第十二話 新たな階段【改訂版1】

 九月になり、夏休みが明けると、学生達は再び学校が始まる。

 また、学校での勉強の日々が始まるのだ。

 後、数か月で年少学校を卒業するヒルダは、孤児院の仲間に、特にエゼルバルドにだが、追い付けと勉強に力が入っていた。

 とは言え、一年の差は子供には大きく、早々に追い付くのは難しいのである。




 学校が始まって早々、孤児院の子供達に変化が訪れた。

 去年に学校を卒業している、リイヤとリースは孤児院を宿代わりに街で働き、孤児院を今は手伝っている。

 エゼルバルドより一つ年上のポーラは薬師になりたいとスイールに師事しようと、熱心に頼み込んでいる。彼女の熱心さに負けたのか、魔術師スイールではなく、薬師として教え始める。

 同い年のアルタヤとマルグは騎士学校に行きたいと本格的に剣術の訓練を始める事になった。


 孤児院の仲間が変わったのは、先に働きに出たリイヤとリースを見ていたからである。二人は目的を持たずに学校を卒業してしまったため、とりあえず仕事に就いてしまったのだ。

 その内、リイヤは今の仕事を辞め、少し遅いが守備隊を目指す事になる。リースも同じように仕事を辞め、ポーラと同じ薬師を目指のである。


 そして、変わらず訓練の日々を続けるエゼルバルドとヒルダであるが、九月に入ってから訓練のメニューが明らかに変わって行ったのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「エゼル、今日からはこれを使って貰う」


 十二歳になり、だいぶ体も出来て来たエゼルバルドに手渡されたのは、過去に彼が発見し、スイール達の手で直されたブロードソードである。

 もう何年も見る事も無く、スイールのあばら家に預けてあった、それを訓練に使うと言われたのだ。


 いつも楽しみにしていた訓練であったが、その剣が渡された彼の表情は重く硬かった。


 エゼルバルドは今までの練習用の剣には無い、”ずしり”とした重さを感じながら、恐る恐る柄をしっかりと握る。過去に一度握った時の様な、怖い印象は無く、柔らかく暖かな感情が流れ込んで、彼を受け入れたと知るのであった。

 それにより、重く硬かった表情は少しだけ柔らかくなる。


「それじゃ、剣を抜いてみようか?」


 ”こくん”と頷き、標準のブロードソードよりも遥かに長い柄に力を入れて、鞘からゆっくりと抜き放つ。鈍く光り輝く銀色の刀身が彼等の前に現れる。

 エゼルバルドが子供の時に抜き放った、怖い印象はすでにない。


 今のエゼルバルドの身長は百四十センチ程だ。八十センチの刀身のブロードソードを構えれば、騎士が兼用長剣バスタードソードを振りかざしているかのように見えるだろう。


 軽く振り回す姿を見ていたスイールは、少し重いブロードソードの重さに負けない筋力を持ち笑顔を見せているエゼルバルドに、十分な力を有した事に安堵の表情を覗かせていた。


「使いこなす為に、全ての訓練はその剣を使いなさい」


 スイールが告げると、さも当然とばかりにエゼルバルドは目を見ながら強く頷く。


「その剣に慣れ始めたら訓練は次の段階に進みます。段々と苦しくなりますが、無事に乗り切ってください。エゼルなら乗り切れると信じています」


 剣に慣れたら次に進む?

 何を言っているのかと、反応に困っているエゼルバルドは首を傾げる。


「次に進むって何するの?」

「簡単です。剣を使って魔法の訓練をするのです」


 エゼルバルドはスイールの言葉を読み解こうと頭を働かせるが、疑問符ばかりが浮かんで良くわからない。

 頭が痛くなるほどに傾げていると、スイールがさらに続けた。


「まず、そのブロードソードの柄の先には魔石がはめ込んであります」


 ブロードソードを逆手に持ち直し、柄の先を眺める。そこには黒い魔石が金属に囲まれて取り付けてあった。これだけ見れば魔法の発動を補助する杖を持っているのと同じである。


「今までの魔法の訓練はいつも動きを止めたまま魔法を放っていました。普通、剣を振りながら魔法を扱うなどしている人はいません。それは二つの事をするのが難しく、訓練をすぐにあきらめるからです」


