四人の心 後編
前編の至って真面目なあらすじ
ライブを目前にして緊張する白井。
色んな人から話を聞いてほぐし方を探っていると、月無先輩&秋風先輩登場。
ゲーム音楽の話題になり、ついにゲーム音楽バンドの最初のメンバーが決まる。
女神の加入によって企画に大きな希望が見え始めたのだった。
そして場面は夜の部へ。バンド練では何が起こるのか、白井の運命やいかに。
いよいよ春のバンド最後の練習。
メンバーがセッティングをしたり曲を確認する中、折角だからと合わせる前に月無先輩に習った手法を試してみた。
バンドの曲を、フレーズは気にせず和音主体でコード弾き。
……おぉ、意外と上手くいく。
小難しいことをしないからか、いつもよりスムーズというか、上手くなったような気にさえなる。
「……白井なんか調子いいね。それ、そんなにスムーズに弾けてたっけ」
セッティングを終えた八代先輩が少し驚いたような反応をする。
他のメンバーもそれに同調した。
「あ、今日めぐる先輩に教えてもらったやり方なんですよ、これ。なんか練習前にコードだけで弾くのがいいとかで」
一同からなるほどという反応が返ってきた。
「オブリガード飛ばしてるの?」
春原先輩が質問してくる。
……オブリガード?
「細かい決まったフレーズのことだよ」
あぁ、なるほど、そういうことになるのか。
……しかしカッコいい名前だ。
「多分それです。リラックスするためにそういうのなしで弾くのもいいって」
「へ~、スー物知りだね。ドラムでいうフィルみたいなもんかな?」
「多分同じだと思います」
ドラムだとフィルっていうのか。
……統一してくれよ音楽用語作った人達。
「でも練習中ならそれでもいいかもね。慣れてきたらどんどん付け足す感じで。私結構細かいフィルとか、いきなり叩けないのはそうやってるよ」
なるほど、むしろ効率的……。
「な、何か難しい話です……!」
「なっちゃん、これ簡単にするための話だから……。私達ホーンはあんまり関係ないけど」
……本番二日前にして効率的な練習方法が見つかるとは。
しかし聞けば普通はそうとのこと。
むしろ最初の練習から完コピに近い形でやろうとしてたから驚いたと明かされた。
練習が始まると、時々ミスっておぼつかなくなる個所があった曲も、そこを少し簡略化してやったら拍子抜けするほど上手くいった。
曲全体の聞こえもよくなったりと、収穫は大きかった。
一通り演奏する曲を合わせると、八代先輩が感心するような声で言った。
「すごいじゃん白井、本番もそうした方がいいよそれ」
「いいんですかね? 確かにこっちの方が合わせやすくていいかもですが」
「完璧に出来ることと合わせられることって別だからね。白井は合わせること意識した方がいいとこあるから、曲によってはそのやり方の方がいいかもね」
「うん、手抜きにならないレベルならそっちの方が余裕も出るし」
八代先輩と春原先輩にも前向きな意見をもらえて、本当に大収穫だ。
心なしか曲に対する不安も、ライブに向けてのそれも解消された気がする。
緊張をほぐす方法としてとは少し違うが、これほど助かるとは思わなかった。
……月無先輩にはいくら礼をしてもし足りない。
§
練習の休憩中、八代先輩に訊いてみた。
「八代先輩って、本番前のルーティーンとかってあるんですか? なんか冬川先輩に陸上インハイ常連で一番場馴れしてるって聞いたので……」
すると少し考えて答えてくれた。
「そうだね~。高校の時はそりゃ本番前に音楽聴くみたいなことしてたけど……今は何もないかな。私緊張しないし、それも集中するためだったし。球技やってる人のルーティーンみたいなのもないかな」
いやしかし……羨ましい。
そんな人な気はしたが緊張しないとは……羨ましい。
「あ、でもまぁ、一応だけどやってることはあるかも。ライブ前っていうか、本番のセッティング中にすることなんだけどね。」
開始直前にすること、実際それが一番知りたかったかもしれない。
「やる曲とは関係なしに、自分が一番得意なテンポとジャンルで少し叩くことかな。ま~みんな自然にやってると思うけど。本番でステージに上がったら、開始前の音出しでセットリストのフレーズは叩かないし、そうした方が上手くいく気はするね」
なるほど……月無先輩と同じような感じかもしれない。
余計なことは考えずにただ楽器に触れる感じか。
意識せずにやるというあたり、実力ある人は似たようなところがあるのかも。
「ま~今日が本番だったとしたら、今日の白井は満点だね。感覚を覚えておくといいよ。リラックスとかもそうだけど、上手くいった経験が一番大事だから。それあるだけで力抜けるし」
月無先輩のおかげで八代先輩に太鼓判をもらったのはなんと嬉しいことか。
他の先輩方も夏井も同じように頷いて同意を示してくれた。
具体的な方法もだけど、八代先輩の言うように、こうした成功体験のようなものが必要だったのかもしれない。
「よし、じゃぁ残り時間少ないから通しで合わせましょう! みんな白井に負けるなよ~」
おー、とみんなで鼓舞しあう。
本番前にこの練習ができてよかった。
結局ミスることはほとんどなく、最高の形で最後のバンド練習を終えた。
§
解散し、帰り道。
駅を降りて八代先輩と歩く。
八代先輩は自分と同じく大学の近くで一人暮らし、道も途中まで一緒だ。
「しかしよかったね、白井。最後の練習でいい発見できて」
「はい、無駄な力めっちゃ抜けたっていうか……。月無先輩のおかげ……。八代先輩にも本当に感謝してます」
バンドでの八代先輩の力添えは本当に大きい。
パートは違えど、初めてのバンド体験に右往左往する自分に、手を差し伸べるように声をかけてくれた。バンド練習毎に的確なアドバイスもくれたり、個人練習にも付き合ってくれた。
選曲に関しても一年生のために考えられたものだと知っているし、そういうことを先輩として自然に出来る姿には憧れすら感じる。
たった二カ月なのに、そう思えるほど。
「私ちょっと心配してたとこあってさ。すっごい真面目に頑張ってるけど、多分その分緊張するタイプだなって」
「う……、今日の練習があってよかったです。マジで」
「あはは、そうだね、本当に。ライブまだだし大袈裟だけど、思い残すことないかな。私も白井誘ってよかったって思えるよ。最後の夏はめぐると組むからさ」
そうか、言われてやっと実感が湧いた。
今日の練習は八代先輩とする最後のバンド練習だったんだ。
感慨深さと淋しさが入り混じったような、言い表しようのない感情が起きた。
「かけもちとかもしないんですか?」
「そうだね~、多分しないかな」
その感情を少しごまかすかのように、答えのわかっている質問を投げた。
少しすがるような気持ちもあったかもしれない。
「ですよねー……」
「お、何、私と組みたかった?」
「はい」
いつもの調子でからかう八代先輩に、珍しく即答していた。
「……そっかー。私も幸せもんだなー。……あ、そうだ。じゃぁさ」
「何でしょう?」
「お楽しみでなんかやろっか。合宿のさ」
お、おぉ……。先輩から誘ってもらえるとは……。
「いいんですか?」
「いいんです! ってめぐるなら返すかなここは。アハハ」
そう笑って返してくれる八代先輩に、こちらも自然と笑みがこぼれた。
どんな形でさえ、引退まで続く夏のバンドじゃなくとも、また八代先輩と一緒に出来る機会があるのは嬉しい。
どんな形でさえ……。
「あ、じゃぁ」
「ん? 何?」
ふと考えついたがすぐに止めた。これは自分が言うことじゃない。
それに、絶対そうなるに決まってるから自分が何かする必要もない。
「あ、いや何でもないです!」
「え~何それ。まぁいいや。なんかやりたい曲とかあったら白井からも教えてね」
八代先輩は少し気になるような素振りをしたが、それ以上は何も言わなかった。
「そうそう、されっぱなしも何だから言っておくけど、私だって白井には感謝してるよ。色々とね」
「え、俺にですか?」
「そうだね~、先輩になればわかるよ。多分ね」
八代先輩が自分なんかに……いつかわかる時がくるのだろうか。
八代先輩と別れた後、今日の出来事を振り返る。
月無先輩に新しいことを教わり、それが非常に助けになったこと、女神がパーティに加わったこと、そして八代先輩とまたバンドができる機会を得たこと。
ライブが二日後に迫った緊張もいつしか気になくなっていたし、少しずつ、確実に、うまくいき始めていることを実感する、そんな一日だった。
隠しトラック
――メタ会話 ~帰りの電車にて~
「はぁ……。スー先輩」
「どうしたの?」
「……私、今日はなんか全く出番がなかった気がします」
「え……、何の話?」
「今日の練習は白井君が主役みたいで!」
「あ、そういう話」
「でも今日の白井君、本当に上手かったですね!」
「うん、そうだね。でもなっちゃんも十分上手いよ」
「え、ほんとですか!? スー先輩に褒められるなんて嬉しいです!」
「白井君は初心者だから、目が当たりやすい。なっちゃんはバンドは初めてでも吹部の実績あるし」
「た、確かに。でもちょっとうらやましいです」
「うん。緊張しないで、いつも通りやればいいよ。奏先輩も吹先輩も認めてるから」
「お、おぉ……! 代表メンバーの方に……!」
「それに、なっちゃん可愛いから人気出るよ」
「誰にですか?」
「……軽音部員にだよ」
「あ、そうか……! でも本当に恵まれてます」
「ふふ、八代先輩も言ってたよ、一年生が本当にいい二人でよかったって」
「ふぅぅ……。本当によかったです……」
「うん、私もこのバンドでよかった」
「明後日で終わっちゃうんですよね……。泣きそうです……」
「なっちゃん、ライブ終了まで泣くんじゃない」
「うぅぅ……。元気ですぅ~……」
「……え、MOTHER?」
春原と夏井は知らぬ間に同車両内にいたその世代のおっさんを困惑させた。
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