第十四話 間に合った加勢

「女将さん、その話詳しく教えてくれませんか?」


 懐をゴソゴソと探り、銀貨を数枚女将さんに渡すためにテーブルに置いた。お仕事の邪魔をして申し訳ないとの手間賃と情報料としてだ。その女将さんも自分から言い出した事に失敗したなと顔をしかめていたが、目の前の男がテーブルに出した銀貨を見て目の色を変え嬉しそうな表情を見せた。


「ちょっと待ってな。これを片してくるから」


 片づけていた食器などを厨房へ戻し、人数分の飲み物を持って戻ってきた。テーブルの数枚の銀貨をエプロンのポケットにジャラジャラと仕舞い込むと隣のテーブルから椅子を一脚拝借し、どっかと腰を下ろした。


「さて、何が知りたいんだい?」


 腕と足を組み六人の旅人を面と向かって見ると、何でも質問してくれとの顔をする。暇つぶしとへそくりに丁度良いと思ったのであろう。


「まず全体的な事で、行方不明になっている状況を教えてください」

「そうだね、何から話そうか……」


 スイールの質問で始まった女将さんの話では街道沿いを進んでる時に何者かに襲われ食糧や貴重品を取られたり、女子供を攫われる等であった。それ自体は盗賊や亜人等が出てくればどこの国でもある事であった。

 それならば近隣の町や村で兵士やワークギルドへ依頼し、殲滅なり駆除なりすれば良いのではと思ったが兵士達が出て来ると、潮が引く如くばったりと出て来なくなるらしく、いまだに脅威が残っているのだと。


 ただ、撃退した商人などに聞くと、二十体前後の小鬼ゴブリンに襲われ、荷物などを奪われたと商人達が話していたのを聞いたと。他にも盗賊に襲われた、だとか、いやコボルトだったとかで、結局のところ目撃情報が不確かであり、情報の信憑性が問われている。


 何に襲われたかは別にしても、襲われた事実は変わりなく、一週間に一グループが消えてしまう頻度は変わりない。なので最近は他のルートを通るか、二十人以上のグループで移動するなど自衛手段を取る事で、被害は減って来ている。


「なるほど、厳しいな。ゴブリンが二十体ならワシとエゼルがいればたいした問題じゃないが、不確定要素が大きいのが困るのぉ」

「アンタ等がどのくらい腕が立つか知らないけど、なるべく大勢のグループに付いていくんだね」


 女将さんからのアドバイスを聞き次の質問に移った。


「次にジムゾンって商人を知っていますか?エルムベルムの街の貴族に出入りしていた商人らしくて、ロニウスベルグに向かったと聞きました」

「ジムゾン?知らないね。商人だったらこの宿にわんさと泊まっていくから名前を聞いても忘れちまうんだよ」


 女将さんが覚えていないのであれば、印象に残らない位の人物なのだろう。印象に残る泊り客ならいざ知らず、一年に一回来るか来ないかの客など覚える事自体無駄だろう。来るたびに高価なお土産を持ってきたり、求愛行動をしたりなどすれば別なのであろうが。

 まぁ、スイール達みたいに噂話程度の情報にお金を出す旅人も覚えられやすいとも言えなくない。


「そうですか、どうも有り難うございます。これからの行動の参考にいたします」

「参考になったかい。まぁ、気を付けて行くんだよ。特にその女の子はまだ怪我が治っていない様だからね」


 首から腕を吊っているヒルダを気にしつつ、椅子を元に戻しながら厨房へと戻っていった。さて、これからどうしたものかと悩むスイールであるが……。


「何か悩むことある?」


 エゼルバルドは悩むスイールにいつも通りに行くだけで悩むことは無いのではと言い放つ。エルザとアイリーンは少し心配そうな顔をしているが、ヴルフはエゼルバルドと同じような考えだ。


「そうですね……。エゼルにヴルフ、ましてやヒルダもいる事ですから大丈夫でしょう。ヒルダはあと二日程で骨折も治る事でしょうから。エルザはエゼルとヴルフの戦っている所を見た事無いので心配でしょうが、小鬼二十体なら欠伸してても大丈夫ですね。油断したらダメですけど」


 先程、この宿の女将さんが話をした程度の障害であれば避けて通らなくても、どうとでも出来る、油断をしなければであるが。


「この先に事がわかったのですから慎重に行きましょう」


 その後、時間もあったのでワークギルドでの情報収集も行ったが宿の女将さん以上の情報を得られなかった。また、依頼にロニウスベルグ行きの護衛が沢山あったのだが出発日が一週間以上先が殆どだったので依頼を受けなかった。


 街ではロニウスベルグ周辺で旅人や商人が襲われている噂を話しているなどは無く、平穏無事であった。




 翌朝、早めの食事をとり、宿を引き払ったエゼルバルド達はペーチェの南東の門を出て目的地のロニウスベルグへと足を向けた。ペーチェの街の門は側を流れる河の影響で東西南北から四十五度ずれて、北東、南東、北西、南西となっている。その中で、南東の門は河にかかる橋に続いている。

 ロニウスベルグまでは少し長く六日と半日程だ。だんだんと標高が高くなる街道は石畳を敷き詰められ、他の街道と同じように歩き易い。少し違うのは道幅が狭く、馬車の擦れ違い時に神経を使う位だろう。

 ちなみにロニウスベルグはペーチェから道沿いで二百五十キロメートル程の距離で、標高は千メートル程の高さにある。


 ロニウスベルグに近づくと周りの景色も変化が見られる。三日目から生えている樹木に針葉樹が混ざり始める。これは木材を主な輸出品としているロニウスベルグの街周辺の特徴だ。

 また、街道がある程度真っ直ぐだと目の前に雄大なアルバルト山脈が見え、その頂きには万年雪が五合目付近までを白く彩り美しい風景を見せつける。


「あれがアルバルト山脈か。アミーリア大山脈とどっちが長大かな?」


 エゼルバルド達の出身のトルニア王国の南側を東西に貫くアミーリア大山脈は標高、八千メートル級の山々が連なる。ベルグホルム連合公国を南西から北東へ貫くアルバルト山脈は標高五千メートル級だが連なる距離は人の生活圏外まで伸びている。

 なので、先ほどの答えはアルバルト山脈となる。


 あと一日ほどでロニウスベルグの街へ到着するとなれば、雄大なアルバルト山脈をバックにした景色が見えるのも納得なのだ。




「ん、何か聞こえませんか?」


 この先、左へ緩やかに曲がる街道の先から硬質な音がエルザの耳に届いたらしいのだ。


「うん、何か聞こえるね。戦闘?」


 微かに聞こえる音はエルザの他にはアイリーンにだけに届いたようだ。エルザの予想と同じで硬質な音、しかも金属と金属がぶつかり合う音が聞こえる。

 その音も一つや二つではなく幾重にも重なり悪い予感がする。その為、エルザもアイリーンも緩やかに曲がる街道の先、木々遮られ見えない向こうで何かが起こっているのだと急ぐ事を提案し、皆がそれに頷く。


 街道を駆け急ぎ進むと、木々に遮られていた視界が急に開け、小さな子供ほどのこげ茶の肌を持つ亜人が商隊を襲っていた。二手に分かれ街道の前後から挟撃しており、数の少ない護衛が苦戦していた。

 多勢に無勢だと数人の護衛はすでに守勢になっており、このままであれば力尽き皆死んでしまうであろう。


小鬼ゴブリンか!二十体以上いるか?」


 あと百メートルで接敵となった所で一旦足を止めた。アイリーンが異様な気配を感じた事と、基本的に夜行性と知られる小鬼が昼下がりのこの時間に出てくることが信じられなかった。それに、統率された動きで敵を追いつめるなど、普通の小鬼では出来ない事が多かった。

