第十八話 兵士たちの受難【改訂版1】

2019/6/15改訂


「はぁはぁはぁ……。何人、無事なんだ?」

「皆、はぐれてしまって無事かどうかわからん」

「部隊には二十人もいて、残ってるのはオレとお前だけって、どうなってるんだ?」


 街道から離れ、森の奥を泥だらけになって走っていた。鬱蒼うっそうと茂る木々が二人の行く手を阻んでいるが、逆に言えば二人の姿を隠しているとも言える。しかも日が暮れて森の中は真っ暗だ。

 訓練で毎日身に着けている鎧が重く圧し掛かる。体に馴染み一部となったかと思っていたが、今はただの重りだ。一歩一歩進む度に、百倍の重量がかかっていると感じる。


 握っている短槍ショートスピアは武器の役割を果たさず、辛うじて体を支える杖となっていた。このショートスピアが無ければ、何処で倒れてしまったかわからないだろう。


「街道からかなり離れたから大丈夫と思うが……。あいつら、追って来るかな?」

「どうかな?簡単にあきらめるとは思えんが」


 亀の歩み程度の速さだが、足を止める訳にはいかない。彼らの体力は、だんだんと尽きかけ、今は精神だけが原動力だ。何としてもこの情報をもたらさなければ、と。


 二人は警備と偵察を兼ねた二十人部隊の一員であった。いつも通り、何気ない歩哨の任にあたり、いつも通り交代まで欠伸をしながら非生産的な話をしているだけだった……はずなのだ。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 それは数時間前のにさかのぼり、二十人の部隊が街道を進み、任務の地まで移動中にそれは起こった。


 士気も高く一糸乱れずに行進する、その姿はまさに精鋭。村人や街道を通る旅人から見ても頼もしい存在だった。右手に川面、そして左手に深い森の間を抜けて行く。歩哨の地までベルヘンから北へ向かって半日と少しの距離だ。


 彼らは、何もない事に慣れすぎてしまったのか、突然の襲来に対応が遅れた。まさに奇襲と言っていいだろう。敵は左手の森の中から襲い掛かった。

 次から次へと矢が放たれるが、兵士達が身に纏っている硬い鎧を通すことは出来ない。

 その後、数騎の騎馬を繰り出され、兵士達は蹂躙され、隊列が乱れてしまう。


 遠距離からの攻撃と速度のある攻撃と、二つを効果的に組み合わされて、だ。


 敵の武器は、厚い装甲の敵を考慮して軽棍ライトメイス戦槌ウォーハンマーを装備していた。刃物による攻撃は無視で来たが、速度を乗せられた重量級の打撃武器では鎧の恩恵も少ない。


 さすがの兵士達も初手は劣勢であったが、数人が軽い打撲程度で耐えて騎馬の攻撃を避けつつ森の奥へと入り込むと、矢を放ち続けている敵に反撃の手を伸ばし始めた。兵士達は短槍ショートスピアを振るい、あと一歩の間合いまで近づくが、それは無理であった。敵はこうなる事を予測し、弓隊の前に罠を仕掛けてあったのだ。

 弓隊の前に泥濘を作り、草をかぶせ落とし穴を作り上げていた。そこに重い鎧を付けていた兵士達は足が取られ、その場で身動きが取れなくなる。満足に身動きが取れない兵士に向け、鎧の継ぎ目からナイフを入れられ、一人、また一人と命を散らせて行った。


 街道には打撃武器を持った騎馬が、森には罠を仕掛け森林攻撃に特化した敵が。どこにも逃げ場はないはずだったが、泥濘に捕らわれなかった兵士数名が一瞬の隙を突いて、敵の包囲から抜け出す事に成功した。

 それでも一人も逃がすまいと敵が迫る。


 二十名の兵士が数名になり、さらに追手の手に掛かり一人、また一人と脱落し最後は、たったの二名が残るのみとなった。当然、隊長真っ先に目標にされ、すでにこの世にいなかった。

 最後の力をふり絞り、唯一、魔法が使える一人が目くらましの魔法を発動させるとその有効な時間を利用して、森の奥へ、奥へと逃げ、敵を振り切って隠れる事に成功した。


 泥濘よりも少し深く、細く流れる岩場の中を流れる小川に入り込み、足跡が消えた事が幸いしたのだろうか?しばらく待つが追手が現れる気配はない。


 念のためにと所持していた不味い固形食糧を口にする。肌色でいろいろな食材を混ぜられ固められたそれは、ただお腹がふくれるだけで味もそっけもない。さらに口の中の水分をすべて持っていかれ、水なしには飲み込む事すら不可能だ。

 だが、水は足もとに大量にあり、飲み込む事だけはなんとか出来た。


「オレ達は何処にいるんだ?もうすぐ暗くなるぞ」

「空さえ見えない場所でどうやって帰ればいいんだ?」

「何とか方角がわかればなぁ……。そうだ、切り株は無いか?」

「切り株?そんなの見つけてどうするんだよ」

「お前、知らないのか?切り株を見れば方角がわかるんだよ」

「そうなのか?」

「そうなのか?って何も知らないんだな。まず、切り株を探せ。そしたら説明してやる」

「おう、わかった」


 木の成長速度は南側が大きく成長し、年輪の幅が広くなる。逆に来た側はあまり成長が無く、年輪の幅は詰まる。その為、切り株を見れば方向がわかるのだ。

 だが、年中温暖な場所や気温が低い場所などで、その見方が出来ない場所もあるので注意が必要である。


 ~~閑話休題~~


「よし、北はわかった。オレ達は南に向かえばいいな」

「後は歩くだけか……。辛いな、街道に出られないのは!」

「オレ達を襲ってきた敵に見つかるわけにはいかないからな」


 そして、彼らは短槍ショートスピアを杖代わりに、森の中を南に向かって再び歩き始めるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 先程の二十人の部隊が向かうはずだった歩哨の地では、交代要員が到着せぬと上を下への大騒ぎとなっていた。


 雨が降ったとしても道中の遅れは一時間程度。日がどっぷりと沈み、辺りが見えなくなるまで待っても現れぬのは、その道中で何かあったと結論付けられた。

 だが、何も見えぬ手探りの様な闇夜を探し歩くのは、ミイラ取りがミイラになる様なものだと一様に反対された。その対処として、この地をを通る何者も、例外なく通さぬ事になった。


「皆に聞くが、本日の交代要員が到着しない件をどう考える?何かの事件に巻き込まれたのではないかと考えるのだが……。時間が無い、率直な意見を求める」


 歩哨の地は千人程度で守備している砦なのだが、守備の隊長が幹部を集めて意見を聞いていた。盗賊どもが出没している噂は聞いているが、正規の兵士を相手にするとは考えられない。

 その勢力が二十人程の隊を殲滅できるのであれば、この砦にも襲い掛かってくる可能性も捨てきれないと考える。だが、砦を千人もの兵士で守っていれば、それもあるまいと、意見が行ったり来たりしている。


「隊長、私はよからぬ事が起こる前触れではないかと考えます。ここからは遠いですが、帝国が動くとの噂も入っており、呼応して盗賊どもが暴れ出したのではないか、と。噂は噂と切り捨てられぬと今は思いましたので。その前触れの何かに巻き込まれたと予測できますが、どこでどうしているかは予測できません」


 兵士達、それもこの砦の幹部まで知っている噂となれば相当広がっているだろう。その情報は噂にとどまらず、国の諜報機関も探っているはずで、角度の高い情報となっているはずだった。


「なるほどな……。やはり何かに巻き込まれたか。他に意見はあるかね」


 見渡す限り、何かに巻き込まれたと考えている者が殆どだった。”うんうん”と皆が一様に頷いていた。


「よろしい、明朝から捜索隊を出すことにする。何が起こっているのかわからん。二百名ほどで捜索を開始する。同時にベルヘンへの早馬を出せ。二方向から二名ずつ、四名で当たるように。本日は以上だ。では解散」


「「「「「はっ!!」」」」」


 出席していた幹部は立ち上がり、そろって敬礼をすると会議室から退出して行った。


(何にしても無事でいてくれ。神がいるのなら)


 隊長は天に祈りを捧げるのだが、彼の願いは神には届く事は無かった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 木々の間からうっすらと弱い光が漏れ入ってくる。全てを飲み込む漆黒の闇から、解放される時が迫ってきた。獣達の縄張りに踏み込んでいたとはいえ、襲われなかったのは幸運であった。怪我を負っていたら、血の匂いを頼りに獣達が襲い掛かって来たであろう。体力の消耗は激しいが怪我をしていない事が幸いした。

 更にいえば小川に入り込み、匂いが消えた事も幸運だった。


 体力の限界、いや、限界はとうの昔に超えている。

 それでも足を止めずに進み続ける。


 彼らの意思を全て無視して、終わりは唐突に現れた。まるで神様が筋書シナリオを書いているかのように。

 薄暗い森の先に見えたかすかな光が徐々に強くなる。森が開け、”サンサン”と空から光が降り注ぐ。暗がりに慣れきった彼らには眩し過ぎた。腕を目の上に掲げ使い眩惑する視力を和らげる。


 なんとも懐かしい光景が現れた。

 それは幻か、蜃気楼か。神様のいたずらなんかではなく現実にそこにあるのだ。

 眩しい光に慣れ始めた彼らの前には懐かしい景色、昨日までいたその場所、ベルヘンの防壁が見えていた。


「おい、助かったぞ」

「あ、あぁ、何とか助かったな……・」


 体力の限界か、気力が尽きたのか、森を出て街道一歩手前に彼らは崩れ落ちるように倒れ込んだ。あぁ、夢では無い、神様に感謝しなければ、と。




 ふと、気が付くと、視線の先には太い木が横たわり、木板が整然と並んでいる。何を見ているのか、それがわかるまでしばらくの時間を要した。それが、見知らぬ天井とわかると、重い体をゆっくりと持ち上げる。

 あんなに重く、体を痛めつけていた鎧もすでに脱がされていた。さすがにシャツや下着はそのままで全裸にされなかったのは感謝すべきなのか?

 手から柔らかな布の感触が気持ちよく伝わる。なんて心地良いのだろうか。


 顔を動かし周りを見渡すと、どこかの部屋に入れられて、隣のベッドでは一緒にいた相棒が静かに寝息を立てていた。部屋の隅には泥だらけで、体を虐めていた鎧が無造作に積み上げられていた。ちらりと見ただけでも泥の間から幾重にも重なった傷が刻まれ、無事に逃げ延びれたと感謝しかない。


(それにしても、ここは何処だ?オレ達はどうなった?)


 唯一のドアを挟んで、かすかな音が漏れ聞こえる。それは徐々にと大きくなり、足音だと認識出来た時には、”ガチャリ”とドアが開かれたのだった。

 そこから姿を現したのは老齢に差し掛かり、良く梳かされた白髪に糊の効いた白衣を纏った、まさに医者ドクターと呼ぶべき風体をしていた。


「おぉ、起きたか」

「あ、ここは何処ですか?」

「ベルヘンの軍病院だ。入院した事が無ければわからんか」

「そうですか、どうも有り難うございます」

「お前たちが起きたら教えてくれと言われてるんだ。寝てていいから少し待て」


 返事も聞かずに老齢と思えない速さで遠ざかっていく。




 それから数分が経ち、彼らの部屋に入って来たのは、先ほどの医者ドクターと、このベルヘンを預かる部隊長だった。実は名前を知らないので皆で適当に呼んでいるのだが。それから、気を失って数時間ほどしか経っていないと説明を受けた後で部隊長が口を開いた。


「ご苦労。かなり無茶したらしいな。オレがわかるか?このベルヘンを預かる【アンガス】だ。」

「ベッドから失礼します。オレ、いえ、私は【オレノ】です。そこに寝ているのは【ニコロ】。二人とも歩哨に向かう途中でした」

「オレノとニコロか。苦労しただろう。あ~、辛いなら寝てていいぞ。口だけは動かして貰うがな!」


 大胆で大雑把、そんな性格だが、指先を見ているともぞもぞと動かし、どこか神経質な面を持っているのかと察した。部隊長とは重責を背負い、簡単には行かないのであろう。


「それで、お前達がこんな所で倒れていたか聞きたいのだが?」


 先程までの笑顔が消え、”キリリ”と真顔に鋭い眼光を向けられる。一つの言葉も逃すまいと猛禽類の顔へと変貌したのだ。


「私の所属していた部隊は二十人で歩哨の地へ向かっておりました。左手に森が現れ、しばらく進んだ時に、森の中から矢を射かけられました。部隊がそれに対応する前に何処からか騎馬が現れ、私達に向かって攻撃を掛けて来られ、皆が混乱していました。ですが、隊長が弓の元を潰すと命令を出して、森の中へと入りました。私は対応が遅れて、一呼吸遅れて森に入ったのですが、先に入った仲間が足を取られて、敵に殺されていきました。私とニコロともう一人でそこから抜け出しましたが、追手を逃れ何とか逃げ出すことが出来ました。ただ、その一人とも、何処かではぐれ、最後は二人になったのです」


 静かに”ウンウン”と頷くだけで一言も発しないが、その状況が整理され始め、様々な状況を考え出していた。顔はさらに厳しさを増し、威圧さえ感じられる。


「その後、夜通し森の中を抜け、ベルヘンの郊外へと戻ってまいりました。獣にも襲われず、幸運でした」


 説明していたオレノの声が震えだし、最後には目から涙を流し始めた。よほど悔しかったのだろうと静寂が部屋を支配をする。

 だが、その静寂もすぐに壊されてしまった。


「部隊長!早馬が来ました」


 ドアが”バーン!”と開け放たれた。病院である事をまったく考慮せず音を立ててしまい、廊下の先から”病院ではお静かに!!”と大声で怒鳴る声が聞こえたが、どちらが迷惑なのだろうかと不思議に思う程だ。

 だが、ここにいたすべての人はそれを予測していたのかドアの方を向いただけで別段驚く事は無かった。だが、今まで寝ていたニコロだけは、”何だ?何が起こった”と目を覚ました。


「ここは病院だぞ、こんな時だからこそ冷静になれ!」


 アンガスは入ってきた兵士に一喝した。


「申し訳ございません。歩哨の砦より早馬が参りましたがいかがいたしましょう」


 急いでいた事を注意されたが、その後は気を取り直したのか伝令の仕事を忠実にこなす。


「ここへ来させろ。おそらく、こいつらと関係があるだろう」

「はっ、承知しました」


 そして直ぐ、先ほどの伝令が早馬の兵士と共に病室に入ってきた。早馬の兵士もかなり急がせたらしく、汗がまだ引いていない。

 だが、その顔がオレノとニコロ見て安らいだように見えた。いや、それは気のせいだったかもしれない。


「昨日、交代要員で二十名、砦に来る予定だった物が見えません。それを報告に上がったのですが……。もしかして、こちらの二人はその者達でしょうか?」


 アンガスがその報告を聞き、首を細かく縦に振りながら


「そうだ。他はわからないが、二人だけだ。こいつらから聞いた事によると半分はもう駄目だそうだ。盗賊ごときに恥ずかしい限りだ」


 その言葉にオレノと起きたばかりのニコロが何かを感じた。

 いや、アンガスの言葉が間違いだと気が付いた。

 盗賊ごときの動きではなかった。あれは間違いなく鍛えられた兵士の動きであった、と。


「恐れながら、盗賊との言葉、訂正を求めます。私達が戦った相手は、動きからして盗賊ではありません。間違いなく、戦闘を意識し訓練された者達の動きでありました。そうでなければ、罠を仕掛けたり、兵士を打撃武器で殴り掛かりはしないでしょう。それに騎馬の動きも効果的過ぎます」


 オレノが恐る恐る、アンガスに意見した。だが、その言葉こそが、これからの行動を決めたのだ。


(トルニア王国の後方で、鍛えられた兵士を持って撹乱すると、どの国が一番利する?スフミ王国は同盟だ。他の国は攻めてくる理由も無い。それであればスフミ王国へ攻め入るための布石となるか。それなら理由もわかるし、そうするのはあの国しかない)


「はぁ~、まったく。どこまでも厄介ごとを持ち込むな、帝国は。よし、方針は決まった。国内に入った帝国兵狩りだな。お前たちはそのまま寝てていいぞ。しばしの休みをくれてやろう。さて、忙しくなるぞ」


 アンガスは頭を掻きながら立ち上がり、意を決したように毒の効いた言葉を発した。

 彼の眼光はさらに鋭くなり、獲物を見つけた獣の様な気配を纏った。

 手に負えない獣を前に、その場にいた者たちは震えあがるしかなかった。

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