第十二話 とある商会と宝石工房

 スイールが情報を得た次の日の午前は情報の精査と今後の行動を話し合いそれで終わった。その日の午後、エゼルバルドとヒルダは予定通り、マクドネル商会の本部へと来ていた。王城からだと馬車で三十分の距離だ。


 本部の建物だけあって周りに威圧をたっぷり与えるように建てられ、見る者を怯ませるだけの効果を持っている。エゼルバルドとヒルダには無駄に大きいだけにしか見られず効果は発揮されていない。


 本部機構だけかと思いきや小売り店舗の併設されており、街中の人々が買い物に見えている。値段も良心的で人の切れ間が無い程ににぎわっている。

 これだけ人気の商店であるにもかかわらず、麻薬によって多大な利益を得ているなど、思いもよらない事だ。それに、裏の実行部隊がいるなどわかるはずもない。


 小売店の外観は本部の建物に比べれば一般的で入りやすい建物になっている。小売店に入ってみれば、生活雑貨が多く見受けられるが、奥の一角にはガードマンが控える高級装飾品等も置かれているコーナーも見える。貴族向けではなく、一般市民向けなので少し値段を抑えた物が置かれているのが良心的であろうか。

 とは言え、パッと出せる金額ではなく、一年か二年ほど貯めたら購入できる位にはなっている。分割払いは認められていないようで、一括で支払う様にと書かれた看板が見える。


「色々と置かれているけど、少し値段が安く設定されてるくらいで普通だな」

「そうね、生活雑貨から衣類、旅行に必要な保存食とかも置かれてるね。当てが外れちゃったのかな?」


 エゼルバルドもヒルダも他の商店と同じような雰囲気なので逆に驚いている。もっと、こう雰囲気が悪かったり、威圧的な店員がいたりするのではないかと考えていたがまったく逆であった。


 このままではいけないと思い、本来の目的の場所である本部の建物へ行く事にした。すぐ隣の建物で見るからに大きい。窓を数えれば地上から五階はあると見られる。

 石材を基礎に木材を補助的に使われて建てらているそれは要塞とみられるほど頑丈そうである。木材が使われている所で火災には弱いのだが。


 建物の中央にある五段の階段を上り、お洒落な観音扉を開けると広々としたロビーが目の前に現れる。向かって奥にはお客を案内するための受付カウンターが設けられている。

 どこのモデルだと思う位の顔が整った美人が数人待機している。来る人も多いのだろう。人族のみでなく、亜人系のエルフやドワーフ、珍しい所ではホビットなどが見受けられた。

 少しだけ眺めていると、エゼルバルドはお尻につねられた痛みが走るのを感じる。横を見るとヒルダが怖い顔で睨んでいた。


 王都に来てまばらではあるが亜人系を見る事があったが、人族が多いのでまだまだ珍しい部類にはなる。だが、この商店では常に亜人系を表に出している所を見ると、悪い商店には見えないのだが。


「あ~、よろしいですか?」


 カウンターにいた人の女性に問いかける。亜人系は少しだけ緊張するので避けた形だ。話すだけなら怖くも何ともないが、重要な情報を聞くかもしれないだけに緊張しない人族にしたのだ。


