第十五話 河の向こうへ【改訂版1】

2019/6/15改訂


 ”ザァザァ”と冷たい雨が降りしきる中に二つの人影があった。

 外套のフードを深くかぶり、顔を濡らさぬように注意しながら、人通りが少ない道を歩いて行く。先日からのピラゲーター事件により、船着き場へ向かう人の数もまばらだ。渡し船が再開されたとの情報は未だに入っていない。

 もし運航が再開されていれば、雨が降ろうが槍が降ろうが河を渡る人々が途絶える事は無いはずだった。


 そして、二人は船着き場へと到着した。


 乗船券売り場は文句を叫ぶ人々でごった返しているかと思ったが、その予想に反し人の姿はまばらで、平静ささえ伺える。先日の騒動がまるで嘘のような光景だった。

 数日、運航しない状況に、諦めた人の行く末がこうなるのかと考えると不安が募るのである。


 乗船券売り場を越え、まばらな人の中にようやく目的の人の姿を捉える事が出来た。


「やっと見つけたよ。おはよう」

「やっほ~!」


 二つの人影、エゼルバルドとヒルダが良く知る人に、何時もの如く軽い気持ちで声を掛けた。


「おう、お前達達者だったか?しばらくぶりか」

「無事に帰って来ましたね。どうでしたか護衛の仕事は?」


 四日ぶりに会った二人はいつも通りだった。スイールの過保護的な干渉ぶりは変わっていないようで安心したが、その反面、煩わしくも感じた。


「無事に終わったけど、まぁ、ちょっといろいろと」

「うん、いろいろ……」


 エゼルバルドとヒルダは明後日の方を向きながら頬を”ポリポリ”と掻いて、バツが悪そうに答えた。何かあったと暗に示しているが、それが何かを聞くのは野暮だとスイールはそれ以上の詮索をしなかった。

 ただ、スイールには二人の距離が少しだけ縮まっていたのは感じる事が出来た。親馬鹿だからなのか、かわいい義理の息子達だからなのかはわからないが、彼の直感がそう告げていたのだ。


「こちらも上手く終わる事が出来ました。ですが、早く終わりすぎて時間を持て余してましたよ。それでは無事に揃いましたし、再開するのかを聞きに行きましょう。渡し船が再開されると、いいですね」


 スイール達が乗船券売り場に向かおうと振り向いた時である。彼らの視線の先に渡し場の従業員が何かの看板を手に持って出て来たのだ。

 この日の朝に乗船券売り場に出されていた看板は”本日未定”と書かれていたので、それ以外の看板を持ち得ていたと予想し、期待をしていた。


「大変お待たせしました。本日、お昼の便から運航再開します。ようやく安全が確認取れました。乗車券をお買い求めの上、時間までしばらくお待ちください!!」


 なんともタイミングの良い再開だった。だが、目の前の状況は一気に悪化したのだ。

 数人しか見えなかった乗船券売り場に向け、一斉に人々が殺到し始めた。誰もが真っ先に渡し船に乗り、対岸へと渡りたいのだろう。

 だが、スイール達のいるこの場所は、乗船券売り場の目と鼻の先でイニシアティブを取り易かった。


「では、混乱する前に、乗船券を買いましょう。四人行っても混むだけです。エゼルバルド。お願いします」

「任された!!」


 バックパックをスイールに預け、殺到する乗船券売り場に向け駆け出す。

 そこには、大人しく並んでいるだけでなく、割り込みなどをする色々な者達がいるのだ。だが、エゼルバルドはそれを意に介さず、殴って来るならず者達を殴り返し、割り込み等のズルい真似をする者達を投げ飛ばす。誰が始めに暴力を振るっていたかわからない程に。


 エゼルバルドはこの様な連中に手加減をすることは無い。いや、あえてしていないと言うべきだろう。正直者が馬鹿を見る、そんな光景が嫌いなのだ。特に、女の武器を使う嫌らしい相手には特にである。服の首元を掴むと、”ポイッ”と投げ捨てるのだ。


 その後、乗船券を買えた頃には、購入する列とは別に、死屍累々と呼ぶにふさわしい倒された人の山が、そこかしこに出来ていた。男も女も区別することなく、不正や暴力を使った者達だけの山が、である。


「おう、あんちゃん、良い投げっぷりだったぜ。思わずスッとしたぜ」

「ありがとうね。買うのが早くなったよ」

「あんちゃん、容赦ないな。オレッちの娘にちょうどいいぜ。婿に来ないか?」


 等々、感謝と何故か嫁の話まで出る始末だった。見ず知らずの旅人に向かってそれは無いだろうと思い、嫁は遠慮しますとだけ伝えるとその場からそそくさと立ち去った。


「買ってきたよ。あぁ、酷い目にあった」

「おつかれさま~」

「おつかれさま」

「おう、ごくろうさん。また面白い事してるな。オレが行けばよかったかな?」


 投げ飛ばしている姿を見て、ヴルフが腕をぶんぶんと回し力が有り余っていると周りに誇示している。もし、ヴルフだったら余裕で出来るとはすぐにわかる。だが、やりすぎて一山幾らの大バーゲンになるのは目に見えている。

 この日一番の渡し船の乗船券を手に入れたスイール達は、時間を潰しながら乗船時間を待つのだった。




 乗船時間まで余裕がある中、ヴルフは一人で”ぶらぶら”暇潰しに街中を歩いていた。そして、用もない店舗を覗いては冷やかし程度に会話を楽しんだ。

 それでも旅に必要な食材や調味料などを購入したりと揃える物品は多い。


 店舗を見て回るのは市場調査も兼ねていて、必要な物品が何処で幾らで販売されているかと、調べておけば、これからどれだけの出費が必要になるのかがわかるのだ。

 とは言え、トルニア王国内では価格の変動はその土地その土地で大きく無く、ほぼ一定の価格で扱っている。輸送料がかかる品物についてはその分を上乗せされるのだが、それでも微々たるものである。


 その冷やかしの最中に、何処かから懐かしい気配を感じた。懐かしいと感じてもせいぜい十年ぶりだろう、一度だけ会った事がある、そんな雰囲気だ。

 通りを振り向いて見渡すが、渡し船の再開とお昼の時間が重なり、通りは船着き場へ向かう人の流れでごった返していた。だが、その中に、同じ外套を羽織った集団を見つけ、深く被ったフードから見知った赤い髪が”ちらり”と出て、一人だけ浮いていた。

 その、集団にそぐわない雰囲気がヴルフに感じ取られたのだろう。


「はて、どこかで見た気がするが……?」


 赤髪の人物と何処で会ったか全く思い出せなかった。だが、一度会っていると確信はするのであるが……。


「ま、今思い出しても始まらんわ。因縁がある訳でも無いだろうし」


 ヴルフの考えは半分外れ、半分当たっていた。それはもう少し後に判明する事になるのである。


 ”カーン、カーン、カーン!!”


「おっと、そろそろ時間か?急がないと」


 間もなく渡し船へ乗船開始となる鐘が辺りに鳴り響く。

 出発までは後十五分ほどだ。その船はここから見えていて、歩いても五分もかからずスイール達と合流できるだろう。

 そう思いながら、懐かしい雰囲気との再会を諦め、雨の中をフードを深く被り直し、足早に船へと急ぐ。




 渡し船は全通甲板構造だ。このような上部甲板を持つ船体構造はこの世界では珍しい。何より、運用が難しいのだ。何を目的にしているかによるのだが……。

 この渡し船は、川幅四百メートルの場所を往復するために考え出された。


 実際、河幅がもっと狭い場所があり、橋を通そうかとも考えた事もある。

 だが、容易に大軍を渡らせない様にと、河の上流にはいまだに橋が架かっていないのである。


 それを補うためにと、一度に大量の乗り物をスムーズに乗り降りさせる必要があった。一般的な船ではクレーンなどを使い、馬などの家畜を一頭ずつ、馬車一台ずつ乗せていくが、全通甲板を持つこの渡し船では乗船口こそ高い場所にあるが、そこまでスロープで登れれば、馬車馬と馬車を分かつ事無く、そのまま乗せる事が可能なのだ。

 また、安全のため、甲板の左右には手すりが作られているのも見逃せない。


 その様にして生み出されたのが、この渡し場で使われる全通甲板を持つガレー船なのである。




 船に乗り込むと、しばらくして”カーン、カーン”と鐘の音が響く。出航の時間となり架けられたタラップが”ズルズル”と陸に引きずられ、陸地と船を唯一繋いでいた通路が無くなり、河の中に浮かぶ島となった。


 ”ドーン!ドーン!ドーン!”


 もやいが外され、太鼓の音が響き始めると、船の両舷から掛け声と共に”バシャバシャ”と水飛沫が舞い上がる。大勢の船員が力強く漕ぐオールが推進力を作り出している。

 そして、ゆっくりと船は進み出し、太鼓の音も徐々に早くなる。


 河の中程に渡し船が近づく。

 先日まではここで獰猛なピラゲーターが群れで襲い掛かってきた場所だった。

 そして今は、河面に平穏が訪れており、船がそこに進入してもピラゲーターが群れる姿はみる事は無かった。

 乗船客全員が”ホッ”と胸を撫で下ろした瞬間であろう。


 船は無事に対岸へ渡り着いた。

 太鼓の音が切り替わり、前へ進む推進力を切って惰性で船がゆっくりと桟橋へと滑り込む。”ダダーン、ダダーン”と太鼓が響き、オールを逆に回転させ始め、ブレーキを駆け始める。

 船体が急速に速度を落とし、桟橋に激突をすることなく接岸が完了した。


 もやいが投げられ、しっかりと陸地と結ばれる。

 船の前方に、陸から”ズルズル”とタラップが渡され、ついには陸と船が一体となった。

 ”カーン!カーン!”と鐘の音が響き下船の準備が整うと待ち望んだ乗船客が我先と下船を始める。

 乗船時と違い、下りるだけなのだから急がなくても十分間に合うだろう、とスイール達は先を争う人たちを眺めながら、ゆっくりと下船を開始した。


「やっとラルナ長河を渡れましたね」

「道草を食ったけど、有意義だったよ」

「いいものもらったしぃ~」

「まぁ、そこまで急ぐ旅でも無いしな」


 河を渡っただけで町並や文化など大きく変わる事は無いが、働く人々の中に亜人がちらほらと混じり始める。


 トルニア王国では国家や住人に害を与えない限り、住居の無事や仕事をする事の権利が認められている。ただ、コミュニケーションが取れ、法を守る事が条件である。

 亜人と言ってもドワーフやエルフなどではなく、小鬼ゴブリン蜥蜴人リザードマンなどの人の姿を模した者達である。とは言え、仕事をしている数はそう多くない。

 仕事も接客などではなく護衛や運搬などがほとんどであるが、輸送等は重要な仕事であり、けしてないがしろにする仕事ではないのだ。


 亜人達は街中に住むよりも郊外に独自のコミュニティを持つことが多く、山岳地方に追いやられた様に見えるが、彼らはそこに好んで村を作っているので、うとまれている等無い事を付け加えておく。


 そして、スフミ=トルニア連合と対立する南に位置するディスポラ帝国では、亜人達は人などより二段低い存在としてさげすまれ、戦闘に参加できない者達は奴隷として働かされている。

 ディスポラ帝国で生活できない亜人達は自由を求めてトルニア王国に流れてくる事が多いので、コミュニティができるのである。まれに個体で生活している者達もいるが、それはごく少数だ。




「一つ買いたい物があるから、ちょっと寄っていいか?」


 渡し船から下船した所でヴルフから一つ、申告があった。


「これから行くところなんで、ショベルが必要でな。使わないかもしれないが、あっても無駄になりゃせんのでな」

「何に使うの?」

「それは、行ってのお楽しみじゃ。驚くなよ、わはははっ」


 ヴルフの事だから、秘密にしていてもそう驚く事ではないだろうと考え、それ以上の詮索を止め、楽しみを取っておこうとスイール達は思った。

 だが、ショベルを使うとなれば、穴を掘る以外に用途がないだろうとするのが率直な理由だった。


 そして、ヴルフを先頭にして歩き、生活用品を扱う店舗を探す。先程までの対岸はでは一本のメインストリートがあったが、こちらはその様な通りは無く、ごちゃごちゃと入り組んだ通りが多かった。

 対岸と店舗を比べてみると、生活用品を扱ったり食料品を扱う店舗はこちら側が多かった。場所の性格上、住居が多いのがその理由であるのだろうが。


 そして、入った店舗でも驚いたことに、購入しようとしたショベルの種類が多かった。


 柄がストレートで長い物。先端が平らな物。先端が細長い物。柄が折り畳み出来金属製の物。大きさ、材質、形状、値段も様々だ。

 その中で一般的な、ストレートの木の柄に、先の尖った金属製の匙を持つショベルを選んだ。数があっても無駄なのでそれを一つだけ購入しヴルフのバックパックに固定した。


「よし、これで先へ進めるぞ」

「雨が少し強いですが、進めるだけ進みましょう。次の目的地は四日程かかる予定ですからね」


 昼食代わりのサンドイッチや串焼きを食べながら宿場町を後にしようとしていた。

 本来であれば一度宿に泊まり、翌朝に出発するのが良いのだが、このまま宿場町に留まり余計な事件を起こしたくなかったのもある。


 それに、次の街まで百四十キロ程の距離があり、少しでも早く到着したいと思っていた


「また変なのに絡まれると嫌だからねぇ~」

「護衛対象からなんて、最悪だしね。それに何も言わずに矢を撃ってくる盗賊なんて、風上にも置けないものね」


 エゼルバルドとヒルダは先の護衛での出来事を思い出し、さらに良く聞く物語を引き合いに出しながら会話を楽しんでいた。


「なぁ、わかってるか?盗賊に上も下もないだろ」

「え~、物語に出てくる義賊は上じゃない?」

「そんなのいないぞ。物語の中だけだよ」


 それから二人の会話は、読み聞かせられた物語に移り変わり、雨の降りしきる中を和気あいあいと次の街に足を向けたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます