第八話 続・狙われた魔法剣

「一体どうしたの言うのだ」


 内政と軍務、両方の最高責任者、ラウール=ヴァンビエール宰相とエルネスト=ヴァンビエール将軍のいる執務室へ第一報が飛び込んできた。

 二人はヴァンビエールとラストネームが同じだが、兄弟などではなく遠い親戚と言った所なのだ。同じラストネームが最高責任者になるとはスフミ王国も粋な人事をする国だと話題になる程だった。


 そんな二人の前に兵士が畏まり報告を上げる。


「申し上げます。本日、地下迷宮へ入られたトルニア王国の使者と案内のテオドール様、そして兵士の二人が裏切り者により怪我を負いました。エルネスト様から現場へ指示を頂きますよう、お願い致します」


 日が傾き、その日の政務も終わりになろうとしたときの事件である。城内は上を下への大騒ぎとなった。特に軍務部と外交部は政務が終わろうとしても帰るに帰れない状態となった。他国からの使者に怪我を負わせたとなれば外交問題にも発展してしまうだろう。それが同盟国であれば猶更だ。


「わかった、すぐに向かおう」


 向かうと返したのは軍務の責任者のエルエスト。彼はエゼルバルド達に今朝会っている。そして、最悪な事態にはならない様にと祈りながら部屋を後にした。




「誰か報告を上げろ!!」


 現場、即ち地下迷宮の入り口に到着したエルネストが叫ぶ。その前に二人の兵士が畏まり報告を上げる。


「申し上げます。本日、地下迷宮へお入りになりましたトルニア王国からの使者と案内、そして護衛の兵士二人が負傷。ここに居ります者もその一人で詳しくはこちらの者より報告致します。

 その前に現在の状況ですが、地下へ入り救出中でございます。敵は全て仕留めたとの事でご安心ください」


 と一人の兵士が報告を上げる。そして、もう一人の兵士、血が滲んだ包帯を巻いた兵士がさらに続ける。


「申し上げます。我らが第一層に戻って来ますと我らの兵士に成り代わった敵に襲われ、ご使者一同とテオドール様が重症、護衛の任についていた我ともう一人が負傷したも何とか敵を撃退いたしました。

 ご使者の方から将軍にこちらを守って預かっていただきたいとお持ち致しました。ぜひ、将軍の御身でお守りください」


 包帯を巻いた兵士はエルネストへ細身剣レイピアとショートソードを渡す。しかし、手渡す時に手が滑りするりと地面へと落としてしまった。ショートソードが鞘から少し抜け、刀身の綺麗な銀色がキラリと光る。その光はエルネストと兵士二人の目にちらりと映っただけであった。


「申し訳ございません」


 二振りの剣を剣を拾いながら申し訳なさそうに兵士が謝るが、エルネストはそんな事に目くじらを立てる事もあるまいと、


「怪我を負っているのだ、手を滑らせるくらいしてしまうだろう。この剣は私の手で必ず守って見せよう」


 エルネストは二振りの剣を両の手に持ち、二人の兵士に向かって語り掛ける。そして、地下迷宮の入り口を見据え、仁王立ちのまま、兵士達の作業を見守るのであった。




 エルネストが地下迷宮の入り口に到着してから一時間程、担架に乗った包帯グルグル巻きの人達が担ぎ出されて来た。担架の数は六台。

 腕を吊ったり、足を包帯で巻かれたり、一番ひどいのは顔を包帯でグルグル巻きにされ、され誰なのか見ただけで分からない程だ。


「これは酷いのぉ」


 髭も無いのに顎を手でいじるエルネスト。口調は何処か他人事の様であるが、これでも心配している様だ。


「よし、客人用の部屋へ運びそこで治療せよ」


 の担架を運び込むように指示をする。そして、担架は命令通りにエゼルバルド達が泊まった離れへと向かって行った。


 そこへ包帯を巻いた二人の兵士がようやく表れ、畏まる。


「二人とも大儀であったな。ゆっくり休んで怪我を治せよ。これからも期待しておるぞ」

「有り難きお言葉」

「うむ、我は客人達、おっと今日はトルニア王国からの使者であったな、そちらへ行くのでな」


 エルネストはその場で兵士たちに指示を出し、その場で事態の収拾を図り、地下迷宮を立ち入り禁止とした。トルニア王国からの使者を運んだ離れへ移動する事にし、護衛の兵士を選び出すため周りを見渡す。そして、槍を兵士二名を選び出す。


「では、この場は頼む。くれぐれも施錠を忘れないようにな!」


 と、言うが早いがスタスタと歩き出し離れへと向かって行った。




「容態はどうだ?」


 離れの大広間、朝食を取った部屋に入ったエルネストはそこにいた兵士に報告を聞く。


「はっ!男性の方は怪我が酷く昏睡状態が続いております。しかし女性の方は後衛を務めていたようで意識はあります。ですが、怪我をしておりますのでお話は短時間でと主治医が話しておりました」


 エルネストはなるほどと頷く。何やら考えていた様だが、女性と話をしたいと伝えしばらくの後に二人の女性の部屋へ入っても良いと許可が出た。さすがの軍務最高責任者と言えども女性の部屋へ勝手に入ったりはしないのだ。しかも他国からの使者でもある。


