第四話 ノルエガへの道 四 道中の迎撃と不穏な空気

 依頼主エルワンの小間使いであるクロディーヌやオディロンのパーティーメンバーのソロンを含め、ヒルダやアイリーン、そしてエルザまで寝不足気味のまま、馬車は泊まっていた宿を出発しライチェンベルグの城門へ馬首を向ける。

 さすがのエルワンも寝不足気味のクロディーヌに御者をさせる訳にもいかず、自ら御者席に座り手綱を握るのであった。


「おはようございます。もう出発ですか?」


 城門の兵士達が商隊の積み荷をしっかりと確かめながらエルワンやその隣に座るオディロンに挨拶をする。時は早すぎるとは言えない八時頃、城門が開いて既に二時間が経過している。次々に出発する人が訪れるかと思えば、ピークはもう一時間後の様で、兵士達の仕事もゆったりとしており、物珍しい積み荷の事を聞いたり、出発する人々との会話を楽しんでいる。


「おはようございます。”もう”、って時間でもないですけどね」

「確かにそうですな。早い人たちは城門が開くと同時に出発しますからね」


 何気ない会話を楽しむ兵士達。この街は至って平和であると暗に示している。ここライチェンベルグもそうだが、ベルグホルム連合公国内は比較的事件の少ない国だ。各都市が互いに牽制している影響もあり、犯罪を取り締まり安全を提供する事も住民を増やすためと都市国家間での競争がすごいのだ。


「ノルエガへお帰りですか?」


 エルワンが提示した、自由商業都市ノルエガが発行する身分証を見て兵士が尋ねる。


「ええ、商談も終わり帰るだけです。久しぶりの我が家に帰れるのはうれしいものですよ。家内の作る食事が恋しくなりました」


 兵士の言葉にも気楽に答え、惚気のろけ話を混ぜるあたりも人生を長く生きる先輩としての余裕を見せている。兵士も結婚相手がいたら今すぐにでも結婚するんですがね、と箱馬車でウトウトしているクロディーヌを横目でチラッと眺める。


「そうそう、ノルエガへお帰りでしたら、道中気を付けて下さい。噂程度ですが怪物が出るとの話が入ってます。熊か何かが出没しているのかと思いますが、一応話だけでも」

「そうですか、ありがとうございます。熊程度でしたら腕利きの護衛がいますから御心配に及びません。それでは」


 兵士に礼を言い、馬車馬に鞭をあてて進ませるエルワン。馬車を一目見送る兵士であるが、次々に来る人々に急かされ、あわてて向き直るのであった。




 今にも雨が降りそうな天気の中、馬車を南に向け走らせること一日、ルカンヌ共和国との国境へとたどり着く。国境と言うが険悪な仲の国ではないので、道端に朽ちかけた木製の看板が一枚掲げているだけである。


「ここからルカンヌ共和国です。道が悪くなるからなかなか寝られないので体調には気を付ける様に」


 オディロンから大声で注意が届く。その指摘通り、国境を越える少し手前から街道の路面が明らかに悪くなったのがわかる。今まではしっかりとした石畳で馬車の速度を出しても揺れは無かったが、今では同じ速度でも車輪からの突き上げも揺れも酷く、気をしっかりと持たなければ馬車酔いになってしまう。


 これは国の成り立ちの違いによるもので、今までのベルグホルム連合公国は都市国家が繋がって国家として成り立っている。その為、都市を結ぶ道が重要な働きをする。

 対して、ルカンヌ共和国は自由商業都市ノルエガに一極集中されており、その他に都市と呼べる場所は一か所ほどしか見えない。都市内で八十パーセントを消費するほど、都市内で完結して仕舞うのも原因なのだが。


 国境を越え、ルカンヌ共和国に入った辺りから獣を見かける頻度が多くなった。原因は幾つかあるが、一つは街道を行き来する旅人や馬車列が少なくなるためだ。ルカンヌ共和国とベルグホルム連合公国を結ぶ街道を行き来するのは、ノルエガからの荷物を運ぶ商隊が殆どで、その逆にベルグホルム連合公国から運ぶ荷物が少ないのだ。山の麓で伐採された木材も重要な輸出品目に成り得るかもしれないが、ルカンヌ共和国にも当然ながら木材を主産業にする人々がいる為輸出は殆ど無い。

 そうなれば当然、人の数は少なくなり、獣達の獲物に成り下がるしかない。


 もう一つの理由が両国を繋ぐ街道がノルエガ山岳の麓を通っているのだ。自然豊かなノルエガ山岳には麓から中腹に至るまで木々が生い茂って獣の数も多い。そうなれば当然山から下りて来た獣とばったり出くわす事がある。山から下りて来た獣は腹を空かせている事が多いので、食糧として商隊や旅人を襲うのである。




