相手をよく知ること

 九月上旬 軽音学部合宿場 Cスタジオ


 清田先輩主催の肝試し会が終わり、午後12時を回ったころ。


 スタジオ内には澱みのないピアノの音、そして美しい歌声が響き渡る。

 先程は「歌が上手い」という情報を得た瞬間に土下座をするという醜態を晒した。

 しかしこれはそれに値する、いやそれ以上に価値のある極上の体験。

 そう思えるほどに、月無先輩のピアノ弾き語りは素晴らしい。


「ねぇねぇしろちゃん、これもゲームの曲なの~?」

「あ、はいそうですよ。チョコボっていう」


 同じ時間を共にする秋風先輩が、そう自分に尋ねてすぐにまた聴き入った。

 歌ってくれている曲は、『チョコボの不思議なダンジョン 時忘れの迷宮』のイメージソングに使われた『ドアクロール』。

 儚いAメロから力強いサビへと繋がる曲の良さもさることながら、歌詞がなんとなく自分に刺さる。

 歌詞のメッセージ性、というのを実感できるのも嬉しく思う。


 月無先輩は最初は照れ照れだったが、弾き始めたらいつものピアニストの姿。

 そして今回はボーカリストでもある。

 そのスペックには脅かされてばかりだが、それ以上に、聴けたことの喜びが勝って、最後まで感動しっぱなしで聴き入った。


「……ふ~。ど、どうだった?」

「素晴らしかったとしか……いや、本当に。マジで」


 語彙は失った。


「ふふ、めぐちゃんやっぱり歌上手よね~。私も聴けてよかった~」

「いえ! お粗末様でした」

「うふふ。ちなみにこれ誰の曲なの~? 気にいっちゃった~」


 秋風先輩はコード進行がきれいな曲が好き、それに合致したのだろう。

 聴いていた感じ、かなり難しいが、難しいだけある納得の美しさだった。


「川嶋あいですよ!」

「あ、そうなの~。この曲は知らなかったけど、結構前に流行ったわね~。私が中学校くらいの時かな~」


 ご存知だった模様。

 しかし秋風先輩の中学校時代はどんな子だったのか気に……じゃないじゃない。

 どんな音楽を聴いていたのか、少し気になる。


「吹先輩ってJ-pop全く興味ない人かと思ってました……」

「そうね~バンドでやる以外のはあんまり聴かないけど~」


 そして色々と話が弾む。

 吹奏楽の名門校出身なのでクラシックには精通しているが、普段聴くのは大体洋楽で、ロックも普通に聴くそう。

 特にQUEENのような、独創性に富んだ唯一無二なバンドが好みとのこと。

 ムード音楽のように落ち着いた曲が好きなのは知っていたが、意外にも多くのロックミュージシャンの名前が出てきて驚いた。


 かなり前だが、そういえば確かに、植松伸夫のゴリゴリのハードロック曲を気に入っていた。


「はい、あたしの中で問題が生じました」


 突如として挙手。

 発言を促してみると、無駄に神妙に口を開いた。


「吹先輩にもゲーム音楽十選作ろうと思ってたんですけど、どういうジャンルにしようかなって」


 ……なるほど。

 秋風先輩のイメージ通りにいけば癒し楽曲を主軸にした十選だが、本人の嗜好は他にも向いている。

 

「あら~私にも作ってくれるの~嬉しいな~」

「もっちろんです! 吹先輩にこそゲーム音楽のよさを知ってもらわねばです! 仲のいい人にはもちろんなんですけど、やっぱり吹先輩は特別かなって思いますし」


 ……秋風先輩めっちゃ嬉しそう。

 でも実際、割って入って申し訳ないと思うくらいに二人は仲がいい。

 それに、秋風先輩にまだ十選を作っていないのは、本当に十全なものを渡したいからなんだろう。贈り物というのはそういうものだ。


「ん~。なんでもいいって言っちゃよくないよね~。何がいいかな~」


 秋風先輩も、意図を汲み取って真剣に考えてくれる。

 愛する月無先輩が作ってくれる十選。テーマ選びの重要さは理解してくれている。


「ムード音楽みたいな聴き心地のいいヤツにしようかと思ったんですけど、バリエーションほしいですよね!」

「ふふ、そうね~」


 なかなか難航しそうだ。

 話を進めるうちに、今は性急に作らず、経験を積んでからとの運びに。

 秋風先輩の十選は、作る予定の人の中でもトリになりそうだ。


「ふふ、楽しみだな~」


 そして秋風先輩は、少し子供のような女神スマイルを見せた。

 

