第二十三話 報告と戦乱の影【改訂版1】

2019/07/02改訂


「見た事の無い二足歩行の化け物がこっちへ来るぞ。総員、戦闘準備!!」


 単眼鏡片手に見張りをしていた兵士が鳴子をけたたましく鳴らしながら大声で叫んだ。

 見た事が無く、ベルヘン周辺では存在しない大型の獣、蜥蜴の化け物が一体、ゆっくりと砦へと向かい来る。


 鳴子の音を聞き、ベルヘン前衛砦は大騒ぎになっていた。

 不明になった二十名が帝国の兵士にやられたと噂になり、目前に人よりも巨大な蜥蜴の生物が現れたとあれば冷静でいられるはずも無かった。


 たった一体だけとは言え、どのだけ被害が出るのか、わかるはずも無いと持てる攻撃力の全てをぶつけようと兵士達を配置に就かせる。

 兵力の逐次投入など、下策を取る真似などしないのだ。


 兵士達が配置に就いたその時、鳴子の鳴り方が変わり見張りの兵士が再び叫んだ。


「少し待て、そのまま待機!」


 見張りの兵士は単眼鏡を通して、化け物と談笑する人の姿を見ていたのだ。それに驚き、砦長に判断を仰ぐべく伝令が砦の中を駆け回ったのだ。

 その報告を受け、”何かが違う”と状況を把握するために偵察することを決めた。


「数名、偵察に出ろ!」


 砦長か命令を下すと、数騎の軽装鎧に身を包んだ兵士達が長槍ロングスピア片手に颯爽と砦を発進して行った。

 彼らはただの偵察部隊ではなく、長槍を使わせたら一騎当千の強者つわものであった。単騎で敵陣に突っ込み戦果を上げられ、しかも命令一下一糸乱れぬ動きをする。


 そんな彼らに強硬偵察を行わせたのだ。”何かが違う”との勘をすぐさま解き明かしてくれるだろうと期待するのだ。


 しばらくすると偵察に出た半分が砦長の下へと帰着すると、見聞きした事柄を報告していった。


「戦闘準備は解除する。普段の持ち場に戻れ」


 砦長の命令が砦に広がる。

 その声を聞き、戦闘にならずに済んだと、”ホッ”と胸を撫でおろしていた。

 だが、砦長は命令と相反する命令を見張り数十人に出し、不測の事態に備えようとしていた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「まもなく到着か。ずいぶんな歓迎の仕方だよなぁ……」


 前衛砦では戦闘準備が解除されていたが、蜥蜴人リザードマンが暴れて被害を出してはならぬと、数十人の兵士が長槍片手に遠目にスイール達を見ていた。

 それに対し、帝国兵を捕まえて来た功労者にこの歓迎は無いだろうとエゼルバルドが不満を漏らしていたのだ。


「そう言うな。これだけの人数に、蜥蜴人リザードマンが見えるんだ。軍としては当然の対応だろう」


 文句を口にするエゼルバルドをスイールがなだめる。

 誰かが先行して砦長などに知らせておけば良かったのだが、それが出来ない事情もあった。雨の中を平然と進む蜥蜴人を誰が止められると言うのかと。


 本来なら、見知らぬ化け物や帝国兵が前衛砦の前に急に現れれば戦闘体勢を取らねばならず、無駄骨を折ったと砦の兵士が怒るのが筋であろう。


「エゼルよ。そう、不貞腐れるな。こうして一緒についている兵士もいるのだから」


 ヴルフも同じようになだめる。エゼルバルドが引いていた帝国兵の綱を砦から来た兵士が下馬までして引いてくれていた。それは、ヴルフが身分証を見せ、自らを名乗った事が大きかった。

 トルニア王国の兵士達の間には十五年も前に起きた戦争でのヴルフの活躍がいまだに伝えられていた。

 自らの身分を明らかにし、アイリーンを背負子で背負っているヴルフに言われては文句を返す訳にもいかず、気を取り直すしかなかった。


「早く屋根のある所で休みたいわね」

「ほんと、足もいたいし、お尻も痛くてたまらないわ」


 ヒルダとアイリーンは仲良く雨の降込まない屋根の下でゆっくりしたいと顔を合わせていた。いつの間に仲良くなったのかと疑問に思うが、アイリーンの怪我を見ていれば自然と仲良くなるのは当然と言えよう。

 その会話に気が付いた兵士の一人が気を利かせて話に割って入る。


「この後、砦長へ紹介しますので、城門を潜ったらそのままでお待ち下さい。生憎の雨ですが関係者以外の出入りは禁じておりますので、それだけはご了承ください。勝手に歩かれては保証をしかねますので」


 それは仕方ないと一斉に頷いた。

 彼らの横にいる蜥蜴人も首を縦に振っていた姿は滑稽に見えるのであるが。




 そして、遠巻きに視線を向ける見える兵士達の視線を浴びながら、空堀にかかる跳ね橋を渡り、砦の門を潜った。

 小さな砦と高を括っていたが、通り抜けた防壁の厚さはブールの街の倍もあった。これだけ守りが頑丈であれば、難攻不落の要所と見ても間違いないだろう。ただ、規模が小さいので、前衛砦としか今は活用できていない。


 砦の中へと足を踏み入れると、別の兵士達が整然と並び鋭い眼光を向けて睨んで来た。

 すでに偵察の任を終えて報告した内容に、ヴルフの存在を知らせていたのだが、睨みを利かせていた兵士達は”偽物なら討ち取る”と息巻いていたのだ。

 だが、彼らの中央で雨に濡れながら平然としているひときわ立派な男が”あれは本物だ”と告げた事により、一触即発の雰囲気が解放されたのである。


「おぉ、本物のヴルフ様ですな。あの戦いが終わった時に、遠目に見た事はあったのですが、こうしてお話しするのは初めてです。私はこの砦長をしております、【ゼップル】と申します」


 ヴルフより数歳年上の砦長が軽く頭を下げながら、何処で見たのかと口に出した。ヴルフの所属していた騎士団も生き残っていた方が少ない、あの戦いの生き残りであった。


「ワシの顔を知っているのか?それは自己紹介が省けてありがたい。今は騎士でも何でもない一般人なので、そう畏まらないで欲しい。それはともかく、この帝国兵達を正式に預けたいが、宜しいか?」


 猿ぐつわをされ、雨を滴るほど浴びながら歩いてきた帝国兵に顔を向けた。

 軍事施設に連行されれば、捕虜か拷問による死が待っているのだが、暗闇で獣に食い殺されるよりはマシだと、帝国兵達は半分諦めていた。


「ええ、もちろんです。その話は後程聞くとしますので、まずはお話しできる場所へご案内します」


 徐々に強く降り出した雨の中を、このような時にしか活用しない来客用の建物へと案内される。場所は城門からすぐ近くで、隣と表現しても構わない場所である。

 その建物のから先は、覗けぬようにと壁や建物を配して巧妙に隠されていた。

 見られても構わぬ場所はここまでだと。


 その建物の窓から見える風景は殺風景としか言いようが無く、明かり取りに設けられてただけだ。さらに窓には鉄格子がはまって、一か所からしか出入りは出来ない。

 それに、出入りの扉は鋼鉄製で、簡単には破壊できない。軍事施設と考えれば、しごく当然だった。


 来客用の部屋にはスイール達だけでなく、天井に頭を擦りそうになっている蜥蜴人も一緒に案内されていた。兵士達に被害を与えた帝国兵が話の中心になるが、単騎でも脅威となる蜥蜴人も当然ながら話題に上らざるを得ないだろう、と。


 部屋の中は窓から見える風景と同じく、殺風景の一言に尽きるだろう。

 簡単なテーブルと座面にクッションもないシンプルな椅子が所かまわず積み上げられていた。


 椅子に自由に座るようにと促され、砦長であるゼップルに相対するようにスイール達はテーブルに付いた。

 背の高い蜥蜴人は座るのには椅子が無いらしく、床に腰を下ろし胡坐をかいていた。


 ゼップルの周囲には手練れの兵士が数人控えている。さらに、部屋を出た場所には数十人単位の兵士が何時でも踏み込める様にと待機している事であろう。


「皆さま、お疲れでしょうがお話を聞かせて貰って宜しいでしょうか?」


 ゼップルの横に陣取って、何も書いていない紙の束を目の前に置いている男が司会者よろしく淡々と話し始めた。実際に司会進行と書記を兼任していると一目で見て取れ、大変な仕事だなとスイールは同情の目を向けた。


「それでは……」


 司会者がペンにインクを付けたのを見て、ヴルフ達は順序立てて話し始めた。


 とは言え、話に難しい事は一切なかった。

 この周辺にトルニア王国が管理せず放置されている地下迷宮がある。

 一攫千金を狙うトレジャーハンターや探検好きの旅人が良く入る場所であり、ヴルフ達も旅の途中で面白い場所をエゼルバルドとヒルダに見せたいと立ち寄ったのだ。

 だが、そこには蜥蜴人リザードマン達がすでに住み始めていて、帝国兵が地下迷宮に入り込んだ事で返り討ちに遭ったのだ。


 特に蜥蜴人達はディスポラ帝国に住んでいたのだが、迫害を受けて新たな移住地を求めて移り住んできたのだ。そこへ盗賊まがいの事をしていた帝国兵を見つけ、積年の恨みとばかりに返り討ちにしたのだ。

 その後、拠点の守備に残っていた帝国兵達を制圧し、今に至る。

 時折、蜥蜴人の甲高い片言の言葉が入り、多少コミカルな話し合いとなった。


「ま、そんな所であろう」

「なるほど……帝国の兵士共か。噂の真相ってヤツだな?」


 帝国が動き出すのではとの噂とトルニア王国の深い場所で帝国の兵士がいた。その二つを結び付けぬのは可笑しな話であろう。

 そうする事で様々な見方が出来るのであるが、その最たるものは噂が真実味を帯びてくる事であろう。


「噂が本当だと仮定すれば、国境より離れたこの場所で事を起こすことが重要になってくるのは目に見えている。重要拠点へ兵士を集め、この場所を守備させる。そうすれば前線へ送る兵士の数は少なくなるだろう。また、有能な指揮官をこの地に釘付けにし、前線へは別の指揮官に対応させる。そうすれば帝国の勝利する確率は上がる」


 ゼップルの予想に”ふむふむ、なるほどな”と、相槌を打つのはヴルフとエゼルバルドの二人だけだった。ここにいる他の者達は顔を見合わせて、妄想ではないかと呟いていた。


「まぁ、その事についてはこちらで処理するので忘れて構わないぞ。覚えているからと言って、徴発するなどありえんから心配しなくてもいいさ」


 そして、側付きの兵士を呼び耳元で幾つかの指示を出して、部屋から送り出して行った。


「さて、こちらは以上だが、そういえばその蜥蜴人リザードマンは如何するのだ?」


 ゼップルは”はぁっ”と溜息を吐くと要件は全て済んだと話を振って来た。

 それに、スイールとヴルフが”やっと話ができる”と安どの表情を見せた。二人の気がかりは当然ながら多数が地下迷宮に住み着いている蜥蜴人の事である。


「ええ、それをお願いしたいのです。例えば住む場所とか……」

「帝国兵を打ち取っているんだ。少なからずとも、トルニア王国の戦力増強や守勢に良い影響を与えるのではないか?」


 スイールとヴルフは言葉を選んで、蜥蜴人の安寧を願い出た。

 住む所さえ如何にかなれば、彼らは独自に糧を求められるだけの力を持っている。それもあって、許可はすんなりと出ると見込んでいた。

 だが、トルニア王国の人々に蜥蜴人は見知った存在ではない。その巨体さ故に色眼鏡で見る者が多数現れると予想できる。

 そこで、トルニア王国に利益をもたらす存在であると宣伝してみればと提案してみたのだ。


「それに……」


 二人の話にエゼルバルドが口を挟んだ。


「それに?」


 経験豊富な二人の会話に割り込んで来た、少年と見まがう容姿を持った一人をゼップルは興味を持って聞き返した。


「帝国から亡命者だと宣伝できれば、帝国の戦力にもくさびを打ち込めるのでは無いでしょうか!」

「!!」


 まさか、こんな子供が大人顔負けの提案を出して来るとはと、ゼップルは戦慄を覚えた。

 トルニア王国はともかく、帝国と隣接しているスフミ王国は、常に帝国からの圧力を受けており、莫大な戦費を抱えているはずだった。

 その情勢の中、帝国の戦力を削り取れる事が可能なら、財政は楽になり人々の生活も豊かになるだろう。


「それと、帝国には奴隷制度があるのはご存知でしょう。特に人以外の種族は、虐げられています。主に、前線へ送られる兵士として、また愛玩用として奴隷にされているのもいますが。その者達に自分達の安寧の地を得られると宣伝したら如何なるとお思いでしょうか?」


 剣を持って戦に臨む、それが主に訓練で得られたことだ。上に立つ者として初めて戦術や戦略を学び始めたゼップルは、いまだに長期的な戦略を思考するのが苦手であった。

 それ故に、エゼルバルドの口から発せられた提案、いや、戦略を上奏すればどれだけの戦果が手を汚さずに上げられるのか、想像もつかなかった。


「帝国内で内乱が起きる可能性があり、戦力の低下が否応なく現れる、となる訳か」


 何となくだが、考えている事はわかった。


「その通りです。まずは蜥蜴人達に住まいと仕事をお与え下さい。仕事は……例えば地下迷宮の管理ですとか、兵士達の訓練の相手とかで良いかと思います。当人達にその気があるか、尋ねる所からです……ね?」


 そう語り、蜥蜴人を下から見上げる。ピクリとも動かぬ表情に提案が拙かったかと思うが、”うんうん”と頷いているのを見て、反対する気は無いと確信した。


「スメル トコロ モラウ キョウリョクスル。ワレラ テキ コロス」


 蜥蜴人は同胞を殺められ、怒りを買ったディスポラ帝国に弓引くのを躊躇わないと力瘤を作ってみせた。


「追加しますが、ここまで帝国兵が入り込んでいるのですから、スフミ王国への侵攻作戦は現実のものとなるでしょうね」


 確実に戦争になると、エゼルバルドは大風呂敷を広げて見せた。


 この後、大風呂敷を広げてはいないと証明されるのであるが、それはもうしばらく後の事である。


「それならば、それを説明し、戦争に備えるように上申しよう。だが、私からの報告だけでは何処まで話が通るかわからん。ベルヘンの隊長から報告して貰うようにしよう」


 ゼップルはそこまでの話を纏め始めた。

 横にいた書記の紙の束とペンを奪うと、それにインクを付けてペンを走らせ始めた。それは見た事も無い速度で、しかも大量の文字をである。


 それから、どれ程経ったであろうか。

 スイール達が見守る間に、十数枚に及ぶ紙の束が出来上がった。

 それをクリップで留め、書類ケースに入れると封印を施した。

 封印には砦長であるゼップルが最後に印を入れる。


「では、この書類の束を預ける。ベルヘンの隊長に直接渡してくれ。それと……」


 扉の外で控えていた兵士を呼び寄せ、重要書類だと言い含めて手渡す。

 今後のトルニア王国の運命が、いや、この大陸の運命が掛かっていると、耳元で話したのだ。

 そして、もう一つ兵士に役目を与えるべく声を大きく出して告げるのだ。


「馬車の使用を許可する。この者達をベルヘンへ連れて隊長に会わせて参れ。怪我人がいるので気を付けるようにな」


 スイール達に”ちらり”と視線を送りながら兵士に言い含める。

 実のところ、この砦には一般人向けの宿泊施設は無いのだ。帝国兵を捕まえ歓迎したいと考えたが、それすら出来ぬ砦よりは馬車であっという間に到着するベルヘンへ送り届けた方が良いだろうと考えたのだ。


 だが、蜥蜴人にはベルヘンへ向わせるよりも、この砦で一度受け入れるべきと考え、彼に向かって歓迎の意を向けるのだ。


「蜥蜴人はお仲間を連れて砦に来るがよい。歓迎するぞ」


 迎えは出す訳にいかぬが、そちらから来るのであれば歓迎すると伝えたのだ。半分だけでも好意的にしようと考えた結果であろう。

 それは、虐げられてきた蜥蜴人にとっては、とてもうれしい措置に聞こえ、喜び勇んで仲間を迎えに行くのであった。




 ディスポラ帝国、スフミ王国、そしてこのトルニア王国をめぐる歯車は一つの方向へと回り始めた。

 今回の一件は、一地方で起こった他愛のない事件であったが、これから始まる大きなうねりの中を進むことになるだろう。止める事の出来ない運命と共に。

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