見えないメガネ
七月下旬 大学構内 大講堂地下 軽音楽部スタジオ
可愛くむーと唸る声。
八代先輩に言われた話、メンバー集めをそろそろ本格化しないといけないことを月無先輩に話したところ、先輩もそれは目下の課題と悩んでいるご様子だ。
「そうだよねー。特に氷上さんとヒビキさん」
夏バンドが始まる前に誘いたいところだが、中々会う機会もないし何より、
「ちゃんと会って話したいよね」
それほど月無先輩にとって大事な話。
連絡手段に困ることなどないし、それでも引きこめるだろうけど、ちゃんと納得してもらった上で意欲的に参加して頂くには、月無先輩のゲーム音楽愛を受け入れてもらってからの方がいい。
全員が全員、それに本気でやらないと意味がない。
「あと曲候補も絞らなきゃですね」
「それもあるんだよね……」
もう一つの問題、これも悠長にやってはいられない。
はいコレ、とポンと曲を出すのは容易だし、すぐにコピーできる曲だっていくらでもあるだろうけど、オールスターでやる意味、そして聴き手を納得させるものと考えるとかなり狭まる。
月無先輩がわかっていないハズはないが、それでも候補が多すぎるのが実情。
「八代先輩達には何送ったんですか? 曲」
「大抵どれも編曲必須だけど『時の傷跡』とか」
「あ、クロノクロス?」
「そう、超カッコいいじゃん。あれバンドサウンドにできたら超カッコよくない?」
聞いただけでワクワクする。
あの名曲を最高のアレンジで、最高のメンバーでなんて出来たら一生モノだ。
アレンジ次第じゃ別物だけど、月無先輩ならそこは妥協しないだろうし、バンドサウンドに編曲するイメージもついているのだろう。
「あと定番の『仲間を求めて』とか」
「うわ超いい」
「『Pollyanna』とか。MOTHERの」
「あれか……超いい」
ベタな線だが納得の選曲。
誰が聴いてもいい曲だし、とっかかりとしてもいい。
「パワプロ8の『伝説最強戦』とか」
「どんなんでしたっけ」
「てーーれーれーーれーーてーーてれれーって奴」
「あれか、最高じゃないすか」
「『銀の意志』とか『銀河に願いを』のEDとか『太陽は昇る』とか」
「多い多い」
なるほどこれは決まらないわけだ。
ある程度絞った結果なんだろうけど、思い当たるものは確かにどれも名曲。
「でもなんか忘れてる気がするっていうか、まだある気がするんだよな~」
「お楽しみって何曲出来るんですか?」
「大体みんな一曲で、多くて三つだね。転換含めて尺20分以内だから」
ならやりたいの全部とはいかないし、上手くまとめないといけない。
思った以上に難航しそうだ……。
「タイトル絞ってそれのメドレーにするとかどうです?」
「あたしもそれ思ってた! それなら方針決めやすいし!」
リード(主旋律)も交代交代で全員できるしと、ほぼ採用の方針で話は進む。
「じゃぁタイトル何にするかだね~」
「やっぱ有名どころですかねぇ」
一曲が有名、というより有名な曲が多い方がいいだろうと色々考える。
これまたすぐには決まらず、唸る時間が段々と増え、
「ちょっと家でしっかり考えてみる」
と一時預かりに。
メドレーのイメージもつけたいと、ゆっくり考える時間が必要とのこと。
確かに答えを急くよりはこの方がいいだろう。
曲に関して少し光明が見えたところで、ふと思いついた。
「そういえば、冬川先輩は誘わないんですか?」
オールスターなんだから、一番映えるくらいの冬川先輩は絶対にいた方がいい。
「カナ先輩も誘いたいんだけどね……。巴さんボーカルだからさ」
いつもセットでいる巴先輩、確かにボーカルなら企画に誘えない。
ゲーム音楽となればインストをやりたいだろうし、仲のいい先輩に疎外感を感じさせたくないんだろう。
「でも冬川先輩誘わなかったら、それはそれで同じことな気が」
「そうなんだけどね。……ちょっとそこは保留にさせて」
悩むほどではないような悩みが結構多い。
こういったところも蔑ろにしないのは、月無先輩の真面目さ故か。
そして再びふと気になる。
「あの二人ってゲームやるんですかね?」
「巴さんはわからないけど~、カナ先輩はどうぶつの森とか好きだよ」
「うっそ……超意外」
「フフッ、ね! カナ先輩、クールなのに実は可愛いもの大好きなんだよ! でも本人はバレてないと思ってるの可愛いよね」
なんと……。ほんとギャップの塊だなあの人。
「そうそう~、
「スーちゃんとか溺愛してますもんね!」
「本当は抱きしめたいくらいだからね~」
「「……え?」」
月無先輩と顔を見合わせ黙ってしまう。
全然気付かなかった。いつからそこに……振り向くと……。
「巴さん!?」
「ドア開きっぱだったよ~」
月無先輩が絶望的な顔、とまではいかないが驚き言葉を失う。
自分も同じくだが……マズいというわけではないが聞かれていたのか?
