第五話 襲撃を急襲【改訂版1】

2019/6/15改訂


「何も起こらなかったね~」


 太陽が西の空に傾き始めた頃になった。ラドムの工房へ尋ねる時間になり、暇を持て余していたエゼルバルドが”ぼそり”と呟いたのだ。何も起こらぬ方が良いのだが、こうなるとは予想していなかっただけに、多少がっかりとしながら夕日を眺める。

 そして、何気ない観光を終えるとラドムへの感謝の気持ちを買い入れ、工房へと急いだ。


「おう、待ってたぜ!」


 鉄を鍛える音が漏れる工房の入り口で、ここの主人のラドムが”にこにこ”と満面の笑みを浮かべながら待ち構えていた。

 髭面のドワーフがにこにこ顔なのは少し気持ち悪い気がするが、上機嫌なのでそのままにしておく。まぁ、満面の笑みを浮かべているのは、出来上がった品物が満足出来る物との証拠だ。


 そして、工房の中のさらに奥へと四人を招き入れると、早速、出来上がった防具を渡し始める。


「これとこれ、っと。まずは鎖帷子と胸当てだ。そのほかは吊るしで大丈夫だったな?」


 ハンガーに掛かり調整の終わった鎖帷子と胸当てをエゼルバルドとヒルダは受け取り、それをまじまじと見つめる。

 鎖帷子は何処にでも売っている物だが、仕立て直し腰横のベルトで調整出来る様にした

。二本のベルトが通っていて、脇腹への防御力がアップしていた。

 そして、エゼルバルドの胸当てはそのままだが、ヒルダの胸当てはサイズ調整が出来る様にベルトが付けられていた。これはまだ成長するであろう体への配慮である。


「おう、着て見てくれ。きっと気に入るから」


 ラドムが眺めているだけじゃなく、着てくれと催促をしてきた。

 部屋に飾る鎧ではなく、身に着けて初めて役に立てるのだとラドムが言って来た。


 そして、不必要な服を脱ぎ、肌着の上に鎖帷子を身に着ける。緩めの腰回りを脇腹のベルトで調整してピタリと合わせる。鎖帷子の上に厚手のシャツを着て胸当てを着ける。正面は胸から鳩尾みぞおちまでを幾つかのパーツで覆って、動きを阻害させるパーツは一切無い。

 肩のガードはしっかりとしているが大きさは気休め程度である。だが、腕の動作を阻害する事は無いだろう。それに、バックパックを背負っでも邪魔にならない事も重要だ。

 さらに、厚手のシャツは所々がメッシュになっていて熱や汗が逃げるようになっている。


 胸当てを身に着けた後は、胸当てと同じデザインの籠手と脛当てを渡され、再び身に着ける様にと催促される。

 二人は両腕に籠手、そして、両足に膝当て付きの脛当てを着ける。

 身に着けてたブーツとグローブだけの時に比べれは多少重くなるが、訓練用に使用していた籠手や脛当てと同等の重量なので違和感は感じなかった。


 全ての防具を身に着けると、二人は”ぶんぶん”と腕や足を激しく動かして具合を見ていた。それが終わると満面の笑みを浮かべて、阻害される動きも無く満足したとラドムに告げていた。


「すごくいい!金属の補強が入っているとは思えない」

「はい、わたしも気に入りました。デザインがすっとしているのがカッコいいです」


 エゼルバルドは鎧の見た目以上の丈夫さを、ヒルダは体に馴染むデザインを、それぞれ気に入った様だ。さらに、胸当てと同じデザインの籠手と脛当てが一体感を出していたのだ。


「気に入ってくれて嬉しいぜ。獲物武器はこれだが、その他に……よっと!」


 ラドムが取り出したのはヒルダの軽棍ライトメイス円形盾ラウンドシールド、エゼルバルドのバックラー、スイールが追加で頼んだ細身剣レイピア

 他に組み立て式の長弓である携帯長弓キャリングボウ二本と二つの矢筒に入った矢が十本づつ。さらに、刃渡り8cmほどのナイフを八本と”ジャラジャラ”と音がする小さな革ケースが二個。その小さな革ケースを開けるとやじりとなる金属片が一つのケースに二十個づつ入っていた。