「そろそろおいとましようかしら~。めぐちゃん、また聴かせてね~」

「はい! もちろんです! おやすみなさい!」

「ふふ、おやすみ~」


 深夜連が苦手と聞いているので、もう寝るのだろう。

 秋風先輩は一曲聴いて満足そうに部屋に戻っていった。


「しかし白井君……どう思った?」


 ……何をだ。


「いや、吹先輩メガネだったじゃん」

「……触れないようにしていたのに」


 そう、昨日は見られなかったメガネ女神。しかもパーカーという珍しい装い。

 正直個人的にはかなりクるものがあったが、なんとか平静を保っていた。


「めっちゃ可愛くないアレ」

「情報は知っていましたけど、だいぶ似合いますね。というかめぐるさん、メガネ好きでしたっけ」

「白井君と巴さんのせいで最近良さがわかるようになってきた」

「……さいですか」

 

 開き直ったのはわかるが、自分がメガネ好きってことが原因でやきもち妬いてたハズなんだが……理解しようとでもしてくれてるのだろうか。


「でも、めぐるさんって本当に三女の方大好きですよね」

「そりゃもちろん! みんな大好き!」


 それが全てか。本当にそうだからこそ、自身の好きな音楽を知ってほしいんだし。

 ゲーム音楽十選は月無先輩にとって、最大限の友好の証だったりするんだろう。


「そういえば、他の方のは考えてるんです? 十選」

「もっちろん! 巴さんはボーカル曲とフルート曲、カナ先輩はトランペット主体のジャズ曲とか。スーちゃんにはブラックテイストの曲とか! もっと仲良くなったらまた色々案が浮かぶかもだけど!」


 忙しそうだ、と笑いがこぼれると、その忙しさが嬉しいと帰ってきた。

 好きな人と好きな音楽のことを考える、それだけで幸せと思っているんだろう。


「決まってる曲とかあります?」

「何曲かあるよ~。でもまだ白井君には言えないかな!」


 自分の場合お披露目会のレギュラーと化しているので、聴いてのお楽しみということだろう。


「でもふと思ったんですけど」

「お、久しぶりにふと思った」

「部活入って結構ブラック聴きましたけど、ゲーム音楽でブラックってあんまなくないですか?」


 本当にふと思っただけだった。

 でも、ジャズっぽいのは多いけど、特に昔のゲーム音楽でファンクっぽいのはあまり聞かない気がする。

 すると、月無先輩は琴線に触れたのか、嬉々として目を輝かせた。


「よっくぞ! よくぞそこに!」


 ……そんなに?


「アドリブ的フレーズの多い、そしてリズム主体のブラックミュージック! 特に昔ながらの打ち込みがメインでメロディ主体のゲーム音楽では、あまり聞かないテイスト! ……よくぞそこに気づいた」