 その言葉にエゼルバルドは眉をひそめて難しい顔をする。他の人達が投げた訓練を完遂できるのか、と。


「何事も訓練して見てからですね。全く出来ない!そんな事もありますから、徐々にしていきましょうね」


 ニコニコと笑うスイールに少しばかりの狂気を感じ、不安が募るばかりである。

 さあ、とブロードソードを構えるが、振るのを制止させてさらに口を開く。


「それと、剣を振るのは構いませんが、それで攻撃してはいけません。剣以外で攻撃するように。もし、魔法を発動できるのなら、まとに向けて下さいね」


 それは何なのか?と、エゼルバルドは呆けた顔をする。剣は攻撃するための道具であり、手段だ。それを使えないのであれば、どうやって攻撃をすれば良いのだろうと。


「では早速、訓練を始めますよ。覚悟はいいですね!」


 剣を振る訓練相手にはならなかったスイールが突如、鬼教官のように木剣を振るってきた。答えを聞く間もなく、エゼルバルドは攻撃を剣で受け、どうやってスイールに攻撃を行って行こうかと、激しく打ち付けられる木剣を見ながら思案するのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ヒルダや、ちょっと早いがお前にも新しい訓練を始めてもらう」


 真面目に話すシスターの顔が怖く感じる。今までのにこやかな表情が鳴りを潜めていた。

 ヒルダにはわかっていた。普通に訓練をしただけはではこれ以上強くなれない。

 まだ、足腰がまだまだ弱く、安定していないと言う事も。


 これからは足腰の強化と全身を使った攻撃の訓練に移るのだと感じていた。


「で、今日からここに通ってもらう」


 連れてこられたのは何かのサークル練習場。

 中を見るときれいに着飾った男女が素早い足さばきで踊っている。


 そこはダンスサークル練習場。ブールの街でも名の通った、動きの激しいダンスで有名なスクールである。


「えっと、私を貴族にでも嫁がせるの?」


 ダンスと言えば舞踏会、そして王族や貴族だと考えているヒルダにはそうとしか思いつかな。いつも、練習とは言えメイスや盾を持ってシスターと打ち合っている身としては、何かの悪い冗談ではないかと思える行為だ。

 シスターは首を横に振り、彼女の言葉を否定する。


「まさか、お前の足はまだまだ弱い。ならば今のうちに足さばきを練習して貰おうと考えたんだよ。それにはこのサークルが一番だろうとね。毎日とは言わないから一年続けてごらん。年が明けたらまた次の訓練に進むからね。がんばりな」


 良くわからないが、とりあえず、やってみようとそのサークルの門戸を叩くのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その年の暮、一年が終わり掛けたその日は年少学校の卒業式が行われていた。

 

 年少学校を卒業するのであるが、引き続き三年間の中等学校が控えており、クラスメイトなども一緒だ。そこで区切るのは何の意味があるのかと疑う者も多い。


 年少学校を卒業すれば一応は世に出て働くことも許されているが、大部分の者たちはそのまま中等学校へ行き、十五歳の卒業と同時に世に出て働くのが一般的である。


 卒業式ではどの世でも変わらず、学長や来賓のありがたくも眠くなる話が延々と続き、生徒、保護者共に辟易するのである。

 ここでもその例に漏れず、ありがたいお話が続くのである。


 その話には睡眠効果があるらしく、耳を澄ますとそこかしこから寝息が聞こえたりする。

 寝ている者を起こすも、また眠りにつく。延々と一時間、そのやり取りが続くのである。


「……で、あるからして……」


 この言葉を何回、聞いた事かとうんざりする。

 そして、辟易する式が終わり、年末年始のつかの間の休みがやってくる。




 ……はずだった。




「まったくも~ね~、話が長いんだよ」

「隣りの子なんか、何回、つついても起きないんだよ」


 毒を吐き続けるのは、先程まで卒業式に出ていたヒルダと保護者のシスターだ。

 それなりに卒業式用の衣装に身を包んでいるのだが、それがあまりにも似合っていない。馬子にも衣裳と言ったところだろうか?

 直ぐにでも脱いで、動きやすい服装に着替えたい、それが表情ににじみ出ている。


 ヒルダが腕を”ぶんぶん”と振り回しながら、体のコリをほぐしてゆく。

 それを見て、シスターも同じように腕を振るう。

 二人とも、じっとしているより体を動かす方が性に合っているのだろう。子は親に似るとは言われるかもしれないが、シスターとヒルダは本当に似た者親子と言っても過言でないだろう。


「体が固まってるねぇ。そうそう、着替えてからに行こうかね」


 ”うん”と力強く頷きで返すと、小走りで孤児院へと帰って行くのである。




 訓練用の服装に着替えたシスターとヒルダが急いで向かったのは、ブールの街の守備隊詰所、その中でも丈夫な壁と広いスペースを持った調練場である。

 すでに先客が訓練をしていて、剣と剣がぶつかり合う鈍い音を出していた。

 見ていて不思議と感じたのは、剣を握って構えているにもかかわらず、剣で攻撃をしていないのだ。まさに殴り合い、蹴り合いの訓練であった。

 その奇妙な光景の傍らで見ていた男がこちらに顔を向け声を掛ける。


「あ、シスター終わったんですね、卒業式」


 顔見知りもそのはず、それは”変り者”と言われるスイールであった。


「そりゃ終わるよ、お昼の時間じゃないか。それにしても何だ、あれは」


 先程から気になっている二人の訓練風景が異常な事だとばかりにシスターが眉をひそめる。一人は剣で攻撃をし、もう一人は剣で相手の攻撃を払うのみに使い、隙を見ては懐からの打撃やしなやかなに体を捻り蹴りを繰り出している。


「いやいや、楽しそうでしょう。まだまだですが、だいぶ形になってきましたよ」


 ニヤリと口角が上がり、嬉しさや驚かせた表情の他に、悪戯が成功した子供の様な表情も混ざっていた。


「エゼル、そろそろ終わってくれ」


 スイールの言葉を受けて、懐に潜り込んでからの蹴りを相手の胴体に叩き込むと同時に後ろに向かって跳躍して距離を取る。

 そして、二人の間に一定の距離が取られると、一礼をして打ち合いが終わるのである。


「参った参った、何だよこいつの動きは!お前はどんな訓練をさせているんだ?まだ力がそれ程ではないからダメージはそれほどじゃないけど……。このまま行ったら、オレはどうする事も出来んぞ。来月からいないんだから、オレを壊すんじゃない」


 守備隊隊長のジムズが打ち合っていたエゼルバルドをその様に評価した。

 そして、その後の発言。ジムズは今までの働きを評価され、昇進して次の職場へと進むらしい。それで、体を壊されたくないと告げたのであるが。


「あの動きに付いてこれるのは、ヒルダくらいか?」


 スイールが意地悪そうな表情でヒルダに視線を向ける。何故、自分の名前が出て来るのだろうかと不思議に思い首を傾げる。

 二人の動きを見ていて、ある程度は付いて行けるだろうが、最後の懐に潜り込まれての蹴りで飛ばされるだろうと脳裏に姿を描いていた。


「とりあえず、やってみよう。ちゃんと防具と盾も着けてね」


 ヒルダの脳裏に浮かんだ光景に止めたいと言い出したかったが、それを言う前に強引に防具を付けられていくヒルダ。そして、諦めたとばかりに左腕を円形盾ラウンドシールドに通し、練習用の軽棍ライトメイスを握る。


