第二十話 地下迷宮 探索 五

 暗闇で男と女が言い争いをしている。痴話喧嘩などではなくトレジャーハンターの仕事を途中で邪魔をされた事に起因している。


「だー、かー、らー、邪魔しないでって言ったでしょ」

「スマンと謝っているじゃろうが」


 この応酬である。傍から見てお互い大声を出して見苦しいのだが、これだけ騒いで敵が寄ってこない所を見ると、この通路は攻撃される危険性は少ないと見られるのは幸いであった。これが林の中など獣が沢山いる所であれば、すでに敵が押し寄せて戦いに発展しているはずであった。


 そして、二人の言い合いから十分ほどしてしょうがないと、ヴルフが言い合いから一歩引く。


「街に帰ったら何か奢るから許せ」


 アイリーンが怒っている原因が自分にあると分かっていると下手に出ていた。十分ほど怒って怒りが収まったのか、それ以上この件で怒ることは無かった。それでもまだ怒りが収まっていないのか少しだけ機嫌が悪い。


「ドアが閉まってしまいましたから前に進みましょう。何かあるかもしれませんよ」


 起きてしまった事は戻せない。ならば前に進むしかないと、スイールが声を掛ける。この通路の先はまだ調査もしていないと考え直し、アイリーンは暗闇を見つめるのであった。

 大声を出して敵が寄ってこないとわかると、進む速度は少しだけ上がっている。それでも罠があるかもしれないと注意深く見まわしている。


 今の通路はまっすぐではなく右に緩やかな曲線を描いている。何故こんな構造にしたのか疑問に思った。通常であればまっすぐ進み、右に九十度曲がればそれで事足りる、わざわざ曲げた通路にしなくても良かったのでは、と。

 過去に設計、工事した時にまっすく進ませると緩い岩盤があったと当時の人々にはわかっているのだが、その文献も無くなってしまい、今は不明なのである。


 埃に付いた足跡を残しながら進むと、見慣れない金属の部品が落ちている。長さは一メートル程、L字に曲がった棒で長い先に四角い穴が開けられている。鈍器でもなく、なにかに使う部品みたいなのだが、同じような部品は見たことが無い。見た目よりも重い感触で、丈夫さを求められている様であった。


「何かしら?これで叩くと頭が良くなるかもよ。叩かれてみる?」


 注意しながら手に持ったアイリーンであるが、それをぶんぶんと振り回し頭を殴りつけようとヴルフに向ける。


「そんなので殴られたら死ぬぞ。止めんか」


 流石のヴルフも頭をかち割られては生きていない、それは冗談にしておいてくれと頭を手で押さえる仕草をする。本気でしないわよ、とおどけて見せるアイリーンだが、先ほどの目は本気で振り下ろしたかったと見えた。


「まぁ、痴話喧嘩はそれ位にして……」

「「痴話げんかじゃないわい(わ)」」


 こんな時だけ二人の息がぴったり合うのはどうなのかとヒルダは思ってしまうのだが……。


「それも重要なアイテムの一つみたいですから、私が預かっておきましょう。アイリーンやヴルフの邪魔になるといけませんからね」


 スイールはアイリーンの手からL字の金属棒を受け取りバックパックに巻き付ける。アイリーンが持っていてヴルフの脳天に振り下ろしでもしたら、戦力激減となりうると思慮した結果でもあるし、探索や戦闘の邪魔になってはいけないとの考えが脳裏にあったのは言うまでもない。


「スイール、管理はお願いね。先に進むわよ」


 そして、右に湾曲した通路の探索を再開するのであった。


 敵が出てこないとは言え、足音を響かせるわけにもいかず、慎重に足を進めていく。そして、アイリーンの目の前には石を積んだ行き止まりの壁が姿を現した。

 通路の壁はぼわっと光る石が所々に使われているが、目の前の壁は光る石が使われていない、ごく普通の壁であった。


「ちょっと、出られないの?あ……」


 入ってきたドアが閉められ、目の前に出口が見つからず、閉じ込められてしまったと目の前の壁を両の手でガツンと叩いたのであった。しかし、アイリーンは叩いた時に壁とは違う感触をその手に感じた。右手と左手に感じた感触が明らかに違っていたのだ。

 さらにもう一つ、微かに、本当に微かにであったが頬をなぞる風の流れを感じたのだ。吹いてくる風ではなく、吹き行く風であろうか、壁の中へ消えていく不可思議な風だった。

 小さな事であったが頭の冴えている今のアイリーンにはそれだけ十分であった。頭の中に浮かび上がってくる記憶と目の前の現象が互いに混ざり合い、そして一つの結論に達したのだ。


