第八話 ヴルフの回顧録と旅の終わりに向けて【改訂版1】

 ヴルフの話は続く。




 ここ、【トルニア王国】は【アンドリュー=トルニア】国王が治める豊かで平和な国だ。

 それでも他国からの侵略や同盟国との盟約により、それなりの戦力が整えられている。

 また、国内では人以外の亜人を虐げることは禁止され、他国では嫌われているゴブリン等のある程度知能を持った種族が保護されている。

 ただし、他の人や種族の住む場所を犯さなければである。

 この方が正しいかもしれない。


 そんなトルニア王国は南には、同盟国の【スフミ王国】が存在する。

 アーミリア山脈と内湾に挟まれ、その直線距離約四百キロの小さな国である。国の中央を急流の河川が存在し、王都のある下流域には肥沃で広大な大地が人口以上の食糧を増産している。


 また、王都スレスコの地下には最大級の地下迷宮が広がり、いまだに全容が分からず、武器や生活用品が発掘されていると言われており、軍備の質が大陸随一とされている。


 その、トルニア=スフミ同盟に敵対して、その南に【ディスポラ帝国】がにらみを利かせている。その帝国を治める帝王は、スフミ王国の肥沃な大地と地下迷宮を手中にする野心を持ち、数年に一度、軍備を整えて攻め込んでは二か国の合同軍に撃退されている。


 その様な情勢の中、ヴルフが二十三歳で騎士団の小隊長に抜擢された年に、ディスポラ帝国軍が大軍を擁し、スフミ王国に攻め入り戦争が起こった。農作物の収穫を終えた十月の事であった。


 ディスポラ帝国の戦略は、海沿いの国境を越えてスフミ王国の王都スレスコへと攻め入る事で始まる。スフミ王国内には各地に村々が点在するが、軍事的に何の価値も無いと領民の出入りだけを抑制して素通りして行った。


 王都に迫り、攻城兵器の数々を持ち込んで、攻撃準備が整うと攻撃が始める、これが今までの戦略であった。


 しかし、この年は戦略よりも戦術を重視した戦いに変わり、城を攻めるより、スフミ王国を疲弊させる事に主眼に置いていた。

 帝国軍を二つに分け、一隊を海側の平地沿いを侵攻させ、もう一隊を山がちな道を王都スレスコへと侵攻させた。


 その戦術は巧みで、騎馬による機動戦術、魔法と遠距離攻撃隊による牽制、陣が崩れたところへ重装騎兵や重装歩兵が襲い掛かり散々に食い破らる。そんな戦術がとられていた。


 攻城兵器を攻撃の要としていた戦いでは、今までの経験からスフミ王国軍のみで撃退することが出来たのだが、機動力を前面に出され戦場をかき回される戦いに慣れないスフミ王国の兵士達は、徐々に後退し勢力を弱めて行った。


 一か月ほどすると、同盟国であるトルニア王国の兵士が到着した。

 その中には騎士団団長となったばかりのカルロ団長や、小隊長に昇格したばかりのヴルフの姿もあった。


 騎馬による機動力を持つ騎士団は海側の平地を、歩兵や弓隊を要する部隊は山側を受け持つ事になった。兵士の数では互角であったが、一か月の戦いで疲労が蓄積していたディスポラ帝国の兵士は徐々に駆逐されて、国境を超えて撤退して行く。


 その撤退は巧妙で、少し引いたかと思えば引き返して攻撃し、また撤退と、その繰り返しをしてきた。一気に撤退せず、少しでも撤退の時間を引き延ばそうとしていると読み取ったトルニア=スフミ連合軍。

 撤退するディスポラ帝国は追撃による被害が大きかったが、あえて被害を無視して時間をかけてゆっくりと撤退していった。


 その巧妙なディスポラ帝国の撤退行動にトルニア=スフミ連合軍はずるずると戦いを続け、ついに、国境を越えて帝国へと軍を進めたのだ。

 そして、連合軍の目の前に現れたのは、ディスポラ帝国の第一隊と第二隊が合流した陣であり、反撃を行おうと今にも解き放たれようとした狼の様な帝国の兵士達であった。


 その陣を一気に攻め落とそうとしていたが、今までの追撃の恨みでトルニア=スフミ連合軍を釘付けにしていると、連合軍の左翼後背へディスポラ帝国軍が襲い掛かった。それも奇襲に近い形で、である。

 後背からの攻撃を殆ど考慮していなかったトルニア=スフミ連合軍は、攻撃を受けて陣が崩れる。さらに正面からの猛攻が加わり、完全に陣が崩れて方々に敗走していった。


 ある者は捕まり捕虜とされ、ある者は捕まるを良しとせず自決を選ぶ。

 帝国とトルニア=スフミ連合軍の両陣営の被害は同程度であったが、士気の上では帝国軍が最終的に勝利となった。


 ただ、この戦争による被害や物資の困窮による国力の低下はすさまじいものがあり、帝国と言えども、国力の回復を待つ必要があった。

 また、トルニア=スフミ連合軍は敗退となったが、王都スレスコに迫った帝国の攻撃を跳ね返すことに一応成功し、そのまま戦争は終結した。




 ディスポラ帝国の策にはまり、敵主力に正面を抑えられ、そこに、後背からの奇襲攻撃を受けて、トルニア=スフミ連合軍は総崩れとなった。トルニア王国軍の主だった戦力もここに終結し、戦争が終わり帰還した兵士には、無傷だった兵士がほとんど見えない状況であった。

 特にカルロ団長率いる騎士団は、地形と装備の相性もあり苦戦を強いられた。頼みの騎馬が使えず、速力を生かした戦いが出来なかったのだ。その戦場では、出撃した半数が命を落としている。その騎馬の無い戦いで、鬼神の如く敵を打倒した伝説の人となったのがヴルフである。


 ただ、その働きも体力の限界と共に覇気を無くし、敵を受け流すので精一杯となる。そこへ別の少数の一軍が流れ込み、血路を開こうと最後の力を振り絞り、奮戦し始めた時に悲劇が起こったのである。


 敵を防ぎ何とか血路を開いて残った兵士達を逃がし始める。

 殿しんがりを受け持っていた、カルロ団長とヴルフの一軍が敵を何とか押しとどめていたが、急な弓矢による攻撃を受けて甚大な被害を出した。その中にはヴルフも腕に矢を受け、武器を落とすほどだった。


 ヴルフが受けた矢はカルロ団長をかばっての事だった。

 カルロ団長に矢が向かい、そのままでは命を落とすとわかった時には、ヴルフは無意識のうちに体が動きカルロ団長を体当たりで跳ね飛ばしていた。そのときに運が悪く走行の隙間に矢が刺さり、左肘を負傷してしまったのだ。


 戦いは、その弓矢の攻撃がディスポラ帝国軍の最後の抵抗だったらしく、すぐに帝国軍の撤退が始まり、ヴルフ達は九死に一生を得て、無事に帰りつくことが出来た。


 その後判明した、ヴルフの受けた矢傷の影響はすさまじく、左腕で満足に武器防具を持てなくなってしまっていた。復帰するには長期間のリハビリを必要とされ、ヴルフは騎士団を去る事にした。

 その後の仕事の斡旋や相談事を聞いていたのが、その時に生き残ったカルロ団長で、命の恩人にそのお返しをしていたのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「と、そんなところだな……」


 ヴルフはジョッキを”グイッ”と傾け、お酒をのどの奥へと流し込む。

 重い話をしてしまったと、皆に視線を向ければ一様に暗い表情を見せていた。酔った勢いで話してしまったが、こんな雰囲気になってしまい、公開をしていた。


 エゼルバルドとヒルダは学校の歴史の授業で、ディスポラ帝国がスフミ王国に侵攻し、トルニア王国が援軍を送って撃退したと習っていたが、深刻な数の兵士が死んでいたとは知らなかった様子だった。


「でも、生き残ったからここにいるんでしょ」


 そう、ヒルダが言葉をかける。


「そう、生きているからこそ、ここにいる。あんな戦争はもうこりごりだし、人を殺したくもない。殺されるのもゴメンだけどな」


 壮絶な戦争で死を覚悟したその思いが言葉になる。死地において、自分の命、同僚の命、そして、敵の命。それらを散らした者だけが語ることのできる言葉だ。


「だけど、オレの仲間が争いに巻き込まれれば、この力を振るう事は躊躇しないだろう」


 ヴルフの力強い言葉を聞き、ヒルダがヴルフに抱き着く。彼女の目から涙がこぼれ、悲しみを少しでも和らげようとしているかの様に見える。そして、ヒルダの思いを汲んで皆が涙を溜めていた。


「ヒルダは優しいな。まだオレは生きている。死んだ皆の分まで生きるって決めたんだ。だから、そんなに悲しむ必要はないさ」


 ヴルフがヒルダを撫でると、ヒルダが嗚咽を漏らして泣き出した。

 ふと、窓の外へ視線を向けると、日が沈み夜の帳が降りていた。




 ヴルフとはレストランを出たところで分かれ、スイール達は泊まっているホテルを目指す。ホテルに向かう足取りは重く、誰も口を開かない。

 唯一、シスターに手を引かれたヒルダが、少し嗚咽を漏らしているのが聞こえるのみであった。

 ホテルに到着したスイール達は、先ほどの重い空気を一掃させようと違う話題を口に出し始めた。


「明日が、観光できる最終日だけど、何がしたい?明後日は朝から船でブールに向かうからね」


 そう、海の町アニパレを楽しむ旅行も、自由に出来るのは明日が最終日だ。

 今日はヴルフと共に珍しい地下迷宮に入ったが、これは観光とは程遠い。

 造船所も見学して、流行の演劇も鑑賞した、後は何が残っているか?そして、大事な事に気が付き声をそろえて叫んだ。


「「「お土産買ってない!!」」」


 自分達の買い物はしたが、孤児院の神父やブールの街の知り合いに何も買っていなかった。旅行に来て、お世話になってる人に何もないのは如何なのかと笑い声が漏れだした。


 そして、明日の予定が決まると、急いで寝る支度をしベッドに入るのであった。




 その夜の事である。


「シスター、少し宜しいですか」

「なんだね?珍しい」


 子供達はベッドに入って寝息を立て始め、シスターもそろそろ体を休めようかと考えていた所へスイールが話し掛けてきた。


「ええ、あの二人の事なんですけど」


 やはり、その話題かとベッドから離れ丸テーブルの椅子へと腰掛けてスイールへと向き直る。


「で、あの二人がどうしたって?」

「昼間の地下迷宮での戦いや魔法、ワークギルドでの言動。シスターは気になりませんでしたか?」


 シスターには二人の戦いが、危なげ無く、安定していたと感じていた。

 確かに、あの二人は守備隊の狩りに同行しては、ウサギや猪等の動物を狩っているとは聞いている。

 だが、あのモンスタークラスと戦うのは、何かが違っていたと感じていたのも事実だ。


「気にはなったけどさ。お前が鍛えてるんだあの敵と戦うのは出来るんじゃないかとは思っていたが……。それとは違うのか?」

「思ったのですが……。あの二人、成長が早すぎませんか?あ、戦いの経験がって話ですよ。十一歳、十二歳で大人顔負けの魔法発動速度。教えてからまだ七ヶ月です。下地があるにしても、モンスター相手に大人顔負けです」


 シスターは、目の前の”変り者”のスイールが驚いているのが信じられなかった。

 だが、魔法の正確性、発動速度はその通りだ。


「物理防御魔法もシスターと同程度の厚さで同程度の発動速度ですよね。さらに言えば、エゼルの炎の魔法、威力は出てますが、炎の移動速度。魔術師ならいかに早く敵に打ち付けるかの習得を目指すはずですが、まったく逆をしたのです」

「なるほどね。私からも言わせてもらうと、ヒルダの感受性が良い意味で影響していると思うよ。見たこと無いと思うが、教会で治療の練習では、回復速度が桁違いだよ。私らと同じ速度で治してる。あの年齢では見たこと無いね」


 スイールもシスターも、二人の魔法は大人顔負けのレベルであると考えているようだ。

 しかも、まだまだ成長すると感じている様だった。


「魔法は続けて訓練するとしまして……。二人は武器を持った戦いを重点的にさせるべきだと考えます。エゼルは今の所教える人がいないので現状維持ですが、ヒルダはもっと厳しくても良いかと」


 シスターの頭には、この魔術師が何を企んでいるのか、なんとなくわかった気がした。

 鍛えた先を見てみたい、そうシスターも思った。


「わかったよ。前衛でも戦えるまで、訓練の料を増やすとしよう。その方針で構わないね」

「ええ、それで結構です」

「じゃ、私は寝るわ。お休み、スイール」

「はい、おやすみなさい、シスター」


 スイールとシスターはそれからすぐにベッドに入っていく。


 そして、子供達の知らぬ間に、今後の訓練方針が決まっていたのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 旅行五日目はあいにくの曇天模様から始まった。

 雨が天からこぼれ出る事は無さそうであるが、今にも天が落ちてきそうな、灰色の雲が天を覆っている。

 日差しは雲に遮られているので、過ごしやすい事は間違いない。

 そこに海の街、特有の潮の匂いが来たから吹き付け、鼻をくすぐる。


 お土産を購入するが、日持ちがして、腐らない物との条件が付く。

 食べ物では長期保存が出来、だいたいは乾燥させた物になってしまうだろう。


 お土産の人気はと言えば、スイールが購入した紅茶や、その食器類。また、貝などで作られた首飾りや髪留めなども人気がある。

 船ドックで売られている、船の模型なども人気がある。


 孤児院の子供たちには、男の子が船の模型、女の子は貝のアクセサリーを。神父にはこの街で作られるウイスキーを購入した。


 シスターに宗教の戒律で、アルコールの摂取はどうなのかを尋ねてみたのだが、一言で言い表されてしまった。”問題ない!!”と。


 との事でアルコール飲料と決めたのだ。

 ワインはブールの街でも作られており良く目に付くのでそれは止めて、ひと手間掛かる蒸留酒であるウィスキーに決めた。

 ちなみに、船に積むために味の変わりにくい飲料が求められ、その為ウイスキーやブランデーが長期航海に人気がある。




 お土産を選ぶ中で、特異な行動を取るエゼルバルドの姿があった。いつもなら入りそうのない書籍店に入っていたのだ。何軒かのお店を梯子して、数冊の書籍を買っていた様だ。

 これが、最終日の特異な出来事であろう。


 そして、その日も太陽が沈み始め、旅行も終わりに近づく。ホテル戻り、帰りの支度をしてその日は深けて行った

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