第十七話 豹変する指揮官

「伯爵、エゼルバルド殿をお連れしました」

「ご苦労!」


 アレクシス=ブールデ伯爵がオーラフら側近とヴルフやグローリア等、隊を率いた指揮官がいる指揮所へとエゼルバルドは案内された。一兵卒として参加していると自覚がある彼は場違いな場所へ来てしまったと頭を抱える思いであった。

 エゼルバルドに目を向けるヴルフとグローリアは、申し訳なさそうな表情をしていて、いやな予感が頭をよぎるのであった。


 呼び付けた伯爵はと言えば、エゼルバルドが部屋に入った途端に”こんな若い奴が”との驚きと共に、見下す表情を見せていた。

 確かに、ここにいる者達ではグローリアの二十歳そこそこの年齢が最年少であり、伯爵でも四十代半ばである。その伯爵の目から見れば成人したてではないかと、まだ幼さも若干残る顔を見れば、見下すのも不思議ではない。

 だが、グローリア率いる部隊の作戦案を考え出したのはエゼルバルドであり、伯爵の側近であるオーラフを剣で打ち負かしたのも同じ彼である。本来であればその実績を認めるべきであるが、年功序列に傾向する感のある伯爵は、オーラフを打ち負かしたエゼルバルドを感情的に排除したいと思ってしまったのだ。


「なんだ?こんな奴があの作戦を考えたというのか」

「はい、間違いありません」


 胡散臭そうな目を向ける伯爵に、エゼルバルドが提案したとと答えた。

 ヴルフはともかく、その他の者達はエゼルバルドが作戦を提案したとは考えられないと、そぶりを見せていた。だが、伯爵がその後、何回も間違いではないかと念を押すが、間違いでなく事実だと答え続けて、ようやく無駄な問答が終わったのである。


「まあ、いい。お前が彼女の隊の作戦を提案したというのだな。よくあんな大胆な作戦を思いついたな」

「ええ、まぁ。戦場に到着する前にあの小高い丘が見え、その周辺に敵兵も見えず、それなら利用できると考えました。当初の予定通り、敵の一隊が追って来たので丘を使いましたが、来なければそのまま折り返し敵の後方を攻撃するように提案しました」


 理性的には認める訳にはいかないが、実力は本物と言わざるを得ないと伯爵は考え、さらに続ける。


「だが、そんな事をして命令違反ではないかと考えなかったのか?」

「これはグローリア隊長も聞いてますが、先行する騎馬隊の隊長から、”側面から攻撃し、その後は各々の考えで戦ってよし”と聞きました。ですので、敵に突撃し勢いを削いでから行動に移ってもらいました」


 騎馬隊を預かる兵士長、即ち、その隊長もその指示を認め、さらにヴルフもその様に指示されたと伯爵に伝える。グローリアと他の二人もエゼルバルドの言葉を肯定したことにより命令違反ではないと証明出来たが、伯爵の心に火を付ける事になった。


「なるほどな。お前はその提案で我が解放軍が優勢になると本気で信じていたのか?」

「それは肯定します。見た所では、あの時に無傷の部隊が二つ存在していました。あのまま攻撃を敵左翼に集中していれば、無傷の敵が味方を包囲し、逆に殲滅されてこの砦も今は敵の手に落ちていると考えます」


 立て板に水の如く”スラスラ”と話すエゼルバルドに”減らず口を叩きおって”、と伯爵は内心で地団太を踏むが、弁は立つし、剣の腕もオーラフよりも上、しかも戦争にも使えると考え、排除する考えを捨て抱き込む事にした。若いがこの男がいる限り、伯爵自身によからぬ手が伸びようとも安全は守れるだろうと算盤そろばんを弾いた。


「なかなか、弁が立つじゃないか」

「……ありがとうございます」


 今までの伯爵の言葉とは思えない返しに、一瞬淀みながらも頭を下げる。


「これからも我の為にその才を振るって欲しい、よろしく頼む」


 伯爵が決めの言葉を発し、頭を少しだけ下げる。これで決まったなと、ほくそ笑むが、彼の耳には予想外の言葉が届いたのであった。


「お断りいたします」

「そうかそうか……、は?」

「おい!伯爵に謝れ!」

「貴様、何を言っているかわかっているのか!」


 何が耳に届いたのか、頭の反応が追い付かない伯爵は、間抜けな言葉を口から吐いて動きが止まる。側近のオーラフ等は伯爵が頼んでいるのに断る奴があるか、とエゼルバルドに暴言を吐く。