 なるほど……キーワードを聞いて少しピンと来た。

 今でこそブラック音楽っぽいゲーム音楽は増えたが、古いゲームではその「ぽさ」を持っている曲は少ない。

 特に打ち込みでは、ファンクなどのリズムの揺らぎやグルーヴというものは出しづらいし、ボーカルのラップ的なメロディも真似できない。


「といってもあたし、ブラックちゃんと聴くようになったのって大学入ってからなんだけどね」


 色んな音楽ジャンルがバックボーンになっているゲーム音楽だが、意外と疎遠なジャンルだったりするのだろうか。


「あ、もしかして」


 月無先輩の発言で繋がりをもった。

 またふと思った疑問を問いかけよう。


「さっき肝試しの時に言ってた、めぐるさんが軽音に入った理由って、ブラックやる部活だったからとか?」

「え……どうして?」

「いや、めぐるさんの好きな昔ながらのゲーム音楽とはかけ離れてるなら……研究の一環、とか言って新しく知ろうと思うかなって」


 ゲーム音楽のバックボーン研究までしてるんだから、それまであまり触れたことのないジャンルと予測されるブラックのテイストを知ろうとするハズ。


「え、すご。マジ?」

「え」

「いやぁなんか恥ずかしいな。完全に当たり。……全部わかられちゃってるなぁ」


 当たりだったようで、月無先輩は照れくさそうにした。


「フフ、新歓で軽音の演奏見てさ。弾いたことないジャンルやってたから!」


 なんでも、リズム楽器が命ともいえるファンクは、ピアノ単体で弾くことのできないジャンルというのも理由らしい。


「しかもすっごい上手いからさ~。バンドで音楽やるっていうのにも興味あったし、ここしかない! ってね」


 軽音での音楽体験は、ゲーム音楽ではしづらい部分でもあるんだろう。

 しかしそれも、ゲーム音楽研究の一端に違いない。


「ハハ、収穫ありました?」

「もっちろん! 打ち込み音楽とは真逆と言えるブラック! でもゲーム音楽の中には確かにブラック魂は存在していたのだよ!」


 まるで新しくわかったことを喜んで話す子供のようだ。


「一見関係ないことのようでも、相手をよく理解するには必要だったってことよ……ってかアレ、前に聴いたじゃん。ゴエモン」

「……あぁ!」


 そういえばそうだ。がんばれゴエモンはしかも状態異常発症歴もある。

 

「よし……傾聴せよ」


 そしておもむろに、ミキサーにウォークマンを繋げた。


「これもゴエモンの曲」

「……スティーヴィーじゃん」


 流れた曲は露骨にスティーヴィー・ワンダーの『Higher Ground』のオマージュ。

 リスペクトが溢れすぎて最早パク……げふんげふん。


「しかもこの曲『ワンダークリフ』っていう曲名」

「隠す気なさすぎでしょ……いさぎいいっすね」


 しかし、Bメロで和楽器を持ち出したり、ゴエモンっぽさがちゃんとあるのがいい。

 

「スーファミでこういうスネアの音使ってる曲も珍しくてさ。やっぱゲーム音楽ってどんなことにも挑戦してたんだなぁって」

「なんかバサッとした音ですよね。打ち込みのハッキリしたのじゃなくて」


 コナミのゲームは特にファンクっぽい曲が多いらしく、同年代のゲームでも一味違った聴き味が魅力だとのこと。

 前にもゴエモンの曲は聴かせてもらったが、和楽器×ファンクなんてよく考えつくものだ。


「フフ、だからスーちゃん向けのもきっといいのができるよ~」

「ハハ、ゲーム音楽に隙はないって感じですね」

「うん! やっぱ最強!」

 

 そう笑顔がこぼれるも、練習時間は有限、ということで時計を確認した月無先輩が少し名残惜しそうにした。


「……よし、機嫌いいからもう一曲歌っちゃおうかな~」


 ……くっそ可愛すぎる。そして嬉しすぎる。


「フフ、何がいい?」

「流れでゴエモンの曲とか? あります?」

「あたしに影山ヒロノブ歌えっていうの」

「あぁ……」


 ということで女性ボーカルでいいのを思い浮かべる。

 さっきの『ドアクロール』は本当に最高だった……。


「フフ、といっても、歌はそんなにレパートリーあるわけじゃないから~。あそうだ、アレにしよ」


 そう言って、おもむろにピアノの前に構え、指を鍵盤に置いた。


 流れたイントロですぐにわかる。

 まさに弾き語りに相応しい、往年の名曲。FFXの『素敵だね』。

 いつもより少し大人な、それでいてあどけなさが残る歌声を披露してくれた。


 RPGの主人公とヒロイン、それを想起させる歌詞が少し照れ臭いように感じた。

 それでも、先ほどの『ドアクロール』といい、月無先輩が選んだこの二曲の歌詞には、月無先輩なりの意味があるのかもしれない。

 歌詞を気にしたことはあまりなかったが、少し境遇を重ねるだけでこれだけ情緒が増すとは全くの予想外だった。


 これは「機嫌がいいから」というだけでなく、自分が見せた月無先輩への理解が嬉しかったからというのが本音だろう。それくらいわかりやすい。

 恩返しのつもりなのかもしれないと思えば、自分が何を嬉しいと思うかも、理解されてしまっているのだ。


 凛としたピアニストの表情の端々には、そう感じさせるような笑みがあった。


「フフ、FF久しぶりな気がする」

「ビッグブリッヂ以来ですかねー」


 弾き終わって余韻にふける中、ふと月無先輩が言うので脳直で返してしまう。

 そして……


「思い出しちゃうからヤメテ……」

「……迂闊でした」


 あの恥ずかしい告白を思い出し互いに赤面。

 

