第十八話 エゼルバルドの涙と解放軍の分岐点

※本日(2019-4-7)、小説の題名を変更いたしましたので、ご注意をお願いします。



「えっ!」


 俺は後ろから何かの衝撃を受けた。それは焼きゴテを当てられ、体が熱せられたように感じたのである。俺の体にいったい何が起こったのか?

 俺の目の前にいる奴が俺の腹を指差して、衝撃を受けた表情をしていた。そして、俺の名前を連呼している、マルセロって。

 その理由もすぐにわかった。


 体が熱せられたと感じた理由は、俺の腹から突き出ている金属に赤い色が塗られたそれが原因だった。

 俺の背中から何者かに刺され腹を突き破って貫通したのだ。俺の頭が理解するとともに熱いとの感覚から痛覚へと切り替わって行く。

 視線を下に向けると、腹から出た刃から俺の血がポタリポタリと雫となって滴り落ちて行くのが見える。やっぱり俺の血も赤いんだな。


 こんな時だが、なぜか頭はすっきりをして冷静なのだ。死ぬときはもっと足掻いて未練を残して死んでいくと思っていた。だが、そんな事は無いんだな。


 そう思っていると、俺に刺さっていた刃をグリッと回しやがった。さすがの俺もその痛みには耐えきれず、再度、口から苦痛の言葉が漏れる。だが、その言葉は皆に届かなかったらしい。


『ウォォーー!!』


 これはさっきまで話をしていたエゼルの声だ。怒りに満ちた声だな。

 そして、俺はふっと体が軽くなった、痛みはそのままだったが。それにより、俺の体は支えが効かなくなり、崩れる様に冷たい石畳に膝を突き、そのまま体を横たえた。


 痛い、熱い、俺の体はどうなっているのか?誰か、この刃を抜いてくれ。その刃がある限り、俺の傷は塞がらないからな。誰か抜いてくれ。

 だが、誰も抜く者はいない。知っているんだ、刃物を抜くと血が止めどなく出る事を。だが、刺した奴はご丁寧に体に刺した刃を回転させやがった。


 同僚が俺の頭を持って何かを言っているが、もう何も聞こえてこない。暗い顔をしやがって、まだ生きているんだぞ、俺は。

 だが、先程の痛みも熱さも感じなくなった。誰か治療してくれたのか?いや、そうじゃない、俺の体が痛みを消し去りやがった。

 ふっ、俺はもう死ぬのかな。いやだなそんな事。でも仕方ないな。最後に言いたい事を言ってやった、それで十分だ。


「俺はもう十分だ。最後にエゼルに会えて楽しかった。戦いが終わったアドネを一緒に見る事が出来なかったのは心残りだ。黄金色こがねいろに輝く穀物畑を見一緒に見られなくてごめんな。まだ、こちらに来るんじゃないぞ。あとは頼んだぞ、エゼル」


 だんだんと目が霞んできやがった。俺の命もここまでか、最後に楽しい奴に会えてよかった。あとは、俺の仲間を、頼んだぞ……。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「気が済んだか?」


 ヴルフとグローリアに羽交い絞めにされ、振り上げた拳の落とす先を失ったエゼルバルドが、動きを止めたのだ。連れていかれる伯爵に襲い掛かろうとして、ヴルフやグローリアを振りほどこうと力を込めていたが、さすがのエゼルバルドでも的確に力を逃がされればそれも出来なかった。ヴルフとグローリアに怪我をさせないとの考慮も、怒りに支配された中で持ち続けて結果なのであろう。


 グローリアが力を抜いて大人しくなったエゼルバルドを開放はなすると、息をしなくなったマルセロの下へと”ヨロヨロ”と近づき、傍らに膝を突くいた。

 仰向けに寝させられ、彼の血で汚れたシーツの上で安らかに目を閉じていた。もう彼は目を覚ます事も、夢を語る事も出来ない、エゼルバルドにも、そしてセルゲイにも語る事は無いのだ。


 伯爵を殴らずに、マルセロの治療を先にしていれば、生きていたのだろうか?伯爵に挑発じみた事を言わなければ、マルセロも怒る事は無かっただろうか?

 むしろ、エゼルバルド自身が呼ばれたときに付いてくる事を断っていたらどうなっていたのか?

