第十話 交換条件での仕事

 屋敷内のあちこちに散らばる死体の惨状に、何処から手を付けたら良いかカスパルは手をこまねいていた。先程、この場にいた五人を取り調べをするために守備隊の建物へ送ったが、それらが手を下した死体の数が多すぎたのだ。

 一階に十五人、二階に上がってホールに四人、このオーギュスト伯爵の部屋の前で一人、そしてこの場に二人、二十二人もの死体がこの場で発生していたのだ。一人は縛られていたため生きてはいるが……。


「その女性と、気を失っている少女から聞くしかないか」


 溜息を吐き、申し訳ないと思いながらも、目を覚ましている女性に話を聞くことにした。


「ニック、一緒に来てくれ」


 カスパルは金魚の糞の様にいつもついてくる兵士を呼び、壁にもたれている女性に向かった。


「申し訳ないね。しばらくしたら医者にでも見せるから、少しだけ話を聞かせてくれないか」


 目の前の女性はコクリと首を縦に動かしそれを了承した。よく見るまでも無く、女性の綺麗な髪から見える耳に身体的特徴を見つけ、まずそこから話をする事にした。


「私はこのエルムベルムの街で守備隊の隊長をしているカスパルと言う。こいつは部下のニックだ。エルフの方とお見受けするが、お名前を教えてもらってもよろしいかな」

「どうも、私はエルザです。先ほど連れて行かれた五人は仲間で未熟な私を助けてもらったのです」


 そして、カスパルはもし出来るならと前置きをした上で、経緯を話してもらえないかと頼むと、それに答えるかのようにエルザはゆっくりと今までの経緯を話し始めた。


「今日でしょうか?昼間に仲間と二人歩いていて、一人になった所を突然現れた男に気絶させられました。その後気付いたら、手足を縛られ、目も口も塞がれた状態で冷たい床の上で寝ていました」


 一度、そこで息を整え、話を続ける。


「目の見えない私は強引に髪を掴み起こされ、こう言われました。”客が来る、明日までの辛抱だ”、と。後、私は”商品”なのだとも」


 視界を奪われての脅しは、屈服するには十分であろうが、震える事も無く気丈に話すエルザに内心で謝辞を送る。


「声の持ち主が誰かはわかりませんが、いやらしい笑いは忘れられません。その後は先程に私の仲間の手によって解放されるまで、あの下の嫌な臭いのする部屋に閉じ込められていました。その少女たちも同じ部屋にいました。仲間が目隠しを取ってくれた時に見ましたから……」


 疲れている中で仲間の事を思い、無暗やたらと戦っていたわけでないとカスパルに伝える。そして、疲れと空腹の為、辛うじて支えていた体は重力に逆らえず床へ倒れ込むと、眠るように気を失っていった。

 その後、しばらくしてエルザは倒れている少女と共に担架で医者まで運ばれるのであった。




「ニック、どう思う?あのエルフは嘘をついている様には見えないのだが」


 捕まっていた女性達を見送り、側にいるニックへエルザの話しの信憑性がどうなのか訪ねてみた。


「話しについては整合性も取れてますし、おかしな所はありません。それと、これを見てください。彼らの武器です」


 と、ブロードソードを二本、部屋の机に置き、その二本とも鞘から抜き出した。鈍く光る銀色の綺麗な刀身と使い込まれ、血と汗と革の擦れた汚れを見せる柄に、使いでの心を感じるのだった。


「これは?」

「二本とも魔法剣です。これほどの剣を賊が持っているでしょうか?」


 カスパルの目の前に、剣の使い手なら喉から手が出るほど手に入れたい剣がそこにある。誰も見ていなければ自らの宝にしてしまいたいくらいである。だが、部下の目もあるし、何より置かれいてる地位がそれを許さないだろう。


 ニックに言われ二振りの剣を見れば、かなり使いこまれ、そして丁寧に手入れがされている。大事にされている証拠であろう。そのような剣の使い手が二人もいて、むやみやたらと剣を振るうのかと聞かれれば疑問に思うだろう。


「なるほど、剣に見合った使い手か……」


 カスパルは両手を組み、深く思慮を始める。信用するかどうかはともかく、理由もなく討ち入る事はしていないのだろうと、数分ののちに結論を出した。


「連れて行った彼らは私が問いただす事にしよう。何にしても最重要参考人の伯爵を探さなくてはならないな。伯爵が連れて行かれた先は追っているか?」

「はい!先程から一階で捜索に回っていた兵達に追わせています。地面の状態が良いのである程度までは追えるかと思いますが……」


 報告の兵士は口ごもるがカスパルはその理由がわかっている為、それ以上は追求しようとしなかった。それよりも追える事を褒め称えるのであった。


「やはり私の部下は優秀だな、そのまま頼むぞ。私は守備隊の建屋に戻る。負傷者を医者に運ぶのも忘れるなよ」


 カスパルの頭はその次を見据えており、この場は優秀な部下に頼む事にしその場を後にする。数名の部下と共に回収した武器を運ぶことも忘れなかった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 風雨を遮る事のない格子付きの窓から朝日が照らす。何処にいても平等に朝はやってくる。眩しさに目を開けると殺風景な石造りの堅牢な牢の中だと思い出す。