 小鬼は何処で拾ったのか、ショートソードと木製の盾を全ての個体が装備し、戦局を有利に進めていた。

 手持ちの武器とは違い、矢が頭に刺さり倒れている護衛も見える。


「アイリーンは森の中でその気配の元を始末してください」

「りょうか~い!」


 軽い返事をして街道から森の中の暗闇へとその身を委ねて行った。


「ヒルダ、たまには一緒に行こうか」

「いいわよ。腕も治った事だしね」


 二日ほど前にヒルダの左腕の骨折が治り、全力を出しても良くなった。久しぶりに連携を確認しようとエゼルバルドが誘ったのである。そして、ぐるぐると腕を回し軽く準備運動をすると、二人は手前の小鬼のグループへと足を進める。


「ワシは向こうの小鬼へ突撃するぞ」

「エルザはヴルフの援護を」

「ええ、任せてちょうだい」


 ヴルフは商隊の前方から来た小鬼のグループへ向かって走りだし、エルザもそれに続いた。


(恐らくですが、これが掴みかけた尻尾ですね。無事に掴んで差し上げますよ。その前に私は弓持ちの小鬼退治といきましょうかね)


 自らの獲物を物色するために襲われている商隊へとゆっくりと近づきつつ、森を観察するのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「コイツら、微妙に連携してくるぞ。注意しろ!」


 二台の馬車の後方で盾を持った護衛に、リーダー格の男が注意をうながす。彼の傍らには不意打ちによる一撃を受けた、見張りの男の骸が転がっている。

 この商隊の馬車には見張り用の台が設けられており、そこで見張っていた男に矢が命中し、帰らぬ人となっていた。レンジャーのこの男は矢の接近に気付いた時には遅く、運が悪い事に頭に矢が刺さってしまったのだ。


 二台の馬車を六人の護衛で守っていたが、すでに一人を失い、もう一人も矢を受けて倒れ込んでいる。

 場所の前方から、十体全てにショートソードと木の盾を装備した、こげ茶色の肌の子供みたいな背格好の亜人、つまりは小鬼ゴブリン達が道を塞ぎ行く手を邪魔した。

 それだけであれば強引に馬車で突っ切れば良いのだが、行く手を阻むように積み上げられた土砂が街道を封鎖していた。

 そして、行き場を失った馬車を後方からも包囲しようと、隠れていた小鬼の集団が塞ぐ。


 前方に十体、後方に十体の小鬼の攻撃を、二人減った四人で防衛が出来るかと言えば厳しいと思わざるを得ないだろう。数体が前方を守護するリーダー格の男に襲い掛かるが頑丈な盾に守られ、崩せないでいる。隙を付き時間をかけて二体を手にかけるのがやっとであった。

 それでも前方から現れた十体を牽制しながら攻撃しているので、この男の腕も相当である事は間違いないだろう。


 商隊の後方は二人の護衛が付いたが、リーダー格の男よりは戦闘能力は少し劣り、小型の円形盾ラウンドシールド短槍ショートスピアで苦戦しながら応戦している。

 小鬼の持つショートソードに比べ攻撃の間合いが広い事を生かして、素早く移動しながら小鬼の胴体を抉る。とは言え、殺傷能力はそれ程強くないのか、護衛の腕が悪いのか、致命傷をなかなか与えられず、小鬼に浅い刺し傷が出来るだげで、十数回刺しやっとの事で一体を屠る事が出来た。それでも二人で対処しているだけあり、リーダー格の男が撃ち込んできた小鬼を二体屠る時間でこちらは三体を物言わぬ骸にすることが出来た。


 護衛の最後の一人は散発的に飛んでくる矢の対処に頭を悩ませていた。この男も近距離用の武器しか持っておらず、弓は見張りをしていたレンジャーの男に任せていた。ブロードソードと同じ長さで剣幅が狭いミドルソードと円形盾を巧みに使い、自らに向けて放たれる矢を躱し、跳ね返していた。たまに来る馬車への攻撃はどうすることも出来ず、乗っていた商人に当たらない事を祈るばかりであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「助けてくれ~」


 馬車の陰で頭を抱えながら乗っていた商人が攻撃におびえている。護衛を乗せていると安心したが、前後に現れた合計二十体の小鬼を見て護衛もこの人数では役に立たないだろうと諦めつつあった。


