第78話 TーREX

 襲う狂気の犬コロを屠る中、俺はモニター端でそれを確認した。

 先にヒュペルボレオス内で慎志しんし叔父さんが目にしたその影——体躯が竜星機オルディウスかメタトロンに並ぶほどの……銀嶺の女神の姿を。


「ライトニング! あいつは何だ!? さっき慎志しんし叔父さんも言ってたけど、あいつは邪神とも魔王とも無関係だよな!? 」


 思考に描くは最悪の想定。

 すでに邪神群に魔王のご登場と、こじれにこじれたこの戦場。

 そこへ現れた影には、事態悪化へさらなる輪をかける様な気配が其処彼処から溢れていた。


 そんな俺の聴覚へ、が返される。


『残念だけどマスター界吏かいり。あれは現状敵対——いや? 僕達の障害となる存在と断言させて頂くよ。』


『銀嶺の守護者にして、神代の技術の結晶〈霊装の女神ウェアドール・フレイア〉と称される存在。言わばあの月面上の遺跡〈ヴァルハラ宮殿〉を守護するための、守り神と言う訳だよ。』


「なっ……そりゃ最悪の解答じゃねぇかよ!? 」


 ライトニングから語られた言葉でよぎるは、現在遺跡の起動に向かっているアリスとシエラさん——そして送り役のアイリスの現状。

 少なくともアリスはと言葉を漏らしていた。

 そこから察する事態は最悪——すでに遺跡に関する何かしらの権利を失った彼女達を、と言う守護者の判断だ。


 思考へ只ならぬ不安を抱きながらモニター先の遺跡を睨め付ける。

 すでに歪山羊いびつやぎ共が向かうそこで、侍女さんのソード・ブリンガーを中心に星霊姫達ドールズがドレッド・ノートで奮闘するも……防衛線瓦解は時間の問題。


 オリエルがあの魔王を抑える今、鹿の静観も気になる所——

 歪めた眉根の俺の心情を悟った、予想外の提案を贈呈して来た。


『現状あの女神を止める手立ては存在しないと言いたい所だけど……この竜星機オルディウスならば策はあるさ、マスター界吏かいり。その代わり——』


『ここから短時間で遺跡に向かうためには、相当の無茶をしなければならないと言う注釈付きだけどね。』


「行けるのか!? ——くっ……邪魔するな犬コロ! 今大事な話の途中だっ!! 」


 思わせぶりなライトニングの提示を受け、尚も激しさを増す犬コロ襲撃をいなしながら—— 一筋の光明に賭ける。


 今シエラさんとアリスを失う訳にはいかないとの思考で、ライトニングより語られる作戦概要を静聴した。


『策と言うのは何の事はないさ、マスター界吏かいりを行うんだ。さらにそれを……——』


『スピード……そしてマスター界吏かいりと僕達星霊姫ドールが心を一つにする――そんな信頼度合いこそが鍵となるのさ! 』


「——そりゃとんでもない無茶じゃねぇか(汗)。けど……!」


 無謀とまではいかないにしろ、相当の無茶を押す様な作戦がライトニングから飛ぶ。

 されど悠長に事を構える暇なんてないのは百も承知。

 何よりそこへ、星霊姫達ドールズとの信頼が絡むなら——


 アイリスは俺を信頼し、今まで付き従ってくれ……そんな彼女の意思を星霊姫ドール皆が共有しているのを知っている。

 だからアイリスと同じ様に、俺は星霊姫達ドールズを信頼しているからだ。


 パンっ!と頬を打ち気合を入れる。

 判断の迷いは窮地を呼びかねない。

 機体モニターで、残るドレッド・ノートとの竜機換装後に導かれる戦術を思考へ叩き込み——


「じゃあその作戦でいっちょかましてみるか! ライトニング、まだ竜機換装してない二人への連絡と作戦の旨……伝達よろしく頼む! 」


『フフ……いい気概、僕も胸が踊るよ。伝達はすでに僕からの意識間 霊量子疎通イスタールリンクにて完了した。行こう、マスター界吏かいり! 』


 ニヤリと口角を上げたライトニングへ首肯を返すと、機体から双銃の弾幕をばら撒き進路を月面へ。

 邪魔立てする犬コロは近接双銃でなぎ払い、機体が現在出し得る出力を限界まで上昇させると——


「草薙流閃武闘術 竜機外式〈雷電らいでん〉……縮地雷電次元裂ライオット・ブレイクっっ!! 」



 予測不能な雷光と化した超雷竜機テスラ・ドゥラギックで犬コロを撹乱。

 そのまま月面上へと一気に突き抜けた。



§ § §



 雷纏う竜機オルディウスが電光と化すや、狂気の猛犬ティンダロス・ハウンド十数体を蹴散らした。

 次元跳躍からの攻撃を行うそれらへ匹敵する様な乱舞は電光石火。

 猛犬らがその脅威へ躊躇する隙を救世の当主界吏は見逃さなかった。


 雷光化した速度はそのまま月面上へと飛んだ雷纏う竜機オルディウスは、視界に黒仔山羊の大群を捉え——すでに作戦を理解し行動していた風の少女エクリスが翼と共に巻い飛んでいた。


『こっちは準備、お~~け~~だよ~~!マスター界吏かいり~~!』


「悪りぃな、せっつく様な作戦で! んじゃ……ライトニング! 」


『了解だ! テスラドレッド、パージ! 』


 狂気の猛犬ティンダロス・ハウンドと黒仔山羊。

 その双方が竜機との距離を詰めるまでの僅かのタイムラグ。

 刹那の瞬間を見計らい――雷の翼テスラドレッドをパージした竜機が、立て続けの換装で風の翼ワイズドレッドを纏った。


「竜機換装、嵐竜装填……超嵐竜形態ワイズ・ドゥラギックモードっ!!」


「草薙流閃武闘術 竜機外式 〈あらし〉……量子跳躍傀儡陣ジャンプミラージュ・クオンタムっ!!」


 風の翼ワイズドレッドは膨大な英知を量子情報化し、果てはそれを半物質化セミマテリアライズさせる能力を有する。

 竜機と言う個体情報が半物質化され……限定宙域へ、まるで本体と違わぬ偽の体躯——デコイを投影した。


 だがそれはただのデコイにあらず。

 嵐竜の名の如く、纏う半物質化した衣が宇宙で靡くそれは羽を広げた妖精竜。

 その神秘を体現する姿に付き従う無数のビット兵装で、黒仔山羊と狂気の猛犬ティンダロス・ハウンドを同時に相手取る。


 直接的に攻撃を受けた妖精竜の個体は、深淵へと霧散して行くが——本体たる嵐纏う嵐竜オルディウスにダメージが及ぶ事はない。


「このままさらにブチ抜く! エクリス、頼むぜっ!! 」


『が~~ってん、承知~~! エクリスの力を、お~~もい知れ~~! 』


 紫の御髪をちょこんとサイドで結ぶフワリとした雰囲気に、間延びした叫びが特徴の奔放なる風の少女エクリス

 雷の少女ライトニングより引き継ぐ形で、邪神生命の大群を屠る力を竜機へと与える。


 デコイから降り注ぐ砲火で大群が足止めされる中、さらに機体を加速させた救世の当主はデコイを盾に月面——その地上部へ。

 まさに一足跳びで突き抜けた。


『マスター界吏かいり! 次はマグニアの駆るライナドレッドとの換装だ! そのタイミングで追尾して来た大群を一網打尽にするといい! 』


「まさに疾風怒濤だな! エクリスはパージ後、ライトニングと後方の邪神生命撹乱の継続頼む! 」


『むっふふ~~! 頼られちゃったらしょうがないね~~! エクリスに、お任せさ~~! 』


 地上スレスレまで下降した嵐纏う竜機オルディウスへ舞う地の翼ライナドレッド

 そちらも準備は万端と通信を寄越す。


このわたくし……マグニアに任せて頂きますわ。マスター界吏かいり、よしなに。』


「すまねぇ、こんなバタバタな竜機換装で! このまま行くぞっ! 」


 竜機の息をも吐かせぬ換装からの反撃は、邪神生命を撹乱するには十分な威力を発揮し……大群を成していたそれらが散りじりとなる中——


 最後の竜機換装が展開された。


「竜機換装、地竜装填……超地竜形態ライナ・ドゥラギックモード! 続いて全武装完全展開だっ! 」


 伸びる気炎を拝む様に反転した竜機へ大地の翼ライナドレッドが換装されるや、今までにない重装甲な竜鱗の鎧を纏い……月面をえぐり取る様に着地した。


 腕部に背部——そして腰部から脚部に至るまで備わったのは

 二機の大型重装機関砲を構え、多段連装マイクロミサイルポッドを背部から伸ばし、腰部に脚部から対邪神追尾式 次元反応弾道ミサイルを狙い定める。


 そして——


超地竜ライナ・ドゥラギック、全武装セーフティー解除——大地激震超弾道瀑滅アースクエイク・フルバーストっっ!! 」


 構えられた全ての砲塔から、針の山の如き弾幕の嵐が邪神生命群へと突撃したのだ。


 それは散りじりのまま追撃を敢行していた大群を直撃。

 全てが対邪神用として誂えられた弾頭ゆえ、逃げる術なく爆轟に飲まれる邪神生命。

 天地を鳴動させるほどの爆光が、月面上宙域一帯を包み込んだ。


『今ですわ、マスター界吏かいり! すでに女神 ローゼリアは遺跡内部へ帰還しております! シエラ様とアリス様……そしてアイリスが——』


「ああ! 無茶に付き合ってくれて感謝するぜ、マグニア! じゃあ……行ってくる! 」


 一気に駆け抜けた月面地上までの距離。

 だがそこで終わりではない。

 地の少女マグニアもそう訴え、救世の当主も理解した上で謝意を返した。


 すぐに換装をパージした地の翼ライナドレッドが、他の古の翼ドレッドノートと合流して防衛線を張る。

 決して遺跡には近付かせぬと。


 それを尻目に救世の当主は翼無き星纏う竜機オルディウスへムチを入れ……スラスター出力に任せて遺跡までの残る距離を飛ぶ。

 ——力の限り呼びかけながら。


「聞こえてるんだろ、オルディウス! ! 今こそお前の力が必要だ——」


「だから力を貸してくれ! 頼む——シエラさん達を守るための、っっ!!」


 咆哮が……何処かではない、機体内へと響き渡る。

 その願いは……懇願は遂に——呼び覚ましたのだ。


『ワレは……我。人類が名付けし名は——T-REXレックス。行こう……人類より選ばれし者よ。』



 救世の当主の呼び声に答えし者は、かつて地球の太古……

 T-REXレックスと名付けられた恐竜、ティラノサウルスの魂であった——

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