第七話 リゾートで楽しもう

「城から来た姫様の宣言により海開きの式典が無事に終わった。いつもながら姫様はお綺麗だ。ブロンド縦ロールの髪がお似合いです。お召し物の白いドレスが一層引き立っています。あんな綺麗な人と結婚してみたい。どこかにいないかな~。


 それにしても、このオペラグラスは最高だ。式典の場所までどのくらいの距離があるのだろう。そこがくっきりと見える程だ。残念なのは声が聞こえない事だ。それだけだ。


 あ、式典が終わった。もう姫様は帰ってしまうのだろうか?あぁ、姫様。また来年でしょうか、残念です」


 このオペラグラスで覗いていた青年、【エーロ=カッリオコスキ】は毎年来るパトリシア姫を見るのが楽しみにしている。その為に大枚をはたいて高倍率に改造されたオペラグラスや隠れるための衣装など様々なアイテムを用意している。

 また、年に一度の為にパトリシア姫が泊まる近くにホテルを取る事も忘れていない。


 趣味が覗きなので大手を振っていう事では無いが、迷惑な趣味であるとだけ申しておこう。


「それにしても、姫様はお綺麗でいらした。あの様な人が僕の所に来ないのは不公平だ」


 エーロは、自分はイケメン、好青年、周りから羨まれる程で引く手あまた、女性が取り合ってるために女性が目の前に現れないと思っている、ちょっと頭がアレな性格をしている。


「ん、誰か出て来たぞ」


 ビーチの目の前のホテルから数人が出てくるのが見えた。ワイワイと話している声は聞こえるのだが内容まで聞き取れないのが惜しまれる。オペラグラスで覗き、持ち前の趣味をいかんなく発揮していくエーロである。


「あれ?女性が四人と男が三人。うち二人はおっさんか。クソッ、羨ましい。


 女性はっと。レベル高いな、でも一人はメイド服?なんで着てるんだ?でも水着の様な、そうで無いような、不思議だ。


 おおぉ、あの胸、すげぇ。背中も大胆に出して絶対誘ってるよ。身長がもう少しあったら男どもが寄ってくる。僕も混ざりたいな」


 あまりにも酷い妄想を垂れ流している。呟きいていると言うよりは声が大きすぎるので周りに聞こえすぎてしまっている。傍から見れば、この男の頭は大丈夫なのかと思わざるを得ないだろう。


「ブロンドショートカットの女の子かわいいな~。パトリシア姫様にそっくりだ。水着の上に首から下げるパレオだと!体型がわからないじゃん。取れよ!!


 あの茶髪の女の子もかわいい。上下に分かれたツーピース。腰に巻くパレオも素敵だ。体の紫のあれなんだ?痣みたいだけど……。痛々しいのがちょっとそそるかも」


 男については野菜と思っている様で視界に入っても畑に生っている植物と同じにしか見えない。


「ん、茶髪の子がぐるりと一回転してる。お、ひらひらなパレオがかわいい。って、手前の男なんだ、邪魔なんだよ。見えないじゃないか。

 クソッ羨ましい。茶髪の子が男の背中バンバン叩いてるけど。はははっ、嫌われたな。ザマーミロってんだ、背中に赤い手形が見えるぜ」


 言葉を聞けないので嫌われた様に見えたらしい。事実とは異なる。


「パラソルとビーチベッドを借りたぞ。


 おっさん二人がパラソルの下でビーチベッドに寝そべるだと!お前ら何か見たくないんだ。寝て良いのは女の子だけだ。行って注意してくるか。いや、それだと観察にならない。ここは我慢我慢。