「加勢するぞ!!」


 そんな時に耳に入った言葉にどれだけ元気づけられたか。商人の横を”どたどた”と駆けて行く長い武器獲物を持った男がどれだけ頼もしかった事か。しかもそれだけではなく、少し遅れて走り抜けた長身の髪の長い女性を見たときは後ろ姿に見惚れるほどであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 腰のブロードソードを引き抜き、いつもと変わらず綺麗で鈍い光を放つ刀身へ自らの顔を写す。右手で無造作に持ったまま、後ろのヒルダに声をかける。


「端から順番に行くぞ」

「ええ、お任せするわ」


 軽棍ライトメイスの柄でで肩をポンポンと軽く叩き、準備できたとエゼルバルドに返答する。五十メートル程で、商隊の後方を囲いながら攻撃している小鬼の集団に向け走り出す。注意はいまだに短槍で攻撃している護衛の二人に向いたままだ。


「助けに来たぞ!!」


 小鬼達が目を向けている二人の男の後ろから、駆け抜けざまにブロードソードを一閃させると、それだけで小鬼の右腕の肘より先が宙を舞う。


「ググッ?」


 振ったはずの右腕が無いと気が付くが、痛みを感じる前にヒルダが振るう軽棍の一撃が頭部に叩きつけられ、頭蓋骨を割り、脳漿を撒き散らしながら絶命する。


「なんだか手ごたえ無いわね」


 一陣の風の如く通り過ぎた二人の後から、一体の命を失った小鬼の倒れる音が聞こえる。さすがの小鬼でも仲間が別の敵に倒されれば動揺をさそい、初めて自分達が奇襲する側からされる側へなったと認識するのであった。


 だが、動揺した小鬼は参戦した二人の敵ではなかった。ヒルダはエゼルバルドの後ろを走りながら軽棍を振り回し、一体、また一体と頭部や胸部などの重要機関を狙い、その命を確実に奪って行く。


「統率がとれたと言っても小鬼ゴブリンだぞ、個々の力はそうある訳ないだろ」


 ヒルダが止めを撃ち込みやすい様に武器を持った腕を一本一本切り落としていく。ブロードソードが振るわれるたびに小鬼の腕と剣が宙を舞い、それを小鬼が不思議そうな顔で眺めているのが滑稽であった。すぐ後にはヒルダが死の一撃を見舞うのだが。


 二人が七体を処理したところで、囲う様に襲っていた小鬼全てを打倒した。他の三体は二人が圧倒している間に商隊の護衛が何とか倒していた。




 前方の小鬼ゴブリンを打倒しに走ったヴルフは盾を持った男の横を走り抜けつつ文句を口にした。


「面倒じゃわい!」


 遊撃隊を失い、守り一辺倒になっている男に”加勢する”と告げ、棒状戦斧ポールアックスを振り回し殲滅していく。


 数にものを言わせている小鬼に向かい棒状戦斧ポールアックスを横へ一閃する。十年以上使い続けている棒状戦斧は体になじみ、間合いや威力を熟知し、小鬼が持つショートソードの間合いの外から一方的に屠る事が出来る。

 一閃するごとに小鬼の首が飛び、胴体が千切れ、そして、命を刈り取る。


氷の針アイスニードル!!」

「グギャ!」


 間合いの外からショートソードを投げつける動きを見せた小鬼を見つけ、ヴルフの後を追いかけて行ったエルザが危ないとみて魔法を放った。風の魔法ではヴルフに当たる可能性があり、火の魔法では山火事を引き起こす恐れがある為、氷の針で小鬼を串刺しにしたのである。


「油断大敵ですわ」

「ははは、違いない!」


 息がピタリとは行かないまでも、エルザの援護は完璧であった。先程の様に視界の外から攻撃が来ると見れば、すかさず魔法を放つなど魔法の扱いに慣れている。それを悟りヴルフも安心して背中を任せている。


(こんなに離れていて背中を任せられるとは思わなんだ)


 八体目を切り付けた所で動いている小鬼が見えなくなると、護衛をしている男へと向き直り、”無事であるか?”と声を掛けるのであった。

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