 エルネストと護衛の兵士二名が部屋に入るとベッドから起き上がった二人の女性、アイリーンとヒルダがエルネストへと顔を向けている。所々赤い血で染まった包帯が痛々しい。ヒルダに至っては右腕を骨折してるらしく右腕を吊っている。


「今回は申し訳ない。護衛をもっと付けるべきであった。国を代表して謝罪する」


 深々と頭を下げるエルネスト。


「頭を上げてください。エルネスト将軍が悪いのではないのですから」


 アイリーンが申し訳なさそうに頭を下げていたエルネストへ言葉を返す。怪我をしたのは私達の油断もあったとアイリーンもヒルダも言うがエルネストはそれでもと引き下がらない。何度か言葉を交わしたが、アイリーンとヒルダは疲れた様で、


「エルネスト将軍が来て頂いてありがたいのですが、さすがに疲れましたのでこの辺でよろしいでしょうか?」

「失礼した。今日はゆっくりと休んでください。そうそう、お預かりした剣は奥の部屋へ安置しておきますのでお体が治りましたらそこからお持ちください」


 そして、一礼をして部屋から出て、両の手に持っていた剣を奥の部屋のテーブルの上に置き、兵士二名と共に離れから出て執務室へと帰っていった。

 護衛の兵士は先ほどの地下迷宮の入り口へ向かう。


 そして、全ての処理が終わり、王城の見張り以外が寝静まった深夜へと時間は進む……。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「おい、こっちだ。早く来い」


 曇天模様の暗い闇の中、王城の中庭を静かに走り抜ける一団の姿があった。紺色の顔まで隠れる布地で覆われた全身は、体のラインを浮かび上がらせ、異様だ、と言うより卑猥だと言った所だろうか?


 その一団の向かう先は王城の離れ、--エゼルバルド達が泊まっている場所--、である。


「しめしめ、眠り薬が効いているみたいだ」


 壁際から顔を半分だけ出して覗くと入り口にいる兵士二人が壁に背を付け眠り込んでいるのが見える。当然ながら座り込んでいる。

 見張りの為の灯り、ランタンの火は燃料が切れているのか消えている。日が沈んだ時にランタンの火を付けたとして六時間は灯せる。日付が変わる直前まで灯っているはずなので、消えてからも二人の見張りは目を覚まさなかった事になる。

 そして、建物の窓からも灯りは一切見えず、中にいる人すべてが寝静まっていると想像できる。


「よし、建物に入るぞ」


 建物の入り口に一団は急ぐ。監視の目も無く、何の抵抗もなく扉の前にたどり着く。扉のカギがかかっているか確認するも、


「何だこのザル警備は?鍵もかかって無いとは兵士二人で守れるとでも思ってるのか、この国は」


 扉があっけなく開かれ疑問を抱きながらも”王城の敷地内だから”と自らを納得させ扉の中を見やる。明かりの点かない室内は月明りも無くほとんど見えない。だが、この一団は暗闇を見通す訓練を積んでいるので辛うじて見えるのだが、それでもぼんやりと見えるだけであった。


「中には誰もいない。一名残ってここを守れ。それ以外は付いて来い」


 部屋の中に入った一団は部屋の角の扉を目指す。何の護衛も無く、すんなりと移動が完了し、扉を開く。さすがに部屋と廊下を区切る扉でカギは無い。そして、廊下へとその身を進め、行き止まりの扉の前へと静かに移動する。


 このリーダー、建物の入り口に見張りを置いて来たのだが、なぜか廊下へ続く扉には置かないというおかしな行動をとっている。


 廊下の終点、そこには部屋に入る扉がある。目的地はここだ。この中に何が置かれているかも知っている。魔法剣が二振り。

 細身剣レイピアとショートソードの二振りだと。あと少しで依頼は達成され、この一団の株も上がるというもの、と少しニヤケながら扉を開ける。

 カギも罠もかかっていない扉がゆっくりと開き、窓の無い暗い部屋へと口を開ける。


「さて、あと一息だな」


 一団がゆっくりと部屋の中央までゆっくりと歩いて行く。

 うっすらと見えるテーブルの上に、二振りの剣が置かれている。


(やっと、やっとだ)


 そして、手を伸ばし剣をその手に掴もうとしたとき、


「はい、そこまで、そこまで!」


 一斉に白い灯りが部屋の四隅から照らされる。生活魔法ライトを部屋の四隅にいた兵士が付けたのだ。そこまで広くない部屋で四つの光、暗闇になれたその目にはどのように映っているのか?ただまぶしいだけ?目を潰されそうになった?それとも……。


 そして、何とか回復した視力で部屋を見渡せば、間抜けな声を発した主が部屋の入り口に立っているのが見える。背の高さほどある杖を片手に持っている。おそらく魔術師だろう。

 その横には複数の男女の姿、しかもそれぞれ武器を持っている。


「ずいぶんといますね、えぇっと、五人ですか」


 中央に立つ杖を持った男、スイールが一団に向かって声を出す。この時点で風魔法で全てをなぎ倒しても良いのだが、血で汚してしまうと絨毯を交換するのにかなりの金額を要すると注意され捕縛する事にしていた。


「くそ、罠にハメやがったな!!」


 全身紺色の布地を纏った一団が吠える。


「こんなにも上手く行くとは思いませんでしたね」


 その横にいるスフミ王国の軍服に身を包み杖を持った男、テオドールも一団を煽るように口を開く。罠に掛けられた、よりも、地下迷宮より報告が上がった段階から罠にハマるように動いていたスフミ王国が素晴らしいのだった。


「畜生め」


 テーブルの上に置いてあった剣二振りを一団の二人が掴み、鞘を抜き去り銀色の刀身をすらりと前へと向ける。


「これさえ手に入れば俺達は依頼達成なんだ。邪魔するんじゃねぇ」


 銀の刀身を見て、スイール達は呆れている。スイールがその一団に向け


「あ~、それ、魔法付与されてないから無駄だよ」


 と、止めの一言を言い放つ。


「ちょ、おま、なんだって!」

「ちなみにその剣は私とアイリーンのだから折ったら知らないよ。できれば返して欲しいんだけどね」


 言葉巧みに相手を翻弄し始めているスイール。言葉で勝つには相当な屁理屈を言わなければ勝てないだろう。表情は伺えないが一団の頭は怒りが満ちてくるのがわかる。肩が震えだし冷静さを欠いていく。もう、敵ではない。


「馬鹿にするんじゃねぇ!!」


 剣を持った二人がスイールへと切りかかる。スイールは予想通りの展開だとほくそ笑む。


「タアアァァァーーー!!」

「ウリャァァァーーー!!」


 男二人は隠密の訓練は十分摘んでいたようだ。暗がりを走る、見る、そして懐に仕込んだ隠し武器で暗殺する。そこまでは十分だった。だが、その他の剣を振るう事は無く、知識も乏しかった。特に細身剣は斬撃よりも刺突の方が威力を発揮するなどわからなかっただろう。それが男の行動に出ている。

 細身剣を持った男は振り被りスイールに向かって切りつける。

 もう一人も男もショートソードでテオドールに切りつける。

 杖を持つ二人なら勝てる、そしてそのまま扉から逃げられる、そう思ったに違いない。もし、杖を持つ二人が切られれば扉を抜ける事ができるだろう。だが、罠にハマった事を忘れていた。当然、建物自体を城兵が囲んでいる。

 逃げられる訳が無いのだ。


 そして、スイールの横にはエゼルバルドが、テオドールの横にはヴルフが控えている。剣を振るう訓練を満足に受けていない剣筋など目を瞑っていても対処できるだろう。


 その結果、スイール達に剣は届く事なく、エゼルバルドとヴルフに一刀の元に切り捨てられ汚して欲しくない絨毯が血で染まったのである。


「お前たちはどうする?降参するなら少しは考慮してやってもいいが?でなければ同じ扱いだぞ」


 二人が一閃されただけで切り殺されたのを見て、敵わないと見てその場で降伏を申し出た。


「降伏する、殺さないでくれ!」


 リーダー格を一瞬で屠られ、その刃には一滴の血も見られないとあればあれこそが求めている剣の特徴と同じだとわかる。あれを奪えば同じように我らも戦えるはず、そう思ったのだが、その剣を持っているのはそれだけの技量を備えているとは考えていなかったようだ。

 技量のある者達が持つ武器こそが最高峰の武器であると知ったのは、この時が初めてであった。


 残った三人は両手を頭の高さに上げ、戦闘の意思はないと体で表す。


「始めから降伏すればよいものを」


 テオドールが男達に向かい言葉を吐く。

 本来であればこの場で剣を突きつけている者達が武器を収め、縄で縛るのが当たり前の行動と思うが、テオドールの取った行動は目の前で降伏している男達を逃がすまいとエゼルバルドとヴルフはそのままに別の者達へと命令を下す。


 ”パチン”と指を鳴らすと部屋の四隅にいた兵士が一斉に動き出す。ライトの魔法が付いた棒を立てかけると腰に差していたブロードソードを抜き、残っていた三人の敵の内、二人を一閃の元に首を刎ねてしまった。残った二人の兵士で最後の一人の鳩尾を殴り気を失わせると後ろ手にロープで縛りあげる。

 依頼主を話すも話さないもどちらでも良く、何かしら話が出来れば良い程度にしか考えていなかった。解放するなどありえないのでここで首を刎ねるか、処刑場に連れて行くかの選択でしかない。


「とりあえず、終わりでしょうか?」


 スイールがテオドールに尋ねる。


「そうですね。今夜は終わりでしょう。ゆっくり休んでください。それではこの者と死体を運び出せ」


 兵士たちに指示を出し、捕まえた男と床に転がっている男達の亡骸を運び出すと、やっとこの離れに静寂が戻ってきた。

 ”血でベトベトする”、とヒルダやアイリーンは呟きながら自室に備え付けの風呂場へ直行しスッキリとする。その後、ベッドに入り朝を迎える為に眠りに就くのであった。

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