第十六話 地下迷宮 探索 壱

 朝の忙しい時間が過ぎ、アイリーンの討伐した小鬼長ゴブリンチーフをワークギルドへ持ち込んだ。受付担当以外はそれほどいなかったが、少し水分が抜けた赤黒いの肌の小鬼ゴブリンの頭を見た人々は驚嘆の声を上げていた。


「えっと、これは何でしょうか?」


 受付嬢が悲鳴に近い声で訪ねて来る。

 その隣で書類を書いていた別の受付嬢はペンを落とし、インクが飛び散り書類を汚す。さらに白シャツに黒い斑点ができ、黒い水玉模様が哀らしそうに存在を主張する。


「何って、ここへ来る途中に倒した小鬼長の頭だけど」


 アイリーンが淡々と受付嬢に答える。アイリーンはこれを見るのが初めてではなく何度も見て不思議とも何とも思ってもいない。通常の小鬼であれば街道に出没する為見る事は良くあるが、赤黒い肌の小鬼は珍しいのである。それに頭を持ち込むなどほとんどないのもあった。


「討伐したとはこの一体だけですか?」

「そうね、小鬼長はこれだけ。あとは通常の小鬼を商隊の護衛とウチの、ほらそこにいる腕利きがあっという間に二十体程倒してるわよ」

「はぁ……」


 見た事の無い小鬼と二十体程の数字で夢でも見ているのではないのかと疑う程であったが、カウンターの上に証拠がある限り夢ではないかと頬をつねる。


「それはともかく、ここへ来るまで行方不明者が多いと聞いたのだが、こいつらが原因の一要素ではないかと思って持ち込んだのだが、そこはどうなのであろうか?」


 話が進まないとスイールが横から割り込み口を出す。混んでない時間帯なので受付の手は空いているのだが、受け答えがどうも頼りない。それもあり、行方不明者の捜索や盗賊などの討伐の総合的な情報を欲していた。


「すみません。確かにここ数か月、行方不明者や商隊などが襲われるなどで依頼が多いです。小鬼が襲っているかはわかりませんが、頻繁に襲撃情報が上がっています。その為に、依頼ではありませんが、ここから二日程までの距離で盗賊や襲って来る亜人を討伐したら首でなく討伐したと証明できる部位があれば報奨金を出していますよ」


 受付嬢の指す方向には依頼を張ったボードがあり、そこにこれでもかと大きく、受付嬢の説明と同じ事が書かれている。

 小鬼などの亜人系は右耳で大銀貨一枚、人などの盗賊は首より上で大銀貨二枚となっている。それに当てはめればアイリーンの持ち込んだ小鬼長は亜人なので大銀貨一枚となっている。


「もし、討伐していただけるのでしたらそれ相応の報酬がありますのでよろしくお願いします。あと、こちらの赤黒い小鬼は調査のため、大銀貨二枚の盗賊として処理いたします」


 アイリーンはその場で受付嬢が取り出した大銀貨二枚の報酬を貰い懐に仕舞うと、小鬼長の首を包んで受付嬢に渡す。


「わかったわ、どうもありがとう」


 受付嬢に手を振り、アイリーン達はワークギルドを出て行く。




 必要な情報を得たスイール達はワークギルドを離れ、街の入り口の門まで来ていた。

 ワークギルドの忙しい時間帯からずれたとは言え、午前中のまだ早い時間帯である。今から移動しても何処かで一回野営をする必要があるが、探索は日の上った時間帯に行いたいと思っていた。


「さて、アイリーンが小鬼長が帰ろうとした住処を調査したいのですが、このまま出てしまって良いか?」


 それぞれが自分の持っているバックパックの中身を思い出し、特に補充する必要も無いと一同が頷く。一番必要な食料も購入済みで予定している日数分以上バックパックに納めている。最悪、獣類を倒せば肉は手に入るだろうし、薬草類も生えているだろうから大丈夫と楽観視する。

 そして、すんなりとロニウスベルグを出発すると決め、目的の場所を目指した。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 じめじめとした暗闇の中、体長三十センチほどのネズミの仲間が走り回る。ネズミの仲間は、--カピバラだが--、その愛らしさに愛好家も多く温泉地では集客目当てで飼われている事もある。ここには食料となる草が生えておらず、この動物は迷い込んできたと思われる。

 夜目が効くとは言え、真っ暗な洞窟の中ではその目も効かず、鼻と耳が頼りであった。


 水の音が聞こえると足の感覚を頼りによちよちと歩みゆく。鼻先に水を感じると視力以外の感覚を鋭敏にし、周りに敵がいないかを確かめ水をゆっくりと愛らしい姿で飲んでいく。


 喉の渇きも一段落し、次はお腹が減ったと餌を求めようと大きな鼻をひくひくと動かす。こんな暗闇に餌などないと諦め、何処からか匂って来る外の空気の方へと足を進める。


 バクッ!!


 三十センチほどの体長の動物、--カピバラだが--は、暗闇の中に存在していたのにもかかわらず、存在そのものが消えてしまった。

 実際消えてしまったと表現するには語弊があるが。


 三十センチほどの体長の動物がいたその地では、”ドシン、ドシン”と、ゆっくりとリズムを刻みながら腹に響く様な音と振動がする。その音とは違い、小さくくちゃくちゃと咀嚼する音も聞こえ始める。その内に咀嚼音が聞こえなくなり、グググと細い管を流す音に変わる。


 暗がりの中、怪しく光る三対六個の瞳。鱗で覆われた顔は大きな蜥蜴と思える顔立ちだが何かが違う。すらっと伸びた首にどっしりとした胴体と頑丈な四股。木々をも倒すその尻尾。その地の主と思われる化け物が暗闇を闊歩していく。


 まだ食い足りないのが、その口からはチョロチョロと細長い舌を出したりしながら次の獲物を探していく足を運んで行く。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ここがそうよ」


 ロニウスベルグを出発し一度野営をした後、数時間で目的の場所にたどり着いた。アイリーンが小鬼長を打ち取った場所であり、小鬼長が住処にしていた場所だ。

 木々が茂っている中でその場所だけが何故か開けて住処となる洞窟の入り口が盛り上がっている。洞窟と言えば崖の下に掘るイメージなのだが、それと全く合わない所が不思議であった。


「なんで、こんな風になってんだ?」


 頭を傾げながら不思議だと呟くエゼルバルド。雨水が入らない様になっている入り口は一メートル半程の高さ。幅もそう広くなく、人ひとりが入り込めるだけの幅。入り口から覗けば地下へスロープが伸びており、暗闇が眼前に広がりどれだけ奥があるかわからない。前に討伐した小鬼が整備したのかと思ったが、硬い何かを敷き詰められ、彼らには出来ない工事であろうと推測する。

 スイールは脳裏にもしかしたらと、記憶を引っ張り出してくるが、それが望み通りなのか不明な今は言葉にせず胸の内に留めておく事にした。


 エルザは洞窟などに入る事が少なく、この洞窟が何なのかの答えを持ち合わせていなかったが、スイールとエルザを除く四人は、この入り口の構造に思い当たる節がり、それが答えなのでは思う。足もとが整備されたスロープで地下へと入るなどそれしか思いつかなかった。


「それじゃ、入るよ。ウチが先頭行くから、最後尾は灯り付けてね」


 予備も含めて何本か購入したうちの一本の松明に火をつけ、暗がりのスロープを降りていく。アイリーンに続いて武器を鞘から抜き放ったエゼルバルド、エルザが続く。その後ろにヒルダ、スイール、最後にヴルフの順だ。

 ヴルフは狭い中で振りにくい棒状戦斧ポールアックスを担いでいるために最後尾を自ら務める。それであれば、二メートル近い両手剣を担いだエゼルバルドが二番目を歩いていると不思議だと思うが、今は肩から降ろしスイールが代わりに持っているので狭い場所でも問題なかった。


 その一行が足元を確認する様に進む事二分ほどでスロープから地下の空間へとたどり着いた。鍾乳洞とまで行かないが天井を見上げれば幾重にも岩のつらら、いわゆる鍾乳石が垂れ下がっている。そして、少量であるが水が垂れて来る。たまに頭や背中に水滴が当たると、ヒルダは”ヒャッ!!”と黄色い声を上げる。

 その声も可愛いとヒルダの頭を撫でるエゼルバルドを見るアイリーンは、”やってられないね”と不貞腐れるが、彼女のその顔を可愛いと思う者がいないのが今は残念である。


「少し寒いのですが、外套を羽織っておいた方が良さそうですね」

「これ以上下がる事は無いはずだからそうしてくれ」


 エルザが気温の差にぶるっと震え、羽織っていた外套を脱ぐまいと力を入れる。

 地下で洞窟の中と言う事もあり、気温は十五度位と思われる。五月の下旬に入ろうかとするこの時期でさらに標高が少し高いこの地域であっても、十五度はさすがに寒いと感じる。


 先頭をすすむアイリーンが目を凝らして暗闇の奥をじっと眺めると、この洞窟が真っ直ぐに続いているとわかる。

 ちなみに広さは幅五メートル程、高さも五メートル程あり、ヴルフの棒状戦斧でも余裕で振り回せる広さだ。それでも暗闇の奥はどれだけ続いているかわからない。尤も、松明の光が届く範囲など数メートルしかなく、全てを照らす事など無理であろう。


「じゃ、ゆっくりと進むわよ」


 頭の良くない小鬼ゴブリンが住んでいた場所で罠の類は無いだろうと思いつつも、罠に気を付けてゆっくりと進む。そして、三百メートル程進んだ先で、それぞれが同じ感想を漏らすのであった。


「扉です」

「扉……えっ?」

「扉ですね」

「誰が作ったのこの扉」

「う~ん、扉ですか……」

「こんな場所に扉っておかしいですよね?」


 洞窟の入り口で、恐らく人の手が入っている、いや、地下迷宮なのではと思っていたが、目の前に扉が現れると一様に確信に変わる。。

 幅五メートル、高さ五メートルの洞窟を塞ぐようにびっしりと、ほぼ同じ大きさの石で組まれた壁が目の前に現れ、ご丁寧にも観音開きの扉、片面幅一メートル弱、高さ二メートル程が目の前にあるのだ。


 人工的に作られた壁に、ここと壁の向こうとを行き来するために作られた扉は、人工的にと言うよりも、何か作為的と感じざるを得ない。

 その扉もここを住処にしていた小鬼達が使っていたようで手垢や泥で汚れてる部分や蝶番が綺麗になっているなど現役で使われている証拠がそこかしこに存在している。アイリーンが調べた何かところ、金ではない腐食の少ない金属で扉全体が作られており、これを作った人の技術力を感じるそうだ。鍛冶師が金属を削り、組成構造を比べたわけでは無いのでどこまで貴重なのかわからないのだが。


「罠は無いけど、どうするの?開ける」


 小鬼が出入りする扉である、罠など無いのは確かだがこの向こうに気配を感じないと伝えるも慎重にならざるを得ない。今の現状では、地上まで駆ければ脱出できるので敵が来ても構わないが。


「行こう、スイール」

「そうじゃな、行くしかないだろう」


 二人の声を合図にスイールが、ヒルダが、そしてエルザも頷く。それを合図にアイリーンがゆっくりと扉を開けていく。気配が無いとはいえ、その遠くから弓などの攻撃が来る可能性もあったが、攻撃も無く、雰囲気の違う空気がアイリーンの横を抜け、松明を揺らすのであった。

 そして、扉の先を松明で照らすと、今までと違う光景に目を疑う。


「何じゃこりゃ?」


 アイリーンの次に扉を抜けたヴルフが驚き、声を上げる。今までの鍾乳石が垂れ下がる洞窟と違い、扉の向こうには同一の大きさの石を積み上げた通路が続いているのだ。

 幅と高さは先ほどと同じ、五メートル程の幅と高さだ。


「ここまで見事に変わるとはすばらしいです。これは間違いなく地下迷宮でしょう。ほら、壁の石を見てください。スフミ王国の地下迷宮と同じようにうっすらと光っていますよ。規模は小さそうですが、入り口の洞窟といい、扉の金属といい、興味をそそられますね」


 松明の光でわからなかったが、壁の石が十数個に一個の割合で”ぼわっ”と光を発している。この明るさがあれば小鬼ほどに夜目が効けば生活するに、何も支障が無いであろう。それ程の明るさであった。まぁ、人の目にはそれほど強い光ではないので、松明や魔法の光等の補助光が必要なのは仕方がない。


 それと先ほどの扉があった事で、ある程度の知能を持った獣類以上でなければ、この奥に進むことが出来ず、ある程度安全に調べられるはずとアイリーンとスイールは考えていた。洞窟では天井に蝙蝠が住んでいたが、刺激を与えない限り暴れまわる事は無かったので無視できた事は大きい。この先、鼠などの小動物が出てくる可能性はあるが、それほど大きい害を与えて来る敵が出てくることは少ないと予想していた。


 この先の事を予想しても始まらないと、先を急ぎたいと考えたのだが、先頭を行くはずのアイリーンが壁を調べているのが気になる。彼女の探している範囲だと両開きの扉よりも片開きのドアと言った所か?


「アイリーン、行くよ」

「ちょっと待って。ここから空気が流れ込んできてるんだけど、開かないのよ。仕掛けも無いみたいだし……」


 壁を調べていた時に隙間風が頬に当たったようで、それの出所を調べていたら、人が通れる程の範囲が有るらしい。スイッチや仕掛け、罠なども無く途方に暮れていた。


「どうせ戻って来るのですからその時にまた調べれば良いでしょう。何かマーキングでもしておいてください」


 スイールがアイリーンに告げると、”わかった”と呟き、鞄からチョークを取り出すと、壁と床に記号やら文字やらを”カツカツ”と書き、後ろ髪を引かれながらもその場所を後にするのであった。

 そして、妙に綺麗な床に注意を払いながらやはり三百メートル程進むと正面と右にドアが見える。同じような質素な作りの金属製のドアであり、この金属も錆びにくい素材で作られているとみられた。

 アイリーンが調べていると、前方のドアは罠も無く普通に開くとされたが、右手にあるドアはそのままでは開かず壁際にある穴に何かをはめ込むことで開くらしい。その穴にはめる--鍵になる物だが--物はこのあたりには見えず、おそらくその開くドアの向こうに保管されているのだろうとアイリーンは予想した。


「このドアは開かないから、こっちの開くドアから調べるわよ」


 何があるか予想が付かないため、武器を手に持ち、ドアを開け先へと身を乗り出していくのであった。

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