「追試食らってきたんだ~。ちょっと寄ってみたら二人がいたからさ~」
何か返して月無先輩!
「そ、そうだったんですね! アハハハ……」
ヘタクソ! でも俺も不甲斐ない!
「奏の話してただけでしょ? 陰口じゃないんだったらそんなに驚かなくても~」
「いや、いないところで先輩の話するのも悪いかなって」
「だいじょぶだよ~。奏ギャップ萌えは同感だし~」
多分大丈夫そうだ。
なんとか危機的状況回避。グッジョブ俺。
「今日はカナ先輩一緒じゃないんですか?」
それに乗じて話題転換。グッジョブ月無先輩。
「この後一緒にご飯食べるよ~二人も行く~?」
「いいんですか? じゃぁ是非!」
なんとも嬉しい話。
しかしさっきの話題があった手前、そわそわする感覚がある。
月無先輩次第だが……まぁ何が起きるわけでもないか。
そしてスタジオを閉め、冬川先輩の待つ駅前に向かった。
§
「おまたせ奏~」
「……あら、めぐると白井君も一緒なの?」
「捕獲してきた~」
挨拶をして事情を説明した。
「そう。ごめんね、ともが巻き込んで」
「いえいえ! 丁度お昼だったので嬉しいです!」
折角なのでのんびり話そうと、長く居座れる駅前の喫茶店へ。
席に着くと早速ダラける巴先輩と、はしたないと諌める冬川先輩。
どこか信頼の見えるやりとりに自然と笑いがこぼれた。
「奏は固いな~。折角さっき奏の可愛さについて話してたのに~」
「……どういうこと?」
いやいきなりギリギリ攻めるな巴先輩。
ツッコまれたらバツが悪いのだが。
「余計なこと言ってないでしょうね」
「言ってないよ~」
そして冬川先輩は自分と月無先輩に目線を向けた。
ヤバい、怖い。
入店して数分も経ってないのに。
頑張ってくれ月無先輩。ちょっと俺には何もできないッス。
「ゲームの話してて、カナ先輩がどうぶつの森が好きって話になったんです!」
「それでギャップ萌えだよね~って。それだけだよ~」
そのまま受け取ってくれたか、少しため息をつく。
「ハァ……それくらいならいいけど」
そして気付かれないよう巴先輩がこちらにサイン。
助かりました。巴先輩グッジョブ。元はと言えばあなたのせいですが。
「二人とも今日は練習?」
「はい! 夏バン前に白井君を育成中なんです」
「助けてもらってます」
冬川先輩は微笑を浮かべた。
真面目に毎日やってるつもりなので、認めてもらえたのは嬉しい。
「白井君には頑張ってもらわなきゃだからね~。めぐる、よろしく頼むよ~」
「任せてください! でもあたしが何もしなくても大丈夫だと思いますけどね」
しかし思うのが、仲良く話してはいるが、巴先輩と月無先輩は何故夏バンド組まなかったのだろう。
月無先輩でなく自分、それが未だに全く分からない。
合宿投票一位を目指すにも、月無先輩を選ばない理由があったのだろうか。
……しかし主導は巴先輩だし、本人のみぞ知るところ。
考えても答えは出ないし、ふとよぎった言葉の気配に嫌気が差した。
月無先輩が気にしていないとも限らないし、触れてもよくないか。
「そういえば何ですけど」
切り替えるために一つ質問をしよう。
しょうもないけど個人的に重大なものだ。
「なんでうちメガネバンドなんです?」
チャットのグループ名のこと。
正直意味わからんけど気になる。
「それはだね~……。私が全員にメガネを掛けさせる気でいるからなのだよ」
「絶対やめて」
速攻却下されてるけど何その素敵な企画。
「白井君メガネ好きだって聞いたからね~。同じ趣味を持つ者、団結しないとね~」
「巻き込まないで」
めっちゃ拒否られてるけど是非助力したい。
不肖メガネ好き白井、尽力する覚悟は元より……しかしだ。
「……今更気付いたんですけど誰から聞いたんですかそれ」
別に誤解ではないが情報筒抜けは如何ともし難い。
バンドメンバーメガネ化計画に内心ブチ上がったけど、メガネ狂いみたいに広まるとヤバい奴だと思われる。
「ふっふ~、巴さんの情報網を甘く見てはいけないよ~」
「
なるほど八代先輩……なんかもう全部握られてるなもう。
確かに話に一回上がったが。
「……めぐるどうしたの」
冬川先輩がそう言うので月無先輩を見ると……ジト目。
……なんか前にもあったなこれ。
「そんな目で見ないでくださいよ……」
「フフッ、冗談だよ」
まぁ性癖暴露する奴とかキモいに決まってるか。
冗談だとはわかっててもキモい言われるの辛い。
「めぐるはあのメガネまだ使ってる~?」
「はい! 普段は裸眼ですけどね」
お、メガネめぐるの話。あれ超可愛いからもっと掛けて欲しい。
巴さんが一緒に選んであげたそうで、色違いのおそろいも持ってるそうだ。
そういう話を聞く限り、やはり二人は仲良しのようだし、夏バンドのことも何か別の理由があるのだろう。
「めぐるメガネ似合うからもっと掛ければいいのに~」
「ん~、ずっとかけてると疲れちゃうので」
代弁してくれるとは!
