第八話 エルザ救出作戦 その参
無残にも破壊された残骸が目の前に散らばる。追い詰めたと思っていたオーギュスト伯爵の部屋の前でまじまじと見せられた破壊力に戦慄を覚える。無残にも破壊されたドアは蝶番でやっとその役目を保っているだけであり、少しでも力が入ればドアとしての役目を終えるだろう。
破壊されたドアの隙間からそっと部屋の中を伺うと、二人の男が立ち塞がり、その奥の机に一人、腰を掛けているのが見える。先程飛んできた様な斧は何処にも見えず、これ以上奇襲は無いだろうと部屋に入る事にした。
壊れかけたドアを蹴破り、完全にドアを排除して部屋へと入る。
奥行きが十五メートル程、そして三メートルもある天井高。一人の執務室と言う割には広すぎる。左右の壁にそれぞれ四枚の窓が儲けられており、昼間はそこからの採光で部屋は明るいとみられる。今は幾つかあるランタンの明かりがゆらゆらと部屋を照らし出しているだけだ。
入り口の奥、大男と小柄な男の二人が机の向こうにいる男の用心棒であろう。大男は戦いは力こそすべてと思っているだろう。薄手の半袖シャツに筋骨隆々の体をこれでもかと見せつけている。それに、先程の戦斧を投げ飛ばしたはいいが、手元には予備の武器を用意していないようだ。。
それに引き替え小柄な男は、袖口が広い長袖の上着を着ており、暗器使いであるとみられる。腕の部分に仕掛けがあり武器が飛び出すのだろう。腰や背中に見える武器を持たない事から徒手空拳の使い手と思いがちだが、服装からが暗器使いと何となくわかるのだ。
「不甲斐ないですね、私の雇った兵隊は。たった五人にここまで来られるとは無駄遣いしてしまいましたね。まぁ、この二人に模擬戦で負けるのでそれほど期待していませんでしたけど」
足を机の上に投げ出し、不敵な笑みを浮かべ自ら雇った兵士達を蔑んだ。
「雇った兵達にそのような言葉を向けるとはいかがなものかと思いますが。仮にも貴族であるならその言動は慎むべきでは無いでしょうか。それよりも、エルザを返して頂きたいのですが。そうすれば我々はここまで来た非礼を詫び、立ち去ります。どうでしょうか、悪い話ではないでしょう」
一歩前に踏み出し杖を前に突き出しながらスイールが半分挑発する。尤も、それに乗ってくる相手ではない事は承知の上である。誘拐する行為といい、人を蔑む言動といい、自らの行いが絶対的な正義と信じていると思われるからだ。そうでなければ、名の知れたヴルフやアイリーンの目の前で力を誇示するなどしないだろう。
「ふん、返せだと?ふざけるのもいい加減にしてもらおうか。この二人に勝ったら考えてもやろう、無駄だがな。それにそこの二人も、なかなか上玉ではないか。お前たちを打倒し、その二人もいただくとしようか」
スイールの忠告も聞かず、二人に命令をだす。すでに勝った気でいるのか、アイリーンとヒルダに向かい邪な目を向け、いやらしい笑いを見せる。
オーギュスト伯爵は二人が
「その二人は【グエルダ】兄弟と言ってここら辺では有名な犯罪者でな。何人もあの世に送っているんだよ。小さいのが兄の【モイセス】。切り刻むのが好きなのさ。そっちの筋肉が弟の【ビセンテ】。叩き潰す事が生きがいらしい。この二人に勝てるかな」
オーギュスト伯爵の目が怪しく光ると、頼みの二人が足を踏み出し攻撃を仕掛けてくる。
「俺の相手は誰だ?」
「わたしが相手よ」
不敵な笑いをするモイセスの目の前にエゼルバルドを抑えてヒルダが前に出る。エゼルバルドが危険だと目配せをするが、首を横に振り”大丈夫よ”と答える。気が気でないエゼルバルドはいつでも参戦できるように今はするしかないと、ヒルダの戦いを応援するしかなかった。
こうなってしまったら、誰の言葉も聞かない事は昔から知っていたからだ。
「可愛い姉ちゃんじゃねぇか。後が楽しみだぜ」
「そう上手くいくかしらね、ふふふ」
ヒルダが