 その獣達に悩まされているのはエルワンが率いる商隊でも同じであった。


「ソロン、弓で狙えるか?」

「狙えるけど、数が多いよ」

「スイールさん、そっちはどうですか?」

「馬車の上に陣取っているアイリーンが狙ってるよ。数が多いみたいで矢が足りなくなりそうだと嘆いているよ」


 ルカンヌ共和国に入ってすぐなのに狼の群れに二回も襲われていた。ソロンは何本撃っているのか不明だが、数が多いと言う位である、それほど矢の本数を用意していないとみられる。それはアイリーンも同じであった。もともと持っていた十五本に二十本を追加しているが、すでに七本も撃っている。

 幸いな事にその本数の消費だけで狼の群れは森の中へ逃げて行ったが、このままではノルエガに到着する前に持っている矢が尽きてしまいそうだ。


「スイール、やっぱり矢が足りなくなる。魔法で援護できない?」


 魔法で迎撃するのはやぶさかでない。ただ、アイリーンの弓の飛距離と通常攻撃魔法の飛距離が倍以上違うので、迎撃するのはかなり馬車に近づいてからになる。距離を伸ばそうと魔力を込めれば攻撃距離を伸ばす事は可能だが、撃てる魔法の数が少なくなる。一体、二体であれば数の問題は解決するのだが、狼の様な群れ単位だとどうしようもない。


「魔法だけでは対処できないから馬車を止めて皆で対応するしかないな。進む速度は遅くなるが」

「そうだよな~。矢が尽きたらお願いするわね」


 その辺は仕方がないと諦め、矢が尽きる前に申告して貰う事にした。




 出発から三日目の野営時まで時は進むのだが、その間も獣達の襲撃は何回か続き、アイリーンの矢が一桁に、そしてオディロン達の矢も同じく一桁となり、遠距離攻撃の手段が心細くなってきた。


「数本撃てば狼達は逃げていくけど、これ以上は拙いよ。なんとか補充できない?」


 かまどを囲み依頼主のエルワンやオディロンに矢の補充を訴える。アイリーンがこうなのだから、ソロンはもっと困っているはずだ。それは命中率も関係している。アイリーンが十本撃って一本外すか外さないかの腕に対し、ソロンは十本で二、三本を外している。飛距離もアイリーンの七割程度だ。

 そう考えれば二人で百本あって何とか足りるか足りないか程度であろう。


「この辺は村もありませんしね。商隊とすれ違って売ってくれるように頼んでみますが、その商隊とすれ違いませんからね……」


 かまどで炙っていた狼肉の串焼き肉をがぶりとエルワンがかぶりつく。一応血抜きはしてあるが、塩のみの味付けなので獣臭さが残っているがそれも旅の楽しみだと嬉しそうであった。その小間使いのクロディーヌはそれが苦手の様で、香草などと一緒にフライパンで焼いた狼肉を解体にも使うナイフで器用に切り分け口に運んでいる。


「ソロンも矢が無くなると戦力として弱いので矢は必要です。なるべく回収するしかないですか、はぁ~」


 オディロンのパーティーの方が戦力ダウンに繋がるとため息をつく。クロスボウを持っているからと言っても、次弾装填は通常の弓にどうしても劣る。一発だけ撃つのなら問題ないのだが。


 遠距離攻撃を主体に進んでいる今の状況ではどうする事も出来ず、弓主体から魔法や近距離の攻撃に明日から切り替えようと纏まる。これ以上、厄介ごとが起きなければと思うのだが……。心配事は皆の脳裏から消えることは無いのである。


 夕食が終わり、温かい飲み物で一息ついていると、空から冷たい雨が落ちて来た。


「あ~、ここ数日、曇り模様だからいつか雨が降ると思ってたけど、このタイミング降るのかよ。勘弁してほしいよ」


 オディロンが忌々しいと天を睨みながら呟く。その気持ちもわからない訳はないのだが、それよりも見張りの雨除けを作るために馬車からタープを取り出し、設営していく。馬車馬も濡れて体調を崩さない様に大きめのタープを木の下に張り移動させる。雨粒が大きいので音は大きくはなるが、濡れるよりはマシと馬車馬たちも喜んで移動していく。


「テントだと濡れるかもしれないので我々は馬車で眠るとする。皆、気を付けてくれよ」


 エルワンが小間使いのクロディーヌを伴って、箱馬車へと入って行く。クロディーヌは意外と大切に扱われている様で雨の時は一緒に寝る許可を貰っているとか。普通、小間使いとなれば雇い主と一緒の寝床に入る事は出来ないはずだが、エルワンが実の娘の様に可愛がっているので当然の様に後に付いていく。


