第二十七話 地下迷宮探索 十二 遺物発見
「あれ、解体終わっちゃったの?早かったねぇ」
ヒュドラの解体が終わった所へアイリーンが戻ってきた。暗い中とは言え出掛けて行ってから相当な時間が過ぎている事から何処かで油を売っていたのではないかと疑ってしまう。だが、その手には見知った杖と見慣れぬ物を持っている所を見ると何かを見つけた様である。杖に至ってはスイールと同じ形で色違いであった。
「かなり遅かったですけど、大丈夫ですか。ところで、その杖は何処にありましたか?」
アイリーンの杖を見ながらエルザが声をかける。らんらんと目が輝き、ついに見つけたとのだと笑顔が溢れ出している。手に持った時にがっかりしてはいけないとエルザは気を引き締めるのだが、それでも嬉しいとの思いが強い。
「ん、これ?あっちにあったよ。はい、どうぞ」
暗闇の奥を指し、杖が存在していた場所を話す。光の届かない暗闇の中なので誰もその場所をここから見る事は出来ないのだが。その説明の後にエルザに持ってきた杖を渡すと、涙を流しながら
「ああ、とうとう見つけたわ。スイールの持つ杖の兄妹を。なんて素晴らしい日なんでしょう」
いつの間にか杖を抱き頬ずりをしながら声を上げて泣き始める。杖を探すようにエルフの里にその指示が出て五十年余り。エルフとしては短い時間であるが、漸くこの手に戻ってきたのだ。喜びも
それを見た他の四人も、目頭が熱くなり涙を溜めている。一月にエルザが仲間に入り、五か月余りで目的を達せられるとは思いもよらなかった。それだけエルフの杖の捜索には年単位の時間がかかると思われていた。
「アイリーン、他には何か見つかりましたか、杖と手に持っている不思議な物だけにしては時間がかかりすぎですが」
杖を持って、喜びに満ちた踊りを待っているエルザを横目に、アイリーンの持つ四角い謎の物体を指す。一辺が二十センチ、厚さが五センチほどの金属でできた箱のような物だった。塗装がしてあるようで黒っぽい色で統一されている。
「これが何かわからなくて時間がかかったのよ。無造作に置かれていたからゴミとして捨てられていたのかもね。何かわかる?」
サボっていたのではないかと疑いの目を向けられる言われは無いと、スイールに不思議な物を手渡す。それほど大きくないスイールの手の上からはみ出す位の大きさ。一辺が二十センチなので当然なのだが。
重量は見た目以上に軽く非力な女性でも振り回す事が出来るはずだ。
その箱の表面、一辺二十センチの面の片面に銀色で書かれた円が見える。直径が十五センチと十センチの二つの同心円が書かれており、それが何か上から覗き込むエゼルバルドとヒルダには何に使うのか予想もつかなかった。
「なるほどなるほど。珍しい出土品ですね、これは」
「何かわかるの?スイール」
目を輝かせながらアイリーンが身を乗り出しスイールに詰め寄る。お宝と言える程この地下迷宮には何もなく残念に思っていたが、出土品、しかも地下迷宮から出たとあればエルザの喜びようまで行かなくともアイリーンも相当に嬉しい。
それでも自らで何かが判明できなかった分だけ嬉しさ半分である。
「魔力を使って鍋ややかんの水を沸かすコンロですね。随分と良い物を見つけましたね。私も欲しいくらいです」
「えっ?コンロ、これが」
コンロと言えば薪や炭をくべて火をつけ、その上に鍋を置いてお湯を沸かす家庭に一台はある生活道具、いや生活必需品だ。薪などをくべるタイプは備え付けになり持ち運びは出来ないし、炭を入れるタイプでも旅で持ち運びには不可能に近い大きさだ。それに重量もある。
「そうです、コンロです。他に何も無いのであれば実演しますけどどうしますか?」
「出来るならお願いするわ」
「ここでは何ですから、ヴルフがいる場所へ戻ってからにしましょう」
泣いていたエルザがいつの間にか杖を掲げて小躍りをしていた。その彼女に踊りを止めるように声をかけると、ヴルフの元へと戻っていく。
ヴルフの横へ腰を下ろし、手に持ったコンロを地面へ置くと鍋を出したりと準備を始める。鍋に生活魔法で生み出した水を半分ほど入れ、それにあわせ調味料を入れる。根野菜と干し肉を五ミリから八ミリ程度のサイコロ状に刻み鍋の中に投入。乾燥した葉野菜を適量用意し、準備は完了となる。
バックパックから一冊の分厚いノートを取り出し、ぺらぺらとめくるとそれを見ながら説明を始める。
「これは
さらにノートの解説ページを読みながら次の説明に移る。
「この制御球は魔力の制御と供給、そして魔力保管の三つの働きをしている
「この制御球であれば一回の魔力供給で三十分動作するはずですので、しばらくすれば鍋が沸騰してくるでしょう」
しばらくすると鍋の底から気泡が出来始め、ブクブクと水面へ立ち上る泡が見え始める。水の温度が上が理沸騰してきた証拠だ。ヴルフ以外の四人が鍋を上から覗き込み不思議そうな顔をしたり、驚きの顔をしたりと百面相の様で見ていると面白い。
「これ凄いね。こんなに短時間で湧くんだ」
エゼルバルドが驚きの声を上げる。薪を使ったかまどで茹で上がるまでの時間の半分くらいで沸騰しているのだ。驚かない方がどうかしていると思わざるを得ない。
沸騰後、スイールが制御球を操作して火力を落とし沸騰直前の状態を保たせ、残っていた乾燥野菜を鍋に入れる。それから十分ほどで鍋の材料が柔らかくなり調理が完了した。
