第十九話 新しい旗頭と赤い頬

「それで、我に話を持って来たと」


 ”その通りです”とルーファス伯爵へ答える五人の貴族。五人の意見でなく、十数人の貴族が集まり、伯爵にお願いしたいと口をそろえてた事も併せて告げる。


 とは言え、そろそろ当主の座を引退して息子に家督を譲ろうと考えていた伯爵は、”どうしたものか”と頭を悩ませた。だが、一つだけ疑問が残っていると五人へ質問をする事にした。


「お前たちの知っての通り、我は領主と聖都の間を取り持つ役目を頂いておる。その繋がりなら、我が領主に近い者だと思わなかったのか?」


 今はいざ知らず、常に領主の館や近い場所で待ち、領主の一挙手一投足を常に見据える地位を頂いていれば、疑問を持たれるのも不思議は無いだろし、むしろ、それが自然であると考えていた。


「はい。伯爵の話題が出た時に領主からの諜報員の可能性であるかもしれないと。本当はどうなのですか?」

「……それが。それが、事実だとしたら、お前達はどうするのだ?」


 ルーファス伯爵の口から疑問に疑問で答えるように、問題発言が出て五人は一斉に立ち上がり、腰の剣に手を添え口を開く。


「そうであれば、この場で切り捨てます。伯爵であろうとも解放軍を崩壊させるような真似はさせません」


 一触即発の状態になり、五人対一人となるのであるが、自然体でしかも余裕を持った笑顔を向けている伯爵は口を開いて続ける。


「さて、老いたとはいえ、お主等に切られるわけにはいかん。まだやる事は残っているからな」

「なら、大人しく降伏をしてください」


 五人が剣を抜こうとしたその時である、伯爵は両手を上げ、笑顔を見せながら五人に謝るのである。


「はっはっは、申し訳ない、それは嘘だ。諜報員では無いし、領主の味方でもない」

「「「は、はぁ?」」」


 突然の笑いに誰もが脱力し、張り詰めた空気が溶けるのであった。五人のその態度を見て、伯爵は壁際に置いてあった鞄を取り寄せ、中から数枚の書類を出して五人に渡した。

 そこには沢山の数字が羅列され、何かの表になっていたが、それが何を示しているのか説明を要する程、何もわからなかった。ただ、収入支出とあり、何かの金額が書いてある事だけが辛うじてわかるだけであった。


「伯爵。これはいったい、何でしょうか」

「それか?アドネ領の税収と支出、そして何に使ったのかを纏めた表だ。ある程度の数字は見た事があるはずだが、ここまで纏めた表は見た事あるまい。我もその表を見た時は愕然としたのだがな」


 細かく説明する事を今は避けたが、数年にわたるアドネの街の税収、支出が記載され、その金額は想像以上になっていたのだ。

 だが、支出の金額にも驚いたが、収入の金額が税収と釣り合わないと五人の目にもすぐにわかった。いくら領民に課す税収の割合が増やしたとしても、一地方の領主が吸い上げる金額とは思えない程であった。

 それこそ、この国、アーラス神聖教国の国家予算の十数分の一と言えるほどであり、莫大な金額となってたのだ。

 それがすべて支出に回されていたが、街は裕福にならず、農地も増えた訳でもない。そして、軍隊も装備が一新されたり、兵士数が増えた訳でもなかった。

 それだけの金額を何に投資していたのかも不明であったのだ。


「支出も酷いですが、収入も巫山戯てる。何をすればここまで増やせるのか、我々にもわからないです」


 五人は驚きの表情を見せた後はそれ以上の言葉が浮かばず、ただ、書類に目を落とすだけだった。ルーファス伯爵も何処から収入が入ってきているか調べる事が出来ずに苦虫を噛むようであったと評している。


「我の立場を利用して、領主の行いを逐一報告していたのだが、すべては領主に筒抜けてあった様だ。報告の類は全て、途中で臨検をされていたらしく、内容をすり替えられていたり、破棄されていた様だ。それを知ったのはつい最近であって、我の行動は後手後手に回ってしまった」


 ルーファス伯爵の胸の内を五人に話し、自らの力が足りなかったと溜息を吐く。そして、アドネ領内の内戦に発展してしまった事を申し訳なさそうに謝るのであった。


「本来であれば、この様な事が起こる前に、聖都から軍を派遣してもらうなり、査察を派遣して貰うのだが、間に合わなくて申し訳なかった」

「伯爵のせいではないのですから謝らないでください。そして、頭を上げてください。こうなってしまったのは領主の暴走を止められなかった我々も同罪ですから」


 頭を下げる伯爵の謝罪を受けつつ、領主を止める事も出来ず、五人の貴族は自分達も同罪だと告げた。

 アドネ領主が暴走した事で、誰の責任かと議論する事も出来るのだが、それでこの戦いが終わるのであれば幾らでもするが、今は議論している場合ではないと当初の目的に戻り伯爵へとお願いをするのだ。


