第五話 迷宮の奥で【改訂版1】

 漆黒の闇に瞬く赤い光が五つの影を従え通路を進んでいく。


「ここら辺は地下一階の外周部らしい。この遺跡の第一階層はおおよそ直径一・五キロ。ただ、中央部は空洞で何もない。これは分っているんだ」


 ヴルフが松明の灯りで照らす遺跡の見取り図を見ながら話し始めた。


「ここは左右、上下とも綺麗な石造りの通路だが、中央に進むにつれ、通路が崩れていたり、狭くなったりするところが多い。他の遺跡もそうだが、中央部は通れなかったり、崩れたりしている。その通れるところが迷路のようになっているので迷宮ラビリンスと呼んでいる。この世界にこの様な迷宮ラビリンスがあるのかは不明だ。誰がどのようにして作ったのか、何の目的があったのか、すべてが不明なんだ。それが世界中に無数にある」


 ヴルフの語る声が暗闇に響き、それを四人が静かに聞いている。当然だが、光の届かぬ暗闇から突然飛び込んでくるような獣がいないか、索敵を怠るような事はしない。


「ただ、内部を調査すると、無事な階層もあるらしい。その中には王城並みの大規模な建物、市民が生活できる街並み、驚いたのは作物が栽培されていた痕跡がある事だ。この暗がりで作物が育つわけがないから、世界の七不思議の一つともいわれている。まぁ、七不思議ってのはオレはすべて知らんがな」


 ここで語った”世界の七不思議”であるが、説明のつかない事象、現象の総称であり、世界で七個の不思議が上げられている訳ではない。数えれば七個以上あるのだ。


 そして、何事も無く三十分程綺麗に積まれた石造りの通路を歩くと脇道に逸れる。


「ここから階層を下がるぞ」


 松明の灯りの先には、暗闇が続く開口部が大きな口を開けていた。その開口部は天井部が丸いアーチ状で作られ、上からの重量を分散する作りの様だ。

 下の階層に続くスロープが入り口から続いており、皆が入ってくるのを今か今かと待っている様だった。


 その招きに従い、螺旋状のスロープを下りて地下二階の通路に出ると、出迎えるものが現れた。松明の赤い光に照らされて、白く細長い体が暗闇の中から浮かび上がってきた。


「こいつはわにか?」


 白い細長い体に巨体を支える四肢。それに沢山の牙が並んだ口と細長い尻尾と鰐の特徴を持った生物が出迎えていたのだ。

 松明の灯りはともかく、スイールが魔法の白い光を向けるのだが、それらには全く反応せず、足音に敏感に反応している。体長は尻尾まで二・五メートル程で、光に反応しない様子を見ると、暗闇に適合して目が退化し、耳や鼻が進化をした生物になっている様であった。


「こいつは迷宮鰐メイズゲーターですね」


 知っていたかのようにスイールが呟く。

 小さい声で呟いたのだが、それが耳に届いたのか迷宮鰐がスイールに顔を向け大きな口を開けて威嚇を始めた。


”シャー!!シャー!!”


