第五話 模擬戦と城の姫様
この日、エゼルバルド達五人が登城して案内されたのは騎士候補生が訓練をしている場所であった。そこは先日の会議場のすぐ近くにあり、かなりの広さを持っていた。
すでに訓練が始まっており、騎士訓練用のプレートアーマーに身を包んだ候補生が激しく打ち合ってる。皆、真剣に打ち合い、汗の匂いが充満している程である。
「ちょっとぉ、何この匂い?空気の入れ替え位して欲しいわね」
口と鼻をタオルで塞ぎながら毒づいてるのはアイリーン。怪我には強いのだが、匂いは敏感らしい。まぁ、明らかに匂い充満しているので文句を言い返す事も出来ないのだが。
それでも、
「少しはこの者達に考慮をしてくれてもいいと思うのだが」
見ればカルロともう一人、真っ白なプレートアーマーに身を包んだ長身の男性が言葉を発する。赤髪でキリッとした顔、両手で使う幅広の長剣を背負っている。体格から長剣を振り回し、戦場では敵として当たりたくない相手であろう。
「あら、ごめんなさいね。育ちが良くって~」
「一番育ちが悪いのが何を言ってるんだか」
「誰に言ってんのよ!!」
「誰って、育ちが悪いその誰かさんだけど、なにか?」
アイリーンとヴルフの言い合いが始まりそうだったが、
「夫婦喧嘩はその位にして……」
「「夫婦じゃない!!」」
言葉を遮るように否定をする。が、言葉のハモり様は長年連れ添った夫婦と呼んでも良いくらいだろう。
「これは失礼。私は今の騎士団団長を務めております【ギルバルド=シャインプルーク】と申します。ヴルフ殿とは戦友で、あの戦いの生き残りの一人です。あの時の騎士たち大半は辞めてしまいましたが、こうして昔の戦友と語り合えるとうれしく思います」
金属の鎧の音をほとんどさせずに丁寧に礼をする。「どうもご丁寧に」と、それらしくない挨拶で返すのはアイリーン。カルロもそうだが、ポンポンと国の重鎮が出過ぎだと。なんなのだ、この環境はと混乱気味である。
「と、言うわけだ。こんな場所なのでちょっとした遊びをしたいとね」
カルロ、「この場では将軍とつけてね」、はこの場でどの程度の実力があるのかを測りたいらしく、ギルバルドは手合わせをしたい、が本音なのだが。
全力は出さないけどね、と思うエゼルバルドとヒルダ。そして、あ~、無理無理とアイリーン。人それぞれだ。
その後、三十分程騎士候補生の練習風景を眺めながら、訓練場外周部を軽く走り回るエゼルバルドとヒルダ、そしてヴルフであった。
「さて、始めようか。ここにあるのを使って」
候補生と汗を流していたギルバルドが練習用にと出したのは、先ほどまで候補生が使っていた剣と盾であった。自分たちの使っている長さの武器ではなく、騎士の装備品と同等の長めの剣、片手両手どちらでも使えるバスタードソードであった。
片手、両手のどちらでも使える長さの持ち手と一般のロングソードよりも長い、一メートル以上の刀身を持つ。盾は長さが一メートル以上もあるカイトシールド。逆三角形のそれは腕を水平したときに頂点が下に来るように設計されていた。
いつも使う武器との違いに多少戸惑いながらも、何とかなるかと手に取ってみた。バランスは悪くは無いが、重量があるためにいつも通りの振り方は出来ないと脳内で剣を振り回し戦い方を瞬時に補正するエゼルバルドであった。
ヒルダはさすがに無理と思い、自前の
「それじゃ、オレから」
エゼルバルドが武器を携えギルバルドに相対する。ギルバルドも戦争を生き抜いただけあり、ヴルフと同様に隙が見えない。かすかに見える隙を付けるかが勝機のポイントだと本能的に感じている。
「では行きますよ」
ギルバルドが数歩の距離をあっという間に詰め、エゼルバルドと同じバスタードソードを振るう。簡単に右から振るう剣を盾で受ける。重量級の盾であるので牽制の振りを難なく受けきることが出来る。
「やりますね。一振りで終わるとは思いませんが、受け流さないだけでも流石と言った所でしょうか」
「牽制くらい難しい事ではありませんからね」
今度はエゼルバルドが振り被り左肩に向かって振り下ろす。いつも使っているブロードソードと違い重量のある剣では初速が出ない。重量で押し切る事を考えて大振りになるが、狙い通りの場所へと刃が走る。
思った通りにギルバルドの盾が剣を受け流し、盾の表面を滑り、床へ向かって行く。そのまま体を三百六十度回転させ、剣を左から右へと勢いよく振り抜く。
ギルバルドも予想していたのか自分の右から来る刃を剣ではじき、一度間合いを取る。