「それで、我々の願いを聞き入れて貰えるのでしょうか」


 またその話か、と渋い顔をして考えるのだが、アドネ領の民衆に武器を握らせてしまった責任は伯爵自身にもあると考えると、”受けざるを得ないのか”、と腹をくくった。


「わかった、受ける事にしよう」

「おぉ、ありがとうございます。我々は精一杯伯爵の補佐を致しますので何なりと申してください」


 五人は一斉に立ち上がり、伯爵に頭を下げる。その角度が九十度にもなるかと思える程で、それだけ五人の感謝の気持ちを表してると言っても良いだろう。


「それで、我はまず何をすればよいか教えてくれるか」

「それでは早速……」


 この食糧庫では全体を指揮するには不適切であると、指揮所のある場所までルーファス伯爵を案内しながら、現状の問題点を説明するのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ここは怪我人が運び込まれる解放軍の病棟。この日の戦いで傷ついた兵士達が運び込まれており、重傷者はベッドに、軽傷者は床に敷かれた毛布にそれぞれ寝転んでいる。


 エゼルバルドはその中でも比較的重傷者がいる場所で、ある人物を探し、そして見つけて側へと近づいて行った。


「元気そうだな」

「おぉ、お前さんか。今頃はまた出陣して手柄を立てに行ったかと思ったぜ」


 右腕を骨折して板を挟まれて包帯でぐるぐる巻きにされて、痛々しい表情をしながらセルゲイがベッドに寝転んでいる。今日の今日であるために、まだ暇そうではないが、その内に暇だ暇だと言い出すに決まっていると一応お見舞いに来たのだが、怪我をした所以外は元気そうで何よりであった。

 側にあった椅子に腰を下ろし、セルゲイと話を続ける。


「よせよ。オレだって好き好んで戦う訳じゃないさ」

「いや、お前の働きを見たら、血に飢えた獣に見えたぞ。血に染まったお前を見た他の奴らが”敵じゃなくて良かった”と呟いていたのを聞いたしな」


 敵の返り血を浴び、全身真っ赤になってのは事実だが、血に飢えた獣とは言い過ぎではないかと思うのだが、その話をするセルゲイが笑っているのでエゼルバルドも簡単に否定するだけに留めた。


「なぁ、セルゲイ。こいつがそうなのか?」

「ああ、そうだ。こいつが味方で良かっただろう」

「違いないな」


 彼の隣のベッドで寝ている男が、話の途中で割り込んだ。エゼルバルドがここへ来るまでにその男とセルゲイで何かの話を、恐らく、先の戦いでのエゼルバルドの活躍を話していたのだろうと予想は出来た。


「こんなに若いのに強いんだなぁ」

「怒らせるんじゃねぇぞ」

「そうだな。怒らせないように袖の下でも渡しておくか」


 隣のベッドの男もセルゲイと同じ位の年齢と見られ、エゼルバルドの倍は年齢を重ねていると見て間違いないだろう。だが、袖の下を渡すとはいったい何時の話なのかと疑うのでだ。

 むやみやたらと剣を振るう事はしないので安心しろと告げるのだが、二人は笑って流すだけであった。

 それよりもセルゲイには伝えなければならないと覚悟を決め、神妙な面持ちでセルゲイに話を始めるのだ。


「マルセロの話をしたいのだがいいか?」

「そうか、いいぞ。そういえばマルセロが見えないな。女の尻でも追いかけて、殴られでもしたか?」


 マルセロの性格を知っているかの如く、意地悪く言うセルゲイであったが、それにも全く笑わずにいるエゼルバルドを見て、何かを悟ったのか”何があった”と呟きで返した。


「……マルセロは死んだよ」

「そうか、死んじまったか……」


 何となくそんな気がしていたセルゲイがエゼルバルドを見つめながらその事実を受け入れる。今から数時間前、ここにセルゲイが運び込まれて話をしたのが最後になったと少し残念がっていた。まだ、話したい事が沢山あったんだがな、と悲しそうであった。


