マンドレイク8

  遊びゲーム の時間の終わりを知って、嵐・ヨハンナ・ヤンセンは、自らの 世界認識 が現実へ摺り寄り始めたことを認識していた。

 咄嗟に芙蓉へ無線通信を飛ばして、いくつかの符号を用いた簡易信号を送り合った―― 小隊メンバー疾風 の暴走に備えたものであると同時に、鎮圧対象とある 小隊員本人疾風 に即席の作戦を知られないようにするための処置であった。


 特甲の指先から噴出した 液体金属フリュスヒメタル ワイヤーを、数メートル先の丈夫そうな枝を狙って巻き付ける。そのまま足元の枝から飛び離れると、振り子の要領で勢いに身を任せた――蔦を手に樹上を飛び回る 猿人ターザン の様相を呈し、すれ違う幹を蹴り飛ばして慣性の方向を変えて進行方向を微調整すると、予め次の足場として狙いを付けておいた枝の上に着地した。

 ぐるりと周囲を見渡し、動く影を探した――追跡者の姿は認められなかった。


「ふああぁ……」嵐はまなじりに涙を浮かべながら、欠伸をひとつ――「……思ったより状況ヤバそうだねえ」


 液状化させたワイヤーを振り払い、指先で自らの喉元に触れた……ほのかに痛み 。掠めた切っ先の電熱によるもの――紙一重で飛び退って避けられたが、あやうく 喉で息をする・・・・・・ はめになるところだった。


 だが恐怖は無く。

 そして混乱はあっても、困惑は無かった――こういうことも ありうる・・・・ と知らされていたことだったからだ。


「ンフフフ、手間のかかる小隊長だねぇ。まあ、 確かめる・・・・ には丁度いいかな――」


 眠たげに細められていた嵐の瞼が、はじめて見開かれた。

 濃緑色のまなこ には知性の色が帯び、瞳は思慮深く周囲を伺って捻転している。


  仲間パーティー 隊長リーダー であった スカウトモンク回避タンク 錯乱バーサク アタッカーダメージソース 術者デバフ要員 は瀕死で 動けずスタン ――最早面子は己一人。しかし、 工兵ピオニーア たる己は、言うなれば 盗賊シーフ ポジだ。小手先の仕事を嫌がらせに注力することにかけて右に出る者はいないつもりだが、なんとはなれば 対人戦闘pvp で前衛職と正面からかち合えるような性能は有していない。


 搦め手……それしかないが、しかしどうすべきか。


(なにせ疾風 の姿が――)


 特甲の触覚に手ごたえ――索敵糸の切断を感知。


(――見えないケド、解ったなあ)


 直上。半 Sec後に接触と判明。抗磁圧の偏向を開始。幹に置いた手から樹皮内部へ浸透させていた液状化金属に向けて抗磁圧の グローブ掌底 を展開して 押し付け・・・・ ることにより、樹木との反作用で己の頭上へと飛び散らせた――空中で飛沫と化したそれらが次々に変形・結合・伸長を繰り返し、投網の如き捕獲糸を生成。旗の如く幹からたなびいたその先切れへ向けて補助糸を接続し、別の手近な樹木へと向けて飛ばす――大樹の双極に繋がれた網がハンモック状に固定され、音も無く頭上から襲い掛かって来た疾風の身体を抱き止めて絡め取った。


「やっほ、疾風」初めて視線を上に向けた――液状金属の網目の向こう側へ、愛すべき小隊長の姿が見えた。「わたしのこと覚えてる?」

「いえ……やはり初対面だと思うのですが」疾風のいらえ――普段のしかめっ面が嘘のように思える程純朴そうな表情で首を傾げた。「 おねえさん・・・・・ のお名前を伺っても?」

 嵐の眼が愉快そうに細まった――「 メ・ジャモ・アラシ わたしは あらし ポドリア・アブラール・エスパニョール じょーずに おしゃべり できるかな~ ?」

ヤー・ニ・パニマーユわかりません」スペイン語によるからかい――語調から意図を察したのか、疾風の顔がムッと しかめられる・・・・・・ 。「 ヴィ・ガバリーチェ・パ・ァルォスキィ貴方こそ、ロシア語が話せるのですか ?」