「そして、これはおまけだ。たいした荷物にもならんだろうから、ポケットにでも仕舞っておいてくれ」


 出してきたのは革で作られた手持投石機スリングだ。道端に落ちている石を遠くへ投げる武器ではあるが、その距離は手で投げるよりも遠くへ、そして強く飛ぶ。

 無尽蔵に落ちている石を使うのはコストが非常に良い。ただ、投げるのに適した石が道端に”ゴロゴロ”と運良く転がっている確率は少ない。


「親方にはお世話になりっぱなしです。ほかの工房だとこれだけを用意するのに一週間くらいかかりますし、細かな調整なんてしてくれませんからね」


 いきなりスイール褒められ、照れ隠しにかラドムが下を向き頭を掻いた。


「まぁ、お代は貰うけどな。全部で金貨四枚って所だな」

「親方、それは安いですよ。後二枚くらいは取っても……」


 ラドムは右の手の平を前に出してスイールの言葉を言葉を遮る。


「いや、お前さんから貰ってる前金がかなりあるから、それと相殺だ。それに、今は忙しい」


 ラドムは顎で今も音を出し続けている工房を指した。まもなく、日が沈むはずなのに工房にはまだ火が入り職人が作業をしている程だ。


「そうですか……。申し訳ないですね。ですが、これだけは受け取ってもらいますよ」


 隠し持っていた……、とは言い過ぎだが、村の中で”ブラブラ”していた時に購入したワインの瓶の束を渡す。酒好きで大酒飲みなのは昔から知っていたし、大勢の職人が仕事をしていれば一瓶で足りるはずが無いと踏んでいた。


 ラドムは”すまん”と呟くと、それを受け取った。




「明日には東に向かおうと考えてます。そのうちブールに帰ってきたら、寄るかもしれません」

「旅に出るのか……、寂しくなるな。そうそう、餞別だ。オレの新商品を受け取ってくれ。組み立てれば光を一方向にだけに向ける覆いだ。普段なら三メートルくらいがこれを付ければ十メートルまで見えるぞ。まぁ、使い道は限定的だろうがな」


 革の袋に入った金属のプレートを渡される。


「ありがとう。それでは」


 今生の別れではないが、寂しそうに一礼をし、その場を去っていく。


「大切にします。ありがとう」

「素敵な装備をありがとう」

「今度は一緒に呑みたいものだ」


 エゼルバルドもヒルダも良くしてもらっただけに、嬉しさと寂しさが入り混じっていた。

 ヴルフは別の要件で寂しそうだったが……。




 宿へ帰る道すがら、スイールの横に並んだエゼルバルドとヒルダが、ラドムの人となりを一言で表していた。


「いい人でした」

「親切な人だったわ。スイールと違って余計なこと言わないもの」


 紹介して鼻が高いスイールであったが、ヒルダの追加の一言を聞き唖然としていた。


「ヒルダは言い過ぎです。さすがに私でも怒りますよ!」


 口では怒っていたが、知人を褒められて悪い気はしなかった。


「口は悪いですが、とてもいい人ですよ。鍛冶の腕も申し分ないですし。本来であれば王都でも通用するのででしょうが」


 ラドムの評判が上々なのは喜ぶべきことであった。またいつか、彼の腕が必要になって欲しいと思うのである。


 ラドムの話で盛り上がっていた所に、エゼルバルドがいきなり神妙な顔を見せて来た。


「スイール、一つ気になる事があるから、先に宿に戻ってて。ヒルダはオレと一緒に来てお手伝いを頼むよ」

「は~い、任せて!」


 二人に声を描けると、エゼルバルドとヒルダは急いで来た道を駆け戻って行った。


「なるほど、そういう事ですか。それなら二人に任せましょう、私達は私達の仕事を」

「まぁ、そういう事だな」


 駆けて行った二人の目的を予測しながら、雑踏の中へと消え行くのを見守るのであった。




「ヒルダ、裏道から回るぞ。昨日の奴らがラドムの工房を見逃すはずが無い!」

「それって、商業ギルドの連中?」

「だと思う。オレ達を見張っているはずだから手薄になった工房は絶好のカモだ」


 ひた走る二人の脳裏には工房が襲われている最悪の事態が浮かんでいた。

 だが、エゼルバルド達が工房を出たのが、日が暮れるまで多少の時間があったのが幸いしていた。

 エゼルバルド達がラドムの工房へ到着しようとした丁度その時である、黒ずくめの者達、すなわち、エゼルバルド達を見張っていた商業ギルドの連中が、ラドムの工房へと視線を向けていたのが見えたのである。