 マルセロを殺してしまったのは、エゼルバルド自身ではないかと後悔し始めるのであった。


 先程まで笑顔で話していたマルセロはもういない。五月蠅いくらいにセルゲイと夢を語っていた彼ももういない。そこには一つの命を失った骸となった一人の男がいただけだ。


「……マルセロ、オレは……」


 床に横たわるマルセロの白くなった顔を見ながら呟くが、何を言葉にして良いのか、言葉を発して良いのか、それすらわからないのだ。


「あの、少し宜しいですか?」


 マルセロの横に座り、手を血まみれにして解放していた兵士がエゼルバルドに声を掛けて来た。その兵士の手に付いている血はマルセロを介抱した時に付いた事はすぐにわかったが、その彼に労いも、お礼も、エゼルバルドの口から出る事は無かった。

 ただ、無言で悲しみを内包した顔を向けるだけしか、今は出来なかった。だが、その兵士にはそれで十分で、エゼルバルドの心痛いほどわかったのだ。


「彼の最後の言葉です。”出会えて楽しかった、戦い終わってアドネを一緒に見る事が出来なかったのが心残りだ。あとは頼む”、と。最後まであなたとアドネの街の事を口にしていました」


 マルセロからの最後の言葉を聞くが、エゼルバルド自身が殺してしまったと負い目を感じている為、その言葉も本来なら恨み辛みでつづられるのではないかと、自らを責め続ける。

 自分と出会って楽しかった?いや、違うだろう。死ぬ間際に感謝などわけがない。


 そう思いながら死なせてしまったマルセロに内心で謝罪をし、涙を流すのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 アレクシス=ブールデ伯爵が戦いの報告を聞き、最後に抜いてはならなぬ武器を手に凶行に及んでから数十分後、そことは別の部屋で貴族達がテーブルを囲み頭を抱えていた。


 旗頭となっていたアレクシス=ブールデ伯爵は野心を持ち、領民を道具としか見ておらず、利用する事だけを考えていた。その発覚と凶行に及んだ事実から捕らえられ、何処かへ連行されていった。

 伯爵との地位を貰っていたにもかかわらず、自分の事しか考えられなぬ者に地位も責任も預けられないと、貴族達は結論付けたのだ。


 大声で自らの野心を披露してしまえば、現場にいた兵士達を筆頭に従う兵士はいないと見てよいだろう。そうなれば同じ爵位を持ちあわせ、領民にも人気があり指導力に優れた者を探し出して、早急に旗頭に据えなければならない。


 そして、頭を抱えている原因はその適任者が思いつかない事であろう。ここにいる首脳部と言われる者達は、アレクシス=ブールデ伯爵に尻尾を振る貴族ばかりで、誰もが先頭に立ちたくない、誰かの庇護の下で過ごしていたいと思う小者ばかりである。俗に言うアレクシス=ブールデ伯爵の派閥である。

 この陣地にいるほとんどが、そのアレクシス=ブールデ伯爵の派閥の者達で構成されていた。


 とすれば、兵を率いる者達の中で適当な者を据えれば良いかと言えば、農民が貴族の上に立つ事になり、こき使われるだろうと予想してしまう。それを飲んだとしても、農民に顎で使われるなど、役に立たない自尊心プライドがその案を否定するのだ。


「伯爵の派閥でなく、人望がある貴族はいないか?」

「う~ん、難しいな。我々は伯爵の下で横のつながりを持っていたが、派閥を超えてだと伯爵の目もあって話をしたことは無いからな」

「これだけいて誰も思いつかないとか、横のつながりを軽視していたツケがここで出るとは……」


 十数人の伯爵以下の貴族がこの場所で顔をそろえているが、誰からも変わりの名前が出てこないと嘆くばかりである。だからと言って、このまま手をこまねいている状況であれば、次にアドネ領軍が攻めて来たら、組織だった反撃が出来ずに全滅してしまう可能性は高いだろう。

 困りに困ったとただ時が過ぎるかと思われたが、その中の誰かがふと思い出したように呟く。


「そう言えば、食糧の管理って誰がやってたんだっけ?」


 突然、何を言い出すのかと大部分の者達は一笑に付すのだが、笑いの漏れる部屋の中で一人だけ真面目に答える者が出てきた。


「そうだ、彼がいたな。皆が嫌がる食料などの物資の管理を自ら買って出て、黙々と仕事をしている。階級も伯爵だ、これほどの適任はいないだろう」


 あまり大きくない声だが、部屋の隅まで届かせるには問題ない程の声量であり、一声出すと部屋がしんと静まり、誰もが彼の声を最後まで聞いた。

 確かに、アレクシス=ブールデと同じ伯爵の爵位を持っているとすれば、解放軍を率いるには十分であろう。伯爵より上位の爵位、公爵や侯爵を持つ貴族が存在しない解放軍では伯爵が指揮する事が望ましいだろう。


「だが、彼の実績はどうなっているのか知っているか?」


 旗頭にするにはアレクシス=ブールデ伯爵と同じ程の実績を持つ事がふさわしい。実はアレクシス伯爵は、たいした実績が無かったが、派閥を率いる事こそが実績と勘違いしているため、パッとした実績がないと勘違いしているのだ。


「実績は知りませんが、聖都アルマダにかなりの伝手があるようです。アドネ領主も聖都の使いに彼を介している様でした。その彼がこの解放軍に参加していること自体が今でも信じられませんが」

「アドネ領主と聖都を介在する役目を担っているのであれば、領主側に付いていても不思議ではないのか。何か理由があっての事なのか、それともこちらの事情を知る為に送られて来た諜報員との可能性もあるが……」


