深夜を回って午前三時とする」


 その一言に、指揮所の中は騒然となった。当然であろう。

 三千人近い兵士が移動するにしても、夜間は危険な獣達が闊歩する山林を通る事になる。普通であれば移動は昼間に行い、夜間は道を誤る危険性もあり休む事にしている。

 その常識があるからこそ、部屋の中は騒然とし、文句を言う貴族などが出てくるのだ。


 だからと言って、伯爵は言い出した事を変えるつもりは無く、その説明のために、さらに口を開いた。


「敵も今日の今日で、砦を放棄して逃げ出すとは思ってもいないだろう。明日にはまた砦に攻撃を仕掛けるはずだ。その時に砦に我々がいないと知れば無駄足だと引き返すだろう。もし追撃を掛けて来ても、足の速い騎馬兵が主な戦力となろう。それなら十分戦えるはずだ」


 満面の笑みで理由を述べた伯爵に、皆が感心したのか呆れたのか、誰もが口を開くことはしなかった。ある者は屁理屈だとか、好き勝手してと思っていたが、ヴルフやグローリア、そしてエゼルバルド等だけは”見事である”と頷いていた。


「これから作戦を伝える。と、その前にだ、兵士達には静かに動くように厳命せよ。もし騒ぐものがあれば、隊長権限で切り捨てる事を認める」


 それからしばらく、各隊へと作戦指示が出され一斉に動くのである。その中で殿しんがりを言い渡されたヴルフがグローリアへ、とある提案をしてきた。


「お前さんの下にいるエゼルとワシの所のスイールを、この作戦の間だけ交代してくれんか?」

「いいけど、それは何で?」

「今回は戦う力もそうだが、速力が問われるはずだ。スイールには申し訳ないが、魔術師よりも剣士が欲しいのじゃ」

「わかったわ。貸し、ひとつよ」

「すまんな。何かあったら返すからな」


 グローリアに礼を言うと、その場にいたエゼルバルドと共に自らが引きいる部隊へ戻り、移動の準備を始める。当然ながらヴルフの部隊にいるスイールは作戦終了まで、グローリアの部隊に貸し出された。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 次の日、夜が明けてから、ミルカ率いるアドネ領軍の陣地から十数条に及ぶ煙が立ち上り、戦いの準備を始めていた。当然ながら、攻め込む解放軍と称する農民共の立て籠もる砦からも数十条の煙が立ち上り、両陣営共に決戦の準備をしていた。


「ミルカ殿、今日はいかがしますか?」

「当然、あの砦を落とすまでよ。見よ!扉を直すでも無く、塞ぐでも無く、開けっ放しのやる気の無い様を。今日一日で落として、敵の首級をあの門上に飾って見せる。食事の後、守備の兵を残して全軍で攻めるぞ。昨日のような失態は許さん」

「心得ました」


 アドネ領軍の陣営では部隊を指揮するミルカが、解放軍の立て籠もる砦を落とすべく作戦を考え、そして昨日の雪辱を果たそうと陣門の前に立ち、砦を見つめていた。

 砦には前の日にはなかった大勢の見張りが遠目に見え、百数十の兵士が立っている。その守りは堅牢と見て取れるが、過酷な訓練を受けてきた配下の兵士達をもってすれば容易いであろうと少しは楽観的になるのである。




 しばらくの後、食事を終えたアドネ領軍は、陣門付近で出撃の準備を終えた兵士が所狭しと集まっていた。そして、ミルカが出陣の合図を送ると全軍は三つの部隊に分かれ、ゆっくりと敵の籠る砦へと向かって行った。

 その装備は前日と違い、砦を攻撃し乗り越えるための長梯子や攻城用の数人で使う強弩バリスタを揃えていた。


 ミルカの予想では三十分後に戦端が開かれる予定となっており、今から砦を落とすのが楽しみだった。


 三十分ほど掛けて、ゆっくりと敵の砦前で陣形を整えたアドネ領軍であったが、三百メートルの距離にも関わらず、焦った様子も見えず防壁上で待ち構えている敵の兵士達が微動だにしない事に戸惑いを見せていた。


「ミルカ殿、敵はこちらの数に恐れを抱いたのかピクリとも動く様子を見せず、ただ立ち尽くしております」


 その報告を聞いたミルカが、敵が何かの策略を持って対峙していると危機感を覚える。このまま敵からの奇襲を受けずに済めばよいと考えていた。だが、その危機感も杞憂となる事態、いや、それよりも見事に裏をかかれた状態となっていたのである。


 百五十メートルまで近付いて、敵の兵士を見れば、全てが案山子かかしであることが判明したのだ。草や木で人をかたどり、それに壊れかけた鎧や廃棄寸前の武器を持たせ、肌色の布を巻いて遠目からは人と判断されるような見事な作りであった。


「くそ、案山子か。砦に誘い込みそこを集中的に攻撃するつもりだな。全軍、長梯子を用意し壁の上の案山子を排除せよ。弓隊は突入部隊の援護だ。魔術師隊も同じだぞ、急げよ」


 使わずに済めばと思っていた長梯子を、こんなにも早く使うハメになろうとは思わず、裏をかかれた思いのミルカは臍を噛むのであった。それでも対処出来るだけの用意をしであったので、それほど悔しいとの思いは無かった。