「あ、そうだ!」


 恥ずかしまぎれか、何か閃いたようだ。


「お楽しみで巴さんと一緒にやるから! 見ててね!」

「おぉ! 楽しみにしてます。二人でやるんですか?」

「うん! テーマはバーの歌姫!」

「ハハ、それは本当に楽しみだ」


 月無先輩のピアノと、巴先輩の歌。

 軽音でも一番の聴きどころだ。

 普通はお楽しみライブもバンドでやるんだろうけど、この二人の実力なら誰しもが納得して聴き入ることだろう。


「ふふー。選曲も楽しみにしててね!」

「その時まで聞かないことにしておきますね」


 こういうからには自分の知っている曲だろう。

 予想せず、その時を心待ちにしておくことにした。


「あ、でも一つ言っておくぜ」

「キャラ安定しない」

「まぁまぁ。でも、ボーカルは巴さん、これ忘れちゃダメだからね」


 ……さっき正景先輩にも言われたな。

 自分がめぐる狂いなのは月無先輩もよくわかっているだろう。

 巴先輩は月無先輩にとっても大事な先輩なわけだし、無礼になり得ることは自分だってしたくない。


「もちろんです。今日のは特別ってことで」

「フフ! よろしい! 特別、ね!」


 そして、深夜練習の残り時間はしっかり練習しようと、二人で練習に入った。

 しかし後々、微妙に気になったが、何故月無先輩が、ボーカルは巴先輩と強調したのだろう。

 月無先輩の歌に心酔してそればかり褒めるのは、確かに心証的によくない。

 が、話の流れ的にはお楽しみライブのことだったし、ピアニストとしての月無先輩を見るわけだから関係ない気もした。


 まぁ考えすぎな気もするし、話の流れとは関係なく、正景先輩と同じように釘刺ししてくれたんだろう。

 急に沸いた何でもない雑念だったが、すぐに振り払って練習に集中した。




 隠しトラック 

 ――物件案内 ~清水寺トリオ、中庭にて~


「さぁこちらがその現場でございます」

「暗い」

「……趣味悪い」

「とか言っちゃってついてきてるじゃん二人とも!」

「見張っとかないとあんたが何するかわからないからね」

「……保護者同伴」

「クッ、はじめも舞も揃って子ども扱いしやがって……!」

「あんた中身小学生じゃん」

「……20歳児」

「き・さ・ま・らぁーー!!」


「茶番はこれくらいにしよう」

「藍がいるだけで全部茶番だけどね」

「……そういう担当だよね」

「ふふ……白井君、めぐるちゃん……暗い中庭のこっちの様子は見えまい……こっちからは部屋の様子が丸見えだけどな!」

「本格的にヤバい人みたいだからやめな?」

「……悪質なストーカー」

「さぁ、中々二人きりの状況は合宿では作れない。募りに募った思いの丈を……」

「いつも通り練習してるね」

「……真面目すぎだよねあの二人」

「何か自分がアホなことしてるって思い知らされるな……」

「よくわかってるね」

「……恥を知ったね」


「はぁ~なんかいいよな~あの二人」

「あれ、もう覗きはやめるの?」

「うん。いつも通りだし、なんか申し訳なくなった」

「……罪の意識」

「私にもいい人現れないかな~」

「前も言ってたけど本気で言ってるの?」

「え……ちょっとそれ凹むんだけど」

「……でも藍って女捨ててない?」

「失礼だな君たち! 私は理想の人が現れるまで力を溜めているだけ!」

「ならせめて普段の言動どうにかしろよ……」

「……日頃の行いって大事だよ?」


「前から思ってたけど、藍の理想ってどんな人なの?」

「ん~……土橋さん?」

「たっか」

「……無謀にもほどがある」

「貴様ら! 私めっちゃ尽くすタイプ! 家事も料理もできる!」

「あ~、あんた自分の弁当作ってるもんね」

「……そこは認める」

「ほら! おまけに明るくて素直ないい子!」

「めぐるに全負けしてるけどね」

「……完全下位互換?」

「くそぅ……こんないい物件ないのに」

「事故物件じゃん」

「……ブフッ」


 仲良し(辛辣)




*作中で紹介した曲は曲名とゲームタイトルを記載します。


『ドアクロール』―チョコボの不思議なダンジョン 時忘れの迷宮

『ワンダークリフ』(はがくれ山)―がんばれゴエモン2~奇天烈将軍マッギネス

『素敵だね』―Final FantasyX

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