 聖都への使者の役目を引き受けていると言われて、皆が酒の席パーティーで何度か見たと思い出す。物静かであまり主張をせず、領地内での実績は少ないが、言われた指示は全て確実にこなす。そして、何かあるといつの間にか現れ、有能な執事のイメージを持ち合わせていた。

 もし、アレクシス=ブールデ伯爵と彼の両方が並んでいたら、どちらに多く人が集まるかと言われれば恐らく、彼であろうと思われるほどだ。

 人となりと立ち位置を考えればアドネ領主の下にいるはずだが、何か理由があってこちらに来たのだと彼らは結論づけたのだが、その理由に心当たりも無く再び頭を抱えるのである。


「だが、時間を浪費するだけでは当初の目的も果たせん。正当な理由があるのであればそのまま彼に要請すればよいし、諜報員であれば捕まえるだけだ。なんにしろ私達には時間がない、話を持って行くのが良かろう」

「ああ、そうだな。話をして見るのが良いな」

「彼ならいつも食糧庫で作業をしているはずだ」


 頼むとすれば、ここに呼びつける訳にもいかないと皆は一斉に席から立ち、食糧庫に向かうのであった。とは言えここにいる十数人で動くとなれば食糧庫も狭くなると代表して五人がそこへ向かうのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「食料はまだ持つか?」

「はい、この人数であればまだ二か月は持ちます。伯爵様の言う通りに管理していますから誰も持ち出す者はおりません」

「うむ、結構。ネズミなどに食われないように注意しておけよ」

「はっ!」


 食糧庫で数人の兵士達が作業している声が聞こえる。指示を出しているのは【ルーファス=マクバーニ】伯爵、食料と武器の管理をしており、常にあてがわれた部下たちに的確な指示を出し、公平に扱う事から兵士たちに慕われていた。

 特に、アルベルト=マキネン子爵が引き連れて合流した部隊から信頼が厚く、彼らもその仕事ぶりに納得して、テキパキと仕事をこなしていた。


 そんな場所へ、見慣れぬ五人の貴族が現れれば兵士達も驚きを隠せず、作業を続けていた手を止める事になるのは不思議でないだろう。


「おや、こんな場所に五人が来るとは珍しい、いや、初めてではないですか?食料が足りませんでしたか。あまり食べすぎない方が宜しいですよ」


 深刻な顔をしている五人を和まそうと、少し砕けた話をするのだが、逆効果であったのか五人の顔が一層厳しくなった。


「食料の話ではありません。少し重要な話をしたいのですが、お時間はありますか?」

「我にか?」

「はい。とても重要で今すぐにでも話をしたいのですが」

「それならすぐ側の部屋で話を聞こうか」


 ルーファス伯爵は五人を引き連れ、食糧庫の隣にある小さな部屋へと案内し、形の揃わぬ椅子に腰かける様に告げ、伯爵自身は執務机に身を寄りかかり、それに身をゆだねた。


「それで話とは?食料が足りんか?武器がもっと欲しいか?矢が足りないか」


 ルーファス伯爵は腕を組みつつ五人へと声を掛けるが、伯爵は予想以外の事をその耳で聞く事になった。


「伯爵にお願いがございます。解放軍の旗頭になっていただけないでしょうか」


 ルーファス伯爵は可笑しな事を言うのだと一笑に付すのだが、五人の顔には一切の笑いが見えず、真剣な顔をしていた。さすがに真剣な五人の顔を見れば、可笑しな話をするために来たのではないと直ぐにわかるのだが、あまりにも唐突な話で伯爵自身の頭の回転が追い付かない。


「何故、我に旗頭などいうのだ?アレクシス伯爵を旗頭に据えているだろう。二人も旗頭がいたら誰の命令を聞けばよいかわからなくなり、解放軍はどうなると思うかわかるだろう」


 解放軍の中でアレクシス伯爵が大勢の兵士達の反感を買い何処かへ連れていかれたと全員が知っているかと思われていたが、食料等軍需物資を管理しているルーファス伯爵らの部署は別天地で、アレクシス伯爵が失脚したと誰も聞いていないのであった。その為、ルーファス伯爵の耳に届いていないのも当然であろう。


「いえ、そのアレクシス伯爵は罷免され、その地位にいる者は今はいません」

「伯爵は何をしたのだ?」


 理由を知らないルーファス伯爵は五人に向けて驚くと共に、その理由を問うたのだ。戦いの報告時の出来事、そして、兵士の一人を殺してしまった事等、わかる事を事細かくルーファス伯爵へと説明をする。

 伯爵はその説明を目を瞑り、静かに聞くだけであった。


「なるほど、それで旗頭がいなくなって、老い先短い我に話を持って来たのだな」


 初老になり掛けている年齢とは言え、老い先短いとは誰も思っておらず、誰もがその事に異議を唱えるのだが伯爵は冗談だと笑うだけであった。

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