「いらっしゃいませ。どの様なご用でしょうか」


 受け答えも笑顔も満点の応対であった。対外的に見ればすべてが上手く運ぶ程だろう。さらに言えば、王城でも見られないほどの対応かも知れなかった。


「少し前に世話になったのですが、こちらにニコラスと言う使用人の方がいらっしゃると思うのですが……」

「ニコラスですか?少しお待ちください」


 受付の人族の女性が奥の事務所へ入って行く。そのまま五分程過ぎた頃先ほどの女性が一枚の紙を見つめながら戻ってきた。


「お待たせしました。ニコラスですが、すでにこちらの商会を辞めまして、もう在籍しておりません」


 見てはいけないと思いながらも女性の紙を見てしまう。ある程度黒く塗りつぶされたそれにはニコラスの名前が記載されていた。赤いスタンプで”辞職”とだけ押されていた。


「そうですか。どちらへ行ったとかわかりますかね?」

「それは存じておりません」

「それでしたら、最後に務めていた場所か住んでいた場所は教えていただけませんかね?」

「すみませんが本人からの要望によりお教えする事は出来かねます」

「そうですか……。わかりました、有難うございます」


 結局ニコラスの行方はわからず仕舞いであった。その後、綺麗なロビーをぐるりと見回し、マクドネル商会本部より出ていくのであった。




「結局、ニコラスさんには会えず仕舞いか。残念だったなぁ」

「でも、良い所に雇われているんじゃない?」

「そうだと良いけどね」

「絶対そうに決まってるよ」


 街を散歩しながら、当てもなくぶらぶらとウィンドショッピングを楽しむ。街中にはお洒落なお店が並んでおり、綺麗に陳列されたディスプレイを見てあれもいい、これもいいとお互いににあった服を見ていく。ファッションに興味がある訳ではないが、街中で着る服を何店舗か見て回り、夏から秋に着る服を買い、その日は終わろうとしていた。


「エゼルは涼しそうな服ね~」

「ヒルダも同じようなもんじゃん」

「一度着てみたいと思ったのよ。着たのなんて何年前なのか忘れたよ」


 夏に向けての涼しげなシャツとズボンを買ったエゼルバルドに対し、夏向きなのは当然だが、ちょっと丈が短い水色のワンピースを手に取っていたヒルダは嬉しそうだった。

 来月には王都で祭りがあるらしく、着て歩くには絶好のチャンスだとヒルダは思っていた。それまでの楽しみであった。


「そう言えば何処まで来たんだ?」


 周りを見渡せばお洒落なファッション街から外れて、加治屋街に入り込んでいた。

 王都の鍛冶屋は獣退治などの職業が好む無骨な北側と槌打つ音が漏れない様に配慮された、お洒落装備を好む南側とにわかれている。

 その南側の鍛冶屋なのだが、ディスプレイされている刀剣類や防具類もお洒落に装飾が施された物が多いのが特徴だ。見渡せば同じように装飾された刀剣類でいっぱいだった。


 さらに、店に入る人の装備品も同じような装飾が施された物が多く、実用には一歩届かないだろう。

 エゼルバルドとヒルダが好むいつもの装備品はナイフに至っては切れ味が落ちにくく手入れしやすい等の特徴がある。それから比べると喉から手が出るほど欲しいものなどほとんどなかった。


「こんなの持っててどう思う?」


 とある店に入って鞘に金の装飾が施された両手剣を背中に担いで見せたエゼルバルドがヒルダに聞いてみた。両手剣はエゼルバルドの好みには程遠いが、先日よりパトリシア姫との訓練の合間に使っていたバスタードソードに少しだけ興味を持っていた。


「カッコいいけど、剣一本じゃ成金趣味みたい」


 美麗な装飾が施された全身鎧を身に着けていたら目立ちそうだが、剣一本では少し惨めに思えそうで結局のところ、すぐに陳列棚に戻してしまった。

 その後も数本、鞘から抜いてみたりしたが、刀身はひどい物が多く、実用に耐える品々は少なかった。


「ねぇ、これちょっと見て!」


 ヒルダがガラスケースに入ったショートソードを指した。南京錠の付いたケースは防犯上の措置で高級品を意味していた。

 だが、何処か見た事のある装飾だと思いだす。


 白地に金の縁取り、小さいがグリーンとレッドの宝石がいくつか散りばめられている。金の装飾はデザインが違い、宝石も大きさと位置が違っているが、明らかに見た事がある。

 値段を見れば白金貨が二枚も必要だった。


「確かに似てるな」


 エゼルバルドは自分の受けた役割ではないが、ここぞとばかりに店員に聞いてみる事にした。


「あのショートソード、ですけど……」


 カウンターにいた店員にガラスケースに入ったショートソードを指しながら質問をする。


「ご購入ですか?」

「いや、申し訳ないけど、まだ買える金額じゃないんだ。それよりもこれってここで加工してるのかい?」


 店員は聞こえないようにチッと舌打ちをして話を続ける。笑顔を見せるのは商人の鏡だが舌打ちは見せない方がいいのではと思う。


「いえ、ウチはその中の剣を裏で打ってるんですけど、鞘だけは特注なんです。何処だったかなぁ、それは一点物だからなぁ。そうそう、思い出した。裏の方にある【宝石工房ジュゼッペ&ガブリエラ】って店だったかな?もし注文するなら家にしてくれよな、せっかく教えたんだからな」

「ええ、注文するならこちらのお店にしますのでその時はよろしくお願いしますね」


 ニコラスを探していたのだが思わぬ情報を得てしまい、多少困惑するのだがこれも情報収集の成果だと頭を切り替える。

 店員にお礼を言い店を出て、先ほど聞いた”宝石工房ジュゼッペ&ガブリエラ”を探すことにした。


 宝石工房のある裏通りにやって来た。

 裏通りと単純に呼ばれれば薄暗く、治安が悪い印象だが、王都での裏通りでは一般的な都市の表通り程の人通りがある。裏通りのさらに裏になれば想像通りの印象となる。


 エゼルバルドとヒルダは初めての旅行客よろしく、キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いて行く。店のある場所を示した地図などがあると便利だ、などと思っていたら声をかけられた。


「おう、兄ちゃんたち。店を探してるのかい」


 見れば二十代半ばほどで独特な髪形をしている男性だ。リーゼントとでも言うべきであろうか?髪が前方に十センチは出ているのであろうか?


「ええ、宝石工房なんとか&なんとかってお店探してるんですよ」

「”なんとか&なんとか”ってそりゃないぜ。兄ちゃんたちの探している店はそこだ」


 人は見た目通りでないと思い知る。独特な髪形の男性が指したそこには看板は無く、ドアに小さく”宝石工房ジュゼッペ&ガブリエラ”と書かれているだけだった。

 店の上に大きく看板が出ていると思っていた二人は見落とし、過ぎ去った後だった。


「あんなところに。どうもありがとうございます」

「良いって事よ。楽しんでな~」


 その男性は手をヒラヒラと振るとその場からフラッと何処かへ歩いて行った。


「王都ではあんな髪型が流行ってるのかなぁ?」

「不思議な髪型ね」

「それよりも、お店に行ってみよう」

「そうね」


 親切な男性の髪型の感想を言い合い、見落とした宝石工房ジュゼッペ&ガブリエラを見ると、小さなガラスディスプレイが三つほどあり、それ全てに綺麗な装飾の施された首飾りや指輪、ブレスレット、アンクレットなど見惚れる程の品々が置かれている。

 残念な事に目的の刀剣の装飾は見られなかった。


 白金貨が必要な装飾品を目に見える場所に出す訳が無いと思いながらドアを開け店の中へと二人仲良く入る。すでに何組かの男女が居た事が幸いし、二人が意識される事は無かった。もし、スイールとヴルフだと目立ったに違いなく、適材適所にはならなかったなと思ったのだ。


 店内を見渡せば、目が飛び出る様な金額を書いたカードの後ろに見事な宝石をあしらった首飾りや指輪などがガラスケースに並んでいる。あまりの金額に出たくなったのだが、それでも手が届きそうな金額を見つけ一喜一憂している。


 目の飛び出る様な金額に打ちのめされながらも、目的を思い出し店内を見渡せば、部屋の中央に二重のガラスケースに入った短剣を見つける事が出来た。

 カウンターに設置されたガラスケースの宝石類よりも価値がある事は一目瞭然であろう。


 まじまじと覗いてみれば鞘には金で装飾が施され、蒼や赤など数種類の宝石がこれでもかと散りばめられ、かつ上品にまとめられている。

 手に入れた短剣を思い出せばそれよりも上質に纏められているのがわかる。短剣の違いは剣自体も素晴らしい出来栄えであった事だろう。柄の先端に大きめの宝石と幾重にも重なった数種類の宝石類。そして、あらわになっている刀身は綺麗な文様ではなく、ランダムな文様のダマスカス鋼であった。


「装飾は美麗だけど、刃の文様がすごい。誰が作ったんだろう」

「本当、こんなの一度でいいから持ってみたいわぁ」


 宝石工房に入っているのに、口から出てくる感想は刃物の方とは一風変わった客と見て、ひとりの男が近づいて何やら話し出した。


「はっはっはっはっ。宝飾店に入って宝石ではなく刃物の方に目を奪われるとは面白いお客様ですね。腰に付けている物を見れば一目瞭然ですね。さすがに手に取っていただく訳にはいきませんが、心行くまで見ていただければと思います」


 見透かされたように話されてはどうしようもないと、


「いや、ごめんなさい。宝石店なのに刃物の方を見てしまって。よく見るのは中身はたいしたことなく、外見だけ豪華にしている刀剣類をよく見るのでつい」


 その事に店の男は笑いながら答える。


「いいんですよ。ここくるお客様は宝石類は良くわかるのに、その刃物の価値がわかっていない。お客様にも刃物ではなく装飾の方にも興味を持っていただきたいものです。それにしても、この様な剣類は何処で見ました?沢山作っているのでどちらで見たか気になって申し訳ないが」

「実は先ほど鍛冶屋街でふらりと入ったお店でショートソードを見まして、そこの店員にこちらのお店を教えていただいたのです」

「ガラスケースに入ってびっくりする値段が付けてあったし~」


 簡単ではあるが、この店に来るまでの経緯を話す。鍛冶屋に飾ってあった剣の装飾が素晴らしく、一度どのような方が作っているのか気になったと。


「鍛冶屋街の方からですか。珍しいですね。値段もかなり高価なものになりますし。でも、とある商人は短剣ダガー五十本に長剣ロングソード五本を注文するから代金を負けろと言い出すんですよ。それだけ注文あっても手作業ですから。あの人にはもう少し職人を労わって欲しい所ですよ」


 強引な注文客を相手にするとはかなりの苦労をしているのだろうと予想できるが、もっと根本的に違う人種じゃないかと思い、それとなく聞いてみた。


「その商人って大きな商業を営んでいるんですか?」

「有名ですよ。マクドネル商会と言えば王都でも五本の指に入る程ですから。

 で、そこのマルコムからの注文が先程の無理な注文でしたから。大口はうれしいのですが、相手にしたくない人ですよ」


 エゼルバルドとヒルダは思わず声に出してしまいそうになる。複数のピースが正常な位置に組み合わさり、答えを導き出している。こんなにも簡単に答えまで行きつくとは思いもしなかった。


「あなた、それ以上言ってはいけませんわ。大口の商談をいただいてたのに」

「あ、そうだな。すみません、今の話は聞かなかった事にしておいてください」


 今の話を遮るように綺麗な女性が口をはさんできた。

 宝石店のお店にふさわしく、綺麗に髪をセットし、美麗な薄い緑のドレスを身に着けている。歳はそこそこ行っているが、貴族のパーティー会場にいても不思議はないほどだ。

 ”あなた”と言われている男性は女性の旦那でおそらく、ここの主人なのだろうと思う。その主人が肩をすくめて身を小さくしているのを見ると話してはいけない事柄だろうと簡単に予想できる。


「何か都合が悪そうですね。聞かなかった事にしますから気になさらずに。それに、今の会話ですと、このお店のご主人ですか?」

「ええ、その通りです。あなたはいろいろと良い目をお持ちの様ですからまた来て楽しんでいってください。そのうち買ってくれるとありがたいですが。それでは、またのお越しをお待ちしております」


 対応していただいたのはこの店の御主人と御夫人であった。それ以上ここにいても迷惑がかかると思い、エゼルバルドとヒルダは一礼をしてから”宝石工房ジュゼッペ&ガブリエラ”から出ていった。

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