 申し訳程度の敷物でも石の冷たさを遮る事は出来たが、固さを緩和する事は難しかった。体のあちこちが痛い痛いと悲鳴を上げる。尤も、武器は渡したが鎧を脱げとは言われなかったので、胸当てや籠手等は付けたままで眠ってしまったのでそれも原因の一つであるが。


(そう言えば、牢に入ったんだっけ)


 兵士に貰った毛布を畳み、その上に腰を下ろす。これならばお尻が痛くないだろうと。隣の牢に入った二人は大丈夫だろうか?ヒルダは骨折の痛みで眠れているだろうか?別れた事でいっそう気になってしまう。


 そこへ複数の足音がこの牢へ向かって聞こえて来る。石の床を硬質な靴底が踏みしだく音だ。


「起きているか?」


 牢の前で一人の男が声をかける。


「起きてますよ」


 エゼルバルドは毛布の上で胡坐をかきながら男に向かって返事をする。スイールとヴルフもその声が聞こえると上体を起こした。


「こっちも起きてるわよ」


 隣の牢からアイリーンの声が聞こえる。あちらも無事の様でホッとする。


「私はこの守備隊の隊長、カスパルと言う。少し話をしたいのだが良いか?」


 エゼルバルドが入る牢の目の前にいる男が名前を名のる。何処からか椅子を持ってきてそのままどっかと腰を下ろした。話が長くなると思っているのであろうか?だが、カスパルの横にいる兵士の手には幾つかの見慣れた武器が握られている。

 それを見て、エゼルバルドは首を縦に振るだけで返事とした。


「はははっ、そう警戒しないでもらえるかな」


 足を組みながら笑顔を見せ話を続ける。


「まさか我々が押し入ろうとした前に、オーギュスト伯爵邸に攻め入られるとは思わなかったよ。肝心の伯爵を逃したのは痛かったけどね。彼をさらった奴等を知っていたら教えてくれないか?」

「いや、知らないです。知っていたらもっと連携したでしょうね」


 エゼルバルドは手を広げ、知らないと主張する。横車を押されなければ、もっと楽に伯爵を屠っていたはずだと思ったのだが。


「そうか、知らないか。知っていたら楽だったのになぁ……」

「オレ達がこの街に来たのは一昨日ですよ。今回だって情報を集められたら伯爵の屋敷に押し入ってませんよ」


 エゼルバルド達はエルザの救出を急いでいた為に押し入る形になってしまった。結果だけを見れば間に合ったのだが、その過程は危ういと言わざるを得ないだろう。


「所で君たちは何処から入ったのだ?通じる門は全て見張っていたのだが……」

「それは……秘密です」

「そうか。それは仕方ないか。彼女たちを救ってくれた事だけでも感謝するとしよう、ん。どうした?」


 話の途中で別の兵士が入ってきたかと思ったら、カスパルに何か耳打ちをした。それに、”なに、それは本当か?”など返すとエゼルバルドの方を向いた。


「オーギュスト伯爵の行方が判明したらしい」


 その問いかけに何の関係があるのかとエゼルバルドは頭を傾げた。


「ん、わからんか?ここから出す代わりに力を貸してくれないかと思ったのだが」

「少し待ってくれ」


 カスパルに向かって、相談するから待って貰う様に伝える。


 それを待っていたかのように口を開くスイール。

 曰く、何らかの意図を感じるが悪い方に考えなくてもよさそうだ。もしかしたら、こちらに益があるかもしれない、と。ただ単純に兵士の数が足りないか、ここの兵士を動かしたら察知される可能性があるためにあえて頼んだのかもしれない、とも付け加えた。

 ただし、タダ働きは御免だとの意見は皆同じであった。


 エゼルバルドもヴルフもそんな所だろうか、とスイールの考えを指示する。ついでに、壁を隔てた隣にいるアイリーンとヒルダにもそれとなく伝えると、”お任せするわ”と答えて来た。


 その他はここにいる五人の仕事が終わった後での無条件での開放と働いた分の対価、そして、屋敷から助け出したエルザの処遇を保証する事を条件とすると伝える事にした。


「カスパルさん。エルザの事を頼むのといくつかの条件を飲んでもらえれば力を貸しますよ」


 エゼルバルドがカスパルに幾つかの条件を伝える。その問いにそれ位なら支障はない、逆に捕まえる事が出来ればこちらは助かると快く回答すると、部下に命じて五人を牢から出し、自分の執務室へと案内させた。




 カスパルの目の前には、二振りの魔剣が置かれている。これを見た時に、魔剣の持ち主は自分の部下よりも強いのではないか、と考えた。伯爵の屋敷で撃ち倒されていた死体の傷は、数体が殴打と矢の傷であり、ほとんどは一人か二人が切り裂いた傷であると見られた。もし、伯爵の屋敷にいた私兵を数人の部下達が乗り込んで大きな怪我をすることなく制圧できるのかと。


