第73話 接敵、光を纏う者と闇を継ぐ者

 地球から月宙域へと向かうためには、現存する地球の文明を用いてはそれこそ数名を二日以上かけて運ぶのがやっとの時代。

 否——俺達三神守護宗家は、そこに時代と世界を守護する者達の情報操作がある事を知り得ていた。


 地球の殆どの国家がそれを極秘情報として隠し通す中——

 皮肉にもこのヒュペルボレオスに居合わせた救世の使命を帯びし仲間達は目にしてしまう。


「シエラ少佐、月宙域までの距離……30000となり——っ!? これ、は!? 」


「落ち着きなさい、ユイレン。これから状況を説明します。通信回線を機関内全域へ。」


「は、はい! 了解しました! 通信回線、機関全域へ繋ぎます! 」


 月を光学映像に捉えられる距離に入り、俺とオリエルに加え――

 バーミキュラチーフが調整を間に合わせた、守護宗家の誇る疑似霊格機動兵装デ・イスタールモジュールである〈タケミカヅチ〉へシューディゲルとシャルージェが搭乗待機する。

 彼らはそれぞれの戦術パターンと攻撃手段に合わせた武装を突貫であつらえたため、早々に戦力としての準備が整っていた。


 〈タケミカヅチ〉は元々宇宙空間での運用も考慮されていたため即戦力には打ってつけ。

 けれどその機体サイズと絶対的な性能で言えば……二人の身体能力で補完しても後方の守りが関の山だ。


 宇宙空間での運用も考慮。

 宇宙へ当たり前の様に進出できる事が前提で生み出される。

 詰まる所……シエラさんが今、全機関員へ向けんとする通信のあらましと言う訳だ。


「ヒュペルボレオスで共にある全ての者へ通達します。これは主に、国家レベルの極秘情報に触れる事の無いみなへ向けた内容ですので……しかと心に刻んでおいて下さい。」


 僅かな前振りから少しの沈黙。

 俺は語られるそれを知りえる故、今さら驚く事も無い。

 忘れもしない……親父である草薙 叢剣くさなぎ そうけんが、理不尽なる仕打ちと供に亡くなる原因となったのが――


「世界でも公表すべきタイミングを、未だ論議で定められぬ全容。しかし私達は今、光学映像と言う偽らざる真実からそれを目にしています。そう――」


「月宙域では少数ではありますが……モニターで視認できる月L・Pラグランジュ・ポイント上の施設は全て、。それも我らが同胞であり、遥か太古の時代に宇宙へと上がった宇宙人そらびとと言う民の技術によって。」


 語られた言葉に各セクションで絶句したのがモニターでも確認出来る。

 当然だった――現在地上に住まう人類は、未だに異星人など存在しないと言うのが社会的な通説。

 まさか最も身近な宇宙にいたのが、同じ星から飛び出した同族であるなんて想像だにしていないのだから。


 宗家の情報で知る中でも、月宙域に住まう者はほんの少数。

 サイズはそれほどではないが、紛う事無く今モニター光学映像に映り込む月のL・Pラグランジュ・ポイント宙域の浮遊物体は有人施設のそれだ。

 そこには主に宗家と宗家を繋ぐ役割を果たす、我が御家にかかわる者達が詰めている。

 三神守護宗家の雛形となったのは、古代……太陽の帝国ラ・ムーに仕えた神官達。

 守護宗家はその宇宙人そらびと社会でも、古より世界を支え続けているんだ。


 宇宙に上がった、ムー帝国の遺伝子を受け継ぐ民の平穏のために――


 機関内を包む沈黙。

 その中にあって俺は嫌な胸騒ぎを覚え、ここまで来たのならば月周辺の現状を光学映像に捉える事も可能と……機関映像を機体のモニターへリンクさせ――カタパルトで射出待機した竜星機オルディウス内でしかるべき宙域の状況把握に努めた。