 そして、雨足が強くなる頃に、見張りを残してそれぞれのテントへと散って行くのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ヒルダ、起きて!」


 夢現ゆめうつつの中で体を揺すられ、耳元にささやく声が聞こえる。肩を持って揺すられる感覚は揺り椅子ロッキングチェアで揺すられている感覚に近く、何時までも眠っていられそうであった。

 それでも、大きく揺すられる頃には夢の中から出てくるしかかなかった。


「あれ~、おはようアイリーン。まだ交代じゃないよね」


 寝ぼけ眼でアイリーンを見ると、ショートソードと弓を側に置き、外套を羽織って戦闘準備が整ったアイリーンがそこにいた。テント内は雨がポツポツと勢いよく叩き付ける音が鳴り響いている。

 ヒルダにメイスとショートソード、そして外套を無造作に投げて渡す。


「早く準備して。終わったらこっそりと幌馬車に乗るのよ、いいわね。出来たらエルザも一緒に」


 良く見れば隣で寝ていたはずのエルザもすでに起きており、外套を羽織っている最中だった。レイピアと杖も持てる場所にあり、いつでもテントから飛び出せる格好だった。

 フードを被ったアイリーンがテントから飛び出し、その後少し経って、外套を羽織ったヒルダとエルザがテントを出て幌馬車にこっそりと潜り込む。




「スイール、起きて……って、もう起きてたの?」


 アイリーンが向かった先はスイール達三人が寝ていたテントであった。そこにはすでに起きて外套を羽織り、いつでも出られる格好のスイールとヴルフ、そしてエゼルバルドの三人の姿があった。


「ええ、何か嫌な予感がしまして、少し前から起きてました。二人を起こしたのはついさっきですけどね」

「良かったわ。寝起きだと戦い辛いものね。ヒルダとエルザには馬車で待機してもらったけど、スイール達はどうする?」



「私達も同じく馬車に行きましょう。皆でそこにいてもあまり良くないので、アイリーンはとヴルフは馬車馬のいる木の後ろで待機してください。当然、残りの矢も忘れない様に」

「わかったわ」

「仕方ないの」


 こいつと組むのは癪だが仕方ないとの表情を出しているヴルフは、アイリーンと共にテントから出て暗闇の中へ溶け込むように馬車馬のいる木の後ろへ隠れた

 スイールとエゼルバルドは別れ、馬車に向かったのはエゼルバルドだけである。スイールはと言えば、かまどの前で見張りをしていたオディロンの下へ、嫌な予感がすると告げに行った。


「おや、スイールさん。交代はまだのはずですよ」


 オディロンとジャメルが不思議そうな顔をしてスイールを眺めている。だが、悲愴な面持ちで二人の前に姿を現したスイールを見て、異様な事が起きるのでは無いかと不安に思うのであった。


「その表情は初めて見ますね。何かよからぬ事でもありそうですか」

「その予感で合っているはずです。よこしまな目が我々を狙っているようで、危険が迫っています。私達は準備を整えていますのでオディロン達も準備をお願いしいます」

「わかった。ジャメル、頼めるか?」

「任せろ!」


 オディロンから頼まれたジャメルは力強く頷くとパーティーメンバーが寝ているテントへと向かった。


「悪いですが、エルワンさんの護衛をお願いします。何が出て来るか想像も出来ないので、出来れば二人で」

「わかった。スイールさん達はどうするんですか?」

「アイリーンは後方に控えてもらってる。ヴルフと一緒だから大丈夫だろう。他は馬車で待機している。そちらのパーティーが表で牽制してくれればこちらとしても助かる」


 二人で簡単な打ち合わせを行い、オディロンとジャメルはエルワンの護衛に箱馬車の横へ、スイールはかまどの辺りで待機となった。

 その他の面々もすぐに動き出せる馬車の横などに身を隠し、息を潜めていく。


 それから十分経った頃であろうか。街道の方からガシャリガシャリと金属製の甲冑の音が冷たい雨の中から響いてくる。それも、一つではなく、幾つもの金属音が合唱の様に近づきつつあった。


 眠っているエルワンの馬車の横を通り数歩前に出てから、馬車の一角に生活魔法のライトで灯りを確保し、音源の方向へと目を凝らす。

 そこから白い魔法の光で浮かび上がったのは、紺色の全身鎧フルプレートを身に着け、長剣ロングソードとカイトシールドを持った騎士たちの姿であった。そして、浮かび上がるその数は五体。全てが同一の装備で、一人の騎士を先頭に三角の陣形を成して歩んで来る。


 オディロンもそうであったが、その騎士を見たそれぞれが武器を握る手に汗をにじませ、緊張した面持ちで暗闇を見つめるのであった。

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