「この数か月、エゼルとは打ち合って無いけど、最近の練習を思い出せばきっと楽しめるからね。はい、頑張って~」


 シスターに腰を”ポン”と押され、調練場の中央付近まで送り出される。

 対するエゼルバルドは先ほどと同じ格好だ。温まっているのか、体のあちこちから湯気が立ち上っている。


「じゃ、準備運動だ。打ってきていいよ~」


 エゼルバルドの無邪気な声が調練場に響く。

 それを合図に、”遠慮無く”と首や腕を”ぐるぐる”と回しながら近づき、握った獲物を振り始める。


 軽く振られる軽棍だが、ブンと空気を震わせながら相手を捉える。

 エゼルバルドの剣がそれを難なくいなし、軌道を変えて直撃を防ぐ。それだけではなく、軽棍ライトメイスが空を切ったその空間に、左手の盾が現れ少し違う軌道で迫る。

 さすがにリーチが無く、躱す動作もされずに虚しく空を切る。


 その様な打ち合いが十数合に及んだ頃から明らかに動きが変わった。体が温まり始め、硬さが無くなり、しなやかな動きになったのだ。


 その動きに対応するかのごとく、エゼルバルドの動きも激しくなる。それまで守り一辺倒だったが手を出し、攻撃をし始めた。


 ヒルダの体が温まり、動きに慣れ始めたと見るや、まずはと防具のある場所に拳や蹴りを出していった。

 流石のヒルダも、それから十数合は彼からの攻撃に戸惑い、攻撃も防御もちぐはぐな動きをして、至る所に打撃を受けていた。


 人の慣れとは恐ろしいもので、攻撃されていると段々とその距離感を学習してゆくのだ。そして、徐々に攻撃の当たる回数が減り出し、逆に隙を見て攻撃に転じる場面も見られる程であった。


 それからどれだけ打ち合ったのであろうか?徐々にヒルダの息が上がり始め、軽棍ライトメイスを握る手に痺れが生じ始め、限界を感じ始めたのである。

 そこへ、さらにギアを一段上げたエゼルバルドが襲い掛かる。


 性差や一年の年齢差もあるだろうが、体力的にはヒルダはエゼルバルドに劣る。とは言え、同年代の子供達から見れば化け物じみた体力であり、二人共が大人顔負けの体力を持つ。その高レベルでの体力差を考えれば、ヒルダが限界を迎えるのは早く、当然、決着を付けようと動き出そうとするのだ。


 痺れ始める手で軽棍ライトメイスを振り下ろし、さらに円形盾ラウンドシールドを叩き込もうと連続攻撃を仕掛ける。その攻撃を剣で受け流し、軽い身のこなしで後ろへ跳躍して躱すと、ヒルダの視界から消え去った。


「えっ!!」


 それと同時にヒルダは声を発すると、胸元を強烈に蹴られて壁際まで飛ばされたのである。

 一瞬、視界から消えたと思ったら、懐に飛び込まれていたのは疲れのためか、それともエゼルバルドの技量なのか、それはともかく、蹴飛ばされたのは悔しいと感じた。


「イタタタタ~~、もぉ~~酷いよ。最後の!!」


 先程受けた一撃で、軽棍ライトメイスは手を離れ壁際に飛び、練習用とは言え木製の円形盾ラウンドシールドは真っ二つに割れ飛んでいた。

 それに、調練場の床に背中を打ち付けていたのだ。鎧を着こんでいたとしても、全ての衝撃を受け切る事は無理だろう。


 状態を起こし、座ったままでエゼルバルドを睨みつけてエゼルバルドに文句を言う。


「ゴメンゴメン。まさか壁際まで吹っ飛ぶとは思わなかったよ」


 いまだに立ち上がらないヒルダに手を差し出す。

 とは言え、ヒルダのダメージが少なすぎる事に妙な違和感を感じた。それは、ヒルダの胸元を蹴り上げた時に感じた違和感とも合致する。


「もう、知らないんだから!!」


 ”プクッ”と頬を膨らまして、怒り気味にエゼルバルドの手を掴んでゆっくりと立ち上がる。さすがにやり過ぎたと彼は頭を掻いていた。




「なぁ、今の見たか?」

「ええ、彼女の身のこなし凄いですね!」

「あんたらにもそう見えたかい?」


 壁際でエゼルバルドとヒルダの模擬戦闘を見ていた三人の大人が口々に感想を漏らす。


「疲れて集中力が切れかかってた時に、前がかってた重心を後ろにずらしながら蹴りの勢いを相殺するなんて無茶苦茶だよ」

「ええ、全くです。二人の体力にも驚きますが、彼女もあそこまで動けるとは……。とんだ成長ぶりです」

「うちら、とんでもない子供を育ててるって事かいな?でも、二人はいいコンビになりそうだね」


 まさかの結果に三人は唖然とした表情をしながら、模擬戦を終えじゃれ合う子供達を眺めていた。

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