「オレの代わりに殺されたようなもんだから、何と言っていいか……」


 マルセロが刺されたときの出来事を事細かくセルゲイに説明する。彼は所々で相槌をうつが、全てを漏らすところなく聞くだけであった。

 そして、最後にマルセロがエゼルバルドに残した言葉を伝え、嘆き悲しむのであった。


「あんな場所にオレと行ったばかりに殺されて、オレを恨んで死んだと思うとマルセロにもだけど、セルゲイにも顔向けできない。恨まれて当然だよな……」


 エゼルバルドは顔を背けて申し訳ないと思い、この場から脱兎のごとく逃げ出したいとさえ考えていた。だが、正直に言わなければ恨まれ続けると思い、思い切って伝えたのだ。

 セルゲイはエゼルバルドが語った事に怒りを覚え、ベッドから飛び起きると無事な方の手を握りしめて拳にし、渾身の力を込めてエゼルバルドの頬を殴り付けたのだ。

 エゼルバルドは吹っ飛ばされ、壁へと叩き付けられる。座っていた椅子は大きな音を立て床を転がり回った。そして、床に倒れ込むエゼルバルドに向かい、セルゲイは部屋中に響くように声を荒げた。


「馬鹿やろう!!お前は死に行く者の気持ちがわかっていないのか!俺は何人も死に別れの現場を見て来たが、死に際は正直に言葉を告げる者しかいなかったぞ。それを恨んでいるだと、それこそマルセロを馬鹿にしているだろう!お前に会えて楽しかった、後を頼んだ、それこそ、お前にこの戦争を託したんだろう。お前なら出来ると信じたからこそ、お前に遺言を残したんだぞ。俺に遺言を残しても、戦争を如何にかできる訳が無いだろうが!!」


 殴り飛ばされたエゼルバルドは、恨みつらみで殴られ、さらに追い打ちをかけて来るものだと覚悟をしていた。だが、セルゲイからは向けられた言葉には恨みの言葉など一切なく、声を荒げているが、諭す言葉がつづられていた。

 セルゲイは言う、誰が恨むのかと、誰に向けて遺言が残されたのかと。その意味を考えて行くうちにエゼルバルドの中で止まっていた時間が流れ出し、マルセロの顔が止まるところなく思い出された。

 死に間際の言葉は聞けなかったが、静かに瞼を閉じるマルセルの顔は恨みを抱く表情でなく、安らかであったと。


 セルゲイの荒い言葉と拳の力を受け、この人達は本気でエゼルバルドを慕い、そして叱ってくれたのだとやっとわかった。それであれば天に上ったマルセロの分まで働かなければならないと思うのであった。


「セルゲイさん、ダメでしょ立ち上がっては。あなたは重傷なのよ」


 エゼルバルドを殴り、大声で叫んで肩で息をするセルゲイをなだめようと看護師が駆け付けベッドへ強引に寝かせる。周りで寝ている者達も、何が起こったのかと興味本位で見つめ、ざわざわと騒ぎになるが、セルゲイがベッドに横になったのを見定めると再び静寂が訪れる。


 殴られたエゼルバルドに看護師が”大丈夫ですか?”と声を掛けるも、無言のまま立ち上がり、セルゲイに深々と頭を下げると、病棟を出て行くのであった。


「俺のお節介もここまでだな。後は任せたぜ」


 痛む右腕をさすりながら布団をかぶると、今は休む事が仕事であり戦いだと目を瞑るのだった。




 鉄の味がする口の中から唾を吐きだし、殴られた頬を摩りながら一人歩くエゼルバルド。向かう先も何処と決めている訳でも無く、ついつい砦の中央広場へと足を向ける。日はまだ空にあり沈むのはあと数時間後ではあるが、戦いに疲れたのか兵士の数は少なくまばらであった。

 ただ、出撃した兵士以外は、まだ訓練中の部隊もあり、遠くから掛け声が聞こえて来る。


 中央広場に到着したエゼルバルドは桶に水を汲み、殴られて腫れた顔を水に写すと思わず笑いが込み上げて来るのだ。何と間抜けな顔をしているのか、と。

 自らの顔を笑い、もう十分だとその水で口をゆすぐと、やっとの事で鉄の味から解放されるのであった。


「おう、こんな所にいたのか」


 口をゆすいでいた所に後ろからヴルフに呼ばれて振り返った。

 エゼルバルドを探していた様で、見つけた事で安どの表情を見せていた。


「ん、その頬はどうした?」

「いや、何でもない」

「そうか、ただ殴られる訳が無いからな。それ以上は聞かんよ」


 セルゲイに殴られ、赤く腫れた頬を見つけ、ヴルフは珍しいなとそれを観察する。その理由をエゼルバルドははぐらかす。殴られた理由は何となくわかるが、ヴルフはそれ以上の理由を聞かないで話を変えた。


「それよりも新しい伯爵が作戦を練ると呼ばれてな、お前さんの知恵を借りたいんじゃが大丈夫か?」

「オレの知恵?別にかまわないけど。それより新しい伯爵って」


 エゼルバルドが殴りつけた旗頭の伯爵と違う伯爵がいたのかと不思議そうな顔をする。


「それは行けばわかるさ」


 エゼルバルドの肩を掴み、その伯爵がいる指揮所へ二人で向かうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます