第二十五話 偉い人の話は眠りの誘い

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「おい、出品者に今日の事、連絡したのか?」

「それって、私の仕事なの?」

「え、それじゃぁ、伝えてないのか」

「多分……」

「それ、伝えてきて。それよりも出品物を出してくるの誰だ?」

「それはお前だろう。何を言ってるんだ?」


 夜も明けきらぬ早朝から、オークション事務所はてんやわんやの大騒ぎであった。


 出品物にアーラス教の大司教が祈りをささげる行事に、出品者を招待する連絡を忘れていたことが発覚した。これが大問題となり、担当者が大幅な減給に処されるのだが、この時点では出品者への連絡と出席の確認が大事と、用の無い事務員も含めて、総出での対応となった。

 そして、この時点で連絡の早馬が走り回る事になる。

 ダニエルへは式典の出席の連絡が来たり、警備員へは大聖堂までの警備のスケジュール確認をしたりと、怒涛の如く動き回った。その甲斐もあり、出品物搬送開始までに、すべての事案が整ったのである。


 そして、オークション事務所前に現れた鋼鉄製の頑丈な輸送馬車に出品物が乗せられ、四頭立ての馬車はゆっくりと、大聖堂へ向かって出発するのである。




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「押すなよ!」

「押してねぇよ、後ろから来るんだよ!」

「キャー、誰よ。足踏んだの!!」

「ドサクサに紛れてお尻さわんないの、この変態!」


 商業都市ノルエガの一角、アーラス教の大聖堂の前では市民が押しかけ、押すな押すなの混乱が起きていた。入り口の階段前には、しっかりとした衝立フェンスが設置され、簡単には乗り越えられないバリケードを作っていた。そして、その前にはアーラス教の信徒が、衝立フェンスへ近づかない様にと金属の棒を持って、警備をしている。

 実際に近付き、乗り越えた市民はいないが、信徒が持っている金属の棒で打たれた人の話だと、一発貰っただけで服は千切れ、皮膚が裂けるほど、容赦なくぶたれるらしい。そんな勇気のある市民はその中には無く、ただ平静と見守っているだけで良かった。


 式典はお昼過ぎからだが、日が昇った直後にはこの調子であった。見る方もそうだが、この場を守る信徒たちも辟易する程であった。

 そんな中、大聖堂に続く道を一台の馬車が通りぬけて行く。道は市民に侵入されないように一キロの距離を、信徒と警吏官やノルエガの兵士達が立ち並び守られている。


 鋼鉄製の輸送馬車に乗せられたオークションの出品物は、滑り込むように大聖堂の正面へ到着すると、箱に入ったまま大広間へと搬入されていく。その光景を見て満足した野次馬の半分ほどは、中の品物を見るまでも無いと笑顔になり、帰って行くのであった。この大聖堂の正面に朝早くから並んでいた市民の大部分はこの光景を眺める為だけにこの場所に陣取っていた。


 祭壇のある大広間、いわゆる礼拝堂に出品物が搬入されると、オークションの事務員が慎重に木箱を開け、専用の台座を赤いカバーが掛かった低いテーブルに丁寧に乗せ、剣と盾を見栄えよく設置していく。

 この台座、熟練のダニエルとクルトの師弟が作っただけあり、三十分程の工程であったがしっかりとやすり掛けもされていた。剣と盾の飾る位置も当然ながら計算されており、作成に要した時間以上に立派に作られていた。


「立派な物ですな」

「そうですね……」


 この大聖堂の司教の【ロモロ】と衛士長の【ラウール】は言葉を交わしていく。ラウールはその役職から、目の前にある剣と盾がどれほどすごいかをその目ではっきりと見定めていく。自らが守る品物がどの程度の物か聞いてはいたが、これほどの品物と思っていなかったのだ。これを見たからには、護衛に万全を期すと心に誓うのであった。


 それとは反対にロモロは、価値のある品物と聞いていたが、人を殺すための道具に嫌悪感を抱いていた。人を救う事を教義としているアーラス教でなぜこのような道具に洗礼をする必要があるのかと。確かに、アーラス神聖教国は人々の解放の為に武力を使う事もあるが、それは人々の救済の為との意義がある。剣と盾はその為の道具であり、洗礼をする必要が無い、ただの道具であった。

 そんな物にこの大聖堂で洗礼を施すのはロモロは反対の立場だった。だが、本国からの依頼であれば断ることも出来ず内心は良く思っていなかった。


 そこへ本国から派遣された大司教が姿を現し、飾られている剣と盾を、挨拶もそこそこに眺め始めた。


「大司教も、人を殺す武器を楽しそうに眺めるのですね」


 自らが嫌悪するそれをにこやかに眺める大司教に皮肉を込めて尋ねてみる。それをわかってか大司教はそうではないと反論をしたのだ。


「人を殺す道具であるからと言って嫌うのはどうなのか?例えば包丁は食べ物を刻み、料理に使うのであれば有用な道具である。だが、それを人に向ければ殺人の道具となる。道具とは使う者が正しく使ってこそだ」


 大司教は人々の解放に正しく使われるのであれば、それが正しい使い方であると話をしているのだ。ロモロはハッとした。なんと素晴らしい考えであるかと。


 だが、大司教の本来の目的は別にあった。力を否定する事は、協力しているの覇業を邪魔する事になりかねない。また、自分の野望もに相乗りより事で達成する可能性を秘めている。

 それには目の前にある剣と盾がやはり必要と思ったのである。


「さすが、大司教でありますな。凡人の私などには思い付かぬことです」

「いや、それほどでもない。間違った事を正すのも我々の使命であるのだからな」


 剣と盾を見終わった大司教は満足気に隣の控室へと移動していった。当然ながら、その後ろには金魚の糞よろしく、折目のきちっとしたアーラス教の礼拝服を着慣れぬ従者が付いて行くのであった。




「ところで、下見は万全であろうな?」


 控室で誰の目も無い事を確認し、尚且つ、二人だけが聞こえるだけの小声で従者に声を掛ける。


「オレを誰だと思っているんだ。すでに下見も終えてある」

「それならいいのだがな。それよりもお前のその服はどうしたのだ?下ろし立ての新品ではないか」


 大司教はアーラス教の正式な信徒であり、位にあった礼拝服を何着も持っていたが、従者に化けている男は、この時だけの信徒として最低限の服を借り受けているに過ぎなかった。その中にきっちりと折り目が付いた礼拝服を貸した覚えがなかったのだ。


「下見している時に拝借したのだ」

「帰るときに伝えておけよ」


 借りっぱなしは拙いと、従者に化けた男に釘を刺すのであった。




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 石畳を”ガラガラ”と音を立てながらアーラス教所の印が付いた馬車が街を走り抜けて行く。御者はアーラス教の信徒であるが、箱馬車の中には副司教とオークション事務所の局長、そして鍛冶師のダニエルが乗っている。そして、馬車内に入れないとして、後ろに立ち乗りでヴルフとエゼルバルドが外套をはためかせて乗っている。


「式典とは、儂は何をすればよいのじゃ?」


 オークション事務局が用意した式典用の礼服が、サイズが合わないと、首周りに指を突っ込んでいるダニエルが目の前にいる二人、アーラス教の副司教とオークション事務局長に尋ねる。

 式典のある今日まで何も連絡を寄こさない事に、少しばかり腹を立てていたが弟子のクルトに”大人げないですよ”と注意されてからは大人しく出席する事にしたが、面倒事は御免こうむりたいとの姿勢は崩していない。礼拝堂に座り、大司教とやらの長い話を聞くだけであろうと高をくくっていた。


「基本的にはただ、座っていただくだけで式は進みます。初めに入場と途中で一言挨拶、そして最後に退場となっております」

「挨拶はしたくない。アーラス教の信徒でない儂は相応しくない」


 アーラス教ではないと理由を付けて断ろうとしたが、実際はただ単に面倒なだけと辞退したかった。事前に挨拶をして欲しいといれば受けたかもしれないが、それを式典の数時間前のつい先ほどにこの男にのである。これを理不尽と言わずして何というのかと、ダニエルは腹が立っていた。


「そうですか、致し方ありません。こちらの落ち度もありますのでそれは取り止めましょう」


 ダニエルの副司教と事務局長の二人が残念そうに溜息を付く。事務局長は自らの組織の不手際だと諦め、副司教は信徒でない一般人に無理強いをするのは印象を悪くすると考えた様だ。


「護衛の二人は式典会場に入れる事は出来るのであろうな?」

「それはもちろん。ですが、ダニエルさんの後ろではなく、近くの壁際にとなりますのでそれだけはご了承ください」


 タオルを出して汗を拭くふりをしながら副司教が答える。ダニエルとしては自分の後ろにヴルフとエゼルバルドの二人を置いておきたかったが、仕方ないと諦める事にした。それでも、近くに二人がいる事で余計な心配事は減るだろうと気を楽にするのであった。


「そろそろ到着ですね。降りたら護衛の二人と共に控室にご案内します」


 十数分、馬車に揺られて大聖堂に到着した。表の入り口は市民でごった返し、入る隙間も無かったので、大聖堂の裏の比較的人の少ない場所へと馬車を乗り付けた。そして、副司教の案内で礼拝堂の横、大司教がいる部屋と反対側の来賓控室に案内される。


「式典開始までこちらでごゆっくりとお寛ぎ下さい」


 副司教と事務局長はダニエル達に一礼をすると部屋から出て行った。


(面倒事が起きなければ儂はそれでいい。だが、休みが減ってしまったのはクルトに申し訳ないな)


 護衛の二人が後ろに位置している事で安心したのか、ダニエルは暇を持て余し弟子のクルトとの休暇の埋め合わせを考え始めていた。




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 ダニエルが到着して三十分ほど経つと式典が始まった。


 式典の会場である礼拝堂には、事前にくじを引き当てた市民、二百名がすでに入って着席しており、式典開始の宣言と共に拍手がわき上がった。拍手は式典会場である礼拝堂の外にも伝わり、外で式典を見守る市民達からも盛大な拍手が聞こえだした。

 大きな拍手の中をノルエガ街長をはじめとする来賓にすすみ、それに混ざって剣と盾の作成者であるダニエルも末席に姿を現した。

 その数歩あとから、ヴルフとエゼルバルドが礼拝堂に入り、壁際の目立たぬ場所でにらみを利かせるのであった。


 来賓の入場が済むと式典が始まった。司会進行は副司教で、声高らからに開始を宣言すると、ノルエガの大聖堂を任される司教のロモロより、ありがたい話が長々と続けられた。どれほど長々かと言えば三十分程であるが、この後の街長や大司教の挨拶があるとわかっているからこそ短めにして欲しいと心底思うのであった。

 礼拝堂に抽選で選ばれた人々はそれを我慢して聞いているか、高鼾で寝てしまう人々に別れた。我慢している人は、街の上役やアーラス教の関係者に近いと思われ、服装も外行きのピシッと折目の付いたスーツや美麗なドレスを身に着けている人が多くみられた。

 それとは逆の高鼾をかき、寝入ってしまう人々には、華美な恰好は見られない。せいぜい新し目の服装で、首元に飾りをしているだけで、褒められた姿ではないだろう。そもそも、寝てしまう事自体が、この場の雰囲気を損ねていると気が付いていないのだ。


 だが、百数十年に一度の式典となれば、高鼾をかいても咎める人も少ないだろうとの打算も働いているとか、いないとか。


 司教の次は街長の話が続く。”このめでたき日~”と始まり、五分ほどは剣と盾の話を褒めながら進んだ。それこそ皆が待ち望んだ話であったが、それを過ぎた頃から話が脱線し、街状況や財政、来年の議会投票や、次の街長選挙の話が飛び出し、それが延々二十分と続いた。

 このままで行けば一時間ほども話が終わらないと見た副司教が、強引に街長の話を打ちきり、壇上から下されていた。その光景を見ていた招待客は、副司教の行動と勇気に賛美と拍手を送ったのであった。

 皮肉にも街長の人気は落ち、副司教はちょっとした英雄に祭り上げられてしまった。これ以降、若い者達から副司教は街の次のリーダーと担ぎ下られるのだが、それは数年ののちの事である。


 そして、ダニエルの挨拶が式典から除かれ、メインイベントである大司教による祈祷が捧げられることになった。

 壇上の演説机が信徒により何処かへ持ち去られると、そこへ赤いカバーのかかったテーブごと台座に乗った剣と盾が奥から手前へ出されてくる。演説机や人の陰に隠れていたヒュドラの素材を使った剣と盾が民衆の前に姿を現した瞬間であった。


 華美でない剣と違い、銀色に光る縁取りをし、ヒュドラの赤黒い鱗を一面に貼られた盾は見る者を魅了してやまなかった。人々からは様々な言葉が出てくるが一様に感嘆の言葉が流れていた。

 その中、視線を遮るように大司教が剣と盾のに向くと、不思議な言葉を口から漏らし始める。それが十分程続くと、体を反転させ市民の方に向き直った。


「これで祈祷は終わりました。二つの道具となったヒュドラに感謝を伝え、私の祈りは天から見ている神の元へと届いた事でしょう。私からは以上となります」

 大司教はその場から離れ、自らの控室へと去って行った。


「これにて式は無事終了となります。来賓の皆さまは控室へお戻りください。市民の皆様はこれより祈祷により聖なる武具となった、こちらを見ていただく事が出来ます。ご用意ができるまでしばらくその場にてお待ちください」


 副司教によるアナウンスが礼拝堂に響きわたる。ダニエルを初めとした来賓達は無事に式典が終わり、ホッとしながら控室へと戻っていく。そして、礼拝堂に置かれた剣と盾を守るように頑丈な衝立フェンスが置かれ、周辺に衛兵が数人立ち、見学会場となった礼拝堂は人々の熱気に包まれていくのであった。





※ありがたいお話が続くと眠たくなりますよね。なんでスリープの魔法の効果を持っているのか、不思議でなりません(笑)

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