 また、これより向かう伯爵が捕らわれた先は完全な死地であり、まだ未熟な部下を送るには早いと思ってもいた。目の前にある死地へ送られても、跳ね返せる力を持つ者達がいる、これを利用しない手は無いだろう。

 それでも、成功したならばお礼は必要だろう。無償でとなればエルムベルム公王の名に傷がつくかもしれない。まぁ、失敗しても旅人が死んだだけで、伯爵を逃すかもしれないが懐が痛むわけでもない。

 働いた対価は向こうが要求してきたし、五人が相談した事で、こちらの意図をある程度掴んでいただろう。それでも受けてくれるのであれば、願ったりかなったりであった。




 執務室で待っていたカスパルの元に、牢から出された五人が装備を整えて入ってきた。ブロードソードは思った通りの者達が持っていたが、他に目を奪われるのは両手剣と棒状武器ポールウェポンだ。そして、攻守のバランスの良さであろう。


「皆さん、お待ちしておりました」

「自己紹介をしておきます。オレはエゼルバルド、ご覧の通り、剣を二振り持っています。こちらがスイール、見ての通り魔術師です。そちらがヴルフ、”速鬼”と呼ばれているとか。アイリーンは弓の名手です。そしてヒルダ、回復魔法と防御魔法が得意なオレの相方です」


 エゼルバルドが仲間の紹介を行った。最後に呼ばれたヒルダだけは紹介により顔を赤らめていたが。紹介が終わった所で本題に入るためエゼルバルドは行く先を確かめる。


「それで伯爵の行方はどちらなのでしょう?」

「そう焦るな。おい、入れ」


 カスパルが叫ぶと一人の男が執務室へ入ってきて一礼をし、自らを【ハンス】と名乗った。カスパルが紹介するにはこの守備隊でも五本に入る剣の腕前を持つらしく、かなり強いと太鼓判を押してくる。


「この私と、ハンスが同行するので悪く思うな」


 監視が付くのは予想通りなので特に驚く事はせずに”大丈夫”とだけ返事をする。エゼルバルドもヴルフも戦いに関しては特に期待をしていないのでどうでも良かった。

 そして、場所はこのエルムベルムの街の北東に歩いて一時間程の森の中に有る古びた屋敷と判明した。


「ここは今現在、自称Dr.ブルーノと名乗る者が住んでいる。怪しい感じはしたが犯罪に走っているとも情報が無かったので今まで気味が悪いとだけで無視されていたのだ。オーギュスト伯爵との繋がりは知らんが、無条件で身柄を渡してくれればうれしいのだがな」


 その他にも細かな説明や条件を示し合い、エゼルバルド達は一度、宿へ戻り、帰れなかった理由ともう一度出かける事を釈明し、そして、押し入るための準備を行った。

 腕を骨折したヒルダにエルザと共に街に残るか聞いたが、”回復魔法が使えるわたしがいた方がいいでしょ”と残る事を拒否された。


 簡単に朝食と昼食を合わせて取った後、守備隊のカスパルの元へと戻ってきた。時間はお昼が終わった一時頃。出発には丁度良かった。


「さて、出発するか」


 パスカルの掛け声とともに、ハンスの道案内でDr.ブルーノ邸に向けて街を出発した。

 エルムベルムの北門を出て街道を進む事五分、右方向への分岐点へ到着する。ハンスはここを右へ躊躇なく足を進める。そして、左右に深い木々の立ち並ぶ中を一時間程進むと目的の屋敷へと到着した。

 現在の時刻は二時過ぎ、人の訪問には適した時間であろう。


 目の前の屋敷は敷地を二メートルほどの壁で囲われた広大な土地の中央に建っている様であった。土台や一、二階部分は石造りであったが、三階以上は木造の二種混合建築だ。

 漆黒の色で塗装された外壁は闇に引き込むような感覚を覚えそうであった。その色が何かをする訳でも無いが人の感覚を麻痺させるには十分であろう。


 庭の入り口を潜ると玄関まで続く石畳が綺麗に敷かれている。馬車で乗り入れても対応できるとはなかなかに貴族めいた屋敷であると感嘆の息を漏らすが、庭の手入れは熱心にされておらず、雑草が腰の高さまで生い茂っている。


 玄関に到着し、ノッカーを握ろうと手を伸ばしかけると、目の前のドアが油の切れた音と共にゆっくりと内側に開いた。

 そこから顔を出したのは、背骨が曲がり、顔には年齢以上のしわのある、黒い燕尾服を着た男が顔を出して来た。頭髪は真っ白で、如何にも老人然とした風貌である。

 男の鋭い眼光を持つ目がギラリと向けると低い声で話し出した。


「お客様、Dr.ブルーノの研究所へ何しに参られました?」

「オーギュスト伯爵を返して貰いに来た。この屋敷に入った事はわかっている」


 パスカルが目の前の男に目的を告げると、男は何を考えたのかドアを開き、屋敷の中へ入るように促した。

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