「どうぞ、食べてください。先程食べてからまだ時間が経ってませんけど、これをお腹にいれてから探索を再開しましょう」
スイール自ら出来上がったスープを取り分け、食事を始める。幸いなことにヴルフも起き上がれるまでになっており腹の虫が鳴くヴルフは、手持ちのパンと共に腹が膨れるまで食べてしまった。
ヴルフ以外も温かいスープを口に入れること自体が数日振りで、スープを懐かしく思いながら飲み込んでいた。洞窟内で火を焚く事がご法度となれば、薪を使わずに調理できるこの
この
スープを飲み、腹がふくれた次は探索の再開だと、皆がここを動こうとしたが、エゼルバルドが”その前に確認をしたい”と話をする。ヒュドラと対戦して武器や防具をどれだけ壊したり、使えなくなったのかを纏めておこうと思ったのだ。
ヒュドラ程の戦いは無いにしろ、盗賊と戦えるくらいの装備は残っていて欲しいと思うのが今の心情だった。
「オレはこの通り、胸当てが限界を迎えているよ。それ以外は大丈夫かな」
へこんだ胸当てを指し、残念そうな顔をする。同じように防具全般が限界を迎えているヴルフも同様だったが、それよりもヒュドラに飛ばされたダメージが体に残っている様だ。
「ワシも防具はほとんど使い物にならん。愛用していた
戦闘は無理だとヴルフの口から残念そうに告げられる。それも仕方のない事だった。ヒュドラに飛ばされた直後に内臓に傷を負い、エゼルバルドが緊急で回復魔法を使って、ある程度は回復出来た。これがエゼルバルドでなくヒルダであったならもっと早くに回復していたかもしれないと思えばエゼルバルドからは何も言えなかった。今は早く治ってくれと祈るばかりである。
「わたしは予備のショートソードが残っているだけよ。
ヒルダは腰に差しているショートソードを見せるだけで残念な顔をする。このショートソードもエルムベルムで購入したばかりで、少し振っただけの新品とも言える武器でもあった。
「ウチは矢が十五本くらい残ってるだけかな。ダメージも無いし大丈夫よ」
「私も大丈夫。新しく杖が手に入ったから戦力低下にはならないわ」
アイリーンもエルザも共に戦力の低下となるような武器や防具の破損は無く、無事であった。それに続き、スイールも同様の報告をする。
「魔力が完全に回復していませんが、それ以外は問題ないですよ、エゼル」
自らの回復度合いを確認してエゼルへと伝える。
エゼルバルドは皆を見渡し、盗賊などであれば撃退できるであろうと確信した。前衛はエゼルバルドとヒルダ。その後ろにアイリーンを置き、ヴルフを囲う様にスイールとエルザを配すればこの地下迷宮でも戦える。ヒルダのショートソードが心配だが、ヴルフからブロードソードを借り受ければそれも心配ないだろう。尤も、そのショートソードも魔法剣ほどでないが、鍛え上げられた鍛造の刃なのでヒルダの技量と共にそれなりの戦果を上げられる。
これなら心配する事は無い、と探索に入る前に腰を負った事を詫びる。
「なぁに、詫びる事など無いさ。おかげで現在の確認が出来たさ。そろそろお前がリーダーでもよさそうだな」
「そうよ、戦力の確認は何時でも大事よ。今みたいな時だったら特にね」
ヴルフとヒルダの二人の言葉にエゼルバルドは照れくさそうに頭をかく事しかできなかった。そんな少年とも青年とも惑わせるような微妙な年齢の一人を、微笑ましく、そして頼もしく思うのであった。
「まだ見ていない通路もありますからね。探索を再開して、酸の池がどうなったか確認に行きましょう」
「あのピリピリが無くなったから探索が進むかもね~。もっと何かがあるかもしれないから楽しみよね」
「まだ敵がいるかもしれないんだから注意しなくちゃだめですよ」
だが、それにかまけて索敵を
「ヒュドラの死骸は後にして探索に戻りましょう」
ヒュドラの通路を出ようと暗がりを照らし出すのだが真っ暗な暗闇の中央にいるらしく、どっちを向いても暗闇を照らすだけであった。
「あれ、出口どっちだっけ?」
きょろきょろと周辺を見渡し頭をかくアイリーンに皆は冷たい視線を浴びせた。
何とかヒュドラのいた暗闇を退出したアイリーン達は、その空間に繋がるドアを閉め、菱形の宝石を取り出す。そして右側のドアを開けるために青い玉をはめ込み、問題のあるドアを開け放つのであった。
一度解放した時はピリピリとした空気に悩まされたが、その空気は何処へやらと二度目はその痕跡すらない程、空気が澄んでいた。この先にある酸の池に何かがあった、--おそらく消えているだろう--と、確信を得る事になった。
「ピリピリ来ないから進むよ~」
「ええ、お願いします。あ、青い玉の回収を忘れないでくださいね」
「わかってるよ~」
軽い調子で返答をするアイリーンがドアを閉め青い玉を取り外す。その青い玉を見つめ何かを思いながら腰のバッグへと仕舞い込む。バッグには青い玉と赤い菱形の宝石が隣り合って寄り添うように並んでいる。この二つが未知の地下迷宮を探索の道しるべとなったかと思うと特別な思いを抱かずに得られない。
(もうしばらくお願いね)
鞄の蓋を閉めながら二つの球に最後の願いを込める。そして、一度降りた階段へ足を向け、地の底へとその身を進めて行くのである。
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