第十四話 南の廃砦の戦い、野戦 前編
両陣営から再び、昼食用に数十条に及ぶ炊事の煙が立ち上ってから一時間後、アドネ領軍が初めに動きを見せた。
午前中は短時間に二回ほど出撃したのみで、その後の二時間は陣に籠りきりであった。その間に装備を整えたり、体を休めたりしていた。
休むと言えば砦を守る解放軍も同じで、
アドネ領軍は歩兵千五百を三つの部隊、--五百の部隊を三つ編成--に、分け正面に並べてきた。そして、その隊の後方に弓兵が百ずつ配置している。
その他に遊撃隊として騎馬三百五十と二百の弓兵、そして魔術師五十の合計六百を独立部隊として出撃させた。
陣地を守る兵はわずか六百であるが、砦を落とす方が先だとアドネ領軍に攻撃命令が下され、兵士達はいっせいに砦へと迫るのであった。
アドネ領軍が午前中に巨大投石器を破壊したため、正面から歩兵が進行で迫るも、解放軍からの攻撃はされず、弓の射程距離に入るまで接近を許すしかなかった。
だが、弓の射程ギリギリでアドネ領軍が進行を止めると歩兵が盾を構え守りの姿勢を取った。
解放軍は弓で攻撃をされるのではと砦内部の守りを固め、弓に注意せよと指示が流れるが、アドネ領軍は弓を構える事無く、別の手段を用いて攻撃をしてきた。
砦までおおよそ百メートル。砦から弓で攻撃した際にギリギリ殺傷能力が保てる距離である。だがここは、弓での攻撃をすることなく、魔術師による攻撃を敢行したのだ。
百メートルからの魔術師の攻撃であれば、かなり無理をした攻撃と成りうるがここはあえて攻撃をする事にした。一発だけ攻撃を行い、魔術師を下がらせるのだ。
魔術師は百メートル先にある砦の入り口、すなわち門の扉を破壊するために八割ほどの精神力を集中させる。五十の魔術士を集めたが、実際に攻撃するのは三十だけだ。だが、その魔術師が集まった攻撃力は侮れないのである。
そして、部隊長が”放て”の号令を叫ぶと、一斉に
砦の扉は
守り一辺倒で、打って出る事をしなかった解放軍が焼け落ちた扉から一斉に飛び出してきたのだ。
飛び出た部隊は右側からの攻撃と呼応して挟撃作戦を行おうとした歩兵四百の部隊で指揮官はオーラフであった。自らは馬に跨り四百の兵士が砦を出て隊列を組み終わるのを今か今かとイライラしながら待ちかまえた。
オーラフ率いる部隊は個々の訓練をしていたが、隊列を組むなどの連携訓練はあまり行っていないかった。その為に整列に時間がかかっていたのだ。
とは言え、これは戦争である。アドネ領軍がそこを指を咥えて見ているなど、宋襄の仁を施すなど有りえなかった。アドネ領軍の中央隊は先ほどの魔術師の攻撃から時間も経っていないので守りを解いておらず、攻撃に移ることは出来ない。そして、先に動いたのは砦から見て右、つまりは敵の左翼部隊が動き出したのである。
中央、左右の三つに部隊を分け、一つの部隊は歩兵五百と弓兵百の六百から成り、その一部隊だけで解放軍の出撃してきた部隊を数の上で上回っていた。尤も、アドネ領軍からは出撃した数が四百だとは知り様が無かったのであるが。
解放軍の兵士四百が並び終わり攻撃に移ろうとした時、それよりも早くアドネ領軍の兵士が
アドネ領軍も、解放軍も、前線に立つ兵士の顔は、矢面に立つ悲壮感と手柄を上げる機会だとの闘争心が同居していた。
鎧に身を包んではいるが辺り所が悪ければ一撃で死を迎える武器を向けられ、正常な判断を下せるものは少ない。それは農民だった解放軍に多くみられる。
それでも多少の訓練の成果か、ある程度の犠牲を払ったからか、アドネ領軍の突撃を跳ね返すことが出来たのである。
砦の防壁があるとは言え、入り口の扉が壊された事がこの結果につながっていたのだ。扉が壊されていなければ、兵士達の頭に”砦に逃げ込めば何とかなる”と思っていたかもしれないが、扉が壊されたことにより、砦に逃げ込んでも内部にまで攻め込まれると思い、背水の陣を敷いた事と同義になっていたのだ。
思わぬ抵抗を受けて、被害を受けたアドネ領軍は攻めあぐね、両部隊の先端辺りで小さな小競り合いが続いており、一進一退となり迂闊に手が出せない膠着状態となっていた。
それでも砦の防壁上からは矢が射かけられたり、それに反撃したりとある程度の攻撃は続いていたのだが。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その部隊がやっと戦場に到着し、戦況を崩すべく行動を開始した。
出撃した兵士は二百の騎馬兵と五百の歩兵弓兵の部隊、合計七百。しかも、その五百の部隊はヴルフとグローリアの指揮する部隊に弓兵を追加した混成部隊であった。
なぜ二人の部隊に出撃命令が下ったのかは、集団訓練が進み、ある程度の動きが出来ていたからだった。
「騎馬隊は先行する。二人の部隊は敵の側面を突くように攻撃を開始してくれ。その後は混戦になるだろうから、各々の考える様に戦って構わない。ただし、無理して死ぬでないぞ」
騎馬隊を預かる兵士長が、ヴルフとグローリアに声を掛けると、配下を引き連れて颯爽と戦場へと駆けて行く。全力には遠いが騎馬の機動力を生かした戦いをする様にと指示を受けていたのだろう。手持ちの長槍を脇に抱え駆ける様は何とも頼もしい限りであった。
「さて、ワシ等も行くとしよう。あの突出している部隊の中央に攻撃を仕掛け分断するつもりだ。グローリアの隊は時間差で分断された後ろの部隊を攻撃してくれ」
「わかったわ。気を付けてね」
「うむ、無駄死にはするなよ」
ヴルフとグローリアは死地に赴くお互いの悲壮感を何とか拭い去ろうと声を掛け合い、握った拳を”こつん”とぶつけ合う。それを合図にヴルフとグローリアは自らの隊に指示を出し、戦場へ身を投じるのであった。
「すこし速度を上げるぞ、皆ついて来い!」
「私達もいくぞ、付いて来い!」
ヴルフは真っ直ぐ突出した部隊へ、グローリアはヴルフの隊の陰に隠れるように隊を移動させ、数を誤魔化すように戦場へ急いだ。
「ちょっといいか?」
軽い駆け足で馬を駆るグローリアに声をかける存在が現れた。
「どうしたの?エゼル。もうすぐ戦場よ、怖くなった?」
エゼルバルドがいつの間にかグローリアの横で並走して声をかけた。怖くなったかと言われれば初陣であるので怖さはエゼルバルドもヒルダも持っているのだが、そうではないと首を横に振る。
「そうではなく、あの後ろの部隊を攻撃するのだろう。それなら、部隊を壊滅させるんじゃなく、通り抜けて後ろの敵陣地を攻撃したらどうかと思ってね」
「敵陣地って言っても、相当数の数が残っているんじゃないの?」
グローリアの考えは至極まっとうである。ヴルフとグローリアの部隊を合わせて五百であれば、今はその半分、歩兵が二百と弓兵が五十なのだ。
勢いづいたとしても敵陣地を占領するまでの攻撃力は持ち得ていないとグローリアは分かっていた。
それに、敵戦力は三千で、いま攻撃している部隊は二千未満、残っている兵力は少なくても千は見ても良いはずだ。また、虎の子の紺色の
「そうなんだけどね、そこは考え様さ」
「考え様?」
「敵陣地を攻撃すると見せかけて、表に出ている敵の一部隊をこっちに引き寄せて一撃を食らわせるのさ」
「なるほどね。でも、上手く行かない場合はどうするの?」
敵にも攻撃の意図があり、自らの陣地よりも砦を落とす事に注力するのであればわざわざ整った陣形を崩す事は有りえないと思っていた。だが、グローリアが攻め手の大将であれば、数百の一隊であっても一部の兵士を向かわせて、敵の前方は陣地から、そして後背から追撃の部隊を襲わせると考えた。
それであれば上手く行く可能性があるのではないかと。