「ごめんごめん。やっぱ ドイツ語ドイッチェ で話そ?」網を間に挟んで鼻先を突きあわせながら、嵐が口端を持ち上げた。「うん。その仏頂面の方が それ疾風 っぽいよ。脇腹の怪我はまだ痛む?」

「え……?」網の中で身をよじっていた疾風が、まるでいま初めて聞かされた事のように困惑していた。「いつの間に……? そんな、何故……」

「ああ、心配しないで。何発か拳銃弾が埋まってるだけだから」不安を取り除くような語調でやんわりと伝える――拳銃弾の下りは余計だったかな、と思いながら。「出血もあんまりないでしょ? うまいこと縫ってあげたの、わたしなんだからね? 感謝して欲しいな?  光り物ナイフ なんか仕舞ってさぁ……ね?  お嬢ちゃんメートヒェン ?」

「貴方が 処置治療 を?」その言葉を受けて、疾風の目がまん丸と見開かれた。「そんな……だったら私、酷い事をしてしまいました。 同志恩人 になんの説明も無く斬りかかるだなんて――謝罪させてください。本当にごめんなさい。そして、ありがとうございます!」

 説明すりゃ斬りかかってもいいのかい――思わずこぼれそうになった言葉を飲み込んで、代わりに別のいらえを返した。「 ニィエー・ザ・シタどういたしまして タヴァリシチ同志よ

「あっ……ロシア語、話せるんじゃないですか、貴方っ!」

「あいさつ程度なら一般常識の範疇じゃない?  MMORPGネトゲ やってるとさあ、まあ、色々 捗る・・ よ?」

「ねとげ……?」ポカンとした顔――やがて何か勝手に察したのか、急にその表情が綻んだ。「よく分かりませんが、異人種間での意思疎通を促すツールというのは、とても 進歩的・・・ で、素晴らしいですね!」

「そりゃ……どうも」嵐――趣味を褒められたせいか、まんざらでもなく饒舌になる。「良かったら疾風もウチの チームパーティー に加入する? この嵐さんが色々教えたげるからさ」

「あっ、 労組ろうそ 的なヤツですね!」またも異様な解釈――しかし心底嬉しそうないらえ。「 オーチン・プリヤートナよろしくお願いいたします 、同志・嵐!」


 先ほどまでの剣呑な空気からは一転、疾風の華やぐような笑顔――嵐はへらへらとした笑いで返しながらも、彼女が手首を返して 高電磁ハチスン ナイフの刃先を網に押し当ててようとしているさまを観察していた――油断なく。


「で、さあ。仲良くなれたところでひとつ聞きたいんだけど――わたし、なんでさっき 斬られたころされかけた の?」

「えっ、そんな。殺すだなんて……恐ろしい」疾風――すごく心外そうな顔で高電磁ナイフを翻し、 ぷつぷつ・・・・ と液体金属の網を焼き切りながら返答した。「あれはただの 激励・・ ですよ。誤解されるようなこと、言わないで下さい」

「激励?」嵐の視線が疾風の顔へと向けられた――アホを見る目。「 オクダイラ同志 にやっていたように、両手を切り落としたり、目玉を焼いたりするのが?」

「はい!  同志仲間 からの愛の鞭によって自己批判を促進させ、真の革命闘士への成長を促すんです。この進歩的自己実現によって、我々革命家は妥協なき理想をこの胸に抱くことが出来るのだと伺っております。 総括・・ って言うのだと、 師匠ゼペットおじさん が仰っておりました!」


 曇りなき瞳で語られる朗々とした理想――溢れんばかりの血の臭い。


 これが、 子供工場に来る嵐や芙蓉と出会う 前の疾風。かつて彼女の在り方を称した芙蓉の言葉を借りるならば、『ホンマもんの馬鹿』――この アホ・・ ぉという言葉ならば、仲間に対してであってもからかい交じりに口にする事が多い芙蓉――彼女をして、そんな茶化した蔑称では表現しきれないと判断する程の 馬鹿・・ 。それが、『ウィーンの森・山荘事件』の立役者こと、疾風・クラーラ・アイヒェル――通称、〝こども赤軍〟の疾風。


