特別な時間 後編
前半の恥ずかしいあらすじ
白井がスタジオを覗きに来ると月無先輩に遭遇。
昼食を食べに行こうと二人で学外の喫茶店に入る。
ライブのダメ出しを受けたあと、白井は月無先輩から本心を語られた。
そして超恥ずかしい内容を色々打ち明けられ、互いに赤面するのであった。
……どんだけ純情なんだコイツら。
「さてさて~、今日は何やろっか~」
部室に着くと、早速ゲームを選び始める。
「あ、あれやろう! ファイナル・ファイト! この前マジアカの問題で出たし!」
そういえば……マイク・ハガーのおかげで状態異常から回復したんだった。
「ってかスーファミまだ動くんですね」
「うん、大事に使ってるから!」
そして二人プレイができるファイナル・ファイト2を本体に挿すと……接触が悪くて中々ゲームが始まらないので試行錯誤。
カートリッジをふーふーする先輩超可愛い。
「おし、ついた! あたしハガーね。でやぁぁ!」
「どんだけハガー好きなんですか……。あと初作ハガーの声真似やめて」
ほんと筋肉好きだな。
バイオ6やってる時もクリスの声真似してたし。
「マキとカルロスってどっちの方がいいんですかね」
「どっちも大差ないから好きな方でやぁぁ!」
病気か。
「2やったことないんですよね。クリアできるかな」
「いざとなったらハメパンチやるから大丈夫でやぁぁ!」
語尾か。
「ハガーの真似する女子とか全世界探してもめぐる先輩だけですよ……」
「あはは~、ちょっとテンション上がっちゃって~……」
そんなこんなでゲームスタート。
出現位置がわかるかの如く、出てきた瞬間に敵にパイルドライバーを食らわせ続ける先輩。まるで出番はなく「ゴッゴッ、フォンフォンフォンフォン」という効果音が頭にこびりつく。
しかも大抵死ぬまで殴り続けるものだから、討ち漏らしを狩るとかもない。
超楽しそうにしてるし、邪魔はせずにはじっこでハメパンチの練習でもしてよう。
ベルトスクロールでやることを探すというのも不思議な体験だ。
そしてふと気付いた。
「結構曲いいんですね。昔、初作やったとき全然気にしてなかったです」
この手のゲームは操作に気をとられるので、あまり曲に集中したことがなかった。
めぐる無双によって暇が与えられたので、曲を聴く余裕がある。
「ね! SFC時代のカプコンって感じがしていいよね! あたしこのPCM音源の音、大好きなんだ~」
言われてみれば……ロックマンXも似たような音色だ。
ギターっぽいものにしても、ドラムにしても、エフェクトがかったシンセの音も、このなんとも言えない音色が確かにカプコンらしい。
「生音と違った迫力があっていいですよね。なんかテンション上がるっていうか」
「ね! でもこの時代ってさ、やっぱり生音には負けるっていう考えがあったんだと思うのね」
実際のところは知らないけど、それはそうだろうとも思う。
「それでも生音と比べられることを恐れずバンドサウンドを積極的に使ったんだよ! すごいと思わない?」
「なるほど……。確かに勇気あるかも」
安っぽいとか言われて避けられる可能性だってある、というわけだ。
「だから挑戦的ですごく好きなんだ~。実際カッコいいし、この音。安っぽく聞こえないように色んな工夫があるのもいいよね! あ、でやぁぁ」
SFC時代からいい音色というのは本当にいいが、これも生音の成り損ないに終わらない魅力がある。
音源、音色というのも色々と追求しがいがあるかもしれない。
あとハガーやめれ。
「ま~さすがにバッキングばっかでメロで使ってるのは少ないけどね」
メロディはシンセっぽい音。
元々電子音だから違和感というか劣化感があまりないということか。
シンセのメロディーと言えばゲーム音楽、という気がするのはそういう理由もあるのかもしれない。
「シンセの音でソロとかって弾くことありますか?」
以前聴いたギルティ・ギアの曲なんかでは、生音の中でシンセのソロがあった。
「曲によるかな~。でも軽音でやる曲じゃあんまり機会ないかもね。やってみたいとは思うけどね! いつもオルガンかエレピだし!」
この前のライブもエレピの音でのソロだった。
月無先輩が本気で演奏するシンセリードのソロも見てみたい。
そんなことを伝えると、少し考えるような間をおいて話を続けた。