「ここに出口がある!!何か無いか探して」


 そして、壁を丁寧に調べ出す。摘みあがっている石を一個一個丹念に、嘗め回すように調べる。時にはナイフの柄でたたいたり、隙間に刃を入れ込もうとしたりと様々な事を試している。それに倣う様に他の五人も壁や床を調べ始める。暗がりの中でもあるが、傍から見たら異様な光景であっただろう。


 それでも隠されたそれを見つけたのはアイリーンだった。見つけた場所もアイリーンが不思議に思った場所からそう遠くでは無かった為であった。

 不思議に感じた場所から一メートル程左にずれた場所に組み上げてある石の材質が変わっていたと手に感じたのだ。ナイフの柄で石を叩いたその石だけ音が異なった。硬質な音がする中でその石だけ柔らかい、もしくは空洞がある様な反響を感じた。その石の隙間にナイフの刃を差し込むと、石が簡単にぽろっと手に落ちた。


 厳密に言うと積み上げられた石に似せたカバーであった。縦二十センチ、幅四十センチの石にしては軽く、中が繰り抜かれていたとしても軽すぎたのだ。

 石のカバーが外れた中にはハンドルがあり、手前に引ける構造になっている。


 そのハンドルを見つけたため、皆でどうするか相談をする。罠である可能性もあるが進めなければここで餓死するだけだと、そのハンドルを操作する事になった。

 そのハンドルが罠で水浸しになったり、天井が崩れたり、毒ガスが流れ込んだりとする危険性もあるが、出口を開ける切っ掛けとも考えられ、低い可能性に賭けたのだ。


 その賭けはアイリーン達に微笑んだ。


 ハンドルをアイリーンが引くと一メートル程右の壁がズズズと手前にずれ出し、開口部が現れた。その現れる姿は幻想的で、何の変哲の無い壁にスッと切れ目が走るとそのまま手前にずれる。まるで夢を見ている様な開き方であった。


「こんな仕掛け見た事ないわ。昔の迷宮ってすごかったのね」


 十、二十はくだらない程、地下迷宮の探索をした事があるアイリーンだったが、完全に生きている遺跡は初めて、--スフミ王国の地下迷宮は別--であった。それもあり、この地下迷宮に期待を込め始めた。元々は小鬼ゴブリンが集団で生活してその討伐の意味であったが。

 その開口部の向こうを見ると見た事のある記号が並んでいた。


「やっぱり!何かあると思ってマーキングした場所!」


 その場所は洞窟状の通路にあったドアを開けて入った場所、ほぼ遺跡のスタート地点と思っても良い場所だ。

 左の壁にあるドアを開ければ洞窟通路に続きこの地下迷宮の入り口へ、右の通路を進めば一度探索した通路。そう、先ほど曲がっていた通路は入り口付近まで戻る仕掛け通路であったのだ。

 幸いな事に青い玉は手元にあり、探索を続ける事が可能であった。


「何にしても脱出できてホッとしたわい」


 先程までアイリーンに散々文句を言われていたヴルフは悪びれた様子もなく呟く。それに食って掛かっても良かったが、この地下迷宮に期待を込めている方が勝ったため、ヴルフを無視する事にした。出られたのは事実である事を考慮して。


「菱形の宝石で入れる場所が二か所残ってるけど、探索しに戻っていいんでしょ?」

「あ、良いんじゃないか。ここで活躍してるアイリーンが良ければ」

「「うんうん」」


 スイールも他の仲間もアイリーンの気が済むまで探索しても良いのではないかと思っていた。食料も余裕があり、飢える心配も無い。それにこの地下迷宮の中には敵がいない事が上げられる。アシッドパイソンはいたが、それ以外の雑魚が出てこない事はうれしい誤算であった。


 皆の気が変わらないうちにと通路を右に歩き出した。罠がない事は分かっているのでアイリーンの足取りは軽い。足に羽が生えたとは言いすぎだが、軽やかなのは間違いない。そのまま三百メートル進むと前方と右側にドアが見える。

 前方のドアはアシッドパイソンがいた通路で、右側は菱形の宝石をはめて閉じられたドアのある通路につながる。前方のドアの向こうは探索し終わった為、右側のドアの向こうへ再度進むことにする。

 このドアは青い玉をはめる事で開く。ドアが開き、その向こうへすすみ、ドアを閉めて青い玉を外す。この動作が一回一回必要なのだが、青い玉が手元に一つしか手に出来ない為面倒だがこうする外は無い。


「先ずは菱形の宝石を回収しないと」


 この通路の先の右側のドアを開けるためにはめ込んだ菱形の宝石を回収するためにアイリーンだけここを走って暗闇に消えて行った。魔法の光が照らしていたので何処にいるのかは一目瞭然で心配はない。まぁ、休憩した通路なので心配は全くないのだが。


 アイリーンを除くエゼルバルドとヒルダ、スイールにヴルフ、そしてエルザは百五十メートル程進んだ所にある、まだ探索していいないドアの前で待機をしている。菱形の宝石をはめる穴が開いているのだが、初めの通ったときは菱形の宝石を持っていなかったので探索できなかった場所だ。アイリーンが菱形の宝石を手に戻ってくればこの先へ行く予定であった。


「お待たせ~。持って来たよ」


 息を切らせながらアイリーンが菱形の宝石を手に戻ってきた。息を切らせてはいるが何処か楽しげである。トレジャーハンターであるアイリーンはこの様な場所に脚を踏み入れているだけで楽しく感じている。未知の遺跡、未知の発見をこよなく愛している。だが、今まで発見に至った事は無かった。この遺跡に期待するなと言われてもそれは出来ない相談なのであった。


「お疲れさん。罠が無いか確認して、良ければ開けてくれ」

「ほ~い、っと」


 スイールの問いかけに軽く返事をするアイリーン。足も軽いが返事も軽く、気分が良い事は確かであった。

 ドアに罠が無いか十分注意し、問題が無いと判断して菱形の宝石を横の穴に入れる。そして、ドアは誰の手を借りる事なく、油が切れた音と共にスイール達を誘う様に開いたのであった。ハンドルを引いたら開いたのは先程あったが、鍵となる物を入れただけで開いた事に全員、--スイールだけは驚いた振りだ--、が驚いた。


「やはり生きている地下迷宮ってやつか」


 ドアがひとりでに開いた事にヴルフが呟く。人の手を使わずに開くドアなど存在しないはずだと今までの記憶をたどる。不思議だと思うしかないのだ。


「それよりも洞窟通路みたいだよ」


 アイリーンがドアの先へと入ると土の地面が照らし出された。今、立ってる石畳の床からいきなり土の地面だ。そして、光が届く左右を照らすと石の壁ではなく洞窟の様な壁であり、天井も鍾乳石が垂れ下がって不思議な感覚に陥る。

 全員がドアを潜り、洞窟通路に入る。ある程度アイリーンが進んでみたがドアが閉じられることなく進めそうだと安堵の表情を見せる。彼女にとって、それほどドアが閉じられたのがトラウマになっていたのだ。


「それじゃ、進むよ」


 アイリーンを先頭に洞窟通路を進み始める。高さや幅はこの地下迷宮のどの通路とも同じで約五メートル。エゼルバルドの両手剣もヴルフの棒状戦斧ポールアックスも十分振り回す広さがある。当然ながらアイリーンも活躍できる広さだ。


「広いですが、炎の魔法を使うと危険がありそうですね」

「私は炎の魔法は得意ではないから丁度良い。むしろ風の魔法が使いやすい気がする」


 スイールとエルザの魔術師二人が地下迷宮で使う魔法に付いて話していると、その先に岩の塊を発見する。かなり大きな岩の塊は大人四人で囲んでやっと手が届く位である。直径は三メートル以上ありそうだ。だが、こんな所に大きな岩があってどうなのかと首を傾げるのだが、探索に邪魔になる事は無いだろうと結論付け、調査の必要性を感じなかった。


 そして、その岩から五十メートル、入り口から三百メートルの場所に到達すると行き止まりとなった。通路は行き止まりだが、何かの装置が置かれていた。


 この地下迷宮のドアと同じ金属製で直径五十センチ程の円筒形の物体が地面から生えている。その上部には一辺五センチの四角い棒が出ている。

 円筒形の物体の正面には縦にメーターが書かれており、青いバーが一番上まで伸びている。


「なんでしょうか?でも、この形、先程見ましたね」


 スイールはバックパックを下ろし、括り付けてあった金属の棒を取り出す。一メートル程のL字に曲がった金属の棒には四角い穴が付けられており、その穴が目の前の金属の棒にピッタリと収まったのだ。見るからに金属の棒はハンドルでL字に曲がった先を持ちながら回す事が出来るようになった。


「なるほどね。こうなるんだ」


 スイールがハンドルを右回りに回しているのをアイリーンが眺める。だが、途中でスイールが疲れたと、エゼルバルドが交代してその後を継いだ。ハンドルをどんどん回すと、ある所で回らなくなってしまった。右回りは出来ないが左回りは出来る、要するに回す限界に達したのだ。

 エゼルバルドの後ろ、回す姿を見ていたヒルダとエルザが地面から生えている金属の物体に付いたバーの青い部分が見えなくなった事に気が付いた。


「なにかしらね」

「青いバーが見えなくなったって事は、何か変わったのかしら」


 きょろきょろと辺りを見渡すが何処も変わった所も無い。この場は変わらなくても何処かが変わったのだとある程度、予想はついていた。青い色が示す何か……。


 そして、その疑問を考えている六人の後ろで、”ピシッピシッ”と聞きなれない音が聞こえて来るのであった。

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