 話半分で聞いていたヴルフとグローリアは伯爵の話を思い出し、その意図を感じると、なるほどと感心したのだ。

 すぐに硬直から復帰した伯爵は、何故、我の誘いに乗らないかと不思議がり、真意を問いただそうとするのである。


「何を言っているのだ。お前は何のために、その才で戦いに参加しているのだ?」


 その質問はエゼルバルドは理解出来なかった。出来なかったと言うよりも、目の前の男の発言した意図が解放軍を指しているのではなく、この男自身を指しており、誰のための戦争なのかと疑問に思うのである。

 参加した理由なら目の前の男の為ではないと理由を述べるのであった。


「才があるかはどうでもいいのですが、この戦いはアドネ領に住む人達が虐げられている現状を打破しようと参加するグローリアの手伝いが目的です。彼女は傷ついたこの領民を直接見て、助けたいと思い参加しています。本来であれば、騎士団に帰り、報告がてら大軍を擁して戻ってくれば良いはずですが、それをせずに立ち向かっています。ここにいるのはグローリアの為であり、セルゲイらアドネの領民の為であり、決して貴方に認められるために来たのではないです」


 こいつを如何にかしなければ我の威厳が保てないと、先程、抱き込もうとした考えを完全に捨て去り、次の手を考え始める。この場で切り捨てても良いが、その前に避けられる心配もあるし、反撃を受ける可能性もある。八方塞がりで手をこまねいていると、エゼルバルドはさらに口を開いた。


「逆に伯爵にお尋ね致しますが、北の門を如何するか指示をされたのでしょうか?塞ぐか扉を作り直すかしなければ、この砦は早々に落ちます。ここに来るまでに誰も北門へ向かう兵士の姿が見えないのでどうなったのか教えていただきたいのです」


 エゼルバルドの発言は伯爵の逆鱗に触れた様で、先程までの言葉遣いからがらりと変わり、怒りと共に大声を上げ始めた。


「五月蠅い!!お前に何がわかるというのか!お前たちは俺に従っていればいいんだ!なにが解放軍だ?そんなの知った事か、俺はあの街を支配下に置きたい、それの何が悪い。領民など俺の道具にすぎん、お前だってそうだ。俺に指図するな、馬鹿者共めが!!」


 エゼルバルドとの言い合いでストレスが溜まっていたのか、たがが外れた事で内心に仕舞っていた本音を怒鳴りあげてしまった。怒りに身を委ねている伯爵はその事に気が付く事無く、”ハアハア”と肩で息をし、言い切った優越感に浸っている。

 そして、伯爵がエゼルバルドから目を離し、指揮所を見渡せば、側近のオーラフもそうであったが、皆が皆、伯爵を冷たい目で見下げていた。


 今の発言で伯爵の仮面が剥がれ、伯爵も、そしてここにいる全ての者達に予期せぬ出来事が起きるのであった。




 指揮所のドアが”バーン”と勢いよく開き、数人の兵士達が折り重なるように入ってきだ。


「それは本心なのですか!!」


 先頭の兵士が代表して伯爵へと声を荒げて叫び、怒りをあらわにする。部屋にいた者達は一斉にドアの方へ顔を向け、紅潮し怒りに満ちた兵士達を見て、伯爵の放った言葉が、解放軍に参加している兵士達の逆鱗に触れたと理解したのだ。

 今まで伯爵を信じてアドネ領主に反旗を翻し、したくもない争いに首を突っ込み、最愛の人や隣人を失った事全てが領民のために行ったのでなく、伯爵の野心を満たす為と知ってしまったのだ。何のために命を懸けていたのかわから無くなれば、反発する事は容易に想像できるだろう。


 そして、野心を露にするなど感情を制御できなくなった者の末路はどうなるかは想像しやすい。


「なんだ、貴様らは。ここを何処だと考えているのだ。おい、お前ら。その無礼なやつらを切り殺せ!」


 伯爵の放った言葉はここにいる者だけでなく、指揮所の外にいる兵士達の耳にも届くのだが、オーラフを始め、ここにいるすべての者が伯爵の指示を無視するばかりか、伯爵と兵士達との間にあった自分達と言う壁を取り除いたのだ。


「俺達を切り殺せだと!」


 兵士の一人が”ズカズカ”と伯爵の下へ詰め寄り指を突き付ける。


「俺達がお前の道具だと!馬鹿を言うな、俺達はお前の道具になったつもりは無い!」


 左手で伯爵の首元を力を込めて鷲掴みにし、右手を拳に変えて振り下ろそうとしたとき、男の横顔に見覚えがあるエゼルバルドが後ろから羽交い絞めにして動きを止めた。


「止めろ、マルセロ!今、その拳を振り下ろしても何も変わらない」

「離せ!こいつを殴ってやらなければ気が済まない!!」


 振り下ろすことも出来ずに空を切る拳に力を入れながら、マルセロはエゼルバルドに押さえつけられながらも暴れる事を止めない。次第に腕だけでなく足をも使い伯爵に力を振るおうとする。