 えっと、女の子達は海に入るようだな。海開きしたとは言えちょっと冷たいだろう。

 やっぱりな、冷たいだろう。いや、違う。水を他の女の子へバシャバシャと掛けだした。あ、混ざりたい。って、あの男、混ざりやがった。そこは僕のポジションだ」


 妄想に次ぐ妄想で血の涙が出ている様だ。羨ましいのであれば思い切って声をかけて混ざれば楽しめるのだが、それすらできないチキン野郎なのであった。


「あの金髪の女の子のパレオが水がかかって体のラインが出てるぞ。あ、綺麗じゃないか。でも、水着はオーソドックスなワンピースか、残念。


 メイド服のあれは何なんだ?よくあれで海に入れるな?水を含んで溺れるぞ、あれ。でも泳ぎ出したけど、大丈夫なのかな?あぁ、大丈夫なんだ、不思議な。


 そうそう、胸女は。って眼福だ。拝みたくなる」


 もうこの男は完全に逝ってしまった様だ。彼の頭は大丈夫なのだろうか?

 そうこうしているうちに小一時間が過ぎた。


「さすがに遊び飽きたらしいな。寝てるおっさんはどうでも良いけど。


 あの男、さっき嫌われてた女の子と二人して何処か行こうとしてる。何か借りてる。桟橋の方に行くのか。仲直りでもするのか?悔しい。


 でも、僕には他の女の子がいる、大丈夫。君達、僕が迎えに行くまで待っててね、フフフ」


 エーロは知らない。観察している自分がまさか監視の対象になっている事に。そして……、


「すみません、よろしいですか?」

「今、忙しいから後で」


 エーロは話しかけられているが、気にもせずオペラグラスを覗いている。顔はだらしなくニヤケて、口元が半開きで気持ち悪い。


「すみませんが、ちょっとよろしいですか?」

「忙しいって言ってるでしょう」


 エーロは気が付かない。いや、気が付いているのだが覗く事に全ての神経を注ぎ込んでいるので思考が追い付いていないのだ。


「だからちょっといいですか?」

「駄目ですって何度も言ってるでしょ!」


 エーロの肩に手がかけられる。だが、それが何を意味するのかは分かっておらず、払い除けてしまった。誰の手かも確認せずに。もう後の祭りである。声の持ち主を完全に怒らせてしまった様だ。


「何さらしとんじゃ、ボケェ!!」


 エーロの持っていたオペラグラスを奪い取り、後頭部に拳が炸裂する。さすがに手加減をしているが、タンコブが出来ている事は確実だろう。


「何するんで・す・か……?」


 エーロが周りを見渡すと、後ろに三人の屈強な体をした男が立っている。その男たちはパトリシアを護衛していた兵士達だ。


「こんなもので覗いて、恥を知れ」

「え、ちょっとちょっと、まって~~~~~~~!!」


 その後、男二人に殴られ、気絶したところを両腕を掴まれ引きずられて連行されていく。エーロにはパトリシア姫を覗いていた認識は無いが、兵士たちは仕える姫様を邪な目で見る悪者を捕まえたとの認識だけなのだ。


 その後、エーロがどうなったか……。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 海開きの宣言をパトリシア姫が行ったことで無事に式典が終わった。表には見えていないがエゼルバルド達が護衛として控えている事により安心している様だ。


 一度ホテルに戻り、海に入る準備をしてホテルの海側の出口で待ち合わせをする。全員水着に着替えビーチへと繰り出す。


 一風変わった水着はナターシャであろう。紺色のワンピースタイプなのだが膝下までスカートが付いているメイド服なのだ。水着なので袖部分は無いのだが他から見れば十分怪しい。本人曰く、「侍女の務めですから」と他の水着を着ないそうで、パトリシアもそれ以上は声をかけなかったそうだ。


 大胆な水着はアイリーンだろう。赤い髪と赤い水着は注目の的だ。

 ホルターネックのワンピースで胸元と背中が大胆に開いている。異性からの視線も集中するだろう。特に胸は拝まれる事必至だ。


 パトリシア姫はかつら(本人はウィッグ)をとり、「このスタイルはパティなの」とショートカット状態を楽しんでいる。おとなしめな黄色いワンピースに花柄の首掛けパレオを身に着けている。パレオは膝下までのタイプだ。

 本来はもっと大胆な水着を着たかったらしいが、剣の訓練で体や太腿に青い痣が出来、隠すために仕方なく着たらしい。


 アイリーンと共に海水浴を楽しみにしていたヒルダは薄いブルーのビキニタイプを着ている。布地が多くおとなしめで腰に巻くパレオも付けている。

 残念なのは剣の訓練で着いた青痣を隠す事が出来ない事であろうか。脇腹辺りにくっきりと付いている。


 男たちはトランクスタイプの水着と半袖の上着を着ている。エゼルバルドだけフード付きだ。スイールは麦わら帽子とサングラスを付け、ちょい悪をイメージしたらしい。

 皆楽しそうだ。


「ねぇねぇ、これいいでしょ~。買った時に見せたかったんだ」


 ヒルダがエゼルバルドの前で体をぐるっと一回転。パレオがひらひらと舞い、予想以上の攻撃力を出していた。


「青痣が残念だけど、可愛いじゃん」


 お風呂で裸を見ているエゼルバルドにとってはそんなに変わらないと思っていたのだが、ひらひらに惹かれるものがあったのだ。なんだかんだ言っても男であった。ヒルダはと言うと、「可愛い」に機嫌を良くし、エゼルバルドの背中を笑いながらバシバシ叩いていた。一種の照れ隠しだ。

 ヒルダの攻撃にダメージを受けたエゼルバルドの背中には見る者がわかる程の赤い手形が付いていた。


「おじさん二人は寝てるからそっちは楽しんで来ていいよ」


 スイールとヴルフはパラソルとビーチベッドを借りに行く。寝そべって酒を飲み、そして風に当たって寝る。昼間からそんな事をしてみたかったらしい。

 波が来ない場所にパラソルを立て、日陰になるようにビーチベッドを置く。勢いよくベッドに横になり、持ってきた酒瓶を熱くならない様にバケツに水を張り、その中に浮かべる。

 小一時間ほどでなくなるのだが、この場ではまだ飲んでいない。


 スイールが何処からか覗かれている様な視線に気づき、ホテルでこちらを見ている兵士にサインを送る。数人の兵士が足早にビーチを見る視線を探すべく消えていく。


 海に入った五人は冷たい海水を楽しみながら膝上位までの場所へと移動していく。誰が始めたか分からないが、海水の掛け合いが始まる。一番楽しんでいるのはパティであろう。城から出る事も出来ず、悶々とした日々を送っていた。ここぞとばかりに力いっぱい楽しんでいるのがわかる。


 二番目はアイリーン。胸元を強調する水着で悩殺だ!と息巻いていた。確かに攻撃力は半端無いが、周りからすれば、もう少し身長が欲しいと残念がられていたのは秘密だ。

 アイリーンの身長は155センチ程。ヒルダよりも低く、バランスが悪かったのだ。それを求める男もいるのだが、この場所は貴族が多く、需要は少なかった。


「所でナターシャ、その水着で泳げるの?」


 水の掛け合いが終わった時にパティがナターシャの水着を不思議に思い疑問を口にした。上半身はオーソドックスなワンピースタイプなのだが、腰から膝下にかけスカートが広がっている。着ているのではなく、水着に付いているので取れないタイプであった。


「大丈夫です。最先端の生地を使っているので水を含みにくいのです。この通り」


 海の中をスイスイと泳ぎ回っている。どこでその泳ぎを覚えたのかと思う程達者であった。パティも驚きだった。自分と同じ位の泳ぎだろうと思っていたが予想以上に達者に泳いでいた。

 海から上がったナターシャの水着は水の重みはほとんどなく、すでに乾き始めている程でデザインはともかく羨ましがられていた。


 一時間ほど海の中を満喫し遊び倒した五人はぶるぶると震えだした。体が冷えてしまったので体を温める為水から上がる。

 そこでアイリーンが、


「ビーチを少し歩いてくる」


 一人で行動し始めた。おそらくアレだ、探しに行くんだ、と一つの事が四人の頭に浮かぶ。男運が悪いのは今に始まった事ではないからと。


「妾は疲れたから寝る事にする」


 ナターシャにパラソルとビーチベッドを借りに行くように命令した後、濡れた体にもかかわらず砂地に勢いよく飛び込むと、砂の熱さに我慢できず踊り狂う。姫様ともあろう者が、と戻ってきたナターシャに怒られていたが、だんだんとその光景にも慣れ始めてしまった。


 エゼルバルドとヒルダの二人は釣りができると釣り竿と餌を借り、桟橋へと向かった。昼間でも桟橋の先端では良い型の魚が釣れるとホテルで聞いていた。釣れれば夕飯か明日の朝食が豪華になると息巻いていたが、どうなるか。




 ビーチベッドに寝ていたスイールは時間を持て余していた。持ってきた酒瓶はすでに空になり、横のヴルフは大鼾で起きるそぶりも見せない。暇だなと思ったからか、そう言えばと持っていたバッグから布に包まれた短剣を取り出し調べ始めた。


 短剣本体は豪華な事も無く、変哲の無い鋳造品。ちょっとした衝撃にも折れてしまいそうで長く使うには向いていない。やはり、配るための量産品だろう、と。それに比べ鞘は豪華だ。白地に金の縁取り、小さいがグリーンとレッドの宝石がいくつか散りばめられている。これだけでも金貨何枚もするであろう事がわかるのだが、どの組織が持っていたかがわからない。


「何じゃ、それは」


 横にビーチベッドを広げたパティがスイールの手元を不思議そうに眺めていた。こんな所で何を見ているのかと。


「拾った短剣です。持ち主がわからないのでどうしたものかと。暇だったので何か手掛かりはないかと眺めていたのですが」

「それと同じ様な剣をどこかの貴族が持っていたが、誰だったかな?ナターシャ覚えていないか」


 記憶曖昧なのか思い出せずにナターシャへ助けを求める。有能な侍女と自称するだけあり、答えが口からすらすらと流れ出す。だが、それは思いもよらぬ事だった。


「同じではありませんが、白地に金の縁取り、グリーンとレッドの宝石を使った鞘を持っていたのはネモヒラン公爵です。短剣ではなくロングソードの鞘でしたが。

 他の貴族様は鞘に装飾を入れている方はあまりいませんからよく覚えております。それになかなか城へ出仕しないのでほとほと困っているとの話も出ておりました」

「ネモヒラン公爵とは?お聞きしたことがない家名ですね」

「家名はテルフォードでございます。ネモヒラン=テルフォード公爵、テルフォード家の御当主にございます」


 繋がってしまった?このような場所で繋がりが見つかるとは思いもよらなかった。瓢箪から駒とはこのような事を言うのだと悟った瞬間でもある。


「パティにナターシャもありがとう。助かった。お礼しないとね。と言っても金銭は贈れないし、何か希望はあるかな?」

「剣の使い方を妾に教えてもらってる事がそれにあたるが?」

「いえ、それ以上のお礼をしなくてはならない程です」


 しばらく考え込んだパティだが、スイールの予想した要求をしてきた。


「なら、妾を獣退治に連れて行って欲しい、お主達は相当の手練れだろう。それにお主は稀代の魔術師だと聞いておる。一度でいいから連れて行ってくれぬか?」


 お姫様を狩りに連れて行っていいものか思案するのだが、


「私が稀代の魔術師かは置いときますが、行けるかはカルロ将軍に聞いてみます。それで良ければお連れします、危なくない場所ですが」

「期待せずに待っておる」


 期待せずにとは口に出したが、落胆ではなく笑顔を見せている。これだけの情報を貰ったからには期待に答えなくてはならないとスイールは考える。将軍に頼むのは、横で高鼾をかくヴルフに任せればいいかと、悪知恵を働かせる事も忘れずに。

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