第三話 ノルエガへの道 三 ガールズトークへの道標

 スイール達は何時もより早くに目を覚ます事になった。エルワン達の商隊が他よりもかなり早く動き出す為、それにならったのだ。

 宿の朝食に揃ったスイール達六人だが、その中で明らかに目の下に隈を作っている寝不足が一名いて、ふらふらした足取りで朝食を食べに来た。


「おい、ヒルダよ。大丈夫か?久しぶりのベッドなのに眠れないとはどうした」

「そうよ、心配事が有ったら聞くから、話してね」


 眠そうどころか、全く眠っていないと見え、今にも倒れそうなヒルダは我慢しながらも朝食を食べようとしている。それを見かねたヴルフとエルザが声を掛ける。


「ちょっと考え事してたら朝になっちゃって……。ゴメン馬車で少し眠らせてもらう…わぁ……」


 寝不足でふらふらしていても仕事中と思い、少しだけでもと食べ物を口に運ぶ。明らかに覇気が無いのだが、何をそんなに悩んでいるのか不思議に思うが、ヒルダの口からその訳を聞くまで何もできないとヴルフもエルザも、そして他の三人もそっとしておく事にした。


「食べられないのならサンドイッチでも頼むけど、どうする?」


 さすがのヒルダもふらふらで食べ物も喉を通らないとわかり、エルザの好意に甘える事にした。他の五人は、一人調子が悪くても他五人もいれば大抵なんとかなると考え、今日一日はヒルダが寝込んでいると仮定して動くことにした。

 そして、サンドイッチを包んでもらい、用意のできた馬車へと移動を始める。




「あれ、ヒルダさん。今日は調子が悪いの?」

「…すみません。考え事をしていたら眠れなくて……」


 既に馬車の用意を整えて後は乗るだけと準備万端で待っていた、オディロンのパーティーメンバーのソロンがヒルダに声を掛けてきた。目の下に隈を作りふらふらと歩くその姿に目が行ってしまうのは仕方がない。ヒルダも自分が不甲斐ないと思っているので、申し訳なさそうに呟くしかできなかった。

 オディロン達もヒルダが一人馬車で寝ていても戦力に穴が開く事は少ないとみていた為笑って許してくれた。

 普通、パーティーメンバーが一人欠けただけでも戦力に穴が開くのだが、前衛二人や魔術師が二人いたりするスイール達にとって、ヒルダが一人掛けたとしても盗賊や小鬼ゴブリン等の亜人などには圧倒的ともいえる戦力を有している。スイールやヴルフが行ってきた、子供の頃からの英才教育や魔法剣などの武器を有しているからでもあるが。


「ヒルダの分は我々が変わって仕事をします。ご迷惑を掛けます」


 オディロンが笑っていたが、スイール達は申し訳なさそうに頭を下げるのであった。

 そんなやり取りを見つつ、御者席に座ったエルワンは出発する事を皆に告げ、手綱を握るのであった。




 エーデンブルグを出発したエルワンの商隊は、順調に街道を進み続ける。五月の晴れも重なり、心地よい太陽の光と河から流れてくる風に気持ちをゆったりとさせてくれる。寝不足のヒルダはガタゴトと石畳から流れる車輪の音を聞きながら、うつらうつらと眠りに付き夢の中へと落ちて行った。


「こう見るとヒルダも可愛いのぉ」


 寝息を立てるヒルダの寝顔を見つつヴルフが呟く。いまだに独身のヴルフが、早くに結婚していれば、すでにヒルダくらいの年齢を持つ親になっていたのだが、相手も、婚期も逃したヴルフは今更結婚などしないだろうと思っていた。


「いつも見てるけど、ヒルダは可愛いわよ。見てるこっちが羨ましいもの。これで素敵な旦那を射とめているんだから嫉妬しちゃうわよね」


 寝ているヒルダの顔を恨めしそうに見つめてアイリーンが呟く。可愛い顔に悪戯でもと思うのだが、今は護衛の最中だと思いだし、悪戯心を抑え込む。

 そして、ヒルダの相手であるエゼルバルドを睨みつける。羨ましいとの嫉妬心と何故、相手が出来ないのかと疑問をぶつけてみたくなったのである。だが、その恨みがまし視線を躱しながら、エゼルバルドは反論をするのである。


「射止めたって言われてもなぁ。結局はオレから申し込んだんだし、ちょっと違わないか?」

「ちょ、ちょっと待ってよ。なに、エゼルから言ったの?てっきりヒルダが積極的に言ったのかと思ってたよ」


 エゼルバルドの告白にその場にいて驚いた人が三人いた。一人は当然だが話をしていたアイリーン。言葉の通り、ヒルダが猛烈にエゼルバルドの迫ったと思っていた。アイリーンが二人と出会った時からエゼルバルドに恋心を抱いていると感じていたが、まさか結婚を申し込んだのはエゼルバルドからだとは思いもしなかった。