「う~ん、おしい。実に惜しい。部下に欲しいくらいです。今からでも遅くないですから騎士になりませんか?最高指揮官もいますし、今だったらすぐに採用です」
打ち合いの合間だというのに勧誘をしている。数回、剣を合わせただけなのにも関わらず相手の技量がある程度わかる、それほどにギルバルドは戦いに慣れていた。
「いえ、仕官には興味がないので、お受けできませんね。残念ですけど」
仕官には全く興味がなく、旅をしながら見て回る事が今はとても楽しいのだ。自分の知らない世界が広がり、毎日が刺激的だった。
「そうですか、それは仕方ありませんね。ですが、勝負は勝負です。これで終わりにしますよ」
ギルバルドは持っていた盾を外し、バスタードソードを両手持ちへと切り替えた。明らかに勝負をする体制だ。対するエゼルバルドは慣れない盾を持ちながらも、一撃を叩き込もうと隙を狙っていた。
ギルバルドが動き出す。数歩の距離を先ほどよりも早く詰め、左から右へと切っ先を振るう。エゼルバルドが咄嗟に剣を出し切っ先を受ける。両手で振られた切っ先の速度は先ほどより早く、一瞬であったが剣を出すのが遅れて受け流すはずがそれが出来なかった。
そこをギルバルドが体を回転させ、ぐるりと右から左へと振り抜く。
思い切った剣はエゼルバルドの持つカイトシールドへと吸い込まれて行く。そして、受けきったはずだったが……、
”バーーーーン!!”
盾で受けた剣の衝撃でエゼルバルドは後ろへ吹っ飛ばされた。強烈な一撃は盾を以てしても衝撃を吸収できなかった。
三メートル位飛ばされたエゼルバルドは何とか受け身を取ることが出来たが、背中を床に強打し、肺の空気が空になるくらいの衝撃を受けた。
「なんちゅう馬鹿力じゃ!!」
見ていたヴルフの叫び声が聞こえる。ある程度軽いとは言え、人を剣の振りだけで吹っ飛ばす筋力を持つとはすさまじい。十秒程経った今でもエゼルバルドは起き上がれずにいた。
そして、エゼルバルドが起き上がるにはそれから数分の時間を要するのだ。
「ゴホゴホ。あぁ、死ぬかと思った」
エゼルバルドの第一声がそれであった。
「フェイントからの強烈な一撃、当たりたくない人ですね。戦場であったら死んでますよ。
自分の戦闘スタイルは大事ですね。改めてわかりました。それにしても、イテテ」
腰をトントンと軽く叩き、顔を歪めながら呟く。
「使いなれない武器だったか?もう一度やってみるか?」
首をぐるぐると回しながらギルバルドが楽しそうに声をかける。エゼルバルドもそれを承知し、自分の剣と盾を持ちだし装備をする。両手で持てるブロードソードとバックラーだ。ギルバルドは再度、盾を装備しなおし、バスタードソードとカイトシールドの装備に戻す。
「では、今度はこちらから行きます。覚悟してください」
数歩の距離に位置する二人は再度、相対する。足首をぐるぐる、首をぐるぐる、肩をぐるぐる、体を柔らかく動かすため体を慣らす。
「では、行きますよ」
宣言し、体を低くし、駆け出す。剣を右から切り上げる様に左へ振り込む。ギルバルドは盾で受けると同時に剣をコンパクトに上から振り下ろす。
エゼルバルドの盾で剣を受け流す。ブロードソードが盾に吸い込まれ、”ガキン”と音がする。エゼルバルドの行動はすべてフェイントであった。先ほどカイトシールドを持った時、視界が遮られ切っ先が見えなかった。それを利用する事にした。
盾を持つ左手をギルバルドのカイトシールドの上部を掴み、膝のバネで上に飛び出す。そのままぐるっと空中を回りギルバルドの後ろへと回り込み、刀身をギルバルドの首筋へと突きつける。
ギルバルドの油断とカイトシールドの視界の悪さを利用した一回だけの奇襲攻撃であった。さすがのギルバルドも上からの移動には対処が出来なかった。
「いやぁ、あんな方法で来るとは恐れ入った。まさか頭上を移動するなど思ってもみなかった。次からは気を付けるようにしよう」
「一回限りですから、次からは使えませんけどね」
「それでも面白い攻撃だった。楽しかったよ」
エゼルバルドとギルバルドは互いを称え、握手を交わすのであった。
「それにしても部下に欲しいな」
「駄目ですよ。仕官しませんからね」
お互いに模擬試合の話題から談笑になり、訓練場に笑い声が響き渡るのだが……。
「姫様、姫様。どこへ行かれるのですか」
「付いてくるなと申しておろう」
「いけません。訓練の邪魔になります」
訓練場の廊下の方から騒がしい声が聞こえてくる。コツコツと硬質な靴音が早歩きで近づいてくるのがわかるが、どうも騒々しい。目的地はここ、訓練場だとわかるが、場違いな身分の人物が現れる。その、響き渡る声を聴き、頭を抱える人物が一人だけいるのだが……。
「カルロ!居るであろう。妾に秘密で何面白いことをしているのだ!」
訓練場に入るなり、大声で叫びだす。見事な金髪縦ロールの髪を持ち、白いドレスに白いヒールを響かせてやってきた。
カルロは
「姫様、今日はお相手出来ないと申しましたでしょう。いつもいつも、そうやって騒がしいのは何とかなりませんかな?」
そこへ”ハァハァ”と息を切らしながら、紺色のメイド服に身を包んだ御付きの侍女が到着し、
「カルロ様、いつも申し訳ございません。この様に成られましたのは私の不徳の至るところです」
謝っているのだがいつもの事だと一笑に付されてしまう。それで性格が直るのであれば
楽なのだがそうもいかないだろう。いつか、荒療治を受けさせるしかないと。
「いつもいつもとは失敬な。お主が妾をのけ者にするのが悪いのであろう。強い者と戦い勝つ!これが身上だと。それとも強くなられては困るか?」
「まだ初めて一年です。基礎の段階ですよ。強くなるとか以前の問題です。それに、今の姫様では一瞬で終わる程の猛者ですよ。それ程の者と手合せするつもりですか?」
「良いではないか。何事も経験じゃ。それにこの間の女性はちゃんと相手してくれたぞ……って、ああああぁぁぁぁーーーーー!!何でここにいるんじゃぁぁーーー??」
いきなりエゼルバルドとヒルダに指を向け大声で叫びだした。
騒がしいなと思いつつも、エゼルバルド達五人は「誰?」と、不思議な顔をする。ドレスを着て金髪縦ロール、しかも姫様と呼ばれる知り合いはいないのだと。
姫様は、不思議そうな顔をしているエゼルバルド達に向けて、
「妾じゃ。妾じゃ、ほら思い出さんか?」
ますます不思議な顔をする。もう一声出しそうな姫様だが、横から呟くように耳打ちをする侍女がそこにいる。
「姫様、その髪型ではわからないと申し上げます」
なるほどと頷き、縦ロールの長髪金髪からショートカットの金髪へと変わっていく。ただ、頭にかぶっていたかつらを取っただけなのだが、
「「「ああああぁぁぁぁーーーー!ギルドで会った!!」」」
エゼルバルドとヒルダ、アイリーンの絶叫が訓練場を壊すかと思うほど響く。どこぞの貴族と思いきや城の姫様とは考えていなかった。
「やっとわかったか」
「かつらでわからなかったわ」
「失礼な。ウィッグと言って貰いたいものじゃ」
かつらもウィッグもたいして変わりませんと真面目な顔をしながら思う侍女がなかなかに役者である。
「パティ、するとそっちの侍女はやっぱり?」
「ナターシャに御座います。その節はありがとうございました。
それと、こちらのお方は現国王の第一王女、【パトリシア】様でございます」
あっ!と思い、片膝を付き挨拶をしようとしたのだが、
「パティで良い。それに、畏まるな。肩が凝る。友人の様に接してくれるとありがたい。こんな身分であるがの。かっかっかっか!!」
どこかの演劇で演じられた諸国漫遊をしたご老体の様な笑い声で場を和まそうとするのだが、逆効果であった。エゼルバルド達は姫様のご友人との地位を受けたのだが、上から目線の友人とはどうなのかと茶々を入れたい衝動にかられる。
「なるほど、強い女とはヴルフが連れたヒルダの事だったのか。姫様がかなう相手ではありませんな」
一呼吸置き、カルロが口を開く。手入れされているとはいえ、ヒルダの軽棍は血のりが付着したり、金属片や固いものをたたいたであろう跡が残っている。それだけ見ても実戦を経験していないパトリシアには手の届かない存在だとすぐにわかる。
そんなヒルダにヴルフが教えているのだ。実力差は大人と子供程離れているのは当然である。
「ん?ヴルフとは誰じゃ、聞いたことあるが?」
「そこに
「お主より剣の腕が立つとよく言うのがあれか。妾がかなう相手ではないな。それにしても妾は酷い相手に喧嘩を売った物だな」
「酷い相手って……」
後ろで目の辺りを抑えて、肩をがっくりと落とすナターシャ。
言葉をもっと選んで口に出して貰わないと、教育係の私の立場がどんどん悪くなるのですよと言いたいほどであった。
完全に空気と化したギルバルドはこの場から一刻も離れたい、そう思うのだが、一歩を出せずにその場に立ち尽くすしかできなかった。
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