第九話 エルザ救出作戦 その後

 スイール達がオーギュスト伯爵の眼前で用心棒の二人を屠り去った同時刻、少し離れたとある場所からこの屋敷、しかもこの部屋を見守る集団があった。


「隊長、何者かが伯爵の屋敷の窓から侵入し、伯爵を連れて行きました」

「【ニック】、馬鹿な話をしているんじゃない。報告は正確にするもんだぞ」

「いえ、二階にある伯爵の部屋へ梯子も使わずに跳躍で窓を壊し侵入です。間違いありません」


 隊長と呼ばれた男、【カスパル】は自らの望遠鏡を取り出し、ニックからの馬鹿げた報告の真意を確かめるべくガラスのレンズを目に付けた。偵察対象の屋敷は普段通りで、何処からの訪問も認められずに静まり返っている。

 その主人たる伯爵が普段使っている部屋の窓が外側から割られ、何事かが起こった事はすぐにわかった。さらに、割れた窓からは、その屋敷では見た事のない外套を羽織った者達が歩いて、何やら言い合っていた。だが、すぐにそれも収まり何かを探し始めたようだ。

 ニックが外からの侵入者と報告を上げた件はすぐに検証できた。破壊された窓の破片、残骸が外庭に落ちていないのだ。部屋の中から衝撃を与えれば外に破片、残骸が落ちるはずが、それが見えないのだ。


「何者かがあそこにいる事だけは確かだな。ニック、兵を集めろ。伯爵の屋敷に押し入るぞ」


 カスパルの檄が飛びその場が騒然となる。だが、それも一瞬で静まり、訓練された動きで機敏に動き始める。


(明日に押し入る予定だったが何者かに先を越されたか……)


 予定が早まったが自らに課された仕事を全うすべく、命令を次々に出していく。 

 伯爵の屋敷を恨めしそうに眺めると、踵を返し自らも隊を率いるためにその場を去って行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「どうするんだ、ヒルダが怪我して終わりだとか言わないよな」


 ヒルダの応急処置が終わりスイール達と合流したエゼルバルドはスイールに声を上げていた。”黒の霧殺士”との戦いの怪我を受けた時ほどではないが、ヒルダが受けた怪我は相当であった。痛みはほとんど引いたとは言え、骨折の痛みが少しあるはずだがそれを口に出さないヒルダを見ていると怒りが込み上げてくる。だが、怒りをぶつける相手はすでにあの世へと旅立ち、いらだちのみが残っている。


「大声を出さないでください。終わりなど言いませんよ」


 最後の頼みの綱とアイリーンに向かい申し訳なさそうに話す。宝探しや罠解除は彼女の領域であり彼女を頼るのは当然と言えようか。


「多分この部屋に、何処かに通じる隠された入り口があるはずなのですが……探せますか?」

「この部屋……。確かに怪しい場所が沢山ある、探してみるわ」

「頼む」


 怪しいと睨んだオーギュスト伯爵の部屋だが、あまりにも怪し過ぎて何処を探せばよいか迷うばかりである。机や背後の壁、壁際に据え付けられている本棚等を調べ始めた。

 まず調べたのは座っていた机だ。引き出しを片っ端から開け仕掛けが無いか探したがそれは無かった。

 次に背後の壁だが、壁を隔てて空間などなかった。壁を叩きながら回ったのだが、あったのは外庭の気配のみ……。

 最後に本棚を調べる。定番の仕掛けであればどこかの本を引き出すと本棚が開き隠し扉が悪のだが……。と、スーッと指を背表紙を一冊一冊滑らせるように動かすと一冊の本引っ掛かりを感じその本を付け手に取る。


「あら?この本は中が紙ではないのね。箱……かな?」


 アイリーンが手に取った本、正確には本に似せた木製の箱を引き抜くとアイリーンの意思とは別に蓋が空き、金属製の五センチ×十センチ四方のプレートが床へ”ジャラ”っと音を上げ落ちた。鎖のチェーンが付き、逆側は凸凹の突起が作られている。厚みは一センチ程の厚みだ。


「アイリーン、何だそれは?」


 金属プレートを拾い上げ、じっくりと詰めるアイリーンの手元をヴルフが物珍しそうに眺める。


「何かしら?鍵」


 首を傾げながらチェーンを持ってブラブラとさせる。隠してあったのは大切な何かとはすぐわかるが、何処に使うかわからないと伯爵の机越しにいるスイールに声を掛け、投げて渡そうとした。


「あっ!」


 咄嗟の事にスイールの手からするりと抜け、床に落としてしまった。鎖の付いた金属のプレートが空中で予想もしない動きをした為だ。


「すまん、落としてしまった」


 オーギュスト伯爵の机の横に落ちたプレートを拾おうとしたスイールの目に、プレートが入りそうな隙間を机の脇に見つけた。


「アイリーン、これを見てくれ」


 スイールの指す先を見るアイリーン。その目にもプレートがピタリと入るとわかる隙間が見える。引き出しの中を見てもわからない訳だ、と納得し、机に作られたその隙間にプレートを挿し入れる。

