第72話 月面遺跡〈ヴァルハラ宮殿〉
救世の志士達が宇宙へと上がって半日ほどした時——
すでに
その砲火を遺跡へと向けんとしていた。
が——
『何じゃ? 寝ぼけている割には、随分と手堅い抵抗を見せるではないか……この観測者が誇りし古代遺跡は。そちらはどうじゃ? アルベルト卿。』
「こちらでも確認した。少なくとも観測者は力を奪われたが……遺跡そのものはむしろ独立して担うべき使命を全うしていると言う所だろう。」
月面に近付くや、魔王らを迎撃するは
体躯は魔王の
『ムジンキ、ウットーシー! ウボーー! ウボ・サラスノ、ガスノエジキウボーーッ! 』
『待たぬか!? お主がそれを撒き散らせば、
『ウボーー!? ソレハコマル、ウボ。』
小さき御姿は九体の〈
背に一対の翼を形成するスラスターに銀の甲冑を纏うそれは、
かの
だが魔王と邪神の混成部隊であるそれは、物量よりも個体そのものの戦力を重視した精鋭部隊。
一見数にすればノーデンス軍より見劣りするが……近付くに連れそれは明らかとなる。
目にしただけでその身が狂気に切り刻まれるほどの、想像を絶する邪神戦力の一端。
そんな狂気の圧力が、今まさに月宙域を包んでいたのだ。
それほどの部隊を抑える
しかしそれも長くは続かず……尖兵たる黒仔山羊は異形の体躯と大角を振りかざして
共に単体での脅威も去る事ながら、それらが大群をなして襲い来る現実は絶望の十字砲火とも言えた。
「これだけ煽り倒したのだ———そろそろ重い腰を上げたらどうだ? 破滅を招来する古の女神よ。」
尖兵を攻撃に当てるも、傍観に徹する宵闇の魔王が双眸を細めて月面を注視する。
人類の守りたる女神の一方の側面……人類に粛清を齎す破滅の女神の復活を渇望する様に——
そんな魔王の煽りが遂に閉じた
〈ヴァルハラ宮殿〉と呼称されるそこより僅かに離れた月面クレーター ——その中央が月面表層に
せり上がる内部は、そこが月面である事さえ忘却させる薄い青の機械壁に電子の帯が無数に伸びていた。
そこに
全高で言えば
体躯を包むは銀嶺の、騎士甲冑を思わせる外殻——しかし本体は女性を思わせるシルエット。
各所へピンポイントにあしらわれる薔薇を模した装飾が、女神をさらに女神たらしめていた。
「
月面に輝く一輪の花を、故郷たる
彼が故郷とする魔界は異界に
古の魔の技術によって生み出されたそれは、幾重の大地の層を大輪の薔薇の如く備えるそれ——魔導にて連結される衛星規模の超巨大設備である。
宇宙に住まう生命が持つコロニーをソシャールと称し……魔界もそれに準え、魔導連結超巨大ソシャールと称して
「さあ、大事の前の小事ではないが……女神の実力を試させてもおらう! 我が現し身たるブラックドラゴン・ペイントゥース——その痛み背負う翼を広げて深淵を舞えっ!! 」
救世の志士達との前哨戦とばかりに、猛々しく吼えた宵闇の魔王が
因果と言う壮絶なる痛みに苦しむ己を紛らわす様に——
§ § §
月宙域まで1日を切った頃。
先の
無関心と思えたシャルージェが乗って来た。
アリスと今後を打ち合わせてから自室へ戻った際、すでに馴染むメイド然とした立ち振舞いで私を待つ彼女に嘆息。
しかしそれが彼女の表向きに
恥ずかしながら雑務を
ちょうどその時、唐突に話題が飛び出したんだ。
「シエラ様。
「その要因となったのが、人類の生み出した低俗な科学の成果でもある自動車であったのはご存知ですか? 」
「……低俗、か。あなたが言う意味合いは、私が最初それを下らないと酷評してしまった物とは違う様ね。もっとこう、広く高い視点からの考察——その文化がこの地球へ多大な悪影響を及ぼした点を言及した……と言う所でしょう。」
とは言っても——
彼女の思考は、私達よりも古い時代の叡智と同義。
その客観的な視点からの酷評でしかなかったのだけど。
なので
「シャルージェ……そう言った視点の酷評は、彼も分かっているわ。けれどそれを、わざわざ彼へ突きつけるものではないわよ? 」
「彼にとってあの車は、亡きお父上である
確かに地球を守護する命に従う彼女には、低俗な文化に対しての異論はあるだろう。
けど、私が語った形見と言う言葉には敏感に反応した。
いつも無感情を地で行く彼女が、アワアワと狼狽える程の焦りを覚えながら。
「そ、その様な経緯が!? これは大変失礼な事を!
「あの様な文化を重んじる方は、普通の思い出となる物や場所と同様の大切な価値をそこに見出していたのですね。私とした事が……永く人類と共にある中で、久しぶりに学ぶと言う体験をさせて頂きました。」
「フフッ。やはりあなたは
そんな謝罪からの
けれど彼女が胸の内を吐き出すまで、私も見守る事にした。
「シエラ様。申し上げにくい事なのですが——私は
そして溢れ出た吐露で、己を兵器と称する寸前であった彼女を……優しく抱き留める。
驚いて双眸をパチクリさせる姿を見た時——思考に過ぎ去ったヒュペルボレオスでの一幕が浮かんで来た。
「そうか……
「あ、あの……シエラ様!? 」
驚愕冷めやらぬシャルージェをゆっくり離し、その瞳を
少しの後悔と……成長した己への賛美を込めて。
「いいのです、シャルージェ……それ以上口にする必要はありません。先ほどあなたは自動車を低俗と
「私と同じ人間でさえ、過ちを過ちと認めて頭を垂れる——ただそれだけの事が出来ない者が溢れる世界で……あなたは紛う事なく頭を垂れ過ちを認めて謝罪した。あなたが兵器だなんてとんでもない……人間よりも人らしいではありませんか。」
言葉の意味を悟った彼女はその面持ちへ、人として扱われる喜びを
きっと
なんだか自分が彼にどんどん浸蝕されていく様で……それが心地よくて——
侍女と言う形であれ私に尽くす眼前の彼女。
そこに宿る忠義を誇る様に……少しの間離れていた分の、積もり積もった他愛のない世間話を
己が思考に付きまとう、アリスが面持ちへ顕とするほどの憂い。
未だ見ぬ最悪の事態到来の予感を振り払う様に——
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