第四話 国家の影を探る
「昨日、カルロ将軍当てに手紙を書いただろ。将軍から依頼を受けていて繋がりがあるんだ。おかげで連絡がすぐ入る。依頼の関係で表にあまり出られないから、表に出ない男爵にお願いした、そんな所だ」
いまだに繋がりがあるのかと少し驚くのだが、それだけ信頼されている、羨ましい関係である。それに、一度だけ会った相手なのに覚えている将軍も脅威だ。将軍からの依頼とは言え、一市民たるスイール等に男爵を使いに出すなど情報統制されているのか、他が信用できないのかそこは今の段階ではわからないのだが。
「将軍からの依頼とは少し、いや、相当大きな依頼ですね。貴族や王族、他国がらみ、それの手伝いが欲しいとの事でいいですか?」
「そうなんだ。困った事に、対象の貴族が、無駄に威勢を張っているらしい。直轄領も与えられているから無駄に手出しをする事も出来ない」
「それを探っていると……」
少しだけ権力を握った者がよく勘違いするアレらしい。物語では討伐などされ、捌かれるかその場で切られるか、結末は決まっているのだが。
それだけの事を起こすのであれば、最終的な目標は王座奪取でも計画しているのかと思っても差し支えないかもしれない。
「そう。貴族自身は小物なので排除するのは簡単なのだが、なにせ裏が取れていない。権力を笠に着て市民よりも一段高い優劣感を楽しむ。見た目にはそれだけなのだ。先日も城門を閉めて市民を通させず、面倒な事を楽しんでいるんだ。まったくおかしな話だ」
小物だ。それなら王座を奪取するなどの計画は無さそうだ。
「あの時は入城できなくて一日無駄にしました。なるほど貴族は無駄ないじめをして楽しんでいると。まったく迷惑な話です」
「あの時スイール殿達も並んでいたのか。あれには辟易しただろう」
「そうですね。その時に狙われた商人たちもいましたから。そういえば……」
バックパックをゴソゴソと探りだし、布に巻いた一本の
先日の入城できない時の騒ぎで得た獲物の内の一本だ。剣自体はそれほど特色がある訳ではないが、鞘が豪華な造りとなっている。パッと見るだけでも貴族が持ちそうな短剣である。
「なんだ、それは?」
「夜陰に乗じて襲ってきた賊が持ってたらしい短剣です。もう一振りあるので、仲間で同じものを持っていた可能性があるのでそのうちに調べようかとバックパックの奥にしまっておいたのですよ。アイリーンが仕留めたんだったかな?」
部屋の備品などを眺めていたアイリーンに話をいきなり振る。
「ん?一人はウチが矢で仕留めて、もう一人は毒を飲んでた。懐から出てきたのが、それ」
話を聞いて無さそうだったが、耳はこちらに向いている様だ。こればかりは感心するしかない。
「今気が付いたけど、動きが盗賊っぽく無かったな様な……」
ヒルダがボソッと呟く。それから思い出したように、音が出ない装備をしていたが動作が素人っぽく、賊ではなく戦士系の動きだったと話した。
「重要でない可能性の方が強いかもな。調査の重要度は低いと思わざるとえない。とは言え、気になるから合間合間で時間があったら短剣は調べるか」
進めている依頼をそのまま続行しながら、優先度は低いが調べる項目に追加すると方針を定めた。
「それより、会わせたい人がいるんだけど、大丈夫か?」
「……将軍ですか?」
「何でわかった?」
驚いたようなヴルフだが、スイールにしてみれば繋がりがあり会わせたいとくれば依頼主の将軍としか思えない。それ以外でいたら見てみたいと思う。
「仕事に人数を増やすのなら会わせるのは当然。それ以外にないでしょう」
「それもそうか。もう少ししたらお城に行くとしよう。自室で暇を持て余しているだろうから喜ぶぞ」
ニヒヒと目を細くして笑い出す。それにしてもスイールの酔眼をもってすれば話が早くて助かると。
その話を遮って別の話を挟み込む。
「依頼の話は置いといて、後、二週間くらいしたら海開きするだろ。ヒルダとアイリーンが待ちわびててな、連れて行きたいんだがどうだろうか?」
ベルリ市でテンション高く買い物をしていた等をヒルダ、アイリーンを混ぜて話す。アイリーンの騒ぎようは今までと違い、聞いている方がタジタジする程である。
「リゾートか。それなら、ワシも行くぞ。暗い所での仕事ばかりだったからたまには太陽の下で羽根を伸ばしたい気分だったんだ」
ヴルフも乗り気であった。横で聞いていたウッドコック男爵は「ご辞退申し上げます」と歳を理由に断っていたが、本当は行きたそうだった。
「留守を頼みます」
ウッドコック男爵に告げ、ヴルフは奥の通路へと消えていった。
打ち合わせでこの場所へ入る入口が二つあり、一つはエゼルバルド達の入ってきた屋敷から。もう一つは地下道から続いているらしい。
地下道は王城につながっているらしく、王家等の一部の者のみが知るだけだとか。地下道を通って王城へ行けばいいのだが、誰かに見られている可能性もあり、それを避けたのだ。
「さて、私たちも出かけましょう」
元の階段を上り、屋敷から出ていく。カギは内側からウッドコック男爵が閉め、屋敷は無人と化す。
この庭はウッドコック男爵に雇われている庭師が一週間に一回手入れに来ているそうなので綺麗なのだとか。夏場は三日に一度来るそうで庭師も大変そうであった。
屋台で買い食いを楽しみ、ぐるっと回って二時間半ほど、王城の西側へとたどり着く。昨日訪れた、第一の城壁、西門だ。
時間もお昼をずいぶん回っているのできちっと守っている兵士が見える。昨日みたいにウトウトとしているかと思ったが、今日の兵士は優秀であった。
「そろそろだと思うが……」
その言葉を受け、エゼルバルドがキョロキョロとあたりを見まわすと城門の向こうからカチッとした服装の紳士がやってくるのが見える。
「あれじゃないか?」
ヴルフとの打ち合わせした時間ぴったりだ。暑い中、黒い礼服を着ている。しわもなく、折り目もはっきりと見てわかる。城で人を案内するために雇われているのだろうか?
そして、表情一つ変えずに、重々しく口を開く。
「スイール様御一行でございますね」
その言葉一つが重く威圧感すら感じるほどだ。だが、どことなく優しい気持ちにもなれ、不思議な感覚を覚えた。
「はい、そうです」
「ヴルフ様よりご案内するように承ってございます」
「それはそれはご丁寧に、ありがとうございます」
先ほどの威圧感は偽物対策なのだろう。意志が弱く嘘をつく事に不慣れな詐欺師などでは降参してしまうだろう。最も、ヴルフが特徴を伝えているはずなので見破る以前の問題とも思うが。
「それではこちらへ」
兵士たちに、「ちょっと通したらダメだよ」と言われていたが、持っていたバインダーを見せて絶句させていた。挟まれていた紙に何が書かれていたのか気になる所であるが。
紳士に案内されたのは王城の南西にある塔の一室。政務の行われる王城自体ではなく、小さな訓練施設の一角にあった。円筒形の塔の内側をぐるりと螺旋階段が巡り、最上階まで登る。金属で補強された重そうな木の扉を開けるとヴルフがテーブルに座って待っていた。また、奥にはもう一人の人物の姿も見られた。
数年前に一度だけ見た事がある。あの時は仕立ての良い服装だったが、今は軍服に身を包んでいる。肩の階級章がその人物の位を物語っている。
「よく来たな。ん、一人見た事の無いのが混ざってるけど大丈夫か」
横でヴルフが説明をしている。信頼出来る仲間なので心配はいらない、腕は一流です、と。スイール達は信用に足る腕前ですから心配はありませんと告げる。
説明に奥の男は満足そうな顔をした。
テーブルに着くように促し、改めてと自己紹介を始めた。
「さて、改めて。数年前に会ってるな。「五年前です」そうか五年前か。アニパレで会って以来だな。このトルニア王国の軍事全般の責任者、将軍職を承っているカルロ=バーグマンだ。この場は非公開の場なのでカルロとでも呼んでくれ」
話の途中でヴルフが言葉を入れながらも話は進む。そして、エゼルバルドとヒルダ、スイールの記憶が呼び出され、当時の事が思い出される。
アイリーンは初めて会うために少しばかり緊張をしている。スイール達以上に権力者に縁の無い為、それは仕方がない。
「ああ、ここでは無礼講で大丈夫だ。国の予算を使って依頼をしているが、命令を出しているのは私だけだ。他の大臣や宰相、国王も詳細は知らんはずだ。そんなわけで本題に入るが良いか?」
捲し立てる様に話を進めていく。そして、聞いてしまったら後に戻れないので大丈夫かとの意味で話をいったん切る。ヴルフから詳しい聞いていないのも機密事項だったためだ。
「ここまで来たら話を聞くしかありませんね」
「毒食わば皿まで!!」
「首突っ込んじゃったもんね」
「ウチはヴルフに借りを帰さんといけん!」
全員が同意した。もう元には戻れない。
「なら、話を進める。ある貴族が国庫からの支出金を懐に収めている、噂が流れていたのだ。あまりにも酷い噂なので調べてみたら、確かに国庫から出ている支出金の流れに一部不正が見つかった。不正を指示しているのがその貴族の様なのだ」
そこで貴族の名前を告げるられる。【テルフォード】家だそうだ。爵位は公爵。王家を除けば上位から二番目である。貴族であれば、爵位や権力を持って市民の手本となるべき存在なのだが、この貴族は逆に悪い手本となっている様だ。市民からの突き上げも厳しい。
「だが、その貴族にコイン一枚も流れていないのだ。だが、帳簿上は流れていることになっているし、国庫からも消えている。領地からの税金や投機での儲け以上に羽振りがよく、流れているのは確かなのだが……」
悪い手本に加えて悪知恵も働く様だ。その労力を別の方向に使っていれば有能なのであろうが、楽をする方向に向ければ堕落していくのも分かる。
「また、その貴族にはいろいろな噂が流れていて、やれ市民を虐めているだの、帝国と裏でつながっているだの、数多く聞こえて来る」
聞いているとまさに悪行三昧の極悪人であろう。市民を虐げないだけましなのだが。トルニア王国自体はずいぶんと戦争をしておらず、平和な時代が続いている。それが不正を許している温床でもあるのだが。
「そこでヴルフに噂の出所を調べてもらっている。難しいと思っていたが予想よりも厳しく、手詰まり状態だったのだ。そこにヴルフの仲間のお主らが現れてくれた。これで調査を進める事が出来そうだと。協力してもらいたいのはその貴族へのお金の流れの解明、そして帝国と繋がっているかもしれない証拠集めだ。繋がってないのであれば、そこは問題視しない。どちらにせよ、その貴族を裏まで調べ上げる。これが今回の依頼だ」
なんとも難しい依頼ではある。だが、その背後には大きな陰謀があるのではないかと推測できる。スイールは依頼が困難でも奥に潜む影を白日の下にさらしてみたいと闘志を燃やすのである。
「とは言ったものの、難しいとはわかっている。急いで事を仕損じて貰っては困るので焦らずにな」
カルロは依頼が非常に難しいとわかっている。
無理をしないでくれとの忠告であったのだが、急いでも焦らなければいいのではないかと別の意味を感じたのがいた。
「滞在には屋敷を用意してあるからそれを使って欲しい。ヴルフに国から与えられたヤツだから遠慮はいらんぞ。城に入城する専用の身分証があるから次からはそれを見せれば入れる。場所は制限しておくけどな」
四人に銀色に光るカードが手渡された。個人の名前の記載は無いが、表には”No5 来賓”と記載されている。カルロの説明の通り、城に入るだけでなく、多少の城を見る事が出来るようだ。一市民にとっては破格の対応であろう。
「今日は顔見せなのでこの位で。明日も登城して欲しいのだがいいかな?」
「ええ、構いません」
午前中の速い時間に来て欲しい事など、二言三言話をして今日は終わったのであった。
この後、いろいろな事がわかってくるのだが、それには数か月を要したのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
執務室に帰ったカルロは”ふぅ~”と重い溜息をついた。
後は調査次第でどうするかだが、すぐには結果が出ないだろうから任せるしかない。
執務室を入ったドアの前で思いを巡らせていた。
静かな部屋は何かを考えるには具合が良い。
だが、静けさを打ち破る、
「カルロ~、”ゴンッ!”聞いて聞いてよ~」
勢いよく開けられたドアはカルロの後頭部を直撃し、頭を抱えてその場に倒れ込んだ。考え事をしているところへまさかの一撃を喰らうは思いもしなかった。
「あれ?何してるの?」
見事な金髪縦ロールで胸元が開いた白いドレスを着た女性がドアノブから手を放さずカルロに声をかけている。まさか自分の開けたドアに当たったとは思ってもいないようだ。
それほど急いでいたのかもしれないが、
「姫様はもう少しお淑やかにしていただかなければ、嫁に貰ってくれる殿方が現れませんぞ」
後頭部を摩りながら立ち上がり、姫様と呼んだ女性に小言を言う。流石のカルロも後頭部を強打された後あので呟くような一言になってしまった。
「それはいいけど、聞いてよ」
それは急いでいて”姫様”と呼ばれるにはふさわしくない口調で。
「昨日ね、強い女の子見つけたのよ。私よりずっと強くて、凛々しいの。勝負して負けちゃったけどね」
「それは何処で見つけたのですか?」
笑顔でいた姫様が不思議な顔となる。口にしてはいけない事をうっかりと口にしてしまった。この事を知っているのは侍女だけ。それに気が付いた時はすでに遅かった。
「それは、その……え~と」
「姫様!!」
「あははははっ」
何とか誤魔化し話題を変えようとしたが言葉が浮かばない。笑って誤魔化す他はないと笑い声を出すのだがそれは後の祭りであった。
「これだから姫様。城を抜け出して歩き回るなど許されるとお思いですか?何ですか騒々しい。少しは落ち着いてください」
「はい……」
この後、カルロの小言が小一時間にわたって姫様に浴びせられるのであった。懲りない姫様は小言の間、またどのように城を抜け出そうかと余計な考えを巡らしていたのだ。
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