 床の下でガコンと音がして、目の前の机がせり上がりゆっくりと動き始めた。


「こんな仕掛けがあったとは」


 床ごと机が移動したその先には下に降りる階段を発見する。その奥からキツイ匂いが漂ってくる。


「この匂いはなんだ?鼻がもげる!」

「恐らくこの奥にいるのでしょう。それにしても劣悪な環境のようですね」

「許せないな」


 壁に掛かるランタンを一つ拝借し、アイリーンが階段を降り始める。あらかじめ作られていた階段は石造りでしっかりとしており、長身の全身鎧フルプレートの男があばれても壊れる心配が皆無であるほどに。外敵から襲われたときに逃げ込むために作られ、その必要もなくなった為に別の用途に使われ始めたのだろうと推測する。

 階段を二階分降りた先、地下室の入り口には金属製のドアがあり、わずかに中を覗く窓があるだけで圧迫感を感じさせる。ドアノブはあるがカギは付いていない。その為ドアを押し込めば簡単に開くことが出来た。


 ドアを少し開けると中の空気が一斉に外に漏れる。先ほどのキツイ匂いが全身を襲い、鼻だけでなく目を開ける事もままならぬほどだ。アイリーンたちは一分程動けずになるべく息をしないように努めるしかなかった。


 こんな匂いがしているのに、なぜ伯爵の部屋には匂いが上がって行かなかったのか不思議であった。


 匂いが弱くなり、初めてドアの向こうへ足を踏み入れる事が出来たが、中は想像を絶するひどい世界が広がっていた。奥に攫われたエルザが見えたが、他にも五人が横たわっている。

 閉じ込めていただけで食事も水もトイレも行かせてもらえず、衰弱した女性達だ。十代と見られる少女たちが衰弱して床に転がっているのを手分けして自由にしていく。


「大丈夫ですか?」


 ヒルダが右腕のみで目隠しを取り、口の拘束具を取り去るとエルザの無事を確かめる。手足の金属プレートは鍵付きの為、まだ外せていないが無事だと答えがあり、ホッと溜息を吐く。


「助かったわ、ありがとう。ここに押し込められて食べ物もトイレも行かせてもらえないのよ。この匂い酷いでしょ」

「エルザより他の女の子は衰弱が激しいみたいよ。見てよ、酷いわ」


 エルザは周りを見渡したが、床に横たわる衰弱した娘たちの惨状に目を背ける。今は左腕を吊るし、エルザを介抱しているヒルダ以外が助けているが反応が薄い。彼女達はロープで縛られていただけなので、ナイフでロープを切り手足を自由にして行く。

 その後、壁際を見回したヒルダがエルザの手足を拘束しているプレートのカギを見つけたので最期に拘束具を外すことが出来た。


「さぁ、帰りましょう。あの娘達は街の兵士たちに知らせて保護してもらいましょう」


 ヒルダはエルザに肩を貸し、伯爵の部屋へと上って行った。あのキツイ匂いの部屋からやっと解放されるのだとエルザはホッと溜息を吐くのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「何だこの惨状は」


 カスパルは目の前の惨状に目を背けたい衝動に駆られた。伯爵が連れ去られてから一時間程して突入したオーギュスト伯爵邸のホールに切り殺された十五人ほどの惨殺死体が床に転がっていたのだ。

 その死体が手にしていた武器には人を切った汚れが見られず、一方的に殺されたと結論付ける。それほどの手練れがこの奥にいるのだと背中に冷たい汗が流れるの感じた。


 ホールから見えるドアは一階と二階の二枚でそれぞれが開け放たれている。血だまりを踏んだ足跡はそれぞれに進んでいるが、望遠鏡で覗いた伯爵の部屋は二階だと既に判明しているので躊躇なく二階の伯爵の部屋を目指す。


「四人程で一階を索敵しろ。敵がいても戦うなよ、お前達ではこれと同じ惨状になるだけだ」


 転がっている死体を指し、四人を一階に残すと、カスパルは残りの十五人と共に二階の伯爵の部屋に向かうために階段を駆け上った。


 上った先のホールでも四人が惨殺され、縛られて生きている一人を発見する。唯一の生き残りがいた事で、カスパルは最悪の事態を逃れられたとホッと一息ついた。

 傷の状態は一階の死体とは違い、鋭い斬撃と重い武器による殴打、そして正確な矢の攻撃。それから考えられるのは三人以上の手練れが奥にいる可能性だ。一階の死体の傷も考慮すれば五人以上だ。広い場所で一方的に殺戮できる力を持ち、近距離、そして遠距離からも敵を打倒せる力は脅威に他ならない。