 そして、もう二人はスイール達と同じ馬車に乗っているオディロンのパーティーメンバーであるフランツとジャメルである。二人も当然ながら独身であり、あわよくば女性とお付き合いをしたり、紹介を受け結婚をしたいと思っていた。

 そして、今回の護衛任務に女性が三人もいるスイール達のパーティーが一緒に参加してきた。その中の一人とでも仲良くなっておきたいと思って三人を見比べたところ、長命のエルフとは付き合えないと除外され、アイリーンの男好きの服装に幻滅し、残ったのは明るい茶髪で活発に動くヒルダであった。そのヒルダの背格好は二人の好みにあたり、なんとかお近づきになりたいと思っていたのだ。

 結婚していると聞いた時にまだ自分達にも振り向いてもらえるかもと、かすかな希望があったが結婚相手が、強くて剣の腕が立ち、男の二人から見ても敵わぬエゼルバルドであった事から、脱力せざるを得なかった。

 勝手に惚れて勝手に自滅した典型的に残念な二人だった。


 そして、その二人がショックを受け、がっくりと肩を落としている事に気が付いたアイリーンが何事かと尋ねる。


「あれ?二人共どうしたの。お腹でも痛い?」


(そうじゃないだろう、ショックを与えたのはお前なんだからもっとしっかりとフォローしろよ)


 フランツとジャメルは内心でアイリーンに悪態をつくのであった。それでも気丈に振る舞おうと顔をひきつらせながら不気味に笑いながら、”何でも無い、大丈夫”と言うしかなかった。


 その後は、アイリーンがしつこくエゼルバルドに告白した時の事を根掘り葉掘り質問してきたが、ここで恥ずかしい話をするのもどうかとアイリーンの質問をのらりくらりと躱すのであった。

 そして、太陽が真上に昇るお昼時になり、たっぷりと睡眠を取り寝不足から解放されたヒルダが起きて、”もう大丈夫です”と、皆に頭を下げていた。エルワンやオディロンは午後からはよろしくと声を掛けていたが、時折、交代で御者席に座っていたクロディーヌはヒルダをキラキラした目で見つめ、手を取って”こちらこそ”と話し掛けていた。

 クロディーヌは小間使いの役目が無ければ、アイリーンが話していた中に入りたかったほどだ。結婚と言う女性の憧れをすでに済ませている同世代の女性で、クロディーヌの目からも素敵にしか見えないエゼルバルドを射とめているヒルダに、もっと近づいて話を聞いてみたかった。

 午前中はふらふらで寝ていたヒルダだったので、野営時や宿で旦那との馴れ初め話や告白されたときの話を是非とも質問攻めにしたいと考えていた。


 そのヒルダに馴れ初め話や告白時の話を質問する時間は次のライチェンベルグに到着した時に叶うのだが、その時のヒルダは顔が真っ赤で同性の目から見ても可愛いと言わざるを得ない状況であったと、この場で記しておく。




 無駄なお喋りが続いていく車内であったが、その後の街道も順調に進み、出発してから三日目の三時頃にライチェンベルグに到着したのであった。


「この街道も無事に進むことが出来て良かったよ。まぁ、普段からこの辺りは盗賊も獣も少ないから気が緩んじゃうんだよね」

「リーダー、気が緩むのは良いけど、ちゃんと周りも見ないとね」

「何言ってんだよ、気は緩んでも見張りはちゃんとしてるから心配ないぞ」

「「それが心配なんだよね」」


 オディロンと馬車の中にいたメンバーのシモンとソロンの兄妹が鋭く突っ込みを入れる。警戒を厳にする場所さえ間違わなければ問題ないと思いながらも、話しに花を咲かせる三人を楽しそうに見つめるフランツとジャメルであった。


 場内に入る審査を待つ列に並ぶのだが、ライチェンベルグの南側は河に橋が架けられており、普通の城門よりも警備が厳重であった。

 橋は簡単に言うと軍事施設である。その橋を占領すれば簡単に河を渡ることが出来、一度にたくさんの兵員を送り込むことが出来る。それ故に橋を守る事は重要なのだ。だが、街に続く橋にはもう一つ役割があり、敵の兵員を集める手段でもある。分散した兵力を屠る事は難しくても集合した兵力を屠る事は意外と簡単なのである。その為の橋でもあるが、諸刃の剣でもあるのでなるべく城門には近づけない方が良いのでもあるが……。


「次、お前たちだ」


 エルワンが御者を務め、オディロンが兵士と話を幾つかしている。身分証や荷物の検査をしているだけで別段おかしい所は無い。兵士達も人数が多いだけで他の街と変わらぬように仕事をしている。