しかしマジで常用してほしい。
ここのところ見る機会が中々ないから久しぶりに見たい。
さぁ、三年生の方がこう言ってるんですし……
「超可愛いのに~。ね~? 白井君」
「いや本当にそ……」
…………。
……チクショウ! 罠じゃねぇか!
なんてこった。別に言って悪いことでもないがなんてバツが悪い。
というかこの前のギンナンといい最近の俺はなんて迂闊なんだ。
巴先輩の緩い口調は釣られて気が緩むからズルいぞ勘弁してくれ!
マズい、顔見れない……あ、でも視線めっちゃ感じる。絶対睨んでる。
恐る恐る目を向けると……。
「……」
ジト目で何も言わな……いや照れてる、これ照れてるな。
ちょっと待てめっちゃ可愛いぞこれ何だ。
もしかして何言えばいいかわからなくなってるのか?
「……すいません調子乗りました」
一応謝ってみる。
正直調子に乗り過ぎた。嫌がられてもおかしくない。
そうでなければ幸いだが……。
「……わかった」
……わかった?
でもよかった。怒ってないし嫌がってる感じでもない。
「あはは~、いいもの見れた~。ほんと可愛い~」
「やめなさい、悪趣味よ」
冬川先輩が諌めてくれるが……よほど可愛かったのか諌めつつ何か堪えている。
「ね~めぐる~。お楽しみなんか一緒にやろうよ~」
そして巴先輩が提案をした。
……ボーカルでなければゲーム音楽バンドにそのまま誘えたのに、なんて思ったが、月無先輩が快く返事をするとそのままその話題で盛り上がっていた。
その後もしばらくその話題が続き、いい雰囲気のまま時間は過ぎた。
夏バンドの話は出来なかったが、違うバンドの月無先輩の手前、気を使ったのかもしれない。
多分、最後に一緒にやれないから、こうして一緒にいる時は巴先輩も月無先輩を優先して可愛がるんだろう。
お楽しみで何を演奏しようかと盛り上がっている時は、本当に仲良さそうにしていたし、月無先輩も嬉しそうにしていた。
巴先輩の考えは結局まるで見えないけど、少なくとも一瞬よぎったような悪いものでは決してない、それだけはわかった。
隠しトラック
――消えない罪 ~喫茶店にて~
「ところでなんだけど~白井君」
「何でしょう?」
「何でメガネ好きなの~?」
「……それ聞いちゃいます?」
「聞いちゃう~」
「めぐるが席立った途端その話するのね……」
「だって貴重なメガネフレンズだから~。さぁさぁ」
「いやすっごい言いづらいんですけど」
「気にしたら負けだよ~」
「私も気にしないからお好きにどうぞ」
「グ……。でも特にこれといった理由ないですよ。何故か好きなんです」
「え、それだけ~?」
「はい、本当ににそれだけです」
「つまんね~。ヤッシーが面白いよって言ってたのに~。……さては奏がいるから抑えてるな~」
「いやそんなことは……」
「……図星だな~?」
「イジめないの」
「あ、めぐるお帰り~」
「ただいまです!」
「ねーねー、メガネについて語る白井君ってどんななの~?」
「……」
「あ、わかった~もう十分だよ~」
「ほんと酷くないですかこの仕打ち」
「……白井君よっぽどだったのね」
「冬川先輩まで!」
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