「だが、勝手に行動して良いのか?」
「騎馬の兵士長が言ったよね。”混戦になるだろうから各々の考える様に戦って構わない”って。命令違反じゃないよ」
確かに騎馬の兵士長は言っていた、各々の考える様にと。
「わかったわ、エゼルの案を採用するわ。でも、それだけじゃないんでしょ」
「簡単に説明するね」
進行の速度を少し緩め、各兵長に伝令を飛ばす。少し陣形を直し、ヴルフの部隊が突撃を開始するのを待ち、グローリアの部隊はたった一隊ではあるが、敵を翻弄させる作戦を開始するのである。
ヴルフの指揮する二百五十の部隊は楔形の陣形に編成し、敵左翼の側面中央部へ突撃を敢行した。敵の正面には砦を守る部隊があり、激しく一進一退が続いていた。奇襲とは成り得なかったが、
訓練されたアドネ領軍と言えども、正面に意識が向いている戦場で側面に攻撃を向ける事はかなり難しい。一進一退で疲れてきている所へ、元気な敵が殺到したのだ、合計六百の数を誇ったとしても受け続ける事は無理があった。
だが、さすがは訓練されているアドネ領軍の兵士である。碌に訓練していない解放軍は瞬間的に数の上で優位に立つが、全てが上手く行くわけでは無い。
ヴルフが獅子奮迅の働きで敵の首を飛ばす働きを見ていれば、元農民であった解放軍であっても必要以上の力を発揮するのであった。
ヴルフの部隊が突撃し、獅子奮迅の働きを見せている姿を捉えたグローリアは、自らの隊の進行速度を速め、分断されつつある敵の後部部隊に向け突撃を開始した。
「皆の者、続け!敵を蹴散らすのだ」
アドネの領主から自分達の生活を取り戻すのだと、志願している彼等の士気は異様に高まり、武器を握る手に自然と力が入った。抑圧され、重税を課せられ、溜まりに溜まった怒りを吐き出すように彼等は武器を振るうのである。
ヴルフの部隊が突撃をして数分の後の出来事であった。グローリアの部隊は敵の部隊を切り裂くように突撃始め、ヴルフの部隊よりも早く敵の分断に成功し、後背への斜めの道を作る事に成功した。
「よし、抜けた者は陣形を整えつつ私に続け!!」
騎馬の上では、幾人もの敵兵を突き刺し、血にまみれた長槍を高く掲げたグローリアが声高らかに叫ぶ。途中、敵に怪我を負わされ命を失った兵士もいたが、それでも止まる事無くグローリアは隊を進ませた。勝つための、細い細い勝利につながる紐を手繰り寄せるために。
グローリアの隊が敵左翼に再度攻撃せず、アドネ領軍の陣地を攻撃する素振りを見せた時、戦局が大きく動いた。
アドネ領軍の中央と左翼はそのままに、戦いに参加していなかった右翼部隊が大きく動き出したのだ。
アドネ領軍の大将が命令したわけでは無く、隊を率いる大隊長の独断行動であった。とは言え、動き続けているグローリアの隊にすぐ反応出来た訳ではなく少し遅れてであった。
右翼軍勢を中央軍勢の後背に移動しながら陣列を変更し、細長い隊列へと変更させた。足の速い兵士を先頭に、後ろに足の遅い兵士を配置して、左翼を抜けたグローリアの隊を追い始めた。
グローリアの隊二百五十には絶好の機会が訪れたと確信した瞬間であった。グローリアの隊がある程度までアドネ領軍の陣地に迫った直後、それは訪れた。
「全隊、右に進路を取れ!」
馬上のグローリアは少し速度を上げ、隊を右へ旋回して小高い丘を目指す様に進路を変えて隊を進めた。計算上では敵の先頭と接敵する少し前に、その小高い丘に到着できるだろう。そこで指示通りに兵士が動けば戦いに勝てると思うが、はやる気持ちを抑えつける。
グローリアの動きに呼応するように敵の兵士は速度を上げて追いかける。グローリアの意図も知らずに右へ進路を取れば、それに合わせる様に右に追い掛ける。
アドネ領軍は足の速さの違いをこの後に思い知るのであった。