「お前達が逆立ちしても倒せない相手がいるかもしれん。なるべく戦うな、死んで二階級特進など喜ばんからな」


 カスパルは味方を叱咤し、奥へと進んでいく。

 廊下には途中で無造作に転がる戦斧を見つけ、何かの罠ではないかと恐る恐る回収をするが何もないとわかりホッと息を吐く。廊下の先には破片が散らばるドアとその向こうにオーギュスト伯爵のいる部屋があった。カスパルがドアの無くなった開口部から見たのは床に並べられている女性の姿だった。焦ったカスパルは躊躇なく入り口をくぐり、大声を上げる。


「この部屋にいる者に告げる、動くな!我々はエルムベルム警吏官である。武器を置いてその場で手を上げろ」


 部屋に二メートル程入った所で降伏勧告を行う。それに続けとカスパルの後ろには一列五人が並び、武器を構え部屋の中で動く者達を牽制する。

 当然、入り口からまだ兵士が出て来るぞ、と見せる事も忘れない。


(何だここは。野戦病院か?)


 カスパルが驚くのも不思議ではない。目を開けず辛うじて胸が上下し横になる女性達。それを介抱する腕を吊り下げた女性。また、右の壁際には壁に背を預け疲れ果てた女性と介抱する男性。あとは武器を腰に差したままの立ち話をしている男女の三人。

 あとは二人の死体があるだけであった。

 見張りの報告通り、この館の主、オーギュスト伯爵は当然この場にいなかった。


 カスパルが声を上げてから数秒後、部屋の中で武器を所持していた者達は指示に従い武器を置いて手を上げ、戦う意思のない事をカスパル達に示したのである。


「話は取調室で聞く。連行しろ!」


 武器を置いた五人はこちらの言葉に従い抵抗もせず我々の警吏官の本部へ連行されていった。あの五人には聞く事が沢山有るだろう。だが、その前にこの現状を調べるのは骨が折れるとカスパルは肩を落とすのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 捕らわれてた女性達をオーギュスト伯爵の部屋へ上げ、少し痛む腕をかばいながら彼女たちの側にヒルダが身を屈めた時である。部屋の入り口からドカドカと靴音を立てながら武装した一団が入り、この城塞都市の兵士だと言い放った。


 その兵士たちの鎧の左胸にはこの街を統治するエルムベルム公王の紋章が刻まれており、公の兵士だとすぐに判明する。彼等を敵に回す理由もなく、スイール達は武器を置き、戦いの意思は無いと手を上げた。


「話は取調室で聞く。連行しろ!」


 そして、スイール達五人は、この街の中央にある行政機関の内の一つの建物、警吏官の建物へと連行された。武装も大人しく解除した事もあり、手を縛られる事が無かったのはありがたかった。それでも側にいる兵士が剣をこちらに向けているのには少しだけ焦りを感じたが。




「明日に取り調べがある。それまでこの中にでも入ってて貰おう」


 警吏官の本部の地下にある金属の格子を構えた牢に入れられた。一応、気を使ってもらったのか男女で隣同士、別の牢になった。


(牢に入るなどあまり経験する事ではないから楽しむ…・・・か?)


 などスイールは思っている。普通であれば今後はどうなってしまうのか不安に思うのだが。


「眠りたいので毛布とか無いですか?」


 殺風景な牢の中には簡易的な敷物しか用意されていない。少し寒い牢で少しでも快適に眠ろうとしているのだが、取られなかった外套だけでは心許ないと近くの見張りに声を掛ける。


「牢に入って贅沢を言うな。犯罪者が!」


 見張りの兵士がスイールに向かって暴言を吐く。


「私達は犯罪者として連れて来られたとは聞いていませんし、犯罪に加担した記憶もありません。それに犯罪者であると確定され、既に刑が確定したのでしょうか?そもそも、私達の仲間が連れ去られ、取り返しに入った場所が偶然、あの場所であっただけです。素直に返して頂ければ力を振るう事もありませんでした。それが明らかに、私達が全面的に悪いとされるのであれば犯罪者だと言われても仕方ありませんが、そもそもこの行為は認められているはずです。犯罪者と暴言を吐くのであれば、この場で訂正と謝罪をされる事を申し入れるしかありません。それに……」

「わ、わかった。毛布を持ってくるから」


 と、スイールの怒濤の応酬にたじたじになり、仕方なく毛布を持ちにその場を離れて行った。


「それで、これからどうするの?」


 エゼルバルドが疑問を口にする。スイールの事だ、何か考えがあっての事だろう、いつもの事だと思ったからだ。


「エゼルはどうしたら良いと考えますか?」


 逆に質問で返され、現状で最良は何かを考えた。


「ここから逃げたとしても解決にならないし、そうすれば追われるし……。何もしないって事?」

「そう、正解。あの隊長さんが調べ終わるまで寝て待つとしましょう」


 申し訳程度にひかれた敷物に横になると、目を瞑り兵士が早く毛布を持って来ないかと待つのであった。

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