「わぁ、行くわよ」
ヒルダはモイセスへ向かい、軽棍を構えて襲い掛かった。
「オレはダレが相手だ、チビ共メ」
「ワシしかおらんだろう。その図体を呪うんだな、デカ物メが!!」
ビセンテの問いかけに指をポキポキ鳴らしヴルフが一歩足を進める。
「チビでガリガリのホネホネ。一発で終わらしてやる」
「そう上手くいくと思うか。これでもお前より長生きしとるんじゃ」
あえて剣を抜かず、お互い徒手空拳で向かい合う。ビセンテは左右の拳を”ガチン”打ち合わせ、左拳を前に突き出して腰を低く落とすと、ヴルフに向かい構える。対するヴルフは自然体のまま、各部を伸ばし体の準備体操を行っている。
「オレの拳を受けて死ね!」
ビセンテが距離を詰めると右拳でヴルフに襲い掛かり、二人の殴り合いが始まった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ヒルダの軽棍がモイセスを襲う。軽いステップを踏みながら小さく軽棍を振るい隙を見せずに攻め込む。モイセスも軽くステップを踏みながら的確に、そして最小の動きで軽棍を避ける。
「なかなかやるじゃない。でも逃げてばかりじゃ、わたしに勝てないわよ」
軽棍を振りながらモイセスを挑発する。軽棍を振るい、左腕の
「そんな動きでオレに勝とうとは片腹痛いわ。少し本気を出してやろう」
モイセスが後ろに飛び退くと、左腕を上に振り上げながらヒルダに向かって飛び込んでくる。
(来た!!)
ヒルダが危惧していた腕に隠していた武器、--鋭い爪--が、袖がまくれ上がった左腕に現れ、ヒルダを襲う。
「なめんな、姉ちゃん!!」
鍛えられた金属でできた軽棍で、振り下ろされる爪を受け止める。”ガキッ!”とぶつかり合う甲高い音と共に暗器、--鋭い三本の爪が特徴の鉤爪--、がギラリと光を放つ。腕の動きに即座に反応する鉤爪は脅威だが、暗器であるため弱点もわかっている。だが、今はそこまでする時間は無い。
鉤爪を受け止め、二人が一瞬だが動きを止める。それを待っていたかのようにモイセスが右拳をヒルダに打ち付ける。
「終わりだ、姉ちゃん!!」
「そんな攻撃……!!」
モイセスの右拳は大した事なく円形盾で受け止めるが、それはモイセスの罠であった。拳の激突をスイッチに、仕込まれていた暗器が炸裂する。
「ぐっ!!」
”ドカン”と音が部屋に響くと同時に、ヒルダのくぐもった声が漏れる。モイセスの右腕に仕込まれていた打ち出し式の杭がヒルダの盾を貫通し、さらに籠手も貫通して左腕を襲った。ヒルダが幸運だったのは仕込まれていた杭の長さが暗器としての性能を重視したため、それほど長くなかった。盾を貫通されたが腕を貫通するまで行かず、骨を折るまでで済んだ。
痛みがヒルダを襲い、苦痛の表情を浮かべるが、この場を任せてくれたエゼルバルドに申し訳がないと痛みをこらえ、戦いを続行する。本来であれば戦いを止める程の怪我であるが……、後ろで見ているエゼルバルドにはまだ気が付かれていない、と。
そして、エゼルバルドに今は迷惑を掛けまいと、さっさとこの戦いを終わらせようと、後ろに跳躍し、モイセスとの距離を取る。そして、痛みの走る左腕を見やると円形盾に二センチほどの穴とヒルダの血が付着していのがみえる。
「よくもやってくれたわね、もう怒ったわ」
ヒルダが勝負を付けようと、モイセスに最後の攻撃を仕掛けようと床を蹴りつつ距離を詰める。痛みは感じるが、気持ちがハイになっているせいか動きに支障は感じられない。
右腕を小さく折り畳み体に沿わせ軽棍を構えモイセスへ攻撃を仕掛ける。振り上げるのではなく軽棍を突き出す。左右や上下に振られる軽棍に慣れていた目は直線的に突き出された攻撃にとっさの判断を下す。左腕に生やしている暗器の鉤爪で軽棍を受け止めてしまったのだ。