 そして、すべての審査が終わり、街への入場が許可される。


「行っていいぞ。ちなみにお前たちは何処まで行くつもりだ?」

「何処と申しましても、雇い主のエルワンさんの拠点であるノルエガまでですが」

「そうか。くれぐれも気を付けて行くようにな」


 オディロンと話をしていた兵士が少し気になる事を話していたようだが、そのまま宿へと直行し体を休める事となった。スイール達は二部屋割り当てられ、男性と女性でわかれて泊まる。

 宿の部屋でしばしの間、仮眠を取ったり固まった体を伸ばしたりしている内に日も暮れ夕食の時間となる。その時間になると宿の食堂から何とも言えぬ良い匂いが流れてきて、各部屋を充満していく。”匂いを食わせろ”とはよく言ったもので充満された匂いにつられて部屋から宿泊人がぞろぞろと食堂に集まってくる。そのうちの六人がスイール達なのだが、匂いをかがせて集める手法を取っている宿だけあり、食堂の座席は人数以上用意されている。その為”スイール達だけ座れない!”、そんな状況は無く六人は同じテーブルに着くことが出来たのである。


 そんな中、注文もせずに運ばれてくるのは、匂いの元となった料理だ。


”分厚いイノシシ肉の香草焼き、赤ワイン仕立て”


 イノシシ肉の脂と匂いの出る香草が混ざり、食欲を増進させる匂いを出すだけでなく、胃もたれや消化促進の効果のある薬草も混ぜられている、この宿自慢の一品である。味は文句なく”旨い”と口から出るほどだ。さらに分厚いにもかかわらずナイフがスッと通り、柔らかさも舌触りも満足出来る。

 そしてその他のメニューに至っても、柔らかい白パン、香り立つワインに紅茶、葉野菜をふんだんに使ったサラダ、そして旬の野菜と干し肉のスープと旅の最中では味わうことの難しい料理が並んでいたのだ。


 その料理を楽しんで後は口の中をさっぱりさせるだけと紅茶や柑橘類の煎じ茶を飲みゆったりと過ごしていた。食堂とは言え、酒場も兼ねているとすれば聞こえて来るのは人の噂である。スイール達も人の噂に耳を傾けるのだが、他人の悪口は聞くに堪えないとすぐに移動を開始するのであるが、この日はそれとは違った噂話が聞こえて来るのもあり、じっくりとお茶を楽しんでいた。


「おい、知ってるか?」

「何がだよ」

「この先のノルエガに行く道に怪物が出るんだとよ」

「はぁ、怪物だぁ?そんなのいる訳ないだろ!」

「それが出たんだとよ。一体でなく複数が」

「お前、馬鹿じゃないか?そんな複数が出てればお前だけじゃなく俺にも届くはずだ。それをお前だけしか知らないとか馬鹿言ってんじゃねぇよ」

「なんだと?オレが聞いたのはついさっきだってのによ」

「さっきって言うなら、何処で聞いたんだよ」

「決まってるじゃねぇか。この街の門番からよ」


 これ以降もこの男達のいい争いは続くのだが、ただの罵声になってしまったので、スイール達は食堂を出て部屋に戻る事になった。

 その噂話を検討するべきと思ったのは、やはりスイールであった。


「エゼルにヴルフ、寝る前に少しいいか?」


 部屋に戻った所で二人に”気になる事がある”、と二人に告げた。


「さっきの噂か?」


 ヴルフにしてもエゼルバルドにしても話しの切っ掛けはそんな所だろうと予想できた。あの男達の声は食堂に響き、意識しなくても耳に届く程であったので、言わなくても何となくわかるのだ。


「そうだが、怪物って話を盛っているにしても、噂になる様では危険な道中かもしれないと思うのだが、どう思う?それに城門を入った時の兵士の言葉も気になったんだが」

「そうだな、危険っちゃ危険だな。これからは国も変わるし、道も山脈の麓を通るのだろう。今まで通りに行かないのは当然だろう」

「そっちの危険ではないのだが……」


 スイールは噂話の元になった危険を指したかったのだが、ヴルフは一般的な危険を指していた。二人の話は整合性が取れないとわかり、それ以上、話をする事は止めにして一人頭の中で考える事にした。

 話を振られたエゼルバルドであったが、発言する事も無くスイールが黙ってしまったのでこれ以上は無駄であると考え、着替えを済ませベッドへと入って行ったのである。




 一方、スイール達の隣をあてがわれたヒルダ達、女性の部屋へ、小間使いのクロディーヌとオディロンのパーティーメンバーの紅一点であるソロンが訪ねてきており、ヒルダの恋話で、黄色い叫び声や誰もが真っ赤になるような話で深夜まで盛り上がっていたのであった。

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