  疾風シュトゥルム の如く各地へ知れ渡り、ウィーンどころか世界中を震撼せしめた最悪の児童犯罪。左翼組織摘発のため、森に分け入った公安捜査員及び警官の中に多数の死傷者を量産し、殉職者まで出した特A級犯罪者。それが世間一般における彼女の 認識・・ であり、同時に 伝説・・ でもあった。公共メディア上で放映された彼女の顛末は『警官による射殺』とされており、彼女は既に死んだはずの人間となっている。目の前の『疾風・クラーラ・アイヒェル』は『こども赤軍・疾風』と同姓同名の別人であり、偶然にも容姿の酷似した、まったく別人の労働・機械化・特甲児童である――と、されている、が。


 ……んなわきゃねー。

 どっからどうみてもご本様です本当にありがとうございました。


 嵐は自嘲気味な笑い声をひとつ漏らすと、樹皮内に浸透させた液体金属の一部を流体状態のままで操作し、先ほど投網として拡散させた位置のさらに上方から染み出させ始めた。特甲を介した電気信号による遠隔操作を用いて、樹表に沿って垂れ落ちかけた雫の先端を針状に成形/そのまま樹皮内部を通すように糸状に成形を進める際、通常の切断糸より一回り程太く膨らませて内部に空洞を形作る/やがて管状の即席カテーテルと化したそれに対して、予め後ろ手に隠し持っていた モルヒネ鎮痛薬 注射を刺し込んだ。

 痛み止めとして芙蓉から預かっていたが、疾風が使用を拒否したために嵐が保管していた物――指先に片端を接続したカテーテルの内部に薬剤を注入し、液体金属の微細な振動によって管内を移動させて行った。


 嵐の特甲に搭載された新型の 液体金属フリュスヒメタル ―― 極小機械ナノマシン を大量に 内蔵保菌 する 可変生きた 金属。脳内チップによって形成される 電気信号指令 は特甲を介して液体金属に伝達され、変幻自在の変化と凝固が可能。それは最早彼女の臓器 にして 新たな感覚器官第六感 とでもいうべきものだが、欠陥がある。それも 致命的な・・・・

 寝不足気味に細められた眼のうえ――ぼさぼさの前髪に覆い隠されたその奥で、彼女の眉間に恐ろしいほどの皺が寄っていた。額のさらに内側、頭骨の内部、己の大脳、さらにその深部へと埋設された 脳内チップ制御機器 から発される特甲への駆動命令そのものがもたらす負荷――それは脳内チップを有さぬ者には想像すら出来ない所作である、『自らの内臓を体外へ露出させて可動させよ』という、人体を動かすという行為全般に置いて、おおよそあり得るはずの無い動作を求める 絶対命令・・・・ だった。常時の運用においては、特甲その物の有する信号発信機能を介して 半自動的セミオート 金属糸・・・ を形成できる 彼女の特甲パイオニア は、その 工兵ピオニーア たる応用特性を十全に発揮すべく搭載された 手動マニュアル 操作時において、恐ろしいほどの負荷を使用者の 大脳CPU に強いる諸刃の剣だ。人外の機能を齎す装備である《特甲》は、その程度の大小にかかわらず、脳への負荷を乗算させる欠点を持つ。例を挙げるなら、 レベル2空中機動型 特甲の有する 燐晶羽フェデール 機能が代表的である。本来は人体に存在しないという構造体を受け入れる代償として、使用者たる公安組織の特甲児童たちには例外なく 脳障害味覚障害 の兆候が表出している。


 そして、嵐の特甲は比較的負荷の低いとされる レベル1地上戦術型 に相当するが、 手動操作リミッター解除 時においてのみ、 レベル3戦時試作型 並みの負荷を齎すことが確認されている。