グローリアの隊は小高い丘に到着すると、二百五十の兵士と共に駆け上った。頂上ではグローリアがエゼルバルドとヒルダと僅かな数名の兵士がそこで留まり、来た道へと体を返す。
他の兵士は横を”サッ”と通り過ぎ、次なる行動を取るために足を止めずに丘を駆け下りる。
歩兵を追いかけていた弓兵は丘を降りる事なく、グローリア達の後方で横三数列に並び、敵を迎え撃つ陣形を整える。
全力で追い駆けるアドネ領軍が小高い丘へ息を切らしながら差し掛かるが、大隊長の見た不自然な光景に、”全体に止まれ”の指示を声をからしながら叫ぶ。だが、伸び切った隊列は後ろまで指示が届かず、また、全力で駆ける兵士は急には止まれず、ある者は勢い余って転び、ある者は指示を聞けずに駆け続ける。
アドネ領軍の大隊長は丘の上で見下ろす敵の兵士を見て、これは誘い込まれたと悟り、臍を噛んだ。
そして、グローリアが槍を天高く掲げると、その脇から弓兵が丘の稜線に現れる。
アドネ領軍はそれを見てどう思ったか、定かでは無いが、自ら進んで死地に飛び込んだとだけは悟った事だろう。
グローリアの腕が振り下ろされると同時に丘の上から矢が降り注がれる。一本、二本、そして三本と練度の低い解放軍から、放たれた矢がアドネ領軍を苦しめる。咄嗟の出来事に体を守る事も出来ずに、その場で串刺しになるアドネ領軍の姿がそこかしこに現れた。
軽鎧に身を包んでいても、高所からの弓矢の攻撃は、その鎧をも貫き通し、体に怪我を負わせた。運の悪いものは脳天に突き刺さりその場で即死するがそれは少数であった。
そして、突然の攻撃を受け、混乱を引き起こしていった。
「くそっ!退却、退却しろ!」
アドネ領軍の大隊長は青い顔をしながら、再び枯れる声で叫び続ける。混乱が続くアドネ領軍は、大隊長の声を聴き、我先に飛び来る矢から逃げるように武器を捨てて走りだす。
その時である、グローリアの指示で丘を下り、回り道をしていた歩兵が、混乱して反撃もままならないアドネ領軍の左右から長槍をその手に握り現れ、挟撃を開始した。
この丘は東門からの出撃時にエゼルバルドが目を付けていた場所であった。遠目に見て、なだらかな傾斜で高さは十メートルも無く、そして大きすぎず、迂回するには上り下りるにも絶好の場所だった。それを”各々の考える様に戦って構わない”との言質を盾に、グローリアに作戦を進言して今に至ったのだ。
グローリアの目から見てもエゼルバルドの作戦は成功しつつあり、敵の二割から三割程度を戦闘不能にさせる程の大戦果となっていた。
敵味方入り乱れての混戦模様となり、弓兵は矢を番えたまま待機をしているが、もう一撃、敵にダメージを与えたいと考えるが、これ以上の働きを農民上がりの兵士に課すのは無理だともう一手を打てないでいた。
「グローリア、もう一撃欲しくないか?」
馬上から戦況を見てそんな考えをしていたグローリアは、心の中を見透かされたのかと、驚き、声の主を探れば、左隣で今回の作戦を提案したエゼルバルドからだった。
「エゼル、何か言った?」
「ちょっと動き足りないから、暴れてきていいかなと思って」
逃げに入っている敵の部隊に殴り込みを掛けようとしていたのだ。たった一人の援軍でどうにかなる訳でもないのが戦争であるが、こと戦術レベルの話であればたった一人で戦況をひっくり返される事もありうるのだ。
確かに逃げに入っている殿を蹴散らす事が出来れば、その隊を完膚なきまで叩きのめす事も出来よう。
「わかった、でも気を付けてよ」
「ありがとう。守りは弓兵とヒルダがいれば十分だろうね」
握っていた長槍を地面に突き刺し手から離すと、背中に背負っている持ち手の長い両手剣を抜き放ち、丘を飛ぶように駆け下り、敵に一人向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます