第七話 盗賊のその後【改訂版1】

2019/6/15改訂


(俺は如何してしまったんだろうか?)


 腕と足を縛られた挙句、弓なりに手足を繋がれ、蝶のサナギの様に動くことも出来ず、ただ冷たい地面に転がされている。冷たく頬を打ち付ける雨が惨めさを助長してゆく。

 そして、地面から伝わる雨水が体を容赦なく濡らし体温を奪い、ぶるぶると寒さに震る。


 唯一動く首を持ち上げ、辺りを見渡すが目の前に生える草が視界を遮る。

 雨に撃たれて揺れ動く草の隙間からの光景に、俺は絶望を覚えた。


 先ほどまで待ち伏せし敵を打倒すはずだった、俺の部下数人が草の上に並べられていた。

 真っ赤な血が雨で流れ出て、変わり果てた姿を晒していた。


(あれが、俺の部下だった者達の姿……。何故こうなった?)


 思えば、二日前のあの男からの依頼が発端だった。商業ギルドに来た四人組(うち一人は女)と、それに接触した者達を排除せよ、と。

 商業ギルドに出入りするくらいだから、排除するのは簡単だろう、と挑発されたのだ。


 俺達の有利になる森の中で、武力による脅しを掛けて人質を取り、交渉で相手を圧倒し金品を奪い女を攫う。

 女は部下達の慰め物として扱った後、他国へ、--まぁ、帝国にだが--、奴隷として売りさばく、簡単な依頼……のはずだった。


 俺の部下達は、それらの仕事に長けている。たった四人の旅人に万が一にも失敗する事は無い。

 人を殺すなど何も思わぬ、いや、人殺しをむしろ楽しんでいる部下達だった。


 女を含む旅人四人など物の数ではない、そう信じていた。

 だが、蓋を開ければバケモノじみた、手の付けられぬ戦闘能力を持ち、交渉する暇も無く俺を含む部下達を蹂躙して行った。


 剣の扱いに多少の自信はあったが、”そんなのは剣術ではない”と蹴り飛ばされて気を失ったようだ。


 不必要に手を出してはならぬ相手に喧嘩を売った結果がこれだった。


「バ、バケモノか……」


 口から漏れた言葉があまりにも醜くかった。




 生かされていた首領の口から漏れた言葉に気付き、何の感情も抱かずに見下ろしながらぼそりとヴルフが呟く。


「気が付いたか様だな?早速だが、お前達の目的と依頼主を聞こうか」


 芋虫よりも惨めな格好の首領にヴルフが質問を投げつける。だが、馬鹿正直に答えるとは誰も考えておらず当然ながら口を割らせる手段を考えていた。


「誰が話すか!死んでも話さん!」

「そうか……。ならば、ここを墓標としてやる!!」


 濡れた地面に転がされているが、首領にも少なからず自尊心があり、”はい、そうですか”などと話せるはずもなかった。

 だが、首領の置かれている立ち位置を考えれば、彼の答えは死に急いでいると見られても仕方ないだろう。


 そんな芋虫の様に蠢く首領に向かい、ヴルフが刀身一メートル以上もある長剣を振り被ると躊躇なく振り下ろした。それは、つい先程まで首領が握りしめ、敵に刃を向けていた愛用の剣だった。その刃が、自らに向けられるなど何の悪夢だろうと思うしかなかった。


 迫りくる刃の余りの怖さに思わず”ぎゅっ”と瞼を閉じ自らの死を待った。

 だが、彼の首に冷たい刃が刺さる事もなく何時まで経っても死は訪れなかった。それは地面に刃が付き立った音が耳に届いても尚だ。


 恐る恐る目を開けると、横たわる彼の首筋に触れるか触れないか、微妙な瞬間で刃が止まっていた。切っ先が首領の後背で地面に突き刺さり、彼の命を奪わずにいた。


 刃を見て全身から冷や汗が流れると共に、生き永らえた事に”ホッ”として気が緩み股間を暖かく染めて行った。


「さて、話す気になったかな?それとも、まだ死にたいか?」


 長剣を振り上げて肩に担ぐと子供を諭すような声を首領に向ける。その裏には”役に立たなければ次は無いぞ”との威圧に襲われる。敵に容赦しないヴルフの残虐さが少しだけ見え隠れしていた。


「ま、待て、話す、話すから、殺さないでくれ!」


 動けぬ首領はヴルフの見え隠れする残虐性に心を折られ、生き抜くためにと自らに言い訳をするのだった。


「さっさと話せばいいものを。とんだ醜態をさらしているものだ」

「本来、我々は何もなければ首を突っ込むつもりは無かったのだが、襲撃されればそうも言ってられぬ。襲い来る力には、こちらも力で対抗するだけだ。さて、依頼者はおおよそ見当がついている。商業ギルドで話した者だろう。それ以外におるまい。それもお前の部下か、利益を同じくする同業者、と言ったところか?」


 ヴルフの影に隠れていたスイールが首領の醜態を見て、ひょっこりと口を挟んだ。

 その後にヴルフが考え付いた予想を口にしたが、驚きの表情をしている首領を見ればそれが正解に近いと確信を得るのである。


「なぜ、そこまで!!」

「いや、それしかないだろう。それとも、これ以外考えられるか?少し考えれば嫌でも思いつく。間抜けなのはどちらか、って事だ」


 小さな村で悪事を働くのだ、数少ない人員をやり繰りせねばならず自然と依頼者が特定される。スイール達が商業ギルドへ立ち寄ってから付け狙われていたのだから、それ以外の選択肢は無いと思えるのだ。


 それをわかったように言葉で表すヴルフは策士の素質有りと言うべき……かもしれない。

 さらに、力で従わせ言葉で追い打ちを掛けられれば、首領は絶望の淵に落とされたと感じたに違いない。


「まぁ、そこまで聞けばいいでしょう。我々はただの旅人ですからね」


 ヴルフはまだ尋問したりないとの表情を見せるのだが、スイールは彼を制止して尋問の終わりを告げた。

 何となく締りが悪いと感じるが、その理由もすぐに知る事が出来て納得をするのである。


 ヴルフを制止したすぐに、相当数の馬が地面を蹴り付ける蹄の音が足元から響いて来た。そして、先頭を走る男がスイール達と寝転がされている盗賊達の姿を視線に納め、驚きと共に話しかけてきた。


「これはどうした事だ。旅人の四人が襲われて殺されているって話じゃなかったのか?状況は逆ではないか!!」


 スイール達は顔を見合わせて戸惑いを見せた。四人が殺されている、とはスイール達を指しているのだと男の表情から見て取れるが、何故、誤った情報がもたらされているのか。それに盗賊達と接敵して村へ連絡すらしていないし、その時間も無いはずだ。


 とは言え、盗賊達が網を張っている現状からすれば、村で暗躍する人達が教えたに違いないと考えるのだが、それについては口を噤むことにした。

 そして、余計なことを口走らせぬようにと首領の口を塞ぎ、知らぬ存ぜんを決め込んで馬上の男へと答えた。


「あの~、何かありましたか?」

「馬上から失礼する。兵士の一人が森で盗賊に惨殺される四人が出ると叫んでいてな。眉唾な話を信じられるかと言ったのだが、早くしないと手遅れになると取り付く島が無く、しょうがないと雨の中、馬を飛ばしてきたのだが……」


 スイールはこの男、すなわち隊長は職務に忠実であり、不確定の情報だが確認せずにいられなかったのだろうと彼の心の内を読み取った。

 そして、兵士達の中に盗賊共の仲間が入り込んでいるのだとも確信した。


 そちらがこうまでして追い詰めたいのであれば、それを逆手に取り追い詰めて差し上げますよ、と考えたのである。


「ご丁寧にありがとうございます。私達はこの通り、無事でございます。それで、その話をしていた兵士とは何方どちらにおいでですか?」

「それがな、”行きたくない、殺される”とわめくもんだから足手まといになりかねんと置いてきた」


 隊長の言葉を聞き、その兵士は盗賊共の仲間であると確定した。


「その喚いた兵士は、この盗賊の仲間でございましょう」


 雨で濡れ、地面に転がって”モガモガ”と喚いている男達を指す。


「私達はこの街道に盗賊が出るなど村の出発時には聞いてもおりませんでした。盗賊共と繋がっているからこそ、盗賊に襲われ人死にが出ると喚き散らかしたのでしょう。でなければ、理由が立ちませぬ」


 それから念の為と、スイール達は身分証とギルドカードを提示して旅行中の一市民であることを証明しようとした。

 そのおかげか、多少話をされただけで直ぐに解放された。


 もし、この場で身分の証明が出来なければ、リブティヒに戻り一か月余りも拘留されていた可能性があった。

 話をしていた隊長の部下をおとしいれるのかと白い目で見られれば当然である。だが、盗賊が生きたまま捕まり、村に協力者がいると証言していたのだから、身分を偽らなければその場でお役御免である。

 この件に関しては、盗賊共に感謝の目を向けるのである。


 そして、スイール達が”もう用はない、行っていいぞ”と告げられたすぐに、隊長にもう一言、二言、情報を話したのである。


「隊長さん隊長さん。その獣道を行くと盗賊のアジトが有るかもしれません。盗まれた金品がどっさりあるかもしれませんよ。それに盗賊達は商業ギルドと繋がっているかもしれません」


 それを聞いた隊長は頭を抱え、苦悶の表情を浮かべる。

 スイール達は頭を抱える彼を見ないように、踵を返してさっさと次の街に向けて街道を進み始めた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「隊長、彼らの話は本当でしょうか?」


 頭を抱える隊長を見て、部下の一人が声を掛けて来た。

 情報をもたらした四人は街道を進み、すでに森の木々の向こうへと消えている。


「それはこれから検証する。とにかく、この状況をどう考えるかだ。見てみろ、四人でこの人数を返り討ちにするなど、あり得ると思うか?あの状況で殺すこともなく、腕だけを切り落とすこの所業、それを二人に行っている。さらに、胴を一刀両断した腕前。俺達が束になっても敵わん」


 盗賊の首領は捕まえてあるが、それ以外の盗賊達は酷い有様だった。首を刎ねられ、腕を切り落とされ、そして、胴を二つに分けられた死体が転がっているのだ。

 恐ろしいと思うのは当然だろう。


「言っておくが、アレを敵に回すんじゃないぞ、喧嘩は相手を見てするもんだぞ」

「そんなもんですかね?」

「そんなもんだ。部下を持つとは、部下を守る為に相手を見極める能力も求められるのだ。お前達も相手の実力を見る目を養う事だな」


 束になっても敵わぬ相手であるが、今は敵ではないとホッと息を吐くのである。




 その後、彼らはスイールに言われた獣道を奥に進み、盗賊のアジトを発見してその中を調べた所、奪われた金品や武器防具、そして食料がどっさりと見つかった。

 その中には一市民が逆立ちしても買えぬ高価な武器や貴金属、そして、何に使うのかわからぬ毒薬や麻薬等も見つかり、あくどい盗賊だったと知れたのである。


 それから調査に数日を要するのだが、盗賊の首領に対し厳しい取り調べが進んで全容が明らかになった。


 判明した事はこうだ。

 まず、商業ギルドへ協力員を潜り込ませる。その中の一人が運良く受付の職に就き、情報を操作できる地位を手に入れた。

 そこで東に向かう商隊の中で襲いやすく、金品を満載している隊に狙いを付ける。

 連絡員を通し、街道沿いの森中で商隊を襲い、金品の強奪と同行する者達を惨殺して行く。うら若き女がいれば慰み者にして、何処かへ売り飛ばされる事もしていた。

 硬貨以外の貴金属、宝石類は彼らのアジトに蓄えられ、その後、換金する予定となっていた。商隊の馬車はアジトの裏で破壊され一部燃やされていたが、ほとんどは放置されていた。

 そして、盗賊に協力している人員も特定され、商業ギルドからは三人、兵士詰所から二人が芋づる式に捕縛されている。


 また、事件を解決に導いたスイール達四人に、商業ギルドから報酬がワークギルド経由で渡される事になった。


 この事件はその後”商業ギルドの陰謀”と称され、小説などになり発売されて有名になるのはまた先の話である。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「このまま行くと次は何処?」


 野営の準備を終え、地図に光を当てながらエゼルバルドが尋ねる。

 朝から”しとしと”と降り続いた雨は小康状態になり、霧雨が外套をさらに濡らす。

 足が止まると肌寒く感じるが、テントで毛布に包まって寝るには気にならない。

 かまどには暖かいスープとようやく出来上がったガルーダの干し肉が串に刺さり、火に炙られて食欲をそそる匂いが漂っている。

 歩き詰め、さらに襲撃も跳ね返し、ようやく訪れた幸せな時間を得れば、行き先が気になるのはしょうがない。


「あと二日半くらいで【ラルナ長河】にぶつかるはずだ。河を渡ってさらに進んで、【ベリル河】を川下へ向かって歩き、【王都アールスト】を目指して行くよ」


 スイールが地図をなぞりながら行先を示す。まもなく行き当たるラルナ長河を渡るには渡し船を利用するしかない。元々、町など無かったが誰かが宿泊所を作り出して、今では立派な宿場町となり大勢の人々が住んでいる。

 また、渡し以外に河下りの乗船場も兼ねていたりもする。


「この辺は大きな街が無かったから、宿場町が作られた今は皆が喜んで利用している。商売人も旅人もそれなりにいるからね。それにワークギルドなどもあるから、何も困ることは無いよ」


 その説明を聞き、”ふむふむ”とエゼルバルドは頷いた。

 河を下れば海に抜けるので、渡し船よりも河下りの船の利用客が多そうだと感じた。


「どうせベリル河沿いに進むんじゃ。その中で一か所、面白い場所があるんだが、寄ってみるか?」


 フードから雨水を垂らしながら、ヴルフが口を挟んで来た。コップには水で薄めた蒸留酒が注がれ、話の途中途中でそれを口に運んでいる。本来は薄めずに口に運びたいのだが、量もないので水割りで我慢しているのだ。元々が濃いお酒なのでこれでも十分楽しめているそうだ。


「地下迷宮があるんだよ。王城では知っているらしいが管理する予定も無いらしく、入り放題になってる。めぼしい物はすでに運び去られた後だし、場所が場所だけに価値はほとんど無い。まぁ、盗賊共が根城に利用している可能性もあるがな」


 隠れ家に丁度良いのだ、とヴルフが恐ろし気に言葉を紡ぐ。半日前に盗賊に襲われ、また盗賊の相手をしなくてはならぬのかと思うと、気が滅入ってしまう。


「まぁ、盗賊が出たところで、それほど脅威ではないから問題ないだろうが。それよりも地下迷宮が半分、地上に出てるんじゃ、面白いぞ」


 面白いと言われれば見たくなるのが人間の性であろうか。

 夢に出てきそうなその迷宮を想像しながら、彼らは眠りに就くのであった。

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