 致命的な欠陥とはすなわち、この特甲には一切の 配慮・・ が無いということである。

 まるでこの新機構を試す事 さえ・・ 出来るのならば、装着者が 狂ってしまっても構わない・・・・・・・・・・・・ と言わんばかりの――


「ンフ」


 自らに纏わりついた捕縛糸のほとんどを溶断した疾風――その無防備な首筋へ狙いを定める 鎮痛薬ドラッグ 入りカテーテルの針先が次第に鎌首を擡げるさまを、嵐・ヨハンナ・ヤンセンは愉悦に濁り切った瞳で眺めている。


「楽しかったよ、疾風。ほんの僅かだったけど、むかしのキミと話すことが出来たこと……」

「むかし……?」自らを捕える最後の捕縛糸に刃を当てながら、疾風は不思議そうに問い返した。「やっぱり、お会いしたことが? いつか―― 以前に・・・ ?」

「うん」頷く――針がさらに首筋へ近づく。「やがて いま過去 のきみが撃たれて運ばれて捥がれて打ちひしがれた 理想の果て未来 に、わたしたちは出会うんだ。 子供工場養護施設 の奥深く、暗くて冷たい牢屋の中で」

「……?」

「わたしは 死ぬつもり・・・・・ でいた。芙蓉もたしか 死にたがって・・・・・・ いた。けど一人だけ、 死に掛けていた・・・・・・・ きみだけが 生きることを欲して・・・・・・・・・ 、結果的に私達を 生かした・・・・ んだ。この 煉獄ミリオポリス に私たちを 生かした縛り付けた んだ。それをうらんだことも、まあ、今でも恨んでるけど、でも、やっぱり、疾風のこと、うん、 怨んでる・・・・ けど――」嵐は過去を懐かしむかの如く瞑目した――ほんの一瞬だけ、その濁った瞳が姿を隠した。「でも、疾風のこと、そんなに 嫌いじゃない・・・・・・ かんね」

「なんのお話を……してらっしゃるのですか?」

「わたしの方が怨んでるんだから、疾風もあんまり 怨まない・・・・ でねっていう、お願い」疾風の首筋を狙う針先が揺らめいている――やがてそれは、 脳幹急所 に照準を合わせながら静止した。「芙蓉と違ってわたし医療研修受けてないから、もしかすると注入箇所に関して 致命的・・・ な勘違いしてる可能性あるけど、 死ぬほど・・・・ 痛かったら……ゴメンね?」


 申し訳なさそうに小首を傾げた嵐――その濁った眼が見開かれると同時、後ろ手に隠されたその中指が中天を指して持ち上がると、疾風の頭上へ吊り下げられていた針糸が音も無く伸長し、獲物に食らいつく蛇の如き動きで無防備な彼女のうなじへ迫った。静脈注射など望むべくもないほど精緻さに欠いた不意の一撃は、果たして、疾風の視界に対する完全な死角から襲い来る、完璧な 伏撃アンブッシュ のように見えた。しかし――


 一連の嵐の所作を怪訝そうに眺めつつ、自らを捕える網糸の全てを溶断し終えた、その刹那。

 疾風のうなじへ迫る針糸は、ほんの僅かに首を傾げるだけの所作であっけなく回避された。まるで初めからその軌道を知られていたかのように。


「えっ」首筋を掠めて胸元へと通り抜けた針糸を はっし・・・ と掴んだ疾風の所作を、嵐は意想外のものを目の当たりにした面持ちで眺めていた。「ちょっ、 マジ・・ ? 冗談だよね? 何で避けれるの? 後ろに目があんの、実は?」

「えっ」疾風――カテーテル状に成形された液体金属糸を興味深げに眺めていた視線を持ち上げると、驚いたように問い返した。「もしかして私が 見ていない・・・・・ 方向を警戒 していない・・・・・ とでも考えていたのですか? このような、そこら中に張り巡らされたせいで 丸見え・・・ 仕掛け糸テグス なんて―― 貴方の近くにも仕掛けられていると宣伝しているようなものなんですから、まったく不意打ち てい を成していないじゃないですか」


