第79話 因果に選ばれし調律者

 電光石化、疾風怒濤……天地鳴動からの、画竜点睛を体現する竜星機。

 最後の最後を締めくくる様にそれは顕現した。


 地球の歴史上、最大にして最強の生態系の頂点――

 人はそれが同じ時代に存在しないにもかかわらず……羨望と共に恐れ、畏怖した。


 地上に君臨した生命の王。

 その名はティラノサウルス・レックスと呼称された。



§ § §



 星の翼テラーズドレッドから降り立つ罪越えし少佐シエラ元観測者アリス

 それを出迎えるは人ならざる少女達を模した心なき人形達ドールズ

 だが——出迎えたと言うには、あまりにも敵対意識に満ちていた。


「シエラ様! この子達は私が抑えます! ですから……アリス様を! 」


「アイリスっ!? けどあなただけでは——」


「この子達は私の姉妹同然……けれど心を宿せない遺跡の守護者達です! それでも今は、彼女達を叩き伏せてでも前に進まねば未来はありません! 行ってください! 」


 月面遺跡の入口は確かに彼女達をすんなりと迎え入れたが……それは来訪者の高を測る試練。

 広大な通路を持つ遺跡中央は、高き天井までが優に100mを超える。

 とてもそれが月面にある遺跡とは思えぬほどの巨大さを有していた。


 地球と違わぬ大気組成に包まれ、且つ重力制御されたそこへ四方から……無数に人ならざる人形達が襲い来る。


 すでに囲まれる寸前の少佐らを守る様に、星の少女アイリスが武装展開と共に人形等を迎え撃つが——手にしたそれはあの救世の当主界吏を彷彿させる片刃刀剣である。


「マスターの様にはいかないけれど——あの方ならばきっと、穿知り得ています! この刃無き刀でお相手致しましょう! 」


 凛々しき咆哮と共に人形達と接敵する星の少女。

 歯噛みし——彼女の意思を無駄にするまいと、元観測者を見やる罪越えし少佐。


 そのまま遺跡際奥までの距離をただ只管に駆け抜けた。


 巨大なる機械神殿の奥。

 一層広さを持つそこの中央へ、息も絶え絶えに辿り着いた二人。

 何をおいても遺跡起動を優先と、台座と思しき中央の塔へと歩み寄る。


 元観測者が視線を送り、罪越えし少佐が人形達の襲撃へ警戒を向けて程なく——

 台座を御する古代技術設備を見上げながら呆然とした元観測者が、少佐の目に飛び込んだ。


「アリスっ!? 遺跡の起動は——」


「……遺跡は——この遺跡全域を掌握制御する〈オーディーンシステム〉は……私の呼びかけを——」


 視線を遥か天井へ向けて元観測者が膝を折る。

 崩れ落ちたその双眸には、……零れ落ちた。


「……そん、な……! 」


 人類の傲慢によって失ったコア。

 〈輝くトラペゾへドロン〉を持たぬ元観測者は——観測者のみが起動できるシステムより……


 全てが語られずとも、罪越えし少佐とて理解してしまう。

 それは正しく己が関与した愚かで、卑劣で、傲慢極まりない人類の所業が招いた結果であったから。


「きゃああっっ!!? 」


「……っ!? アイリスっ! 」


 そこへさらなる絶望が、弾き飛ばされた星の少女と共に姿を現した。

 かなりの距離を飛ばされた星の少女へ駆け寄り抱き起こす少佐。

 その双眸へ……険しき雰囲気宿す銀嶺の化身が、人形達の開けた道の中央より姿を現したのだ。


「ローゼリア……そうなのね。もう私達は、因果にさえ弾かれた存在と言う事——この宇宙に存在してはいけないと……そう言いたいのね? 」


「……アリス。私達はやはり手遅れだったと言うの? この銀嶺の女神がそれを——」


 これまで多くの仲間と苦難を乗り越えて来た少佐は、後悔にさいなまれる。

 彼女が加担した事件が、巡り巡って人類の運命へ終焉の幕を降ろさんとしている今に絶望する様に。


 無念と後悔。

 そして仲間達へ向けた……湧き上がる謝罪の念。


 その後悔が……その絶望が—— 一陣の暴虐なまでの咆哮で吹き飛ぶ事となる。


『オオオオオオオオオッッ!!! 』


 猛る咆哮の響く先。

 現れたるは、かつて地球での戦いで僅かに垣間見たそれ。

 だが——それは危惧された存在。


「アレは……界吏かいりく——」


『シエラさん達をやらせはしないっっ!! 』


 刹那。

 頼もしき声が、罪越えし少佐の元へと届けられる。

 暴走したものでも……自我を飛ばしたものでもない——正真正銘 確固たる自我を保った声が。


 響いた咆哮で銀嶺の女神ローゼリアが標的を変更するか否か。

 ——否、彿女神を抑え込んだ。


「命纏う、竜星機……オルディウス。」



 驚愕で双眸を見開く元観測者が零したのは……紛れもない竜星機オルディウスの名であった。



§ § §



 湧き上がる闘争心と自我を飲み込む程の憤怒。

 だが救世の当主界吏も、先の様に自我を飛ばす様な事はなかった。


 それは言うに及ばず彼女……T‐REXレックスの目覚めが大きく関与していた。


「シエラさん! アリスとアイリスは無事だよな!? 」


『ありがとう、界吏かいり君……二人とも無事よ! けど——』


 眼前に現れたる巨竜。

 人型から大きく前傾姿勢を取ったそれの顔面へは、恐竜の如く無数の牙が立ち並び……背の機械甲冑の一部が変容した長い尾が今までの元の竜機からの大きな変化を感じさせる。


 あらぬ変容に驚愕を隠せぬ罪越えし少佐シエラ

 が——今の彼女にとっては、そんな事など問題ではなかった。


 その旨を元観測者が当主へと告げる。

 振り向いた双眸に湛えた、すでに絶望に飲まれつつある悲哀を込めた雫に濡れたままで。


界吏かいり様、今まで私を……観測者の力さえ失った私を支えてくれて感謝しています。けれどもう、私達は——』


「諦めるなっ! 」


 絶望が包む月面古代遺跡。

 それを振り払わんとしたのは……救世の当主の咆哮である。


「今のあんたは、確かに力を失っているかも知れない! けどここには、あんたを支えるための力が集っている! あんたが数え切れない程の時を懸けて慈しんだ……! 」


「確かに俺達人類だ……。けれど使だろ!?」


 当主が命纏う竜機オルディウスコックピットより力の限り咆哮する。

 贖罪を背負うは人類の使命と。

 数億年の月日の中で人類を愛し続けた、観測者であった少女へ向けて。


界吏かいり君……あなた——』


『マスター……。』


 咆哮は罪越えし少佐にも……そして星の少女アイリスにも刻まれる。

 その想いは……願いは——


 直後、輝ける光明となって巨竜となった竜機を包み込んだ。


「何だ!? 今度は何が起こってんだ!? 」


 輝きがまばゆさを増しながら巨竜を包み込むと……その眼前へ頭部ほどの浮遊する多面体を顕現させた。

 ——月面遺跡の至る所へと輝きを撒く。


「あれは……まさか——〈輝くトラペゾヘドロン〉。そう……なのね。」


いにしえより——観測者を失った世界は、救済措置が取られると聞き及びます。その代理者となる者が因果の導きで現れたる。その者は無数の因果を束ねる者……調。」


「まさか、界吏かいり君がその!? 」


 一歩、一歩と……銀嶺の女神ローゼリア命纏う竜機オルディウスが組み合うそこへ歩み寄る元観測者アリス

 その口から零れた世界の真相に、すでに何度目か分からぬ驚愕を覚えた少佐。


 〈輝くトラペゾヘドロン〉は、確かに元観測者のコアその物である。

 しかしその観測者が消失した際、その同時代……同世界にて——それを補完する力が因果の導きにて作用を及ぼすのだ。


 それは宇宙に於ける揺るがぬ理法。

 エネルギー保存の法則に他ならない。


 罪越えし少佐の言葉へ、双眸を向けた元の観測者は静かに首を横に振ると——


「いいえ……彼はあくまでその代表である者。だからこそあのトラペゾヘドロンが顕現したのです。調——」


「言わばあのヒュペルボレオスにかかわる全ての者達。シエラ——あなたを含めた、マスターテリオン機関の者達全てが調律者に該当するのです。」


「私達全てが……因果の調律者……。」


 すると変化を察した銀嶺の女神ローゼリアが警戒を霧散させる。

 そして……救世の志士達を一筋の光明で照らし出した。


『〈オーディーンシステム〉防衛プログラムにて、トラペゾヘドロンの波動を検知。観測者に変わる調律者の到来を確認しました。』


『これよりヴァルハラ宮殿の全区画起動及び、〈オーディーンシステム〉の再始動を開始します。』


 女神よりの音声が響くや、遺跡のあらゆる箇所に走る機械帯へ蒼光が走り抜ける。

 低く唸る機動音と思しき物を皮切りに、台座中央宙空へ無数に浮かび上がるホログラフィ。 

 その変貌が月面上の遺跡全体へと及ぶと――銀嶺の女神ローゼリアが片膝を付き一人の女性を見やる。


 先にいたのは……罪超えし少佐であった。


「一体、何が――」


 視界に映る銀嶺の女神ローゼリアの変貌へ困惑する少佐の手を取り、元観測者が紡ぐ。

 ――


「私は観測者としての権限を失ったけれど、調律者を手助けする程度の自由は得られました。そしてこの女神は――〈霊装の女神ウェアドール・フレイア ローゼリア〉は、選ばれし調律者の証。」


「その調律者を搭乗者として擁するこれを、シエラ――あなたに預けます。そして私が愛し続けた人類の未来を守るために、供に戦って下さい。」


「私、に……? この機体が……。」


 遂に真の目覚めを迎えたいにしえよりの守護者たる女神。

 それは竜星機オルディウスと対となる存在。



 蒼き世界の未来を懸けて戦う、救世の機械兵装の一角であった……。

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