 そして――


「シエラさん……早速ですまないが、俺達は出るぜ!? 月宙域でヤバイ影を、これでもかってぐらい確認した! 」


「そこに向かうまでにいるご同輩には、すぐに連絡を付けておいてくれ! なんならこのヒュペルボレオスに避難させる方向で! 」


 すでに事を把握しているだろうシエラさんへ通信を投げる。

 すると俺が勘付く事を想定していた彼女は、速やかなる出撃許可を出してくれた。


『いいわ! すぐに出撃し、月面遺跡の状況把握もお願い! 必要とあれば交戦も許可します! では――』


「了解っ! オリエルもすぐに続けよ!? 草薙 界吏くさなぎ かいり、オルディウス……イグニッション!! 」


『フッ……言わずもがなだ界吏かいりよ! オリエル・エルハンド、メタトロン ……出るぞっ!! 』


 竜星機天使オリエルが邪神の大地より舞い飛んだ。



 遥かな視界の先――

 すでにモニター反応を確認した謎の存在……邪神のそれとは明らかに異なる、姿視界に捉えながら。



§ § §



 神秘の世界宙域を席巻する邪神の軍勢は、一時的に襲撃の手を休める形となる。

 その要因となったのは——


「全く、好き放題暴れおってからに……。まあ確かに……我ら邪神の戦い方から比べれば、そこに様式美のようなものが存在しているのは確かじゃな、アルベルト卿。」


 邪神の勢力眼前……宵闇の魔王アルベルトが今まさに粛清の女神と相対していた。

 しかしその戦いは、黒山羊嬢王シュブ=ニグラスが口にした通り——いたずらに力をばら撒く無粋な真似はしていなかった。


 深淵を舞う痛み負う黒竜ペイン・トゥースは、粛清の女神と真正面からの戦いに終始し……追撃こそあれ女神が不利な状況となるや攻撃の手を休める様な行動に終始していた。

 その様式美もることながら――魔王は手合わせの中に、力を交えた故に感じた不完全さを感じ取っていたのだ。


「……やはりいてしかるべき搭乗者無しの状態では、粛清の女神も実力を発揮出来ないか。」


 女神が構えるは、半物質化した量子の刃を持つ長柄の大鎌。

 それを旋回させ突撃する姿は女神と言うよりは死神を思わせる。


 だが——

 宵闇の魔王とて魔界の歴史に於ける遥かいにしえの時代……彼の盟友である現魔界の元首 〈魔神帝ルシファー〉の力となり、魔族を悪魔としておとしめ葬り去らんとする暴走神霊らと拮抗した武の魔王。

 光へ反逆した堕天使を含める最上位クラスの魔族らがニュクスD666へと封ぜられてからも、知略に長けた盟友と共に魔族の歴史を支えて来た立役者である。


 そんな彼ら魔族の力であるそれ。

 光に属する天使兵装に対成す痛み負う黒竜ペイン・トゥースは、最上位クラス魔王に於ける肉体そのもの。

 概念的に言えば、異次元より来る邪神の成り立ちに近しい形態なのだ。


 長柄の大鎌の生む攻撃は大振りな薙ぎと振り下ろし。

 それを見極めしのぐ魔王は、的確なる一撃一撃を返して行く。

 戦況は明らかに不利であるも、粛清の女神はただ機械的にその攻撃を繰り返す。


 いつしか、そのマニュアル通りの攻撃に飽きたかの素振りを見せた宵闇の魔王は……決してその女神をあざけることなく——賞賛すら贈る様に言葉を投げた。


「粛清の女神とは言え所詮は搭乗者無き抜け殻。だが——それでも、いにしえの盟約に従い守るべき物を守らんとする姿には賞賛すら覚える。」


 決して勝利する事叶わぬ戦いに臨む女神へ――光の勢力に敗北し、多くの同族たる魔族を封ぜられた魔王は己の姿をそこへ重ねていた。

 痛みとはまさに、多くの同族の敗北をその黒竜の翼に乗せている事実に他ならなかった。


 宵闇の魔王が辛酸しんさんを舐めさされた光の宿敵。

 それは眼前の女神の如く、ただ神霊の命じるままに使


 熾天使セラフ……メタトロン・セラフィム——


 最中。

 黒竜のコックピットとなるそこへ響くアラート。

 ようやく来たかと、その視線を向けた宵闇の魔王は——双眸を見開いた。


「……星の守護者たる竜星機の事は聞いていた。だが——聞いていないぞ。その姿——」


熾天使セラフ……! 我ら魔族の同胞の多くを虐殺せしめた、光の最高戦力——天使兵装 メタトロン・セラフィムっっっ!! 」


 突如として宵闇の魔王を膨大な負の情念が包み込む。

 広域に渡り宙域の次元を歪める様は、邪神が狂気をばら撒くが如し。

 否——憤怒と憎悪は狂気とさして違いなどない。

 それも負に最も近き魔族ではなおさらである。


 その憤怒と憎悪を四枚の黒翼から噴き出して……粛清の女神すらも置き去りに飛ぶ魔王。


「ま、待たぬか!? わらわは魔王のお守りまでさせられるなど、それこそ聞いては——ああもう! 致し方あるまい! ウボ・サラス、準備は良いな! 」


「すでに地球の救世者らは月宙域へと入った!ならばわらわらも、ナイアルラトホテップの計略通り事を進めるぞよ! 」


『ウボーーー! ウボ・サラス、マチワビタ! ウボッッ! 』


 成り行きで宵闇の魔王の矜持に付き合わされた黒山羊嬢王は、嘆息のまま邪神勢力へとムチを入れ——すでにお預けを喰らい続けた狂気のガス塊ウボ・サラスが禍々しい咆哮を上げ奮起する。



 神秘の世界宙域での戦いの火蓋は、天使と魔王の因縁の戦いによって落とされる事となった——

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