幕間 少女の記憶 後編
―――― 少女の記憶、時は少し進む。
前向きに切り替えたつもりでも、家に帰って独りになると悲しさが込み上げた。
一番好きなものが受け入れられず、一番辛い否定のされかたとしてしまったこと。
しかしそれは悪気があったわけでもなく、自分を思ってのこと。
頭では理解できても、心の部分ではどうしようもなく割り切れなかった。
ゲームをする気も起きないし、ピアノの前に座る気力もない。
流行りの曲を追い、よくわからない歌詞に感化される、そう見えてしまう人に、何故あれほどまで否定されなければならないのか。
考える程に不条理だけが増長し、認められることがない悔しさと、友達のことを悪く思いたくない葛藤に苛まれ、ソファーに座ってうつむいていた。
「ただいま~。……ん? なんだめぐる元気ないな。最近ずっと帰ったらすぐにテイルズやってたのに」
大学生の兄が帰宅した。
兄は度を超えたゲーマーであると同時に、音楽もやっている。
少女の一番の理解者であり、昔から一緒にゲームをしたりして可愛がった。
そんな兄が異変に気付くことは当然であったし、見るからに落ち込む少女をすぐさま心配した。
「あ、お兄ちゃんおかえり。……何でもないよ、大丈夫」
その様子を見て放っておけないのは当然だった。
「どう見てもだいじょばないだろ……。何か嫌なことあったのか?」
兄が優しくそういうと、少女も少し間をおいてから今日の出来事について話した。
「今日初めて話したんだけどね……ゲーム音楽なんてオタクの音楽だって。もっといい曲聴いた方がいいって」
兄はそれを話すこと自体が辛いことを察しながらも、何も言わずに静かに聞いた。
ゲーム音楽が大好きなのはもちろん知っているし、何よりそれには兄が大きく影響している。
少女ほどゲーム音楽にのめり込むようなことはなかったが、幼いころにさんざん一緒にゲームをして遊んだし、せがまれればゲーム音楽をピアノで弾いてあげた。
少女が自分でもゲーム音楽を弾きたいとピアノを始めた時は本当に喜んだ。
その兄が現状で最も共感と同情を持てるのは確かであり、どれほど辛かったかは一番よくわかってあげられる。
「めぐるな、それはしょうがないよ」
わかった上で兄はそう言った。
少女はそれを聞くとやはりと悲しんだが、それでも兄は続けた。
「まぁ聞け。自分の趣味じゃないもの理解できないのは当たり前だぞ。俺もぶっちゃけ嫌いな音楽沢山あるし。だからといって好きな人の前で否定するのはやっぱりよくないけどな」
そんなことは当たり前である、と兄は言った。
「第一にお前もそういうのあるだろ。お前よくTVで流れてる○○の曲冷めた目でみてるじゃん。一回否定されたくらいで気にすんなって」
少女のことをよく知る人だからできる、気付かせるための励ましでもあった。
「友達のこと嫌いになったわけじゃないんだろ? その友達がたまたまそうだったってだけで、音楽なんて基本ディスったりディスられたりだからな。俺の部活もそうだけど。趣味が合わなかったってだけなんだから、気にし過ぎちゃいけないぞ」
「……そういうものなの?」
「そういうもんなんです」
体験をもとに、兄は少女のために続けた。
今、少女に必要な言葉を。
「俺はめぐるほどゲーム音楽好きじゃないから辛さは全部はわからないけど、話が全部合うような人なんてまずいないんだから。この人はこう、って思わないと余計辛いだけだぞ。その友達はオタク嫌いすぎな気もするけど、そういう人はいるよ」
「そうなんだ……」
「というか名門女子高でゲーム音楽好きなゲーマーなんて他にいるわけないだろ」
「……盲点だった」
「マジかお前」
兄は少女がまだわかっていないことを教えるように話した。
音楽は好き嫌いが判断基準の大部分になりえるということ。
曲の良さよりブランドで曲を評価する人がいるということ。
ゲームだとか関係なく偏見にまみれていること。
自分がどれだけ好きかは相手には関係ないこと。
心ない否定を受けることもしばしばあるということ。
一方的に押しつけるのは両者のためにならないこと。
そして否定した友達も、ただ音楽の楽しみ方が違うだけでそこに貴賎はないこと。
趣味の話をする上で少女が知るべきこと、受け入れるべきことは沢山あった。
ほとんど一人でゲーム音楽に没頭していた少女にとっては意外なことも多かった。
「初めて否定されて辛かったんだろうし簡単に割り切れないかもしれんが、それがなくても今まで仲良かったんだろ? 別にいいじゃんか」
「……でもゲーム音楽の話したかったんだもん」
言われたことを理解しつつも拗ねる少女に兄は提案をした。
「じゃあゲーム音楽の話が出来る人と会えるのを期待して待っておけ。自分から押しつけても相手が本当に好きになってくれなきゃ意味がないだろ? 勧めてダメだったら今日みたいに悲しい思いするかもしれんし。この人ゲーム音楽好きだっていう奴がいたらそいつと思う存分語ればいい」
自分から話して辛い思いするくらいなら待てばいい。
無理に前向きになる必要はない、いつかわかってくれる人に会える。
少女の辛さを出来る限り理解しようとしてされた提案だった。
「……いるかな」
「いる。……ハズ」
少女もそれに納得したし、自分から話すことに生まれた恐怖心は、そうすることでしか払拭できないものと感じ取った。
そういう人がいつか現れる、それがいつになるかわからないが、ほんの少し希望を持てたような気がした。
「……運命的な出会いみたいな?」
「……幻のポケモンだな」
―――― 少女の記憶、ここで途絶える。
――――先輩。
――――――めぐる先輩!