「そうなったらあたし、超本気出しちゃうね!」
ゲーム音楽バンドの話が進めば、そういうのも見えてくるかもしれない。
そう思うと夏合宿のお楽しみ企画への期待が高まった。
SFC時代の音というのを改めて聴きたく、ゲームをやるかたわら曲に集中する。
16分音符でハネたファンクのノリだったり、スラップソロを取り入れた曲だったり、打ち込みでやるには大変そうな技術が曲の中にふんだんに盛り込まれている。
アドリブ寄りのフレーズが多いのも、生音に負けないことを意識したように聞こえるし、所詮電子音といった妥協も感じない。
操作が忙しくてBGMとして聞き流していた時には気付けなかった。
月無先輩があそこまで魅力を熱弁する理由が少しわかる。
「お、手が止まってるぞ~」
「……あ、はいすいません。ちょっと曲集中してました」
すると先輩は少し意外そうな反応をして、ならばよし、と嬉しそうに言った。
ゲームも後半のステージに入り、慣れてきたのでボスだろうとなんだろうとハメパンチで蹂躙する。
圧倒的作業感が画面内に充満し始める中、部室のドアが開いた。
「お疲れ~。お、白井、月無。懐かしいな、ファイナル・ファイトじゃん」
部長の登場。
「あ、本物だ! お疲れ様です!」
いや本物って……。
さっきから電極持って突進してくるデブのことヒビキさんとか呼んでたけど。
挨拶をすると、部長は自分の横にドスッと座った。
「よし、白井。死んだら交代な」
先輩の要求を断るわけにはいかない。ここは応じよう。
丁度いいタイミングでアンドレの突進喰らって死んだし。
「ヒビキさん、ファイナル・ファイト好きなんですね」
手が空いたので話を振ってみる。
「お~好きだぞ。タフまでやったぞ」
「……え! いいな! あたしタフだけやってないんです! やたら値段高くて。
ハガーがロン毛の奴ですよね!」
……嫌なんだけどそれ。
「しかも半ズボンですよね!」
……マジで嫌なんだけどそれ。微妙に想像したくもない情報を得た。
部長がゲームをしているのは初めて見たが、自分よりかなり上手い。
そういえばギルティもやるみたいなこと言っていた。
「ヒビキさんって結構ゲームやるんですか?」
「そうだな~。一般的に見たら結構ゲーマーなんじゃねぇか?」
なるほど……しかしなんだろう、俯瞰的な言い方がゲームマニアではないと言っているようにも聞こえた。
「まぁゲーム女ほどではねぇな!」
「むー、ひどい!」
自然にこういうやりとりをする姿を見ると、少しだけ気にかかった。
そのせいか、ゲームから話題を逸らしたくなる。
「それはそうと白井よ。お前、夏は巴のバンドだろ?」
「あ、はい。信じられないメンバーでプレッシャーです」
部長から話題を変えてくれた。
「頑張れよ~。ま、実際この前のライブ、お前カッコよかったぜ」
飾りっけなしに褒めてくれるのは本当に嬉しい。
「あ、ありがとうございます! でも代表バンド、一曲目から完全に飲まれちゃいました。そういえばあれ、ヒビキさん半分歌ってましたよね」
曲名はわからなかったが、一曲目は巴先輩と部長のツインボーカルだった。
「あ~『POW』な。ありゃあ俺のオハコよ!」
ラリー・グラハムというベーシストの曲らしい。
なるほど十八番と自ら言うだけあって本当にさまになっていた。
巴先輩と同じく、ただ上手いだけでないパフォーマンスがどれだけ魅力的かよくわかるようなものだった。
「あれ思い出すと、俺も自信つけなきゃなって思います」
目標としては高すぎるが、今の自分に必要なことにつながるとも感じる。
「わかってるじゃねぇか。最初のライブでそこまでいけたら十分よ。月無、お前いい弟子もったな!」
なんの気なしに言ってくれる。
部長は何にでも肯定的だけど、素直に受け止められるような言い方をする。
そのおかげもあって、また少しだけ報われるような気がした。
「よし、ロレント倒したし、俺はおいとまするかな。邪魔したな。じゃ」
そう言って立ち上がって部室を出て行った。
去り際に貸出棚にCDを戻していたので、それが目的だったようだ。
「白井君、ラスト面だよ!」
コントローラーを持ち直し、再開する。
「ラストで一番最初の曲流れる演出ってなんか燃えるよね」
「わかる」
結局全く危なげなくラスボスを倒し、ゲームをクリアした。
一息つき、ゲームをしない時間がやってくる。