  衝撃ショック ――そして冷や汗が嵐の背筋を伝った。たぶん こいつ疾風 、わたしが足場にしているこの樹の周辺に張り巡らせた 索敵糸の存在に気付いていた。

 索敵糸――ほんの僅かな風圧に煽られただけで切断されるほど柔く極細な不可視の 鳴子なりこ は、抗磁圧の 長靴ブーツ によって音も無く移動する疾風を捉えるための唯一の足掛かりにして、 もしも・・・ の時は わたし 彼女ら疾風や芙蓉 を抑え込めると踏んで、 静観・・ しているための根拠だったのに――それがいま、完全に破られた。

 嵐は歯噛みしつつ、小隊内における彼女の役職名を思い出しながら、己の迂闊さを呪っていた―― 斥候スカウト に求められるのは観察力と記憶力。部隊の行動指針となるべき 情報・・ を逃さず収拾するための必須能力――恐らくこの ウィーンの森森みたいな山 山岳ゲリラ・・・・・ としての一通りは既に身に着けていた。


「さあ、やっと しきい・・・ が取り払われましたよ」――幹を背に立ち尽くす嵐のすぐ目前/その足場たる分枝のさらに末端/もはや小枝と呼んで差し支えないほど 不確か弱弱しい 枝先に、疾風はその両足を落ち着ける。「語り合いましょう、 嵐おねえさん・・・・・・ 。眼と眼、手と手を突きあわせて、 心ゆくまで嫌になるまで


 彼女の足元で風が巻いていた――枝先がしなって青葉が振り落とされたというのに、まったくが聞こえない。ともすればそれは、先進国で採用された一部の軍用ブーツにも用いられている 抑音機械サプレッサー 抗磁圧斥力場 バージョン。脚部ごと周囲を抗磁圧で包み込んで密閉し、内部で発生した音波を 周辺の大気ごと・・・・・・・ 抑え込んで逃がさぬための機構。

 小隊内における 斥候スカウト という役回りの為に与えられたこの装備は、透過防壁による 透明化無視界・完全隠匿性 も迷彩被膜による 色覚欺瞞有視界・不完全隠匿性 も持たない代わりに、視界 以外・・ の全てを欺くために作られた―― 音無しの歩み気配殺し 。ただし、元は 別の躯体プラン・・・・・・・ の機構を流用して作られたというこの追加装備は、用いることで 脳内の過負荷特甲児童の狂気 を加速させる 未調整品・・・・


「語る――」幹にもたれかかりながら嵐が問い返した。「――効率的な 育成論ステ振り について……とか?」

育成・・ ……はい、その通りです!」手の中でナイフを弄びながら花開く百万ドルの笑顔――「一般市民に対する 思想・・ の周知とその醸成についてお話しできたらな、って!」

「あー、 対人PvP でのことね……」後ろ手に再展開した抗磁圧のグローブを幹へ押し付ける――「……重要なのは 眼を眩ませる・・・・・・ ことかな? たとえば、こんな風に!」


 抗磁圧を解放――樹表内部に生じた抗磁圧の爆圧によって、四方八方へはじけ飛んだ液体金属――それらがまたも網の目を作る様にして、疾風を捕えんとして襲い掛かった。しかし、二度同じ手は喰わぬとばかりに振り上げられたナイフによる斬撃によって、目にも止まらぬ速さで寸断されてゆく液体金属群たちは、満足な結合を行う事も出来ず、飛沫として宙空へ散らばることしか出来なかった。しかし、その僅かな隙を狙いすまして、嵐は自らの特甲から直接噴出した牽引糸を、背後の木々へと伸ばしていた。


「ばいばーい」


 またも糸手繰りの要領で、その場から逃避し始める嵐――そのさまを視て取った疾風もまた、音の無い歩みを維持したまま木陰へとその身をすべり込ませると、煙のように消え去った――嵐の張り巡らせた索敵糸を回避しながら、その背を追いかける腹積もりであることは、明白である。

 卉小隊全員の特甲に増設された 抗磁圧偏向装置ついかそうび ―― レベル1A地上戦術型・警備保安用 相当の 能力スペック しか持たぬ彼女らの特甲に対して与えられた 特務用特殊兵装規格外兵装 が――今、彼女たち自身を喰らおうとしていた。



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