 ひと噛みで赤子なら、そのまま挽肉ミンチにしそうな牙が無数、口の中に並んでいる。さらに、胴体は立派な鱗に覆われ、鎧を着こんでいるようだ。


「厄介な相手だな。エゼル、魔法で援護出来るか?」

「任せて!!」

「あまり強い魔法はいらないから、注意をそらすだけでいいぞ」


 エゼルバルドに指示を出すと、ブロードソードを握り直して迷宮鰐に向ける。握っていた松明を迷宮鰐の側に投げて光源を確保すると、迷宮鰐の左に回り込む。


 迷宮鰐はヴルフの足音に反応して顔を左に向けて動き出す。大きな胴体から似合わぬ速度でヴルフに迫る。

 迷宮鰐が動き出したと同時に、魔石の杖を持たぬエゼルバルドはいつもの倍の時間を使い練り上げていた魔力が炎に変換され、そのまま迷宮鰐に向かって放たれた。


火球ファイアーボール!」


 小さな炎が赤い軌跡を描いて迷宮鰐の鼻先に向かって飛び、”ボン!”と音を出して弾ける。

 それにひるんだ迷宮鰐が”ギャン!”と悲鳴を上げてひるみ、顔を横に向ける。エゼルバルドの魔法は迷宮鰐の耳と鼻にダメージを与えた様でヴルフを見失っていた。

 目が見えていれば、ヴルフを見失うなどなかったが目が退化し、耳と鼻に頼りきりの迷宮鰐にはそれは無理があった。


 耳と鼻を封じられた迷宮鰐は顔を明後日に向けて、ヴルフに切ってくださいとばかりに首をさらけ出していた。

 その隙を見逃さず、ヴルフは数歩の助走を取って大きく飛び上がるとブロードソードを迷宮鰐の首に叩き込んだ。”ザシュッ!”と迷宮鰐を切り裂く音が耳に届くと、鮮血を吹き出して血飛沫が辺り一面に撒かれる。


 迷宮鰐の鱗は見た目よりも柔らかかったようで、ヴルフが一刀の下に命を奪ったのである。


「ヴルフさん、すごい!!一撃で仕留めちゃうなんて」


 ブロードソードを振り血糊を振り払ったヴルフに、エゼルバルドがキラキラと憧れの目を向けながら駆け寄る。


「ほ~、見事な腕だね。それとも、武器がいいのかい?」

「やはり、見事ですね」

「おじさん、すご~い」


 スイール達も一撃の下に迷宮鰐を倒したヴルフを口々に称えながら近寄る。すると、松明を拾いながら、その答えを口に出した。


「毎日行ってる訓練の成果と、この剣のおかげだな」


 ヴルフは少し自慢げに、右手で握っているブロードソードを目の前に掲げて松明の赤い光に輝く刀身を見せる。


「魔法剣……ですか」


 掲げたブロードソードの特色ある光り方を見てスイールが呟くと、コクンとヴルフが頷く。


「耐摩耗性と非破壊性の魔法が付与されてる剣だから、あのくらいの芸当は当然かな。まぁ、迷宮鰐の鼻先に魔法を打ち込んで、首筋をさらしてくれたからこそ、一撃で済んだんだけどな」


 迷宮鰐を屠るのは難しく無いが、一撃で仕留められたのはエゼルバルドが放った魔法のおかげだと、彼の頭を”ごしごし”と撫でまわした。


「地下二階に降りてすぐ獣とあうとは、ツイてないな。血の匂いで他の獣が寄ってくるといけないから、早めに離れるとしよう」


 迷宮鰐の死体を転がして通路脇によけると、通路のさらに奥を目指す。

 その時に、迷宮鰐があのままで良いのかとシスターが質問をするのだが、地下迷宮内に住まう小動物たちの餌になるのであのままで良いとヴルフが答えた。


 そして、進む事二十分、大きな通路から逸れて脇道に入ると、そこは瓦礫と土砂の山に塞がれた光景が松明の光に映し出された。

 天井の石組みが壊れ、その上に乗っていた土砂が降り注いだ結果だったと見て取れた。

 ヴルフは一度立ち止まり、松明の灯りを頼りに見取り図を覗き込んだ。


「ここだ。あってるな」


 見取り図を仕舞い込み、松明を塞いでいる瓦礫に向けた。


「依頼はこの塞がれている先を調査せよとの内容だ。崩れて奥に進んだ人はいないのだが、先月、この場所の上部に穴が有る事が発見され、奥に進んだそうだ。そして、奥に進んだは良いが、何らかの生物に邪魔されて断念して戻ってきたらしい。おおかた、迷宮鰐か狼の類が住み着いているのだと予想はするがな」


 先程の迷宮鰐や狼程度なら、如何様にも出来るのだとヴルフは自信を見せて、瓦礫に目を向ける。彼が瓦礫の天井付近を指し示すと、人ひとりが這って通れるだけの穴があった。

 暗がりの中に微かに開いた穴は、今まで見つかっていないのも頷けるのだった。


「それじゃ、先に行くぞ」


 松明を持ち、器用に瓦礫を上って暗闇が支配するその穴を覗き込み、危険が無いとわかると、そのトンネルに体を滑り込ませてゆく。

 一・五メートル程進むとトンネルが終わり、瓦礫の向こう側に出てしまった。


「お~い。この穴はすぐに終わるから来ても平気だぞ~」


 ヴルフが入った穴から、彼の大きな声が聞こえて来ると、一様に安堵の表情を見せる。そして、その穴に入ろうと瓦礫を上り始める。

 スイールの魔法の光だけで足場を照らす光が足らないと、手探りで上り、そしてその穴へとたどり着くと躊躇なくその身を入れて行く。


 何とかして後続の四人が穴を抜け切ると、その先には松明の光も届かぬ長い通路が続いていた。何らかの気配は感じるのだが、天井の蝙蝠も、床を這いずる蜥蜴も見えず、静寂と漆黒の闇が広がっているだけだった。


「これはしくじったか。全員、戦闘態勢を取れ」


 ヴルフの言葉に身を硬直させるが、すぐにそれから復帰し武器を構える。

 その直後に、”ジュルジュルジュル”とまだ微かにだが床を這いずり接近する何かの音が聞こえ始めた。


「これは相当、厄介な相手……だな。モンスタークラスか?」


 ヴルフが言葉を発すると同時に漆黒の闇から松明に照らされたシルエットが徐々に浮かび上がる。それを見た瞬間に戦慄を覚えるのだった。

 そう、胴回りが二十センチほどもある、蛇のモンスター。


 モンスターと表現するときは、生物や獣、怪物の表現よりさらに驚異のある敵対生物を指す場合が多い。怪物だと既存の肉食動物が大型化し、人を襲う獣のニュアンスが強いのだが、モンスターと表現する生き物は一人や二人では死を覚悟するほどの相手なのである。


大蛇パイソン系か!ヒルダは急いで物理防御魔法をヴルフの前に張るんだ、広範囲に!ヴルフはそこを動かない!」

「はい!!」

「お、おう!」


 大蛇を見ると、スイールが急いで指示を出した。スイールの声が慌てていると感じ取ったヒルダは物理防御魔法の発動を急ぐ。


”シャーーー!!シャーーー!!ビュッ!!”

物理防御シールド!!」


 ヒルダが魔力を練ってヴルフの目の前に物理防御シールドを発動したのと同時に、大蛇は口から黄色い液体を吐き出し、それが物理防御シールドに飛び散った


「ひゃぁ!」


 それを横で見ていたエゼルバルドが驚きの声を上げる。


「あいつは毒大蛇ポイズンパイソンだ。その黄色いのは毒だから、浴びない様に注意してくれ!。巻き付かれても絞殺されるぞ。あと、尻尾の攻撃に注意だ」


 スイールから、毒大蛇ポイズンパイソンの注意点が次々に発せられる。


 松明を毒大蛇ポイズンパイソンへ投げつけると、その光りで照らされた胴体に毒大蛇ポイズンパイソンの特徴、黒っぽい胴体に赤や黄色の縦縞模様が浮かび上がった。


 物理防御シールドを迂回し、ヴルフとエゼルバルドは左右に別れる。そして、毒大蛇ポイズンパイソンは左右の敵を見ると、弱いと見たエゼルバルドへ顔を向けた。


「エゼル、飛び退け!火球ファイアボール!!」

「はい!!」


 エゼルバルドが後ろへ飛び退くと同時に、彼を援護するためにスイールの炎の魔法が毒大蛇ポイズンパイソンの鼻先へと放たれる。炎が迫ると毒大蛇ポイズンパイソンは瞬間的に首を引っ込め、炎を躱す。

 その隙を付いてヴルフが毒大蛇ポイズンパイソンにブロードソードを左に構えて切りかかる。


「とりゃあ!!」


 ヴルフが剣を左から右へと一閃すると、手応えがあったのかヴルフの口元が緩み笑みがを浮かべる。

 眼前の敵に注意向けていたために、後方から接近したヴルフから意識を逸らされ一撃を受けてしまった。それにより、毒大蛇ポイズンパイソンの尻尾が一メートルほど切断され、鮮血が飛び散る。


”シャーーー!!”


 尻尾を切られる突然の出来事に毒大蛇ポイズンパイソンは痛みを受けて体を激しく揺らし暴れ出した。

 その暴れ方は常軌を逸し、手が負えぬほどであった。そして、ヒルダが作り出した物理防御シールドへ何回か体当たりをして、その魔法は”パリン”と消滅した。


「スイール殿、何とかならんですか!!」


 何とかして毒大蛇ポイズンパイソンを仕留めたいヴルフは距離を取りながら、スイールに大声で援護を要求した。



「今から適当に押さえつけますよ。シスターはポイズンパイソンの後ろに、ヒルダは先ほどの場所に物理防御シールドを展開!。高さは無くてもいいから厚く!」


「はいよ!」

「はい!!」


 スイールが魔力を集め出すと同時に、シスターとヒルダも魔法を発動するために魔力を集中し始める。そして、シスターとヒルダの二人の魔力が集まると同時に魔法を発動させる。


「「物理防御シールド!!」」


 毒大蛇ポイズンパイソンの前後に二枚の物理防御シールドが展開され動きを少しだけ制限する。


 それを見てスイールも同じ魔法を発動する。


物理防御シールド!!」


 同じ物理防御シールドであるが、スイールは前後ではなく、毒大蛇ポイズンパイソンを上から押さえつける様に展開したのだ。

 敵からの攻撃を防ぐためではなく、動きを抑制するために使うなど、誰が考えるというのか?おそらく、スイール以外は試そうとしないであろう。


「あまり持ちません、早めに止めを刺してください」


 発動後にさらに魔力を物理防御シールドに与えて、消滅を防ぐ。だが、それには多大な魔力が必要となり、もって一、二分と言ったところだろう。それゆえに、スイールはヴルフとエゼルバルドに止めを刺すように催促をしたのだ。


 スイールからの言葉を聞き、エゼルバルドはすかさず蛇の頭に向かい剣を薙ぎ払う。


「えいっ!!」


 エゼルバルドの剣は頭から逸れて、左目を抉りえぐり出すが、その痛みを得てさらに動きが激しくなる。


”シャーーー!!シャーーー!!”


 ヴルフもエゼルバルドも如何にかしなければと焦る。だが、毒大蛇ポイズンパイソンの動きを見てエゼルバルドが何かを思いついたようで後ろへ飛び退いて十分に距離を取ると、集中し魔力を練り出す。普段の三倍の時間をかけて魔力を集めると、それを圧縮して火球へと変換する。


火球ファイアーボール!!」


 左手の前に現れた火の球は、生み出されると同時にゆっくりと毒大蛇ポイズンパイソンの頭部が通り抜けようとする軌道へと向かう。

 積極的にまとに当てるのではなく、的から当てて貰おうと逆転の発想を思いついたのだ。


 のた打ち回る毒大蛇ポイズンパイソンの頭部に火の球が触れると、一気に燃え出し毒大蛇ポイズンパイソンを激しく燃やし始める。その炎が徐々に体に燃え広がり侵食してゆくと、激しくのた打ち回っていた毒大蛇ポイズンパイソンの動きが徐々に弱くなり、五分も経つとすべての動きを止める。


 最後には、頭部を真っ黒な消し炭とされ、生命活動を終えた毒大蛇ポイズンパイソンがその場に残ったのである。


「暴れ出した時はどうなるかと思ったが、やったなぁ!!それにしてもあの魔法はなんだ、エゼルよ」

「そうです。あれは何ですか?」


 ヴルフとスイールに質問されるエゼルバルド。


「え、普通の火球ファイアーボールだよ。動きが読めないから、まとから当たって貰おうとしただけだよ。あの動きだったら、その方が確実でしょ」


 笑顔を見せてブイサインを出して、仕留めたと自慢気なエゼルバルドに、ありえない魔法の使い方だとスイールは舌を巻く。

 それだけでなく、子供がモンスタークラスの毒大蛇ポイズンパイソンに止めを差した事に期待と恐怖を感じるのであった。

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