「むぅ……。あれ? 白井君だ」
「あれって、こんな時間ですよ。貸出棚に返すものがあって来たから丁度よかったですけど」
「……あはは、寝ちゃってた。昨日徹夜しちゃって」
「大方ゲーム音楽コピってたら止まらなくなったとかでしょ……」
「……。ふふっ! よくわかったね」
「何ですか今の間は」
「なんでもないよ! ちょっと思い出したことがあっただけ、帰ろ帰ろ!」
辛い記憶をたどってのものか、ただ寝起きだからか、それとも別のものか。
本人にもはっきりとはしないが、めぐるの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
それを白井に気付かれないように拭って、いつものように明るく振舞った。
高校の出来事から数年、めぐるは誰にもゲーム音楽の話を自分からしなかった。
相手に話を振られたときにその言葉を単語として出す時があるだけで、基本的には相手の好きな音楽に話を合わせるようにしていた。
友達とも仲直りしたし、以降卒業まで順風満帆に過ごした。
それでも、生まれて初めて一番好きなものが否定されたこと、一番の親友に期待した言葉をかけてもらえなかったこと、その傷が癒えるには時間がかかったし、自分から話題にすることの恐怖心を払拭できる機会はなかった。
それが今でも枷になっているのは事実であるが、少しずつ、経験を通して変化が生じてきたのも確かである。
初めて長年累積した感情を受け止めてくれる存在が現れたからかもしれない。
秋風や八代、信頼する先輩達に受け入れてもらえたことが理由かもしれない。
振り返れば全て事故のようなものだが、めぐるの不安や怯えを解消する要因として、起きた出来事のそれぞれが大きな意味を持っているのは確かだ。
そして彼が彼であることが、どれだけ重要な部分を占めるかは定かではないが、その転機をもたらしたのが白井であるということも事実だ。
過去のトラウマから大袈裟に大ごとにしていただけなのかもしれないと、そう思えるようになったのはめぐるにとって本当に大きな一歩だった。
「そういやさっきなんか思い出したとか言ってませんでした」
「まぁいいからいいから!」
「ちょっと気になる」
「う~ん……。いいことってだけは教えてあげる! あ、それと……」
「なんです?」
「……ありがとうね! 起こしてくれて」
「……? どういたしまして」
隠しトラック
――戦闘狂兄妹 ~自宅にて~
「ただいま~。お、めぐる、久しぶり」
「あれ? お兄ちゃんだ。何しに来たの?」
「何しにって……。ここ俺の実家なんだけど。明日こっちに用事があるから帰るって言ったじゃん」
「あ、そういえばそうだったね!」
「そういえばって……。お、ギルティじゃん」
「そう、新入生でね! やる子がいるんだ!」
「ほ~、よかったな。ゲーム仲間できて」
「うん! ……でもね。……なんとね」
「お、おう何だ」
「その子ね……。……なんとね。ゲーム音楽好きなんだよ!」
「……なんと。よかったな」
「うん、ほんとに! しかも鍵盤で同パートなんだよ!」
「ほ~、よかったな本当に。で、そいつ男?」
「……? うん、男だよ?」
「よし、殺す」
「いや殺さないでよ大切な後輩なんだから」
「……ちくしょう。ついにめぐるにも白馬の王子的なアレが」
「いやそういうのじゃないから。白いけど」
「あ、そうなの。ってか白いんだ」
「うん。超普通だけど真面目でいい子だよ」
「よし、許す。……ゲーム強いの?」
「まぁまぁかな。普通より強いくらいじゃないかな」
「フッ、じゃぁ兄の威厳を見せてやろう。コントローラーを用意するんだめぐる」
「自分でやりなよ」
「……はい。……何使おっかなー。よし、チップ」
「お、紙忍者。ブッ潰す」
「物騒だな」
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