「そういえばめぐる先輩、俺が他の先輩と話してるときって何も言いませんよね」
ふと思っただけ。
巴先輩達と初めて会ったときも同じだった。
すると、特に何も言わず少しだけ考えるような仕草をした。
無言の間は苦手なので、思い当たる理由を告げてみる。
「あ、いや気を遣ってくれてるのかなって」
そしてまた答えない。
見当違いだったのだろうか。
思い当たることもないので、自分も続ける言葉がない。
すると、んーと声を出して口を開いた。
「そうかもね。あたしとばっかりじゃなくて、他の先輩とも仲良くなった方がいいし、邪魔しちゃいけないって思ったのかも」
予想が外れたわけでもなさそうだが、他人事のように言う。
追って理由をつけたのかもしれない。
「なんかすいません、気を遣わせちゃって」
「ふふ、いいんだよ。大切なことじゃん」
確かに大切なことだ。
人と仲良くなることは部活をやる上で重要だし、夏バンドの話から実感したことでもある。
それでも少しだけ釈然としなかった。
「あ~でも……。邪魔されたくないって思ったのもあるかもしれない」
なんのことだろうか。
はっきりとはしない。
……その理由を突き詰めるのは自意識過剰な仮説の上でしか成り立たない。
「……いや、やっぱなんでもない! なんでもないなんでもない」
少しだけ慌てたように、月無先輩は訂正した。
なんでもない、自分にとっても多分その方がいい。
深く突き詰めるようなことではない。
「でも、白井君とゲームやって、ゲーム音楽の話できるのは……あたしにとって結構特別な時間ってことかな!」
……なるほど大体わかった。
多分本当にそれだけなんだと思うが、それが自分にとっても特別な時間だと再認識するのに時間はいらなかった。
「俺も楽しいですよ。いつもこうやってるのが」
……相当恥ずかしいセリフを吐いた気がする。
でもこれは言わなければならなかった気もする。
ともすれば保険のように。
「あ、あはは。……ずっとこうだといいね!」
月無先輩にしても、多分同じように思っている。
このいつもの特別な時間がずっと続けばいいと、そう。
「ふふ、なんか今日は照れくさいのばっかだ」
妙な気を起こすつもりはないし、月無先輩からすればそんなことありさえしない。
今までからそれはわかっているが、ハッキリしておかなくてはならない。
……それに実際有り得ないのはすぐにわかること。
「めぐちゃん、しろちゃん、お疲れ様~」
「あ! 吹先輩!」
ほら、大いなる神が抑止力となってくれる。
しかしマジで何なんだろうこれ。
「さっきヒビキ君から二人がいるって聞いて~。お夕飯、一緒にどうかな~って」
「あ、行きます! やった!」
夕飯のお誘い。しかし今回は非常に助かった。
第三者の介入がなければ妙な空気になったままだった。抑止というか救済に近い。
ということで自分も同行して三人で夕飯を食べ、それぞれ帰路についた。
自分にとってのいつもの時間、それでも月無先輩にとっては特別な時間。
当たり前に続いていたから、本当は自分にとっても特別なものだと忘れていた。
それがいつまでも続くためには、やはり余計なことなど何一つ必要ないのだと再確認するいい機会になった。
隠しトラック
――大いなる意思 ~スタジオ廊下にて~
「お、秋風お疲れ」
「ヒビキ君、お疲れ様~」
「譜面書いててくれたのか。いつもお疲れさん」
「もう終わるところよ~。ヒビキ君は練習?」
「おう、ちょっと弾いてこうと思ってな」
「スタジオの鍵渡しておくね~」
「お、もう帰るのか」
「うん~。レポート書かなきゃいけないから~」
「部室に白井と月無いるぞ。あいつら仲いいなほんとに」
「じゃぁ部室行くわ~」
「……お前ほんと月無のこと溺愛してるな」
「……そうね~。でもしろちゃんも可愛い後輩よ?」
「そ、そうか。アレなわけじゃないんだな」
「アレって~?」
「いやまぁ、アレだよアレ。なんつーか」
「大丈夫じゃない~? しろちゃんだってそんな子じゃないよ~」
「そ、そうか。気に入ってるんだな」
「そうね~。いい子じゃない~。でも、今はまだってだけよ~」
「……やっぱりお前神なんじゃね?」
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