「長梯子隊は順調だな。周囲からの奇襲に注意せよ」


 数十条の長梯子が防壁に掛けられ、沢山の兵士達が群がり始める。

 数分の後、何の攻撃も受ける事無く、初めの一人が防壁に上ると、無数に置いてある案山子を殴りつけ、誰も見えない砦の中へと投げ落とした。

 そして、次々に上る兵士達は、自分達を欺いた案山子を恨んで、次々に案山子を投げ落とし、壁の上に飾ってあったそれは、一体残らず消え去ったのである。

 壁に上った兵士からは、砦の内部に人の姿が見えないと報告が叫ばれるのであった。


「敵の姿が見えないとはどうした事か?ヴェラとファニー、そして各隊の大隊長を呼べ。他は敵が来ないか見張りを厳とせよ」


 攻撃開始からすでに三十分ほど経過しているが、いまだに敵兵が現れたとも、敵兵を討ち取ったとも、報告も受けていないと考えると、夜陰に紛れて何処かへと移動を始めたと見るべきと考えていた。

 砦に入り、何処へ向かったかの情報を得る事が重要であると見ているが、追撃をするべきか、先に砦を調べるべきかをミルカは迷っていた。


「ミルカ殿、全員揃いました」


 ミルカが悩み、考えていると、そこにヴェラとファニーを始め、ほか数人の大隊長がすでに揃って、ミルカが出す次の命令を待ち構えていた。


「すまんな、敵の砦の真ん前でお前たちを呼び出して」

「勿体無いお言葉です」


 数人を代表してヴェラが返事を返し頭を下げる。それに倣うように他の者達も同時に頭を下げ、ミルカの指示を待つのであった。


「こんな敵の真ん前で頭を下げるな。それで今の現状はお前達はわかっているか?」


 ミルカに言われてからヴェラ達はお互いの顔を見合ってから、口々に現状を報告する。そして、一様に敵の兵士が見えないと全ての大隊長が口にした。

 第二隊を率いるミルカはともかく、ヴェラを始めとする大隊長達は敵を打倒すことを楽しみにしていたようで、いまだに見えない敵兵に残念な気持ちを持っていた。


「そう、敵兵が見えないのだ。これは敵が”空城計”を用い、時間を稼いでいるか、我々を誘い込み討ち滅ぼすか、それとも両方を計略に用いたか、だ」


 敵兵は見えない、それは事実である。防壁の上から見通した限りでも、先走った数十人の兵士が砦の中へ走り込んでも、何処からも攻撃を受けず、悠々と隊へ戻り叱られていたことからも事実であった。

 それを踏まえて、ミルカは口を動かすのであった。


「これは我々を陥れる為の計略か、時間稼ぎなのか、それをお前たちに聞きたい」


 ミルカの発言を聞き、ヴェラがいち早く意見を言おうと手を挙げるのだが、それを静止し先ほどの言葉に追加をするのであった。


「ああ、一つ言い忘れていた。この部隊運用を見る限り、昨日までの指揮官や、昨日我が軍を翻弄した指揮官とは全く違う者が指揮をしていると考えてくれ」


 この時点で、解放軍に有能な指揮者が現れたことを見抜いていたのだ。

 ミルカ自身が戦って落とした最初の砦の指揮者と、この砦で戦った指揮者が同一であった事。そして、昨日の野戦でアドネ領軍の右翼部隊を計略で打ち負かした指揮者と、今日、解放軍を動かした指揮者と、最低でも無能な指揮者が一人とアドネ領軍と対峙できるだけの能力を持った指揮者が二人はいる事を、だ。


「私は敵に時間稼ぎをさせるべきでは無いと考えます。せっかく減らした敵兵士です。追撃し、もっと減らせば自然と瓦解しましょう」

「俺も賛成だ」

「儂もだ」


 追撃を提案したのは、ミルカを慕っているヴェラであった。ミルカとしてもその意見に一理あると考えている。だが、数時間先行した敵を追撃するには時間が足りないとも感じていた。

 足の速い騎馬のみで追撃すれば先行する解放軍に追い付き打撃を与えられる。そして、危険と判断したら即座に撤退すればどうにかなる、とも考えていた。


「それには反対です。我々に姿を見せずに何処かへ消えたとすれば、砦の南門からのはず。向かう先は隣国か、南下して聖都方面へ足を向けたと推測されます。隣国であれば国境を侵犯する事となり、ルカンヌ共和国の軍隊が出撃してくる可能性があります。今は砦の中で情報を集める事が先決と私は見ています」

「そうだな、先に砦から情報を探すことが先だな」

「その意見に賛成だ」


 落ち着いて話すファニーにも数人が同調し、それに真っ向から対立する意見が出れば、おのずと意見が二つに割れる。やはりミルカ自身が決断しなければならぬか、と思い結論を出した。それは、目の前にいる皆の意見を纏めてもので不満は出ないだろうと考えるのだ。


「よし、わかった、これから命令を出す。ヴェラは騎馬兵を組織し追撃の準備を整えろ。ファニーもそれに同行するのだ。そしてほかの者は砦の中を索敵しながら情報を集めろ。百人も兵士がいれば良いだろう。ほかの者は砦の外で待機を命ずる」


 砦の中は、何かが起こりえる危険性があり、砦外での休憩とした。一部の部隊は食糧などの休息に必要な物資を陣地から運ぶ為に戻り、騎馬兵以外は、朝方の殺伐した雰囲気から一転し、気の緩んだ兵士があふれる事になった。




※空城計:三国志で諸葛孔明が用いた策略が有名で、寡兵しかいない状況で大軍を追い返すもしくは打倒す事を目的として使う計略です。三国志の事は調べてもらえればわかります。

今回は、砦を空にした状態で時間稼ぎをする事を目的として用い、あわよくば敵の兵士の数を減らしてしまおうとの考えです。兵力も連共劣る、劣勢な解放軍が用いる、次善の策だと伯爵は考えたのです。

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