 さらに力を入れマルセロを伯爵から徐々に引き離し、距離を取るとようやく観念したのかマルセロは大人しくなった。


「マルセロ、お前が制裁しなくても此奴こいつはもう終わりだ。誰も付いていくことはしないさ。ここにいる者達が皆証人だ」


 マルセロがこれ以上自棄やけを起こさぬよう、彼の前に立ち、落ち着いてくれとなだめる。マルセロだけではない、伯爵が自暴自棄になって発した言葉を聞いた兵士達は皆、同じように感じているのだろう。悔しくて悔しくてたまらないと伝わってくる。

 だが、今はこの解放軍の先導者としての地位があるのだ。事を起こして仕舞っては無駄に命を散らせるだけで無駄死にになってしまう。手を上げる事は断じてしてはならない。


「わかったよ、お前の言う通りに拳を引っ込める。だが、アイツだけは許せない。伯爵だか何だか知らないが、俺達を道具呼ばわりしたんだ、俺達はアイツの下で働くのはもう嫌だ!」


 伯爵に指を向けながらマルセロが宣言すると、ドア付近で見ていた兵士達から”そうだそうだ”、”よく言った”と野次や罵声が飛び交う。

 マルセロは叫んだことで溜飲が下がったのか、落ち着きを取り戻しつつあった。それとは反対に指を向けられ、自らの存在意義を否定された伯爵は、顔が紅潮を通り越し真っ赤になって怒りを露にし、今にも爆発するかのように肩を震わせて”ブツブツ”と呪文を唱える様に何かを呟いていた。それをオーラフ等がなだめようと声を掛けているが一向に収まる様子はない。


「オレもマルセロもここにいるだけで状況は悪化するから出ていよう。みんなも出よう」


 エゼルバルドがマルセロの肩を押し、外へ出ようと促すと、自らは挨拶をして出ようと振り返ったその時、エゼルバルド横を何かが通り過ぎマルセロの方へと向かって行った。

 一瞬、何が起きたのかわからずに正面を向いたが、挨拶をしようとした対象が忽然と消え、オーラフ等がこちらに向かって手を伸ばしている光景だけが目に入ってきた。


「えっ!」


 小さく漏れた聞こえた方向へ顔を向けると、マルセロの後ろに影が重なるように覆いかぶさっている光景がエゼルバルドの目に飛び込んで来た。突然の出来事とは言え、その影が解放軍を率いるアレクシス=ブールデ伯爵だとわかるようになるまで数秒を要した。

 そして、その伯爵の手元から地面へ”ポタリポタリ”と落ちる赤い雫、紅潮した伯爵の横顔、突然の痛みに苦痛の表情をして顔を青くしていくマルセロ、すべてが一瞬のうちに目に入り、全てを理解した。


 エゼルバルドに返した自らの言葉に端を発した怒りの矛先を、エゼルバルドではなく突如乱入したマルセロに向け、腰に差していた剣ではなく懐に何時もいれている短剣を手にマルセロを突き刺していたのだ。


「ウォォーー!!」


 マルセロの身に降って湧いた不幸に、エゼルバルドは考えるよりも早く体が反応した。覆いかぶさっていた伯爵の横顔が変形する程、左の拳がめり込んでいた。

 アドネ領軍とにらみ合いの最中であり、エゼルバルドは当然ながらすべての防具を身に着けている。ヒュドラの素材で作った鎧も脚甲も、そして籠手も全てである。その籠手を着けた、彼の怒りに満ちた渾身の一撃が伯爵を殴り飛ばしたのだ。


 当然であるが、伯爵は彼の一撃を察知する事なく、拳を顔面に受け、冷たく硬い石の壁まで吹っ飛ばされる。伯爵は背中を強打し、息を吸えなくなる程のダメージを受け、壁にもたれながら呼吸困難の様にヒューヒューと甲高い息の音を漏らす。

 エゼルバルドの怒りはそれだけで収まらず、伯爵へ追撃をするように伯爵へと向かい、さらに続けて拳を振るい伯爵の身を撃ち続ける。


 一発、二発と伯爵の体に拳をめり込ませ、三発目を打ち付けるその瞬間、さすがにこれ以上は拙いと感じたグローリアがエゼルバルドを羽交い絞めに、ヴルフが伯爵との間に入り三発目が撃ち込まれる事を防いだ。


「もういい、止めておけ!」


 三発目に撃ち込まれるはずだった拳を腕で受け止めたヴルフが告げるとエゼルバルドの動きは止まり、指揮所に静寂が訪れるのであった。

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