暗器の特徴は体に沿わせて隠せる事だが、その為に頑丈さを犠牲にしている。そう、軽棍はモイセスの体を攻撃したが、結果は左腕に装備していた鉤爪三本を根元から折り、武器を破壊したのだ。
そして、軽棍の突きはそのまま、モイセスの体へ軽棍の先を突き出す。
「ぐぐっ!」
「お返しよ、おつりはいらないわよ」
軽棍の先は丸く殺傷能力は皆無であるが、駆ける勢いのまま突き出せば、暗器使いで丈夫な鎧を嫌うモイセスに決定的な隙を作り出す。だだ、この一撃に違和感を感じたが、手を緩めては反撃を受ける可能性があると攻撃を緩める事はしなかった。
ヒルダはモイセスを茶化しながら、トンと床を蹴り軽く飛び上がると、頭部へ軽棍の一撃をお見舞いする。
「最期よ!!」
くぐもったモイセスの声と共に彼の体はふらふらと横たわろうとしているが、そこへヒルダの追撃が迫る。
床に足を付けたヒルダは軽棍を左に構え、足を踏み出すと同時に、腕を開く様にしてモイセスの顔面へと軽棍を振り抜く。
普段のモイセスであれば躱す事は容易いだろうが、ヒルダが突き出した一撃と頭部に貰った一撃がすでに致命傷であった。そこに無慈悲にも止めの一撃が打ち付けられ、意思を持たない軽い体は宙を舞い壁へと飛んで行くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふっ!ふっ!」
ビセンテはヴルフに自慢の拳を振るう。何発も何発も。手元に武器が無く、殴るしか能のないビセンテの攻撃は直線的であり、百戦錬磨のヴルフは拳の振るわれる先を読み、全てを躱し続けている。
「何で、オレの攻撃が当たらないんだ?」
「少しは頭を使え、それからだ」
空を殴りつけるビセンテに焦りが生じ始める。いつもなら斧や素手でも簡単に相手を打ち倒し、幾人もあの世へと旅立たせてきた。それなのに全く当たらないのである。
ヴルフにとってすれば、誰を相手に戦っているのか分かっているのかと問いただしたい所であった。だが、それよりも目の前の男を打ち倒しエルザを救出する事が大事であるとその考えを捨てるのである。そして、焦りで大振りになる瞬間を見つけ反撃を仕掛ける。
ビセンテの右拳一撃を体を左に捻り躱すと右脇腹にヴルフの左拳で殴り上げる。しかも、拳を回転させダメージを上乗せする様に。さらに、右拳を鳩尾の少し下へと同じように殴り付けスッと体をビセンテから離す。
「カハッ!」
これにはビセンテもたまらず腹を抑え、胃からの嘔吐物をまき散らすまいと我慢するだけであった。容赦のないヴルフは腹を抱え低くなった頭部、--この場合は顎だが--、にめがけ掌底を浴びせる。
「さっさと眠れ!」
踏み込み鋭く、かち上げた掌底の衝撃はビセンテの巨体を仰向けに転がす程であった。床に仰向けで倒れ込み泡を吹くビセンテ。それを見て勝負は着いたとホッと胸をなでおろすが、次の瞬間、予期しない驚くべきことが起きる。
掌底で顎を打ち抜かれたビセンテ。普通の人ならそれで脳を揺らされ戦いなど出来ないだろうが、目の前の男はそれを物ともせず立ち上がったのだ。よく顔を見れば虚ろな目で焦点が定まらない両目は何処かを見つめており、意識を無くし危険を察知する本能だけで立ち上がっている。
「筋肉だけのお前にはもう用は無い。沈んでいろ」
相手の土俵に上がり、泡を吹くまで相手をしたが、無駄に立ち上がってくるビセンテとの決着をつけるべく、ヴルフはブロードソードを抜いた。
ビセンテが左拳で打ち付ける腕にブロードソードを下から切り上げる。もう一度、横に一閃すれば、その戦いはそれまでであった。左腕が宙を舞いそれが床に落ちるまでに頭が胴との永遠の別れを告げたのであった。
「戦いは頭を使ってするもんじゃ。生まれ変わったら少しは勉強するのだな」
ブロードソードを”ビュッ”と振り抜き刃に付いた血を吹き飛ばし鞘に納める。亡骸となったビセンテへ言葉を送ると次は真っ当な勝負が出来る事を祈るのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ヒルダがモイセスを、ヴルフがビセンテをそれぞれ葬り去り、顔面蒼白となったオーギュスト伯爵へと迫る。
怪我を負ったヒルダは、スイール達が目の前の伯爵と交渉している間に、エゼルバルドと共に部屋の隅で腕の治療する事になった。
左腕に固定している革のバンドをナイフで千切る。籠手も当然ながら穴が開き血液が付着している。
「多分痛むから、ギュッと噛んで」
ヒルダの口に固く丸めた布を押し込める。
その後に籠手を引き抜く。ヒルダの顔が痛みでゆがみ、額からは玉のような汗が流れ出る。籠手の下から血を漏れ出す傷が目に留まる。
長そでのシャツを肘で切り取り、生活魔法のウォーターを傷口に掛け汚れを落とす。その後、エゼルバルドの回復魔法で傷口を塞ぐ。折れた骨を真っ直ぐに成形し、ヒルダの持つナイフを添え木にして固定し、首から三角巾で腕をぶら下げ、応急処置が終わる。
その治療の最中には痛みを堪えているとよくわかるほど、口から漏れる声は聞いていられない程であった。
ヒルダの体は汗でびっしょりだが緊急時なので顔の周りだけ丁寧に汗を拭きとる。。
「ありがとう。まさか、あんな隠し武器があるとは思わなかったわ」
戦いの最中は気持ちがハイになり痛みが薄らいでいたが今はその状態も収まっている。
飛び出す杭は予想できなかった。それはエゼルバルドも同じだった。
「あんなのあるんだな。でも、この位で済んで良かったよ」
「そう言えば最期、エゼル何かしたでしょ。相手の動きが止まるなんてありえないよ」
エゼルバルドは横を向き、
「ゴメン、アイツに殺気を出してた」
「やっぱりね。まぁいいわ、許すわ。ありがとう、さすがと言うしかないわね」
ヒルダは敵地だとわかっていながらも、エゼルバルドの首に腕を回し感謝の抱擁を送るのだった。。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さて、エルザを返してもらいましょう。ここまでして返してくれないとは言いませんよね、伯爵様」
先程までの余裕は消え失せ顔には苦悶の表情を出している伯爵には、頼りにしていた二人の用心棒が殺され、もう成す術が無くなった。これまで築き上げてきた身を守る手段が無くなり自暴自棄に成りかけている。
「吾に指図をするつもりか?百年ほど早いのだよ。伯爵である吾の邪魔をしてただで済むと思っているのか?」
「その伯爵様も命が無ければ何も出来なくなるわなぁ」
先程はスイールが穏便に済ませようと言葉を選び伯爵へお願いをしていたが、それでは埒が明かないと、ヴルフが前に出て言葉を浴びせる。
挙動不審な行動をとりつつも依然その場を何とか取り繕うとしているのがわかる。もう、言葉は通じない、そう思った矢先であった。
この場所、オーギュスト伯爵邸の二階に当たるのだが、左右の窓を割り侵入する二つの黒い影が現れた。スイール達と入り口付近で治療にあたるエゼルバルド達のちょうど中間あたりにだ。
窓の割れた音でスイール達は振り返るがその時には目の前に黒い影が躍り出ていた。
「な、何だ?」
「影?」
「えっ?」
二つの黒い影は歪な姿をしていた。人としては小振りだし、亜人としては背骨が曲がりすぎ腕が長い。何より動く速度に驚かされる。
スイール達の頭の上を悠々飛び越えオーギュスト伯爵へ迫り、これからエルザの居場所を吐かせるつもりの男を目の前で攫ってしまった。歪な二つの影はオーギュスト伯爵を担ぎ上げると、その速度を生かして窓から飛び降り、暗闇の中へと消えて行ってしまった。
この間わずか十秒足らず。
五人は呆気に取られ二つの影の動きを阻止することも出来ず、ただその行先を見守るだけしかできなかった。
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