 そして、ラドムの工房へ侵入しようと息を殺していた三人の姿をはっきりと捉え、二人は急襲して行くのである。




「でやっ!!」


 裏へと続く小道から飛び出た一つの物体が、襲撃しようとした一人の真横に現れた。

 速度の乗った強烈なエゼルバルドの蹴撃を脇腹へと叩き込むと、五メートルほど吹っ飛び何処かを打ち付け、”ピクリ”とも動かなくなった。口から泡を噴き出していたので、一応命を繋ぎとめていたようだ。


 咄嗟の事に慌てふためく黒ずくめの者たち。襲撃するつもりが逆にされるなど予想だにしなかった出来事がその身に振って沸き、身を守ろうと動きを止めてしまった。


 襲撃された方へと顔を向けるが、動き続けるエゼルバルドを捉える事は出来なかった。それに、襲撃のために顔を見せぬようにとフードを被っていたので視界が狭かったのも悪材料となっていた。


 黒ずくめの者達に襲い掛かったのは一つでは無かった。


「はいっ!!」


 強烈な打撃を生む軽棍ライトメイスがまた一人犠牲者を作った。

 胸部装甲に軽棍が狙いすましたように吸い込まれると鈍い音と共に理解できぬ言葉を吐き出した。いくら胸当てを着けていようとも、速度が乗り催促で振り回された金属の塊を胸に受ければ、肋骨を砕き肺を圧迫して胸の空気を全て吐き出させるのだ。


 現れたのは軽棍ライトメイスを力の限り振り抜いたままの姿のヒルダだった。


 最後の一人など即座に相手にする必要は無いと倒れた者達のフードを剥ぎ取ると、見た目から商業ギルドで働く男達に雰囲気が似ていた。


 仲間二人があっという間に行動不能となり、最後の一人はこれ以上何も出来ぬと逃げ出そうとしたが時すでに遅しだった。仲間がフードを剥ぎ取られるのを見ていなければ間に合ったかもしれないのだが……。


「さて、何をしようとしたのか、洗いざらい話していただきましょうか」


 逃げようと踵を返した一瞬の隙を突いて、男の首元に冷たく恐怖の光を放つ銀色の刃が当てられていた。そして、耳元に届く低い声がさらに彼の恐怖を助長し、背中を大量の汗が流れ出ていた。


(逃げ切っても殺され、捕まっても殺される……か。俺の命もここで終わりか)


 ナイフを突きつけるエゼルバルドの耳に”ギリギリ”と歯軋りが聞こえ出したが、それは直ぐに鳴り止むと男は”フッ”と達観した表情を見せる。


「お前達に話す事など何も無いわ!!」


 男は全身の力が抜けて地面に倒れ込んだ。手足が”ピクンピクン”と気色悪く痙攣し、口からは毒の色を含んだ泡を吐き出していた。


「毒?毒を飲んだか!?こいつら口に毒を隠し持ってやがる」


 喉を少し通っただけで強烈な痛みと粘膜をただれさせ、あっと言う間に死を呼び込むほどの不気味な色をした強力な毒だ。それを口の中に忍ばせているなど、正義の使者と言わず、悪の代行者と呼ぶべきかもしれない。


 それはともかく、気を失い転がっている二人、--一人は瀕死だが--、を後ろ手に縛り、毒を対策で猿ぐつわで口を塞ぐ。後はこの村の兵士に預ければ終わりだ。

 だが、エゼルバルドはそれだけで終わらぬ予感がしていた。


「何でぇ何でぇ。騒ぎを起こして営業妨害か……って、スイールんトコの奴がねぇか。どうした、不具合がでたが……って、人死にか?勘弁してくれよ~」


 騒ぎを聞き付け表に姿を現した工房の主、ラドムが額を押さえ身を震わせる。


「あぁ、丁度いいところへ。この二人ともう一人を兵士詰所に持って行きたいんだけど、場所がわからないから案内してくれませんかね……。ダメですか?」

「そのくらいはお安い御用だ。だが、この状況を詳しく説明しろよ。それと荷車出してやるよ。三人位乗れるだろう。ただ、お前さん達が引くんだぞ」


 その申し出をありがたく頂戴し、”了解しました”と敬礼じみた格好で返事をした。




 ”ガラガラガラガラ……”

 打倒した二人と帰らぬ人となった一人を荷車に乗せ、石畳を鳴らしながら進ませる。そこで経緯をラドムに説明した。


「ほう、商業ギルドとな。スイール殿と接触を持った工房を狙ったのか。まぁ、ありうる話だな。それで、こいつらが来たって訳か」


 ちらりと荷台でうごめく男達を一瞥したラドムが話をしてくると、”ええ、その通り”とだけ返事をした。

 ラドムは”こいつら位の腕なら返り討ちにできるぞ、ガハハハッ”自信満々にと大口を叩いていたが、二人は顔を見合わせて不安な顔を見せていた。


 それからしばらく進むと、小さな建屋の兵士詰所に到着した。数人が詰めるだけの簡易的な小屋だが、小さな村なだけありこれで十分なのだろう。尤も、大人数が詰める兵士詰所は別にあるのだが。


「お~い、誰かいるか?」


 小さな小屋の中を覗き込むと奥のから”のそのそ”と兵士が一人だけ出て来た。

 普段なら入り口に門番の様に立っているのだろうが、事件の無い辺境の村で店仕舞いをしている夕方ともなればだらけて休んでいるのかと呆れるばかりである。


「どうした。……!って、これどうした!」


 荷車に乗せられ縛られた男達を見た兵士が動揺しながら声を荒げた。


「ウチの……、ラドム工房を襲おうとした賊だ。一人は自分で毒を飲んで死んだけどな。そんな訳で、恥ずかしいがお客に運ぶのを手伝って貰ってよ。ここに置いておくから、あと頼んだぞ」


 さも、迷惑客だと表情をしながら無造作に男達を”ドサドサ”と転がし落とす。その衝撃に目も覚まさ無かった彼らは、相当のダメージを追っているのだろう。ヒルダが打倒した男は瀕死であったし。


 その無造作に転がる男達を見て、こわばる表情をしながら後退りする兵士は見ていて滑稽であった。少しだけ可愛そうなことをしたと思いながら。


「では、よろしくな!」


 片手を上げ、呆然として下を向く兵士を見向きもせず、急いで荷車を走らせる。これ以上関わらぬ様にと。




「さて、これから如何する。ウチの工房は運ぶのを手伝っただけと言い訳が立つが……」


 ”ガラガラ”と石畳を鳴らしながら荷車を引くラドムが話して来た。

 エゼルバルド達の答えは初めから決まっていた。


「別に如何する何も。明日、出発するから、これ以上関わる気はありませんけど?」


 我関せずと、何とも間の抜けた答えが返ってきた。


「そうなのか?組織を潰すとか何処かへ訴えるとか……本当にしないのか?」

「「面倒くさいから(もん)」」


 まさか、”面倒”だと答えが返ってくるとは思わず、ラドムは考えるのをめた。

 そして、ラドムの工房まであと半分の所で足を止めて二人に向き直る。


「おう、この辺でいいぞ。スイールの旦那によろしくな。旅は気を付けろよ」

「ええ、ラドムさんもお気をつけて」

「はい、ありがとうございます」


 エゼルバルドとヒルダは深々と頭を下げると、宿に向かい雑踏の中へと消えて行った。


(面白そうなコンビだな。あいつも楽しそうな事やってるな)


 消えて行った二人を見送ると自然と笑みがこぼれ、面白そうな事をしでかすだろうと想像するのであった。

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